表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/108

面影

「選抜までにお前の人形を作ると約束していたけど、今の俺にはこれが精一杯だ」


 クエルの目の前には膝を折り、祈るような姿勢で跪く、少女の姿をした人形がいた。その顔は穏やかで、清楚な感じを漂わせている。


 その一方で、体つきは女性らしい優美な曲線を描いており、頭から腰まで届くベールに、腰から下には踊り子の衣装を模したものを身に着けていた。


 少しほっそりとした上半身からは、なんと二組の腕が伸びていて、本物の踊り子のように、何かの金属で出来た腕輪をしている。人形のはずなのに、女性の持つ色気すら感じさせる存在だ。


「設計どころか、もう人形を作れるだなんて、すごいじゃないか!」


 クエルは自分の友人が、人形技師として、いつの間にか著しく成長していたことに目を見張った。


「違うよ。色々とアイデアは入れたけど、工房の余った部品やら、過去の試作品を元に組み立てただけだ。足元はギガンティスの流用だし、ベールや衣装は、ルシアノ爺さんがお蔵入りさせた可変装甲を勝手に使わせてもらった」


 スヴェンはクエルに対して苦笑いを浮かべて見せた。


「ともかく人形を一体、自分の手で組み立ててみたかっただけだ。でもお前が国家人形師になるまでには、約束通り、俺がお前の人形を作って見せる」


 そう告げると、スヴェンはクエルの目をじっと見つめた。


「選抜を受けるんだろ?」


「どうしてそれを!?」


 まだフリーダがアルツに語っただけのはずだ。クエルは呆気にとられた顔でスヴェンを見た。


「フリーダさんが来ているんだ。みんな客間の前で、聞き耳を立てているに決まっているだろうが」


 スヴェンがクエルにニヤリと笑って見せる。


「正直言って、かなりやきもきしていたぞ。やっと前へ進めたんだな……」


「ああ、フリーダにもケツを叩かれたし、やっと決心がついた。スヴェン、君もありがとう!」


 クエルはうまく動かせない手でスヴェンの手を握った。


「なんだよ急に。気持ち悪いじゃないか? それにこれは俺とお前との昔からの約束だ。俺がそれに間に合わなかっただけだ」


「そんな事はない。スヴェンに比べたら、僕なんかまだまだ……」


「何を言っているんだ。フリーダさんをがっかりさせるな。落ちたら、この工房全員でお前を殴りに行くぞ!」


 スヴェンはそう宣言すると、クエルの腕を肘で小突いた。その一撃にクエルは悶絶する。だがその痛みは腕だけでなく、心にも響く。フリーダだけじゃない。ここにも自分に期待してくれている人が、親友がいた。


「そ、そうだな。その通りだ。だけどこの人形はどうするんだ?」


「すぐにバラすよ……」


「バラす!?」


「勝手に部品を使って作ったんだぞ。アルツの親父に見つかったら、どやされるぐらいじゃ済まない。間違いなく首を絞められて、逆さづりにされる」


 そう言うと、スヴェンは自分の首を絞める仕草をして見せた。


「どうせ動くことはないから、その程度で済むさ。俺たちが作っているのは所詮は器だよ。人形師が本物の世界樹の実を入れてくれない限り、単なる置物だ」


『どうして自分は、自分のことしか考えられなかったのだろう?』


 クエルは父から引き継いだ世界樹の実を、全て使い果たしてしまったことを心から後悔した。スヴェンの人形の為にこそ使うべきだったのだ。


 自分で無理なら、フリーダに結合してもらえば、間違いなくこれを動かすことが出来たはずだ。


「それじゃ、どうしてわざわざ組み立てたんだ?」


「母さんの手だよ」


「手!?」


「そうだ。これが人形として使い物にならないぐらい、お前でも分かるだろう?」


 スヴェンの台詞に、クエルは人形の持つ二対の腕を眺めた。人形は人形師の精神で制御される。だから人形の四肢は人か動物に似せて作られるのが基本だ。そうでないと、人形師が体を制御するのが極めて困難になる。


「俺は父親のことは何も知らない。死に別れた時はまだ小さかったから、母さんのこともよく覚えていないんだ。だけど母さんが俺を、手で優しく撫でてくれたのだけは覚えている。それも――たくさんの手でだ」


 スヴェンはそう告げると、サラスヴァティの優美で長い手を愛おしそうに撫でた。


「両手を使ってくれただけだと思うのだけど、とてもたくさんの手で撫でてもらったみたいに感じた。それを思い出したかったんだろうな。だから手と腕だけは自分で新規に設計した。それに顔は――」


