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天才

「スパーナイト!」


 そう声を上げたフィリップが手にした薔薇を投げ捨てる。その背後でいくつかの赤い光が灯った。数は8つ。同時に先ほどまでは岩にしか見えなかったものが、いきなり動き出す。


「ギガンティス!」


 フリーダもギガンティスの巨体を前へ進ませた。それを見たフィリップが、口元に怪しい笑みを浮かべて見せる。


「フリーダさん、こちらが先にいたという意味がお分かりですか? その時点でこの試合はすでに決まっているのですよ」


「坊ちゃん、人形師への攻撃は厳禁です!」


「アイ姉、僕が女性を傷つけるような男に見えるかい?」


 フィリップがアイラへ首を横に振りつつ右手を上げた。


「ヘルズネット!」


 フィリップが手を下ろしながら声を上げた時だ。競技場全体で何かが動く気配がする。


「ギガンティス、王都の門!」


 ギガンティスは体を丸めると、両の腕でフリーダを抱くような姿勢を取った。ギガンティスが構えるや否や、四方から地面を這うように何かが迫ってくる。


「網?」


 フリーダの口から声が漏れた。競技場の全ての方向から、真っ白な糸でできた網がギガンティスへ向かってくる。それを避けるには空に飛び上がるか、地面へ潜るしかない。そのどちらもギガンティスには無理だ。


「受け止めて!」


 フリーダの声に、ギガンティスは両手を上げると、四方から迫る網を受け止めた。だが白い糸が何重にもギガンティスの体を縛り上げていく。ギガンティスは両手でそれを引きちぎろうとしたが、糸はびくともしない。


「これで私の勝ちですね。フリーダさん、申し訳ありませんが、これが私たち閥族のやり方なんです」


 フィリップはそう告げると、フリーダへ淑女に対する紳士の礼をして見せる。


「そうでしょうか?」


 フリーダの声にフィリップが顔を上げた。


「フリーダさん、これがスパーナイトの全力だと勘違いしていませんか? 単にあなたの人形を壊さぬよう気を使っているだけです」


 フリーダはフィリップの言葉を無視すると、腕を前へ差し出す。


「ギガンティス、疾風怒濤!」


 その指示に、ギガンティスのヒザと足首にある車輪が、地面との摩擦で白い煙を上げながら激しく回り始める。


「無駄な努力ですよ」


 フィリップが肩をすくめて見せる。しかしギガンティスの体が少しずつ動き出すのを見ると、慌てて背後の人形へ顔を向けた。


「締め上げろ!」


 白い糸がギガンティスの体をさらに締め上げようとする。だがそれをもろともせず、ギガンティスの体はゆっくりと回転し始めた。


 グゴゴゴゴ!


 やがて周囲から地響きのような音が聞こえ出す。


「地震?」


 会場の隅に立つアイラが戸惑いの声を上げた。


「違う。アイ姉、身を伏せろ!」


 フィリップはそう警告すると、自分も人形の影へ身を伏せる。


 ガキン!


 どこかで何かが砕ける音がした。同時にギガンティスの体はまるで小さな竜巻のように回転し始める。フィリップの目に、白い糸へつながった巨石が、まるで池に投げた小石のごとく競技場へ跳ねて来るのが見えた。


「礎石ごとぶち抜いたわけ!」


 アイラのあっけにとられた声が響く。


「飛べ!」


 フィリップの慌てた声に、蜘蛛を模した人形(スパーナイト)が八本の足で大地を蹴った。ふわりと宙に浮いた体が十メートルほど離れた所へ着地する。


 次の瞬間、先ほどまで人形がいた背後の壁へ、基礎の一部だった巨岩が激突した。地面が揺れ、砕け散った岩が辺りに驟雨のごとく降り注ぐ。


「ムーンネット!」


 フィリップの声に、蜘蛛を模した人形はくるりと体を回転させると、その腹部から細かな糸を吐き出す。それはフィリップと人形の前へ白いベールを作り出した。ベールはマントを翻すみたいに、飛んでくる破片を地面へ叩き落としていく。


「まだよ。ギガンティス、円舞!」


 フリーダの頭の中に、腕を広げて回転するギガンティスのイメージが浮かび上がった。合宿でグラハムと模擬戦を続ける中で、フリーダが独自に編み出した型だ。


 人形師にとって、型は思考の符号化であると同時に、人形への指示の簡略化でもある。普通は型なしに人形を繰る事など出来ない。もっとも基本かつ重要な技術だ。


 それをマスターするために、フリーダは幼い頃から母親のリンダにダンスと音楽を教え込まれた。ダンスについては型があり、それに応じて体を動かす訓練なので、人形を繰るのに必要なのは子供ながらにも理解できた。だが音楽をやらされることについては、よく分かっていなかった。


 その意味を理解できたのも合宿での模擬線を行ってからだ。人形を繰ると言うのは一つ一つ型を積み上げていくのではなく、流れるようにそれを繋いでいく必要がある。それは楽譜に合わせて楽器を弾くのに通じるところがあった。


 そこに書かれているコード進行が型であり、楽師がそれを読み取り楽器を奏でるように、人形師は人形を途切れることなく繰り続けなければならない。


 フリーダが合宿で分かったのは人形の繰り方以外にもあった。むしろ信じていたものが、確信に変わったと言うべきかもしれない。それはクエルが天才だと言う事だ。操り人形を繰っている時のクエルは、どう人形を動かすかなんて考えていないし、型なんかもいらない。


 喜び、悲しみ、怒り。


 クエルが感じている感情そのままに人形は動いていく。もしこれが楽器を奏でるのであれば、クエルに楽譜などいらない。きっと自分が感じた思いの全てを即興の調べに乗せて、人々を感動させ続けることだろう。


 そんな事が出来るのは一握りの者たち、天才だけだ。自分には到底できない。でも努力すればそれへ近づくことは出来る。フリーダは回転するギガンティスのイメージへ、糸でつながった岩を相手へ打ち付けるイメージを重ねた。


 単に型に沿って人形を動かすだけでなく、そこへ自分のやりたい事のイメージを重ねる。それもグラハムとの模擬戦で学んだことだ。


「いけ――!」


 フリーダの口から絶叫が上がった。


「リッパー!」


 フィリップの指示に、蜘蛛の腹部から次々と糸が吐き出された。それは三日月形の刃となり、ギガンティスの腕の先へ繋がる糸へと飛んでいく。


 ドゴン、ドゴン!


 糸から切り離された岩が、次々と試合会場の壁へ激突して大音響を立てた。だがいくつかの岩はまだギガンティスの腕へ繋がっており、それはうなりをあげてスパーナイトへと向かっている。白いベールは健在だが、破片は防げてもこれは防げない。フリーダが自分の勝利を確信した時だった。


「そこまで!」


 その声に、フリーダはギガンティスの動きを止めた。スパーナイトの僅か横へ巨大な岩が叩き込まれ、真っ白な砂埃を上げる。


「ゴホゴホゴ……」


 砂埃の向こうから、髪の毛を真っ白にしたアイラが姿を現した。


「判定します。試合はフリーダ・イベールさんの勝ちです」


 そう告げたアイラの横で、同じく全身を真っ白にしたフィリップが肩をすくめて見せた。

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