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女難

「アハハハハハ!」


 完全な瓦礫の山と化した競技場に、フィリップの笑い声が響き渡った。そこにフリーダの姿はない。すでに別の係官の先導によって退場している。


「アイ姉、その顔といったら、ハハハハ――」


「坊ちゃん、あなたも私と同じですけど」


 アイラは不機嫌そうにぼやいたが、フィリップの笑い声は止まらない。


「とっても優秀で、普段は小言の山のアヤ姉が、僕と同じだからおかしいんじゃないか」


 フィリップの台詞に、アイラが忌々しそうに肩をすくめて見せる。


「聞く耳を持たないから小言になるんです。それよりも、この試合結果をエイルマー様に報告しないといけない私の身にもなってください。間違いなく地下室で逆さづりにされて、人にはとても言えない目に遭わされます」


 そう告げると、アイラはぶつぶつと不穏な言葉を口にし始める。


「大丈夫だよ。おじい様には僕の方から取り直しておく。もっともそういう目に会いたいと言うのなら止めないけど?」


「このエロガキ!」


「でも驚いたな。流石は実力派で鳴らすイベール家のお嬢さんだね。きれいな薔薇には棘があるのを忘れていたよ」


「何を感心しているんです。あんな単なる馬鹿力があるだけの人形、坊ちゃんが本気でやれば何の問題もなかったはずです。リッパーで本体を切り飛ばしてしまえば――」


「だめだよ。制御不能になる。勝ててもアイ姉が怪我をしたかもしれないじゃないか。こんな茶番の試合なんかより、そっちの方が大事な話しさ」


 フィリップが埃に真っ白になった顔で、にっこりと笑って見せる。


「坊ちゃん……」


「そんなことより、あの子に本気で惚れたよ。何としても僕の夫人として迎え入れたい」


「はあ!?」


 その言葉にアイラの顔つきが変わる。


「何を世迷言を言っているんですか!? 坊ちゃんはチェスター家の実質的な跡取りですよ。絶対にあり得ません!」


「そうかな?」


 本気で怒鳴りつけてきたアイラに、フィリップが首を傾げて見せる。


「あの娘なら、おじい様も絶対に気に入ると思うよ」


「ちょっと胸が大きいだけの小娘ですよ。女を抱きたいのなら、私がいくらでも相手をしてあげます」


「アハハハハ。そうはいかないよ。アイ姉は僕の大事な人だ。それにアイ姉はまだ乙女だろう?」


「あ、あの、ちょ……、な、なにを……」


 錯乱するアイラを前に、フィリップが少し考えるような表情をして見せた。


「アイラ、彼女だけでなく、恋敵君(クエル)にも興味がわいたよ。賭けとは別で、彼女の幼馴染を補欠合格者へねじ込んでくれないか?」


「この試合を組むために、私がどんだけ書類仕事をしたと思っているんです。それにどんだけ始末書を書かないと――」


 そうぼやきつつ、今度はアイラが首をひねって見せる。


「何か気になる事でも?」


「いえ、この件なら問題ありません。確か試合には勝ったはずです。こちらへ来る前に確認しました」


「何だって? まだ人形を繰り始めてすぐのはずだ。どうやって勝ったんだろう? まさか、フリーダ嬢の言う通りに天才?」


「詳しい報告は受けていませんが、ほとんど不戦勝みたいだったそうですよ。私の指示を無視して、あのビッチ(イフゲニア)が係官を務めたみたいですから、何か裏取引でもしたのかもしれません。それに……」


「どういう訳か北領公(ムーグリィ)まで彼に肩入れしている」


 アイラの台詞を引き継いだフィリップが、手を顎に当てて考え込む。だがすぐに手をポンと鳴らしてみせた。


「アイ姉、これは絶対におもしろくなるよ!」


「これのどこをどうしたら面白くなるんですか!」


 アイラが周りにある瓦礫の山を指さして見せる。


「こんな瓦礫の山の話じゃないよ。僕らよりはるかに上で誰かが色々と絵を描いている。それに不戦勝という話が本当なら、どこかの家の意向が働いたと考えた方がつじつまが合うね」


「エンリケの息子ですよ!」


「アイ姉、僕らの得意技は何だい? 笑顔であいさつをしながら、相手の腹を刺し合うってやつだろう」


 フィリップがアイラへ子供みたいに剣で遊ぶフリをして見せる。いや、本気でやって見せた。


「やっぱりこれはおじい様に相談すべき案件だね。それじゃアイ姉、僕は屋敷へ戻るから、彼の対戦相手の裏を探って。それと補欠の件も忘れずに頼むよ」


 そう言うと、フィリップは片手を振りながら、スパーナイトを引き連れて、薔薇のトンネルへ向かっていく。


「人の気も知らないで……、本当に災難」


 フィリップの後姿を見ながら、アイラは小さくため息をもらした。




 クエルの目の前に二つのこぶのようなものが見えた。その向こうに赤く染まり始めた空も見える。それになんだかとても柔らかいものの上に頭が乗っていた。


「気が付いた?」


 その声にクエルは慌てて起き上がろうとした。だが額を細く長い指で押されると、頭は再び柔らかく居心地の良い場所へと戻っていく。


「ここは?」


 双丘の向こうから、オレンジ色の髪と鳶色の目を持つ女性が、クエルの顔を覗き込んだ。


「急に倒れるからびっくりするじゃない。最初の試合だから緊張した?」


 クエルは自分がイフゲニアに膝枕をされて、地面へ横たわっていることにやっと気付いた。


「す、すいません!」


「知らないうちに力を使い過ぎたのかしら?」


「えっ、あ、あの……」


 口ごもるクエルへ、イフゲニアが含み笑いを盛らして見せる。クエルはその笑みの向こうで、イフゲニアが自分が何をしていたのか、全て見透かされている気がした。


「どうやら大丈夫みたいね。無理しちゃだめよ。私達の力の元は肉体ではなく精神なのだから、限界がどこにあるかはすぐには分からないものよ」


 そう言うと、クエルが起き上がるのを手伝ってくれる。クエルは鼻腔にただよってくる薔薇の香りに、めまいがしそうになり目をつむってしまう。


『なんだろう?』


 クエルは自分自身へ問いかけた。サラスバティの舞といい、今日は色々なところで、自分が男性であることをやたらと意識させられている気がする。


「もう大丈夫です」


 そう告げたクエルの体がいきなり柔らかいものに包まれた。慌てて目を開けると、クエルの体はイフゲニアによって抱きしめられている。それだけではない。クエルの耳にイフゲニアの熱い吐息がかかった。


「ちょっと早いけど、選抜合格おめでとう。これであなたも国家人形師候補生ね」


 そう告げると、イフゲニアは口元に妖艶な笑みを浮かべて見せる。クエルが何か返事を返そうとした時だ。


「ク、クエル!」


 どこかから聞き慣れた声が聞こえた。背後を見ると、巨大な人形を引き連れた赤毛の少女が、係官の静止を振り切ってこちらへ走ってくるのが見える。続けてクエルの耳に、「パンパン」という何かが弾ける音が聞こえた。


『こ、これが女難の相!』


 そんな思いを抱きつつ、クエルの意識は再びどこか遠いところへと去っていった。

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