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剛腕

 地面に倒れている二人を目にした瞬間、フリーダは血が逆流したみたいに沸き立つのを感じた。その怒りは瞬く間に全身を駆け巡り、見えない糸でつながったギガンティスへと流れ込む。


「クエルから離れろ!」


 フリーダの感情の叫びにギガンティスが呼応した。その巨体がさらに加速し、速度を上げる。両膝と左腕の車輪で突っ込みながら、ギガンティスは右腕を上へと振り上げた。そしてフリーダが心に描いたイメージそのままに、クエルたちに槍を掲げていた騎士人形へ右腕を振り下ろす。


 騎士は片膝をつくと、手にした盾でギガンティスの一撃を防ごうとした。それを見たフリーダは、ギガンティスの腕を素早く横にすると、それを振り下ろすのではなく、薙ぎ払うように腕を騎士の盾の隙間へと叩き込んだ。


「吹き飛べ!」


 岩同士がぶつかるような音と共に、フリーダの目の前で赤い火花が飛び散った。騎士の体は十メートル以上も後ろへと吹き飛ぶと、その先にあった銀杏の大木へ激突する。


 フリーダは態勢を崩した騎士人形にさらなる一撃を加えようと、ギガンティスを前へと進めた。ギガンティスの体が地面に横たわるクエルの横を通り過ぎる。


 しかしギガンティスが巻き起こす風にも動かぬクエルの姿に、フリーダはハッとした。その顔はとても青白く、精気というものが全く感じられない。


『間に合わなかった!?』


 フリーダは慌ててギガンティスから飛び降りると、クエルの元へと駆け寄った。わずか数歩先なのに、その数歩がとても遠く感じられる。


「クエル!」


 フリーダの呼びかけに、クエルの上に身を伏せていた、セシルの体が僅かに動いた。


「セシルちゃん!」


「フリーダ様……」


「クエルは、クエルは大丈夫なの!?」


 フリーダはクエルの首元へ手を差し伸べた。触れたクエルの肌は冷たかったが、指先には脈が感じられる。フリーダの口から安堵のため息が漏れた。


「一体何があったの?」


「何者かに襲われ、気を失われています。ですが、命に別状はありません」


「なんでクエルが……」


 そう告げたところで、フリーダは言葉を飲み込んだ。ギガンティスの背後で何かが動く音が聞こえる。立ち上がって背後を振り返ると、灰色の騎士人形が手にした馬上槍を杖に、地面から起き上がる姿が見えた。


『襲った? クエルを? ()()クエルをお前が襲ったの?』


 フリーダは騎士人形を殺気を込めた目で見つめた。


「セシルちゃん。すぐに終わらせるから、クエルをお願い」


「はい、フリーダ様」


「ギガンティス!」


 フリーダはギガンティスの上へと飛び乗った。目の前には再び盾を構え、馬上槍を掲げる騎士の姿が見える。


「よくもクエルを!」


 そう叫ぶと、フリーダは低い姿勢のまま、ギガンティスを騎士へ突進させ、拳を前に突き出す。騎士はその一撃を盾を使って避けると、素早く脇へと回った。そして馬上槍をギガンティスの横腹へと向ける。


「あんたは黒虫!? ちょこまかと、鬱陶しいわよ!」


 そう叫びながらも、フリーダは左右で車輪の回転方向を変えて槍を避けた。さらに回転させると、横から騎士を殴りつける。


 しかしフリーダの目の前から騎士の姿が消え、ギガンティスの腕が宙を切った。見上げると、騎士人形は馬上槍を杖代わりに、高跳びでもするように空中へ舞い上がっている。


「当たりなさいよ!」


 フリーダはそう毒づきながらも、そのまま回転して馬上槍を横から殴りつけた。だがその一撃にも騎士は態勢を崩すことなく、空中でコマみたいに回転すると、槍を上空からフリーダめがけて振り下ろす。


『まずい!』


 フリーダは咄嗟にギガンティスの左腕を上げ、腕の外側についている車輪を兼ねた盾で、その一撃を受け止めた。


 ドガン!


