表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/108

伝言

「どうしてここが分かったんだ!」


 居間にスヴェンの悲鳴が響き渡った。その先には雪だるまの様な格好をした少女が、ちょこんと椅子に座っている。


「登録のお礼に工房へ伺ったのです。そこでスヴェン様がどこへ行かれたのか聞いたのです」


 スヴェンの顔が紙のような色になる。


「こ、工房までいったのか?」


「はい。お父様はとっても親切な方なのです。丁寧に道順を教えてくれて、この手紙をあなた様に渡すように言われてきたのです」


 そう言うと、ムーグリィは一通の封書をスヴェンへ渡した。中身に目を通したスヴェンの手が小刻みに震える。慌ててそれを破こうとしたスヴェンの手から、フリーダが素早く取り上げた。


「せっかくのアルツおじさんからの手紙を、破いちゃだめでしょう!」


 そう言いながら、ちゃっかり手紙に目を通す。スヴェンの手が宙をさまよった。クエル相手ならすぐにでも掴みかかるところだが、相手がフリーダなので、どうしていいのか分からず、錯乱状態に陥っているらしい。


「え――! しばらく工房に戻ってくる必要はないって、どういうこと!?」


 手紙を読んだフリーダの口から、驚きの声が上がった。


「スヴェン、とうとう首になったのか?」


 そう問いかけたクエルに向かって、スヴェンが全力で首を横に振って見せた。


「首になっていない!」


「なになに、そのかわいい……」


 手紙の続きを読んだフリーダが、椅子にちょんと座るムーグリィの方を見る。


「お嬢さんの言うことを聞くこと!」


「これは一体なんなんだ。首よりも酷い!」


「なにを言っているのよ。流石はアルツおじさん。弟子の将来の事をよく考えているわね」


 手紙を片手に、フリーダがうんうんと頷いて見せる。


「いや、全く考えていない。単に面白がっているだけだ!」


 スヴェンが再び首を横に振って見せる。クエルとしても、間違いなくその通りだとしか思えない。


「ちょっと待って、私たちへの意見も書いてあるわよ。選抜に向けて、人形を無意識かつ正確に動かせるようになること。その修練を積みなさいと書いてある」


 そう言うと、フリーダはスヴェンへ手紙を突きつけた。


「そのメンテナンスの為にも残れと書いてあるわよ。ちゃんと最後まで読まないとだめでしょう」


「でも練習って、何をどうすればいいんだ?」


 クエルはフリーダに首をひねって見せた。


「合宿よ、合宿!」


「はあ? 合宿って、どこでやるんだ?」


「ここよ。クエルの家よ!」


 そう言うと、フリーダは居間の床を指さして見せる。


「ちょっと待て、ここでやる!?」


「だって、この家にはクエルとセシルちゃんしか住んでいないから、下の客間が空いているでしょう。それに使用人部屋だって、もう一つ空きがあるじゃない」


「泊まるだなんて、リンダおばさんが絶対に許してくれないよ!」


「何を言っているのよクエル、私達はもう大人なの。それに選抜の為ですからね。お母さんだって許してくれます」


「隣だから、わざわざここに泊まる理由は全くないと思うけど……」


「違います。それでは気合いが足りません!」


「それにうちの庭はフリーダの家よりも狭いから、こんなところでギガンティスを動かせるわけないだろう?」


「それは確かにそうね。でももっと広くて、問題なく人形が動かせる場所なんてあるかしら? いっそ私の家との間の塀をとっぱらうとかはどうかな?」


「いや、それは流石にリンダおばさんが絶対に許さないと思う」


 クエルは首を横に振って見せた。そんな事をすれば、塀沿いにリンダおばさんが大切に育てている花壇が全滅だ。夜中の河川敷も、自分とセシルの二人ならこっそりできるが、ギガンティスは流石に目立ち過ぎる。


「人形を繰る場所が必要なのですか?」


 呆気にとられた顔をしながら、椅子にちょんと腰掛けていたムーグリィが、スヴェンへ問いかけた。その言葉にスヴェンが頷いて見せる。


「そうだね。二人はまだ人形師になったばかりだから、型を決めて、それで動かす訓練が必要だよな」


「型? ムーグリィにはよく分からないのです。ですが駆け出しがまだまだなのは分かるのです」


「そうだ。クエルは腕立て伏せをして、体を鍛えるところからだな」


「流石はスヴェン様なのです。人形師の事をよく分かっているのです」


「体は関係ないだろう!」


「それが分かっていないとは、やはり駆け出しは駆け出しなのです」


 ムーグリィがクエルへ大きくため息をついて見せる。


「分かったのです。人形を繰る場所も含めて、ムーグリィが貸してやるのです」


「え、ムーグリィさん。本当ですか!」


 フリーダがムーグリィの両手を掴むと、飛び上がって喜んだ。


「も、もちろんなのです。なので、スヴェン様もご招待させていただくのです」


「誰が行く――」


「はい、もちろん一緒です!」


 フリーダがスヴェンを無視して答える。


「だって、ギガンティスのメンテはスヴェンさんの仕事ですよね?」


 フリーダが満面の笑みでスヴェンに問いかけた。どうやら観念したらしく、スヴェンは目を閉じて天を仰ぐ。


「は、はい。謹んでご同行させて頂きます」




 クエルは寝室に広げた着替えを眺めると、小さくため息をついた。フリーダもスヴェンも、フリーダの言う所の合宿の準備の為に、家と工房へ戻っている。ムーグリィは人形の輸送も含めて、明日迎えに来ると言って戻った。


 ムーグリィが何者かはよく分からないが、選抜登録時のマクシミリアンたちの台詞を聞く限り、彼女がただ者でないのは確かだ。おそらくは北領の貴族の一人なのだろう。


 フリーダは合宿が出来ることをすごく喜んでいたが、自分と一緒に合宿などしていていいのだろうか? 何か練習をするとすれば、父親のギュスターブと訓練するのが一番いいに決まっている。


「やはり我の手伝いを受け入れるべきではないのか」


 クエルの背後から声がかかった。


「いつの間に入ってきたんだ?」


「マスター、我はお前の侍従人形なのだぞ」


「このぐらいは自分でやるよ。それより、フリーダは一緒の部屋で寝るといっていたけど、大丈夫なのか?」


「我は深遠なる世界樹の実の化身。その程度はなんの問題もない」


「風呂とかもか?」


「ふふふ、気になるか? 大丈夫かどうか、ここで見せてやってもいいぞ」


「あのな……」


「まあよい」


 そう告げると、セシルはつま先立ちになって、クエルへ唇を突き出した。


「セ、セシル?」


「しばらく同期は出来ぬ。マスター、たまにはお前の方から我に口づけをせよ」


 セシルは目を瞑ると、その赤く見える唇から小さく吐息をもらして見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