第零話『変わらぬ景色』
既に投稿されておりますスライム戦記、を更に書き直したものとなります。
次回投稿はまだ分かりませんが早めに書く事を目標にします。
【本日十二月九日から土日含め、最終話まで毎日投稿、毎日更新を行います】
化物の姿がそこにある。
爽やかな風が水面のような体を揺らし、その中心に浮く誰のものか分からない眼球がぐるりと回った。とても不可思議な動きをするが、やがて一つ、捉えた。
それはこの大陸にかつて民から慕われた聡明な王がいて、そんな彼に生涯ついていく決意をした、魔物にすら心優しき、真に純粋な心を持つ王妃の存在を思い出させるもの。
そんな……彼らが殺されて、百回目の夏を迎えてしまった。
注視しなければ気づけない変化だが、着々と『火種』は育ち続けている。
裏切られて略奪された肥沃な国の中心地、深い溝に守られた城と城下町に、平原にある小高い丘からも見える、城の後方に存在する忘れられた牢獄……最弱の魔物の眼球は、百年も変わらぬ景色を捉えている。
それを含めて作り上げてきた『火種』なのだ。それが出来上がれば火口へ、火口から薪へ、大きくなる炎を移すのみ……だが雑になってはいけない。火種は強風や雨に弱く、一つ間違えれば水泡に帰す。
だから魔物は適切なタイミングを、溝の底に町が作られてなお、何があっても計り続けたのだ。
魔物は景色に想い馳せながらも無い頭を巡らせ、また一つ約束をした。
――それは、決して語られない筈だった。
聡明な王と交わしたたった一度の約束を守り続ける魔物など、まして百度目の約束など、滑稽でしかない。
朝焼けに包まれる世界、鳥のさえずりがどこか大きく聞こえ、空を仰ぐ。
今日は快晴だ。雲一つない青空が広がっている。
ふと、夜の残り香を感じる。吹雪く星屑の中でいっそう光り輝くそれ……一番星だ。
火種は、火口へやれば瞬く間に炎になってくれる。薪を燃やし、煙を上げるまでそう時間はかからない――――静かに火種を守り、育て続ける彼を見て、誰かが伝承と一緒に歌った。
豊かな農地から緑に戻った平原、小高い丘に彼はいた。
一つしかない眼球が見るのは忘れさられた牢獄。
かつて愚王から奪ったこの地、我らが賢王が蔓延る魔物の王を閉じ込めた牢獄。
一つ目の彼の目に感情はない。彼を慕う人々は一体何を思うのだろう。
剣を捨てよ、拳を下げよ、待っているのは破滅か死だけだ。