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選抜

 クエル、フリーダ、セシルの三人は、国家人形師選抜を受けるべく、その一次選抜会場へと向かっていた。会場は王都の少し郊外にある、広大な王都守護隊の練兵場に設けられており、入り口には王国の四大兵団である、金獅子衛隊、白龍騎兵団、黒狼猟兵団、王都守護隊の旗が天高くはためいている。


 その入口前の広場は、立派な黒塗りの人形輸送用馬車で埋め尽くされていた。その傍らには華美な簡礼服に身をつつんだ、御三家につながる閥族の子弟と(おぼ)しき人々が集まっている。


「まるでお祭りみたいね」


 フリーダが少し驚いた顔をしてつぶやいた。その視線の先では、付き添いの使用人から受け取った飲み物などを手に、顔見知り同士で歓談している参加者たちがいる。


 その様子はフリーダの言う通り、まるで貴族たちのパーティーでも行われているみたいに思えた。小心者のクエルなど、気圧(けお)されるどころか、両手と両足が一緒に出そうなぐらいにビビりまくっている。


「先に受付をされた方がよろしいかと思います」


 会場の様子を興味なさげに見ていたセシルが告げた。受付は入り口の先に建てられた大きな天幕で行われている。そのてっぺんには、今回の一次選抜を取り仕切る王都守護隊の、盾を模した黄色い軍旗が翻っているのが見えた。


「クエル、い、行くわよ!」


 そう告げたフリーダがクエルの腕を引っ張る。流石のフリーダも緊張しているらしく、クエルの腕を引っ張る姿もどこかぎこちない。振り向いたフリーダの体が、前で立ち止まっていた人物の背中へぶつかった。


「ごめんなさい!」


 慌ててフリーダが声をかける。その先にいるのは選抜の登録で会った、シグルズと同じぐらいに背の高い人物だ。茶色のかなり年季の入った皮のつば広帽子を頭に被り、皮のジャケットにズボンを着ている。この場では、いや、王都でもかなり珍しい姿だ。少なくとも御三家に繋がる人物とは思えない。


『西域の人なのだろうか?』


 クエルはそんな事を考えた。西域の牧草地帯は放牧による牧畜が盛んで、このような皮のつば広帽を被り、馬で牛や羊を追っているという話を聞いたことがある。


「おいおい、目は前についているのかい?」


 その人物がつば広帽に手をかけながら、背後を振り返った。年齢はクエルたちよりだいぶ上で、彫りの深い、とても精悍な顔をしている。


「運命の女神さま。私にくださった幸運に感謝します」


 そう告げた男性が帽子を胸に当てて、いきなりフリーダへ跪いて見せる。


「あ、あの?」


 フリーダが戸惑っていると、男性はフリーダの手を取り、それを己の額へと当てた。


「ジェームズと申します。どうかジムと呼んでください。今この時から、私の心はあなたのしもべです」


 男性は日に焼けた顔を上げると、真っ白な歯を見せつつ笑みを浮かべて見せる。


「ちょっと、ジェームズ!」


 その背後から女性の声が上がった。見ると数人の女性、それもこの早朝からかなり色気のある雰囲気を漂わせた、化粧の濃い女性たちが立っている。


「ちょっと、そこの小娘。なにジムに色目を使っているの?」


「い、色目!?」


 駆け寄ってきた女性たちの言葉に、フリーダが目を白黒させる。だがフリーダが何かを答える前に、跪いていた男性はすくっと立ち上がり、女性たちへにこやかに笑って見せた。


「ハニー、俺が全ての女性に紳士なことは分かっているだろう?」


「そ、それはそうだけど。この小娘があんたに色目を使うから――」


「違うよ。ハニーたちに見とれていて、立ちすくんでいた俺が悪いんだ。なにせ選抜の間は、君たちの姿を目にすることが出来ないんだからね」


 男性は額に手を当てると、大げさに嘆いて見せた。その姿を女たちがうっとりした目で眺めている。


「ジム、わたしたちの事を忘れないでね」


「もちろんだ。国家人形師の制服を着て、ハニーたちを迎えに行くのを待っていてくれ」


 そう告げると、ジェームズと名乗った男性は再びフリーダの方を向いた。


「あなたの様にお美しい方と、この選抜をご一緒できるとは、何という運命の女神さまの粋な計らい……」


 男性は芝居がかった態度で、腕を大きく広げつつ淑女への礼をした。それを見たフリーダの顔が引きつる。


「このジェームズ・カザルス――」


 台詞の途中で、ジェームズの体が前のめりに倒れる。その背後には、子供の落書きみたいな顔をした人形がいた。

 

