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来賓

 「ク、クエル・ワーズワイスです」


 中年男性の鋭い視線におののきながら、クエルは必死に口を開いた。茶色いあごひげを蓄えた男性が、クエルに大きくため息をついて見せる。


「答えになっていない。何の用事があって、ここに来たのかと聞いたのだ」


「今日は――」


「君はここに集う人たちが誰か、分かっているのかね? チェスター家当主カルロス侯に、枢密院顧問ルイス卿、それに人形省次官のジークフリード卿だ」


 クエルの答えを遮って、男性が言葉を続けた。クエルは黒光りするテーブルに座る人たちを見回す。奥の席には二人の初老の男性が座っていた。


 一人は枢密院の議員である緋色のケープをまとっている。この人がルイス卿なのだろう。その反対側には、閥族らしい錦糸の服を着た、上品な男性が座っていた。その顔立ちにはフィリップの面影が感じられる。フィリップの祖父であり、チェスター家当主カルロス候だ。


 手前の席、中年男性の反対側には、真っ黒な服を着た、これと言って特徴のない、中肉中背の人物が座っている。その全く飾り気のない姿は、フリーダと子供の頃に通った私塾の教師を思い起こさせた。この人が……。


『マクシミリアンのお兄さん、ジークフリード卿!?』


 いかにも貴公子然たるマクシミリアンとの違いに、クエルは驚いた。


「君のような生徒が立ち入るところではない。すぐに出ていき給え」


 中年男性はそう告げると、まるで蠅でも追い払うみたいに、手を振って見せる。


『マスター、気をつけろ……』


 不意に頭の中にセシルの声が響いた。


『こいつはお前を試すつもりだぞ』


『試す?』


 今は人形を繰っている訳ではない。何を試すというのだろう?


『お前の心の強さだ』


『ちょっと待ってくれ。僕はたまたまムーグリィの代理でここに来ただけだ!』


『マスター、この世界を牛耳っている者たちだぞ。どんな機会だろうが、それを見逃したりはしない』


『僕ごときを相手に?』


『相手の目をよく見ろ。ここにいる者たち全員が、お前が誰か良く分かっている』


 クエルは改めてここに集う人たちを眺めた。全員がクエルの一挙一動をじっと見つめている。セシルの言う通り、場違いな所へ出てきた生徒に対する目ではない。


『呪いだ……』


 クエルの心に、重いしこりのようなものが湧き上がってくる。自分が父さん(導師)の息子である限り、これから逃れるすべはないらしい。


『マスター、事実は事実だ。それを変えることはできない。たとえそうだとしても、どう向き合うかはお前次第だぞ』


 セシルのセリフに、クエルは心の中でうなずいた。ここで逃げ出す訳にはいかない。今日の晩餐会には、フリーダとそれを支えてくれた人たちの努力がかかっている。


「今日はムーグリィさんの代理で、晩餐会のホストを務めさせて頂くことになりました」


「ムーグリィ?」


 中年男性がクエルの顔をまじまじと見つめる。


「貴様、北領公を名前で呼んだな。国学では一体どんな教育をしているんだ!」


「失礼しました。ムー、もとい北領公は体調を崩しておりまして――」


 ドン!


 クエルに対し、男性がテーブルを激しく叩く。

 

「話にならない。今すぐアルマイヤー卿を呼んでこい!」


「エドワード内務卿、先ずは彼の話を聞いてみませんか?」


 うろたえるクエルの耳に、落ち着いた声が響いた。


「ジークフリード卿、聞くまでもないと思いますが?」


 黒衣の男性(ジークフリード)はエドワード内務卿の問いかけを無視すると、クエルへ顔を向けた。


「北領公のお具合は?」


「昼食でお腹を壊したそうですが、大事には至らないとのことです」


 クエルの発言に、ジークフリードが頷く。


「内務卿、クエル・ワーズワイス君はエンリケ導師殿のご子息ですから、北領公の代理の資格は十分にあると思います。それに国学では生徒に敬称は付けないそうで、彼の発言も間違いとは言えません。その点については、ここの先輩であられるお二方の方が、よくご存じかと……」


 ジークフリードの問いかけに、奥に座る二人が笑みを浮かべた。


「ここに居た時は、教官たちから頭ごなしに怒られたものだ。今では懐かしい思い出だよ。ルイス、君もそうではないかね?」


 白髪をきれいになでつけたカルロスが、フィリップそっくりの茶目っ気のある笑みを浮かべつつ、髪を剃髪にした同年代の男性へ声をかけた。


「怒鳴られた回数に関しては、間違いなく私の方が君に勝っている。なにせ君は、その辺りをうまく逃げ回るのが得意だった」


「そうだったかな? 因みに、ここでの勝ちは私の方が上だ」


「カルロス、その勝利数には掃除当番のじゃんけんまで含めていないか? 国学総演習は私の三勝一敗だよ」


 枢密院のメンバーであることを示す、緋色のケープを翻しつつ、ルイスは異議を唱えた。それを聞いたカルロスが、ルイスへ肩をすくめて見せる。


「年寄りの昔話はこれぐらいにしよう。主人役の彼が席に着いてくれないと、晩餐会が始まらない」


 カルロスがクエルに、ホストの席へ着くよう合図する。セシルがクエルを先導すべく前を進むと、エドワードがいきなりその腕を掴んだ。無理やり自分の方を向かせ、頭の先からつま先までを舐めるように眺める。


「アルマイヤー卿が女好きとの噂は聞いていましたが、副官だけでなく、侍女にも見栄えの良い子を揃えている。そんなことだから、流民ごときに足を取られるのでしょうな」


「エドワード内務卿、そうではない」


 ジークフリードがエドワードに答えた。それを聞いたエドワードは、セシルの頬へ手を当てると、まだ幼さを残す顔を上げさせる。


「では、アルマイヤー卿から皆さんへの貢ぎ物ですか?」


『一体何様のつもりだ!』


 セシルに対する物みたいな扱いに、クエルは怒った。エドワードのいくつも指輪を嵌めた手を、跳ね除けようとした時だ。


『マスター……』


 セシルのいつもと変わらぬ声が頭に響く。


『道化の戯言など気にするな』


『道化?』


『わざと侮辱して、お前を試している』


『なら、こっちも遠慮はいらない!』


『マスター、気にするな。嫌味だけでは埒が明かないと思っただけのことだ。この場で押し倒して来たりはしない。だがこの男、道化役だとしても、いささか不自然だ。あからさまに過ぎる』


 セシルが続きを告げる前に、エドワードがジークフリードへ口を開いた。


「ジークフリード卿、私は人形師でもなければ国学出身者でもありません。私の知らないお約束があれば、教えてもらえませんか?」


「内務卿、アルマイヤー校長の趣味でも、国学の不文律に関する話でもないよ。彼女はクエル君の付き人で、学生の一人だ」


 エドワードが呆気に取られた顔をする。


「この子が彼の付き人で、人形師?」


 そうつぶやくと、エドワードは腹を抱えて笑い出した。

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