王妃の選択
聞き慣れない高音ボイスに目を見開くと────今までずっと沈黙を貫いてきたケイト王妃陛下が立ち上がる。
青髪翠眼の美女は、テーブルの上に置いてあった万年筆をそっと手に取った。
「確か婚約関連の書類のサインは王妃でも問題ありませんでしたよね?」
「あ、ああ……確かに問題は無いが……貴様はそれでもいいのか?」
カイル陛下の往生際の悪さを目の当たりにしたからか、誰もが不信感を抱く。
『どういう風の吹き回しだ?』と困惑する中、彼女は自嘲気味に微笑んだ。
「良い……かどうかは分かりませんわ。この書類にサインすれば、エスポワール王国とカラミタ王国の仲は完全に引き裂かれてしまいますから……でも、このまま駄々を捏ね続けるのが最善とは思えません。ネイト陛下の様子を見る限り、和解はもう難しいでしょうし、最悪ここで斬り殺される可能性だって、ありますから。それに……」
そこで言葉を区切ると、ケイト王妃陛下は悲しそうに顔を歪める。
「欲に溺れるキャンベル王家がこのままカラミタ王国を支配しても、民が苦しむだけですわ。それなら、いっそ滅びた方がいい……私はそう考えたのです」
淡々とした口調でそう語ったケイト王妃陛下は、どこかスッキリした様子だった。
もしかしたら、彼女はもう疲れていたのかもしれない……側妃に夢中になり、政を疎かにする王と性欲に溺れた息子に……。
だって、彼女はよく分かっているから────王族が腐敗し切っていることを……。
ケイト王妃陛下は、書類の横に手を添え、おもむろに万年筆を構えた。
「ま、待て!ケイト!早まるな!!お前はカラミタ王国を滅亡させる気か!?」
「ええ、そのつもりですわ」
「なっ、なんだと……!?お前はなんて酷い奴なんだ!愛国心というものがお前にはないのか!?一体誰のおかげでここまで……」
「────カイ、もう全て遅いのよ。諦めなさい」
「っ……!」
ケイト王妃陛下に『もう無理だ』とキッパリ言い切られたせいか、カイル陛下は悔しそうに口を閉ざした。
様々な葛藤に苛まれる彼を尻目に、ケイト王妃陛下は書類にサインをする。
そして────出来上がった書類を父ではなく、私に差し出した。
えっ、と……?何故、私に……?
「ニーナ王女、カーティスの母親として謝罪させてちょうだい。うちのバカ息子が貴方の真心を無下にして、本当にごめんなさい。これはバカ息子をきちんと教育出来なかった、私の落ち度でもあるわ」
「ケイト王妃陛下……」
「貴方の幸せを心の底から祈っているわ……って、敵国の王妃である私が言うのも変な話だけれど」
クスリと笑みを漏らす彼女は、楽しげに笑う。
でも、その笑顔はどこか苦しそうで……ちょっとだけ切なかった。
やるせない気持ちを抱えながら、私は婚約解消の書類を受け取る。
愚王と呼ぶべきカイル陛下が何故、今までちゃんとやって来れたのか、分かった気がする……きっと、ケイト王妃陛下がずっと裏からカラミタ王国を支えてくれていたんだわ。ただ民を救いたい一心で……。
「それでは、ホールデン王家の皆さん、私達はこれで失礼致します。一ヶ月後またお会いしましょう」
ドレスのスカートをつまみ上げ、ケイト王妃陛下は優雅にお辞儀する。
────こうして、ホールデン王家とキャンベル王家の話し合いは、幕を閉じた。




