遺恨
エンリケは前に立つヘラルドを押しのけると、自分からムーグリィの元へと歩み寄った。胸に手を当てて跪く。
「お初にお目にかかります。北領公ルー殿のご息女ですね。お父様は偉大な人形師で、とても懇意にしていただきました」
「何を言っているの? あなたが私の父を殺したのよ!」
ムーグリィの叫びに、エンリケは静かに立ち上がった。
「そう言う筋書きになっているのですね……」
「筋書き?」
エンリケを睨みつけながらも、ムーグリィが僅かに首を傾ける。
「お父上は王家のとある秘密について、いささか強引な手段でそれを公表しようとしました。それを封じた王家の筋書きです」
「そんな戯言で、私をだますつもり!?」
「だますつもりなど毛頭ありません。一部には事実も含まれています。王家の命令で、ルー殿の口を封じたのは私です」
「父を殺したのがお前であることに、変わりはない!」
エンリケはゆっくりと首を横に振った。
「何か勘違いをしていませんか? 北領の民を救ったのです。もし私がルー殿の相手をしなければ、北領も東領と同じ運命をたどることになった。それに私はお父上を殺してなどいません」
エンリケのセリフに、ムーグリィが当惑した顔をする。
「どういう意味?」
「ルー殿は今もこの場に、あなたのすぐ横にいます」
「天から見守っているとでも言いたいわけ?」
エンリケはムーグリィの傍らに立つサンデーを指さした。
「あなたも気づいているはずです。サンデーには何かが欠けていることに……」
それを聞いたムーグリィの体がびくりと震える。
「サンデーはあなたのお父上の人形だった。核が結合できる人形師はただ一人だけ。どうしてあなたがサンデーと結合できたのか、不思議に思ったことはありませんか?」
「父が私に新しい核を――」
「違います」
エンリケは冷たく言葉を遮った。
「お父上の願いに従い、私が核を上書きしたのです」
「そんなこと……出来るはずがない……」
「出来るのです。私の妻がそれを発見した。あなたが繋がっているのはサンデーの核ではない。そこに封印されたお父上の魂です」
ムーグリィは恐る恐るサンデーの姿を見上げた。おもちゃの積み木のような体に書かれた、子どもの絵みたいな顔をじっと眺める。
「それがサンデーが何も答えない理由です。核に封印されたものは誰の呼びかけにも答えない。それとも、何も感じていなかったとでも?」
ムーグリィが激しく首を横に振る。
「嘘よ。全部嘘よ!」
「嘘ではありません。都合の悪いことには目をつぶり、自分と世界を偽っている」
「黙れ!」
サンデーの体からワイヤーに繋がれた拳が打ち出された。一直線にエンリケの元へ向かう。しかし奇妙な姿をした人形が、エンリケの前に進み出ると、それを撃ち落とした。
「あなたの相手は、私とこのキマイラがします」
今まで二人の成り行きを眺めていたヘラルドが、ムーグリィに告げた。
グヌオオオォォオオ――!
獅子の顔に毛深い山羊の体、蛇の姿をした長い尻尾を持つ人形が、サンデーに向かって咆哮を上げる。
「邪魔をするのなら、一緒に死ね!」
「キマイラ!」
ムーグリィは次々と拳を打ち込むが、ヘラルドが操る人形、キマイラは目にも留まらぬ速さでその全てを弾き飛ばす。ヘラルドがサンデーに向かって一歩足を踏み出した時だ。エンリケがその肩に手を置いた。
「ルー殿のご息女のご指名だ。私が直接に相手をする」
「ですが――」
「これは君への命令だよ。クエルを頼む。それと何があっても、余計な邪魔が入らぬよう手配してくれ」
そう告げると、エンリケはヘラルドから分厚いマントを受け取った。再びサンデーの腕が打ち出される。今度のそれは直接狙うのではなく、長く伸びたワイヤーが回り込んで、エンリケの体を絡めとろうとする。
ビュ――ン――!
地面の上で砂が飛び跳ねた。エンリケはキマイラの背に飛び乗ると、跳ねるワイヤーの下をかいくぐった。エンリケの近くにあった岩が、ワイヤーに触れただけで砕け散る。
「次はお前の番よ」
エンリケはマントに被った岩の破片をはらいつつ、口元に笑みを浮かべた。
「これまでの人形は、核の力を使って体を動かす、いわゆる打撃しかしてこなかった。しかしサンデーは違います。核の力を物理的な現象、振動へ変えることで画期的な力を得ている」
「今さら蘊蓄を語るつもり?」
「本当ならお茶でも飲みながら、あなたと父上の思い出話をしたいところですが、率直に言って、あなたのお父上の方が腕は上ですね。なにせ動きが遅すぎる」
「馬鹿にするな!」
サンデーの超高速で振動するワイヤーが、波打つように両側からエンリケとキマイラに迫った。キマイラはそれを避けようとしたが、ワイヤーにその動きを止められる。エンリケの体もその中に閉じ込められた。
「御託はもう聞き飽きた。地獄で父とサンデーに詫びろ!」
ドガアアァアアン――!
次の瞬間、爆音と共に真っ白な閃光が辺りを包む。エンリケは白い煙をあげるサンデーを一瞥すると、マントについた煤を払いながら、地面に倒れこむムーグリィを上から覗き込んだ。
ムーグリィの白かったはずの衣装は焼け焦げ、茶色に変わっている。麻色の髪は地面に張り付き、その先端からも白い煙が上がっていた。
「運がいい。普通は死ぬはずですが、サンデーのワイヤーが避雷針の役割をしたみたいですね」
眼だけを動かしたムーグリィが、エンリケの姿を呆然と眺める。
「このキマイラも、あなたのサンデーと同じ種類の人形なんです。その力は雷撃で、サンデーのワイヤーよりもはるかに早い。それにこの絶縁体のマントを着ていないと、私自身が焼けかねない代物です」
「こ、殺し……て……やる……」
ムーグリィの呻きに、エンリケは小さくため息をついた。煙を吐きながら沈黙するサンデーを見上げる。
「サンデーを作ったのは私です。この姿はお父上が、幼いあなたが恐れぬよう決めたもので、今でも素晴らしいアイデアだと思っています。それにこの顔は……、あなたがよくご存じのはず」
「お……、お……父さまを……返して……」
ムーグリィの目から涙がこぼれ落ちる。エンリケはマントの内側から短剣を取り出した。
「お父上みたいにならぬよう、一撃で――」
そこで言葉を切ると、エンリケは身をひるがえして後ろに下がった。周囲の灰を巻き上げながら、突風が吹き荒れる。ムーグリィの体は、まるでぼろ布のように地面を転がった。
「エンリケ!」
どこかから、自分が殺したいと願う名を呼ぶ声がする。薄れゆく意識の中、ムーグリィは黒雲を背後に、何かが宙を舞う姿を見た気がした。




