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貴公子

 誕生日会の招待客に対するフリーダたちの挨拶は続いていた。主に父親のギュスターブが招待した人たちだ。人形省の役人などの偉い人達、その同僚に続いて、若い貴族の子弟たちへと移っている。クエルはそれをフリーダの背後からじっと見つめていた。


「フィリップ様、本日はおいで頂きまして、ありがとうございます」


「フリーダお嬢様、こちらこそお招きいただきまして、光栄の至りです」


 フリーダが優雅に白い手袋をした手を差し出す。そう挨拶をするフリーダは、クエルの知っているフリーダとは全くの別人に見えた。


 フリーダの前には金髪で青い目をした、いかにも貴公子然とした男性が跪いている。男性はフリーダの手を取ると、それに軽く口づけをした。その動きに、男性が左耳にしている白水晶の耳飾りが小さく揺れる。


「アロソン様、ようこそおいでいただきました。心から感謝いたします」


「フリーダお嬢様、本日はご招待いただきまして、ありがとうございました」


 フリーダと礼装した若い男性たちとのやりとりが続く。もっともクエルの役割といえば、付添人としてフリーダから少し離れた位置に立っているだけだ。それでもクエルは、まるで宮廷の中へでも紛れ込んでしまった気分になっていた。


 次の、そして最後の男性がフリーダの前へ跪く。フリーダはにこやかに微笑むと、男性に右手を差し出した。


「マクシミリアン様、お忙しいところ、私の誕生日会へ足を運んでいただきまして、ありがとうございました」


「いえ、フリーダお嬢様。本日はこうしてお会い出来るのを、楽しみにしておりました」


 そこには黒髪で背が高く、色白だが不健康さを決して感じさせない体つきをした男性が、フリーダの手を取りながら、にこやかな笑みを浮かべている。クエルがチラリとフリーダの顔を(うかが)うと、その個人的な感想に戸惑ったのか、はにかんだ表情をしているのが見えた。


 確かにこれだけのいい男に声をかけられたら、どんな女の子でも頬を染めるだろう。男性はそんなフリーダの表情を見ながら、ゆっくりと手の甲へ口づけをした。口づけを終えた後も、名残惜しそうにフリーダの右手に己の右手を添えている。


「お美しい方だとは聞いていましたが、その理由がよく分かりました。あなたの笑顔は本当に美しい」


「えっ、あ、あの……」


 その言葉に、フリーダが明らかに動揺する。マクシミリアンはフリーダの手をゆっくりと放すと、華麗に淑女に対する礼を捧げる。次にギュスターブの元へ歩み寄った。この会場にいる女性たちが、年齢を問わず、その姿をうっとりと眺めている。


 フリーダですら少しボーッとした感じで、ギュスターブと話すマクシミリアンの方を見ている。フリーダの横でギュスターブが、右手でしっかりと握手をしながら、マクシミリアンの肩に左手を添えるのが見えた。これまでの客には見せなかった態度だ。


『彼がフリーダの縁談の相手なのか――』


 庭で彼らを見た時と同じく、クエルは胸に何かとてつもなく重いものを感じた。


「では、本日の主役であるフリーダお嬢様から、みなさまにご挨拶をいただきたいと思います。また乾杯の飲み物がお手元にない方は、会場の係へお申し付けください」


 招待客全員が席についたのを確認した、案内係の声が響いた。


「お客様、お飲み物はお持ちでしょうか?」


 クエルの横で声がした。そして銀の盆に乗せられた白ワインが差し出される。


「あ、ありがとう。えっ!」


 何故かセシルが銀の盆を持って立っている。


「な、何をしているんだ?」


「この姿でいると、色々と用事を頼まれてしまうのでな。ついでだ。まあ我の属性は侍従であるから、何か仕事をしている方がよほどに落ち着く」


「だからって……」


「何を言っている。あの赤毛の横で突っ立っているだけのお前の分を我が働いているのだ。床に頭をこすりつけて我に感謝せよ」


「な、ななな!」


「お前の口は『な』しか喋れないのか? それよりも早く飲み物を取れ。赤毛の挨拶が始まるぞ」


「こちらも頂けるかしら?」


「はい、奥様。ただ今お持ちいたします」


 他の客に声をかけられたセシルが、軽やかに身を翻すと、呼んだ客のところへグラスを渡しに行く。


「皆様!」


 会場のざわめきが消え、フリーダの声が響き渡った。


「本日は私の17歳の誕生日会においでくださいまして、本当にありがとうございました。心から感謝いたします。そして今日まで私を育ててくれた父と母にも感謝しています。いえ、感謝という言葉では表せない気持ちでいっぱいです」


