憂鬱
それから、私は参加者の見送りや関係者への謝罪のため、あちこちを走り回り……夜遅くに王城へと帰還していた。
専属侍女を何人か引き連れて、私は城の廊下を進む。
この時点で、私の身体的疲労と精神的ストレスは、ピークに達していた。
はぁ……まさか、私一人で事後処理をやる羽目になるなんて……。
それも全部、リナさんのワガママのせいだわ!カーティス様に『これから事後処理に行きますよ』って声を掛けたら、リナさんに『そんなの貴方一人でやりなさい!』って言われたのよ?信じられる!?
カーティス様もカーティス様でリナさんの暴露発言を気にして、彼女の傍から離れようとしないし……本当に有り得ない!
数時間前の記憶を呼び起こし、私はワガママなリナさんと優柔不断なカーティス様に怒りを募らせる。
────と、ここで目的地である父の書斎まで辿り着いた。
「貴方達は外で待っていてちょうだい」
「「畏まりました」」
引き連れてきた侍女数名を待機させ、私はギュッと拳を握り締める。
『ふぅ……』と息を吐き、胸に燻る怒りを収めると、書斎の扉をコンコンコンッとノックした。
「陛下、第一王女のニーナ・ホールデンです。本日行われた結婚式のことについて、ご報告に上がりました」
「入れ」
扉越しに聞こえてきたバリトンボイスに促され、私は部屋の扉を開ける。
『失礼します、陛下』と一言断りを入れてから、部屋の中へ足を踏み入れた。
すると、そこには────赤髪金眼の美丈夫と黒髪黒目の美女の姿があった。
「お母さ……王妃殿下もご一緒でしたか」
書斎のソファに腰掛け、優雅にお茶を嗜むこの美女はエスポワール王国の王妃であり、私の実母でもある────ナタリー・ホールデン。
王国一の美女と名高い彼女は私と同じ黒い瞳を細め、私を手招いた。
「この場には家族しか居ないのだから、『お母様』で構わないわ。それより、疲れたでしょう?こちらにいらっしゃい」
「はい、お母様」
私は促されるまま、母の隣に腰掛ける。今朝からずっと立ちっぱなしだったせいか、座った途端疲れがどっと押し寄せてきた。
さすがに今日は疲れたわね……。事後処理はもちろん、結婚式の準備で色々と忙しかったから……。
まあ、明日は明日でお詫び状の作成や各所の謝罪回りに行かないといけないけど……。
憂鬱な気分で明日からのスケジュールを考えていると、この部屋の主がおもむろに椅子から立ち上がった。
「待たせて悪いな」
そう言って、向かい側にあるソファに腰掛ける男性はエスポワール王国の現国王陛下にして、私の実父である─────ネイト・ホールデン。
『魔導王』という二つ名を持つ方で、史上最強の魔導師として知られている。私が持つ魔法の才能も父から受け継いだものだった。