 耳を覆いたくなるほどの轟音が響き、その一撃にギガンティスの体が一瞬ななめになる。フリーダはギガンティスから振り落とされない様に、両の足に力を込めてそれに耐えた。


 騎士はまるで軽業師みたいに空中で体を一回転させると、地面へと飛び降りて、再び槍と盾を構える。


「騎士のくせに、中身は猫!?」


 その騎士らしからぬ軽快な動きに、フリーダは不満の声を上げた。だが内心では相手の無駄のない動きに焦りを感じる。父親の元で人形師になる為の訓練をしてきたとはいえ、自分は初めて本物の人形を動かしたばかりだ。それでなんとかなる相手だろうか?


「剛腕属性か? それに堅牢属性もあるな」


 不意に森の木々の間から、相手の人形師の声が聞こえてきた。若い男性の声だ。フリーダはギガンティスの背に身を伏せながら、辺りを伺った。しかし声がどこから聞こえてきたのか、全く分からない。その事にフリーダの焦りはより大きくなった。


 人形師同士の戦いでは、必ずしも人形を倒す必要はない。人形師を倒せばそれで終わりだ。だから位置がばれているフリーダの方が圧倒的に不利になる。


『いけない!』


 こうしている間にも、騎士人形はギガンティスの背後へと回りこもうとしていた。背後にはクエルとセシルがいる。騎士人形をそちらへ行かせるわけにはいかない。


 フリーダはギガンティスを騎士の動きを牽制できる位置へ移動させると、フェイント気味に突いてきた馬上槍を右腕で弾き飛ばした。


「騎士の癖に、淑女への礼がなっていないんじゃないの? 正面切ってきなさい!」


 ともかく自分へ注意を向けさせようと、相手を挑発してみる。


「しかも剛腕属性のくせに素早い」


 再び森の木々の間から声が聞こえてきた。その声は最初に聞こえた時と同様に冷静だ。どうやら挑発に乗ってくれるような相手ではないらしい。


「人形はさておき、中身は素人だな。最初の奇襲に成功した時点で、追撃をしないなどと言うのは論外だ」


「何者なの? なんでクエルを襲うの?」


 フリーダはいずこにいるか分からぬ相手に声をかけた。たとえこちらの挑発にのってくれない相手でも、何かしらの答えが返ってくれば、相手の位置が分かるかもしれない。


「マーヤ様に無礼を働いたのだ。そのような者はこの世に存在することなど許されない。私が許さない」


 明白な殺意が込められた声が返ってくる。フリーダはその出どころを探るべく必死に耳を澄ませたが、声が林の中に反響して、どこから聞こえてくるのか全く分からない。


「王都の人形師は全て殺す。全員地獄へ送ってやる!」


 その台詞と同時に、騎士の動きが変わった。


 今まではギガンティスから見える位置にいたのが、木の背後へと姿を隠す。林の中で木の枝が揺れる音や、落ち葉を踏みしめる音はしてくるが、その姿は全く見えない。


『やばい!』


 フリーダの背中を冷たい汗が流れていく。相手の読み通り、ギガンティスは剛腕属性の腕力に、手や足の車輪を使った機動力が武器だ。狭い森の中では、その力を十分に発揮することはできない。


 相手は自分より一枚も二枚も上手だ。それに実戦での場数も踏んでいる。それでもフリーダは相手の動きを必死に追った。これにはクエルの命がかかっている。逃げる訳には行かない。


 フリーダは暗がりから聞こえてくる音に必死に耳を傾けた。だが全く相手を捉えられない。間違いなく相手に先手を取られている。


「先手?」


 フリーダの口から言葉が漏れた。捉えようとするからだめなんだ。こちらで隙を作って、出てくるのを叩けばいい。でも向こうは手練れだ。見え見えの手に乗って来るとは思えない。相手にこちらの誘いだと思わせない手はあるだろうか?


『ある!』


 一つだけ間違いなく乗ってくると思われる手が浮かんだ。フリーダは背後を振り返ると、こちらを見るセシルの深紫色の瞳を捉える。その瞳を自分の思いを乗せて見つめた。

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