標的
ギガンティスの足元に着弾した何かが、フリーダの視界を覆うほどの砂埃を舞い上げた。直前まで人形の姿は確認できていない。それに相手に投擲型の人形はいないはず。
「下ろしたての野戦服が台無しじゃない!」
頭から被った砂を払うと、フリーダは慎重に気配をうかがった。草原を吹き抜ける風が、舞い上がった砂を運び去っていく。その向こうから、がっしりとした体つきの人形が現れた。その手には巨大なハンマーが握られている。イクセル助教のハマーだ。
ハマーとギガンティスの距離はまだ二町(200m)もあるのに、ハマーは手にしたハンマーを頭の上まで大きく振りかぶった。その足元には人の頭の二倍ほどもある岩が転がっている。
「ちょっと、マジ!」
フリーダはとっさにギガンティスの膝と肘についた車輪を急回転させた。振り落ちそうになるのを必死に耐える。次の瞬間、体の横をものすごい風が吹き抜けると同時に、背後の地面から盛大な土埃が上がった。
「これって、完全にガチよね……」
向こうはこちらがやりたいこと、「遊撃戦」をつぶしにきている。距離を取れば、岩の弾丸で狙い撃ちだ。
「ギガンティス、行くよ!」
フリーダは覚悟を決めると、ギガンティスをハマーに向けて突進させた。だが距離を詰める前に、ハマーがハンマーを頭上高く振り上げる。
ドン!
黄色い火花を巻き散らして、岩が打ち出された。
『王都の門!』
フリーダの呼びかけに、ギガンティスは丸太のような腕を前に掲げて、防御態勢をとった。そこに両肘についた車輪を斜めに掲げるイメージを重ねる。
『はじけ!』
フリーダは見えない糸を通して、ギガンティスに自分の想いを注ぎ込んだ。ギガンティスの巨体が震え、耳栓をしていても、雷が落ちたような音が響く。フリーダはギガンティスの体にしがみついて衝撃に耐えた。しかし距離はまだ半分も詰められていない。それに次の一撃はもっと威力が上がる。
『ギガンティス、大旋風!』
再び飛んできた岩を、今度は横回転で弾き飛ばす。もうハマーの体はギガンティスの目の前だ。
「いけ――!」
フリーダはギガンティスを独楽のごとく回転させると、横殴りの拳をハマーに叩きこんだ。
ガキン!
ギガンティスの拳とハンマーの間で火花が飛び散る。それが赤い線となってフリーダの視界を横切った。その向こうから、お返しとばかりに、ハンマーの柄頭がギガンティスの胴へ迫ってくる。
フリーダはギガンティスの体をハマーの懐に潜り込ませると、その一撃を紙一重で避けた。しかし反撃をする前に、相手の体はギガンティスの間合いの外へと移動している。
「イクセル助教、女子生徒にいきなり石を投げるだなんて、酷くありませんか?」
フリーダは砂埃で真っ白になった野戦服の裾を叩くと、はちみつ色の髪の男性を睨みつけた。
「剛腕属性だけでなく、堅牢属性の二属性持ち。学生なのに、王宮人形師なみの人形を繰るのも、相当なもんだと思うがね」
「いけませんか?」
「いや、二属性持ちの人形を動かせる才能に、嫉妬しているだけだ」
イクセルははちみつ色の髪を掻きつつ苦笑すると、岩を弾き続けたにも関わらず、傷一つついていないギガンティスの車輪を指さした。
「アルツ工房が穿孔属性持ちの人形を集めていた理由はこれか……。俺のハマーも呼び出されたよ」
「その際は御足労をおかけしてすいませんでした。ですが飛び道具が使えぬよう、ここで排除させていただきます」
ギガンティスがハマーに拳を振り下ろす。ハマーは両手でハンマーを掲げると、ギガンティスの拳を受け止めた。二つの人形が関節をきしませる中、イクセルがフリーダに口の端を持ち上げて見せる。
「ではフリーダ君。盾と矛、どちらが強いか実験するとしよう」
連続して起こった衝撃と土煙だけでなく、金属同士が激突する音にクエルは焦った。姿は見えないが、フリーダが誰かと激しくやりあっている音だ。
『フリーダを助けに行く!』
クエルは心の中で声を掛けると、草原のくぼ地に待機させていたセレンに飛び乗った。
『マスター、待つのだ』
動き出そうとしたクエルの頭に、セシルの冷静な声が響く。
『待ってなんかいられるか!』
『焦るなマスター、赤毛が危険だという合図は出ていない』
再び響いたセシルの冷静な声に、クエルは背後を振り返った。視線の先には、セシルとサラスバティが身を隠す森と、それに続く高台がある。セシルの言う通り、高台にいるフローラからは、危険を知らせる合図はなかった。
『赤毛もギガンティスも、そう簡単にやられはしない。それよりも、相手がどこにいるかを探る方が先だ。草原のどこかにサソリ型が潜んでいるはず。それを見つけて先手を取る』
クエルは目の前に広がる草原を眺めた。人形がいる気配は感じられない。
『どうやって見つけるんだ?』
『当初の作戦通り、陽動で敵を誘い出す。追いかけっこをするのは本身の方が速い。役割を入れ替えて、サラスバティで相手を誘う。フローラの合図を待って、出てきたサソリの背後を我の本身で叩け』
『了解だ!』
クエルは心の中で頷いた。同時に、戦況を冷静に見ているセシルに対し、すぐに飛び出そうとした自分が情けなくも思う。クエルはセレンから飛び降りると、草の間から辺りの様子をうかがった。
吹き抜ける風が草原の草を揺らす中、風の動きとは違う何かが、草原の中を走り抜けていく。セシルの操るサラスバティだ。その動きを眺めながら、クエルはじっとフローラの合図を待った。
『まだか……』
サラスバティは森から離れて、草原の中を円を描くように動き続けるが、フローラからは何も合図はない。金属同士が激しくぶつかる音はさらに激しさを増している。
「どこに隠れているんだ……」
クエルが思わずつぶやいた時だ。
『マスター、相手の作戦は陽動ではないな』
不意にセシルの声が頭に響く。
『何だって?』
『――奇襲だ』
クエルは立ち上がって辺りを見回した。敵の気配はどこにもない。
『敵の標的は我だ』




