結婚式は中止となった
「君が謝るべき相手は私ではなく、婚約者のニーナ王女だと思うけど……大国の皇太子には頭を下げられるのに裏切ってしまった婚約者には頭を下げられないのかい?」
オリヴァー様は呆れたように溜め息を零すと、背に庇った私を振り返り、苦笑を浮かべる。
そして、リナさんの攻撃を警戒しながら、彼は私の隣に並んでくれた。
「え?あ、いえ!そういう訳ではなく!」
「君の妹が式に乱入してから、もう随分と経つけど、君がニーナ王女に謝ることは一度もなかった。政略結婚とは言え、君は婚約者を裏切ったんだ。謝罪する必要があるんじゃないのかい?」
「そ、それは……」
幼子を諭すように優しく話し掛けるオリヴァー様だったが、その目つきは鋭い。
そんな彼を前に、カーティス様はタジタジになり、視線を右往左往させている。
さすがにここで私に謝る訳にはいかないものね。だって、私に謝れば妹との不貞を認めることになるもの。
だからと言って、何を仕出かすか分からない妹の前で真っ向から否定も出来ない……。下手に反論すれば、リナさんが激怒し、より詳細な情報を話し始めるとカーティス様はよく理解しているから……。
まさに板挟み状態ね。ご愁傷さまとしか言いようがないわ。
「わ、私はその……」
「────お兄様がその芋女に謝罪する必要は微塵もないわ!大体、貴方変よ!妙にその芋女を庇っちゃって……まさか、貴方たちお兄様に隠れて浮気してたんじゃないの!?」
「「はぁ……」」
言い掛かりとしか思えない言い分に、私とオリヴァー様は揃って溜め息をつく。
リナさんの愚行は留まることを知らず……もはや、許容できる範囲を優に超えていた。
私とオリヴァー様の不貞を疑うなんて……いや、疑うのは別に構わないわ。でも、それを声に出すのはさすがに不味いわよ……。下手したら、エスポワール王国とルーメン帝国を敵に回すことになるもの。
「さすがに今の発言は聞き捨てなりませんわ。私とオリヴァー様が不貞を働いていたですって?その証拠はありますの?」
「証拠?その仲睦まじい姿が何よりの証拠じゃない!」
「はぁ……それは証拠とは呼びません。第一、私とオリヴァー様は今日10年ぶりに再会したのです。不貞なんて不可能ですよ」
「なっ……!?そ、そこは魔法か何かを使って……」
「ですから、その証拠を提示して下さいと言っているのです」
証拠がなければ話にならないと言外に言い捨てれば、リナさんはプクッと頬を膨らませる。
言い返す言葉が見つからず、拗ねているようだ。
はぁ……なんだか、駄々っ子を相手にしているみたいで疲れるわね。外見年齢から察するにもう10歳は超えているだろうに、その子供っぽい反応は何なのかしら?
私はカーティス様の元へ戻っていくリナさんの後ろ姿を見送り、長い溜め息を零す。
そして、場の空気を変えるようにパンパンと手を叩いた。
「ご来場の皆様、お見苦しい姿をお見せして、大変申し訳ありません。親族間のトラブルにより、式は中止とさせて頂きます。今後の対応につきましては、追って連絡致しますので、しばらくお待ちください。本日は、私達の結婚式にわざわざお越しくださり、誠にありがとうございました」
私は出来るだけ声を張り上げてそう言うと、ペコリと頭を下げる。
すると、少し遅れてカーティス様も頭を下げた。
私達の晴れ舞台を見に来てくれた人々が困惑気味に会場を後にしていく。
────こうして、私とカーティス様の結婚式は滅茶苦茶になり、中止となった。