 そこで言葉を切ると、スヴェンは背後にいるクエルの方を振り返った。


「分かるだろう?」


 クエルはスヴェンに頷いた。その口元に浮かぶ優しげな笑みは、間違いなくフリーダの物だ。


「17になって、大人の仲間入りが出来たことを、天国の母さんへ見せたかったんだ」


 そこでスヴェンはクエルの胸を指でついた。


「忘れるな。お前が国家人形師になって、最初に動かす人形は俺が作る。今度は間違いなく間に合わせる。だから絶対に通れ。それに今から貯金しておけ」


「スヴェン。絶対に通るよ。今から貯金もしておく!」


「フフフフ!」「ハハハハ!」


「それはそうと、選抜に通ったら、少なくとも一年は国家人形師養成学校で缶詰になる。だからその前に、一度うちへ遊びに来てくれ」


「親父から休みをもらって行くよ。お前が動かした侍従人形を見せてくれ。エンリケさんの動く人形を見たいんだ」


 そう告げたスヴェンが、クエルの肩を乱暴に叩いた。


「いて!」


「悪い。怪我をしているのを忘れていた。だけど選抜の前の大事な時期に、なんて怪我をしているんだ? いくらなんでもドジすぎだぞ!」


「お前には言われたくない!」


「なんだと!」


「クエル様」


 背後から響いた声に、胸ぐらを掴んで、どつき合いを始めかけていた二人の動きが止まる。振り返ると、セシルが怪訝そうな顔をして二人を見ていた。


「フリーダは?」


「まだ工房の皆様とお話をされています。フリーダ様は人形の機構に、とてもお詳しい様ですね」


 フリーダが人形の機構に詳しいのは本当だ。何せ子供の頃から何度もここに来ている。


 その度にどう考えても子供に説明するものとは思えない、可変カムに関する動力伝達比がどうとか、素材に対する加護限界やら、普通なら門外不出な話を山ほど聞かされていた。


 その結果、フリーダはアルツが真顔で、うちの工房を継がないかと頼むぐらいに、並みの人形技師よりも遥かに人形の機構に詳しくなっている。


 最近では工房の弟子達が、フリーダに技術的な相談をするなどという、本末転倒な現象も起きているぐらいだ。


「私には全く分かりませんので、先に戻らせて頂きました」


 そう言うと、セシルは二人に肩をすくめて見せた。スヴェンは納得したようにウンウンと頷いている。クエルとしては人形が何を言っているんだと思ったが、意外と人形自身は、自分の体のことをよく分かっていないのかもしれない。


「そんなことよりクエル様、先ほどのお話は本当でしょうか?」


「えっ、なんの話?」


「選抜とやらに受かったら、当分はお屋敷には戻れないという話です。クエル様の侍従として、聞き捨てなりません」


 セシルはクエルを問い詰めるように、一歩前へと進んだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。今、クエル様の侍従って言ったよな?」


 凍りついたみたいにセシルをガン見していたスヴェンが、我に返ったように、クエルの襟元を締め上げつつ声を上げた。


「おい、クエル。この子はフリーダさんのところの侍従さんではなくて、お前のところの侍従なのか!?」


「え、あ、あの……」


 クエルはスヴェンの剣幕に慌てふためいた。


「はい。挨拶が遅れまして申し訳ございません。クエル様の侍従をさせていただいております、セシルと申します。どうかお見知り置きの程を、よろしくお願いいたします」


 丁寧にあいさつをして見せたセシルに、スヴェンは慌ててクエルの襟元から手を離すと、深々と頭を下げた。


「あ、あの、お、僕は、スヴェンです。よ、よろしく、お願い、し、します!」

 

「はい、スヴェン様。こちらこそよろしくお願いいたします」


 再び頭を下げたセシルに対して、スヴェンは調子の外れた水飲み人形みたいに、ペコペコと頭を上げ下げして見せた。だがすぐにクエルの方を振り向く。


「どういうことだ。フリーダさんの隣に住んでいて、幼馴染というだけでも殺してやりたいぐらいに羨ましいのに、こんな可愛い天使がお前の侍従だって! 本当なのか?」


「た、多分そうです」


「一体どんな魔法を使ったんだ? いや、悪魔に魂を売ったんだな。そうだろう!」


 スヴェンの言葉に、クエルは思わず頷きそうになる。セシルはクエルとスヴェンのやりとりを無視すると、不機嫌そうな顔でクエルを見上げた。


「それで、先ほどの話――帰ってこれないとは、どういうことでしょうか? ご説明をお願いします」


 問いかけるセシルの目は真剣だ。


「選抜に通ると、国家人形師養成学校へ入学することになるんだ。学校は全寮制で、最初の一年はそこで缶詰になって、みっちりと……」


「つまり、お屋敷には戻らないということですね」


 セシルがクエルをジロリと睨む。


「は、はい。そうなりますね」


「ではその間、セシルはどうすればいいのでしょうか?」


「学校が終わるまで、家で留守番をお願い出来れば……」


「はあ?」


「だから留守番をですね……」


「侍従とは、常にご主人様の側でお仕えすべき者です。あり得ません!」


「そうは言っても、こればっかりは……」


 クエルの言葉に、セシルが大きくため息をついた。


「分かりました。では私も人形師になって、国家人形師養成学校とやらに入学すれば、何も問題はありませんね」


 セシルはクエルに向かって、にっこりとほほ笑んで見せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