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組み分け

 慌てて飛びこんだ天幕の中はすでに閑散としていた。クエルよりは少し年上の、王都守護隊の制服を着た女性が数名、机の向こうに座っている。


「選抜参加の受付をしたいのですが……」


 そう声をかけたクエルたちを見て、受付係の女性が怪訝そうな顔をして見せた。それはそうだろう。明らかに閥族の一員とは思えない一行に、侍従服姿の少女、さらには謎の雪だるままでついている。


「名前を教えてください」


 女性がクエルたちに問いかけた。その左耳には黄色の水晶が光っている。この人たちも人形師なのだ。クエルは自分が国家人形師選抜へ、足を踏み入れたことを実感した。


「フリーダ・イベールです」


「クエル・ワーズワイスです」


 女性は頷くと、隣にいる別の女性へ声をかけた。


「Dだと思う。そこの名簿を渡してくれる?」


 女性はほとんど名前が書かれていない名簿へ指を走らせた。


「クエルさんですね。確認しました。D組になります」


「セシルです」


「ムーグリィなのです」


 続いてセシルとムーグリィも名前を告げる。


「家名も教えていただけませんか?」


 女性の問いかけに、セシルが首を横に振って見せた。


「私は庶民ですので、家名はございません。こちらのクエル様の侍従になります」


「侍従?」


 セシルの答えに、女性が当惑の表情を浮かべた。


「クエル様のご厚意により、人形師にならせていただきました」


 女性が横に立つクエルを見て、「はは~ん」という顔をする。クエルは違うと声を張り上げたかったが、話がややこしくなるのでぐっとこらえた。


「ムーグリィさんも家名なしですか?」


「ムーグリィはムーグリィなのです」


「あの、私の名前はありますでしょうか?」


 フリーダが心配そうな顔で問いかけた。


「セシルさんはありました。セ・シルになっていましたけど、これはこちらの間違いですね。D組です。でもフリーダさんとムーグリィさんは見当たりませんね」


 首をひねって見せた女性に、背後から声がかかった。


「これって、例の件じゃないの?」


 それを聞いた女性が慌てて別の名簿を取り出す。そちらの名簿にも、ほとんど人の名前は書かれていない。


「あ、ありました。フリーダ・イベールさんですね。それに、ムー……、ほ、北領公閣下!」


 女性が裏返った声を上げた。同時に天幕にいた全員が、一斉に椅子から起立して敬礼する。


「失礼いたしました!」


 慌てて頭を下げた女性に対して、ムーグリィが機嫌の悪そうな顔をして見せた。それを大貴族からの叱責と受け取ったのか、女性の顔は青を通り越して、紙のように白くなっている。


「ムーグリィはムーグリィなのです。選抜を受けるだけなのです。特別扱いなど一切無用なのです!」


「は、はい! ムーグリィさんとフリーダさんはS組です。こちらが受付表になります」


 背後にいた女性が、飛ぶように出口の幕を開けて敬礼する。


「練兵場内に各組ごとの待機場所があります。こちらを出ましたら、人形をお連れになって、待機場所でお待ちください」


「えっ、クエルとは待機場所が別なの?」


 フリーダが慌てた声を上げる。


「男性と女性で分かれているんじゃ――」


「何を言っているのよ。セシルちゃんとは同じ組でしょう?」


「待機場所の変更は難しいのでしょうか?」


「そ、それはちょっと……」


 クエルはフリーダの袖を慌てて引っ張った。わがままを言って、にらまれたりしたら困る。


「もう、クエルのために頼んであげているのに、何で邪魔をするのよ。そもそも私がいなくても大丈夫なの?」


「はあ?」


 クエルの間の抜けた声に、フリーダは小さくため息をついた。


「とっても心配だけど、変更が無理なら仕方ないわね。セシルちゃん。クエルのことを頼んだわよ」


「フリーダ様、承知いたしました」


「ちょっと待て!」


「あの……」


 子供じゃないんだと文句を言おうとしたクエルに、受付係が申し訳なさそうに声をかけてきた。


「はい。なんでしょうか?」


「そちらの方は、受付をされなくてもよろしいのでしょうか?」


 そう言うと、こっそり天幕の入り口から逃げようとしていたスヴェンを指差した。ムーグリィが駆け寄ると、スヴェンを受付の前へと引きずり出す。


「スヴェン様はムーグリィの旦那様なのです。なので選抜でも一緒なのです」


「だ、旦那様?」


 告げられた女性が目を白黒させた。


「なっていないし、なるつもりもない!」


「スヴェン様はいけずなのです」


「あの、旦那様でも部外者の方は……」


 おそるおそる声をかけた女性にたいして、ムーグリィが少し考えるような表情をして見せた。


「そうなのです。確かグラハムが何か言えと言っていたのです。愛人?」


「愛人!」


 フリーダと受付の女性が、同時に悲鳴みたいな声を上げた。


「違うのです。思い出したのです。従者なのです。旦那様でないのはおかしいのですが、まあいいことにするのです」


 女性が慌てて名簿の紙をめくった。


「は、はい。ありました。スヴェン様」


「ちょっと待て、さっき特別扱いは無用とか言っていなかったか?」


 そう叫んだスヴェンに、ムーグリィが首をひねって見せる。


「特別扱い? 旦那様は特別でも何でもないのです」


「だから――」


「あの、間もなく集合時間になりますので、お早めに待機場所まで移動された方がよろしいかと思います」


 そう告げた女性の目は、人形省の受付の女性と同様に、頼むからさっさと行ってくれと告げていた。

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