「何者だ!」


 地面に片膝をついたジェームズが声をあげた。しかしサンデーの横に立つムーグリィの姿を見ると、素早く立ち上がって帽子を胸に当てる。


「な、なんとかわいいお嬢さん。これまた女神さまの粋な――」


「サンデー!」


 サンデーの腕が伸びて、ジェームズの襟首を掴む。


「ちょ、ちょっと!」


 空へ持ち上げられたジェームズが慌てた声を上げた。


「道の真ん中で邪魔なのです!」


 サンデーの腕がひょいと振られ、ジェームズの体は弧を描きつつ空を飛んでいく。


「あ、あれ~~~!」


 飼い葉桶の背後に積まれた藁束の山へ、ジェームズは頭から突っ込んだ。


「ジェームズ!」


 厚化粧の女性たちが慌ててジェームズの所へ駆け寄っていく。クエルとフリーダはその姿を呆気にとられつつ眺めた。


「朝から鬱陶しいやつなのです。挽肉にしなかった事を感謝するのです」


「ムーグリィさん!」


 ムーグリィの手をフリーダが嬉しそうに握りしめた。


「合宿では本当にお世話になりました」


「ムーグリィも楽しかったのです。また皆で蒸気風呂に入るのです」


「じょ、蒸気風呂は遠慮させて頂きます」


 そう言うと、フリーダはクエルを睨みつけた。クエルは慌ててフリーダから目をそらす。だが視線の先に意外な人物がいるのに気づく。


「スヴェン!」


 クエルの視線を受けたスヴェンが、慌ててサンデーの背後へ隠れようとする。だがクエルはその腕を引っ張った。


「どうしてここに?」


「グラハムに嵌められたんだ……」


 スヴェンが少しやつれ気味の顔で答える。


「あの蒸気風呂で、俺はお前を助ける為に外へ出ただろう。あの時、グラハムの野郎とどちらが長く耐えられるかで、賭けをしていたんだ」


「賭け?」


「そうだ。グラハムは俺の負けだと言って、選抜が終わるまでの間、あの雪だるまの従者として、付き合わされる事になったんだ!」


「従者?」


「よく分からないが、あの雪だるまの特権とからしい。親父も親父で、あっさり二つ返事でオーケーしやがった」


 スヴェンがクエルの胸ぐらを掴む。


「今の俺には蜘蛛に捕まった羽虫の気分がよく分かる。絡め取られて段々と動けなくなり、最後は貪り食われるんだ……」


 胸元を掴むスヴェンの手がわなわなと震えた。


「全て、蒸気風呂でぶっ倒れたお前のせいだ!」


「えっ!」


「ちょっと、クエル! 陰でこそこそ何をやっているの?」


 ムーグリィと談笑していたフリーダが、クエルに声をかけた。そしてスヴェンの姿を見つけて驚いた顔をする。


「スヴェンさん!」


「ムーグリィはスヴェン様と一緒に戦うのです!」


「愛ね。愛の力なのね……」


 フリーダが震える声でつぶやいた。


「そうなのです。ムーグリィはスヴェン様を、とっても愛しているのです!」


「ちょっと待て、何が愛だ!」


 スヴェンは慌ててクエルの胸元から手を離すと、血相変えてムーグリィの所へ走り寄る。


「クエル様、流石にそろそろ受付をしないとまずいと思います」


 我関せずに立っていたセシルが、入り口の先に設置された大きな天幕を指さした。気付けば、辺りで談笑していた人たちの姿はどこにもない。


「クエル、あなたがもたもたしているせいでしょう!」


 そう叫んだフリーダに腕を引っ張られながら、クエルは考えた。


『どうして何でも僕のせいなんだ?』

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