 フリーダは一度そこで言葉を区切ると、横に立つ両親の方を振り返った。


「二人とも心から愛しています。今日から大人の仲間入りですが、どうかこれからも私を見守っていてください。そして二人の様な立派な大人になることを両親に、そして皆様に誓います!」


 会場からフリーダに対して盛大な拍手が上がった。クエルも手が痛くなるぐらい精一杯の拍手を送る。フリーダが聴衆に対して深々とお辞儀をすると、ギュスターブが前へと進み出た。


「本日は娘の17歳の誕生日の祝においでいただきまして、本当にありがとうございました。父親の私の方からもお礼を申し上げます。ささやかではありますが、どうか心ゆくまでお寛ぎください。では娘の誕生日を祝して乾杯!」


「乾杯!」


 クエルも手にしたグラスを一気に空けた。だが酒を飲み慣れていないせいもあって、思わずむせてしまいそうになる。その視線の先でフリーダが空になったグラスを軽く振りながら、客達に愛想を振りまいているのが見えた。


『誕生日おめでとう!』


 クエルは心の中でフリーダに告げた。会場では招待客達が給仕達に空のグラスを渡して、新しい飲み物を受け取っている。そしてフリーダの周りには、あっという間に人だかりが出来ているのが見えた。周りにいるのは同じ年頃の女子達や、耳に白い水晶をつけた若い男性達だ。女の子たちはフリーダと話をするのもそこそこに、若い男性たちにはにかんだ笑顔をむけては、女性同士で声を交わしている。


 渡されたグラスの酒を飲みながら、クエルはその姿を微笑ましく眺めた。子供の頃から孤独に慣れていたクエルとは大違いだ。輪の中心にいるフリーダが、辺りをキョロキョロと見回す。


「クエル!」


 クエルを見つけたフリーダが声を上げた。集まっている若い男女が、一斉にクエルの方を見る。


「何をぼっとしているの。クエルの事も皆さんに紹介したいから、こっちにいらっしゃいよ!」


 そう言うと、フリーダはクエルに向かって大きく手を振って見せた。クエルは皆の注目を浴びていることに、思わず冷や汗をかきそうになる。


「あっ、あの、少し飲み物を飲みすぎた。先に手洗いへ行って来るよ」


「うん、早く戻ってきてね」


 フリーダはクエルにそう答えると皆の方を向く。クエルは会場の奥へ向かいつつ、胸元からハンカチを取り出して手を拭いた。ハンカチにはべっとりと手汗がついている。


 あんなキラキラした集団に混じるなんて、自分には絶対に無理だ。そんな事を考えながら、クエルは会場の一番奥にある、手洗いへ通じていると思われる通路へ足速に進んだ。


 ギィ――!


 扉を開けると、誕生日会が始まったばかりのせいか、そこには誰もいない。クエルは小さくため息をつくと、水の栓を開けて手を洗った。そして思い切って油が浮いてきた顔も洗う。


 ハンカチで顔を拭くと、目の前にある鏡には収まりの悪い黒い髪に、少し弱々しい感じがする瞳を持つ色白な男が映っている。パリッと糊が効いた礼服を纏った、見目麗しい男性たちとは似ても似つかぬ姿だ。


「それで、東領伯が交替になる可能性はあるのか?」


「東大陸との件もあるから、この流民に関する不手際だけで更迭されるかは、微妙なところらしい。何せ元々の原因は天候だからな」


 クエルの耳に誰かがこちらに向かっているのが聞こえた。話の内容からすればギュスターブの関係者だ。クエルは背後を振り返ると、個室の扉の影へ慌ててその身を隠した。

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