戦の準備《カイル side》
それから、急いでカラミタ王国に帰還した私は、家臣たちに『エスポワール王国の都合で一方的に婚約破棄された』と嘘をついた。
諸悪の根源であるリナとカーティスには、自室で謹慎するよう命令している。
本来であれば、戦争の引き金となった二人は今すぐ処刑するべきなのだが……婚約破棄の本当の理由を伏せている以上、何も出来ない。
適当な理由をつけて殺すことは可能だが、この忙しいときにわざわざ二人の処刑を行えば、貴族たちに怪しまれる……。
謀反を防ぐためにも、今は慎重な行動を取るしかない。
私は執務室で書類仕事をこなしながら、『はぁ……』と深い溜め息をついた。
報告書に交ざっていた手紙を手に取り、中身を確認する、
「……コモディン王国からの増援も望めないか……」
『戦争に協力することは出来ない』と書かれた手紙を見つめ、私はガックリと肩を落とす。
文章を読む限り、逃亡の手助けすらも引き受けてくれないらしい……。
最後の頼みの綱であるコモディン王国からも見放され、私は絶望に苛まれる。
協力を要請した全ての国に見捨てられてしまった……まあ、ある意味当然の結果か。
相手は魔法大国として恐れられるエスポワール王国なのだから。誰も敵に回したいとは、思わないだろう。
恐らく周辺国はその場の勢いに任せて、エスポワール王国に戦争を仕掛けた時から、カラミタ王国を見限っていたのだろう。
今思えば、あの時の決断は実に軽率だった。
この戦争のそもそもの原因は、エスポワール王国との交渉に腹を立てた私にある。
我々カラミタ王国はエスポワール王国の魔法技術を取り入れようと、ホールデン王家に話を持ちかけた。交渉の末、宮廷魔導師を数人派遣してもらえることになったのだが、そのとき提示された見返りがあまりにも莫大で……つい腹を立ててしまったのだ。
『そんな馬鹿げた金額払えるか!』『減額する気がないなら戦争だ!』と……怒りに任せて、戦争を仕掛けてしまった。
結果は言うまでもなく惨敗。エスポワール王国は、これ見よがしに魔道具や魔法を我が国に撃ち込んだ。
そのとき、私はようやく理解した……宮廷魔導師を借りる上で提示された金額は、決して法外な金額じゃなかったことに。
あれだけの魔法技術と破壊力を持つ者たちに協力してもらうのだ、大きな見返りを求めるのは当然だろう。
あのとき、ケイトが私を止めてくれれば……こんな事にはならずに済んだかもしれない。
「チッ!あの堅物女め……!何故、私を止めなかったのだ!それでも、この国の王妃か!あんな奴でも王妃が務まるなら、レイチェルの方がよっぽど良い働きをするだろう!」
ただの八つ当たりだと分かっていても、誰かのせいにせずにはいられない。
現にケイトは何度も『今からでも遅くありません!ホールデン王家に謝りましょう!』と、私に助言していた。
それを無視したのは、他の誰でもない私だ。
「嗚呼、レイチェルに会いたい……今はもう何も考えたくないんだ……」
何もかもから逃げ出したい私は、現実から目を背けるように俯いた。




