【かなりあとの話-5】王弟殿下の言葉を届けよう。
かなり後その5です。
これでようやく終わりになります。
「なんであいつがまたいるんだ?」
涼しく冷房の効いたリビングでシャリシャリとカキ氷を食べている奴がいる。
「お邪魔してまーす」
光の加減で紫色とも黒色とも見える髪色をした水色の瞳の男が顔をこっちに向けてにこりと笑いながら軽く頭を下げた。
「お帰りなさい」
その男と向かい合い、美月さんがカキ氷をスプーンで崩していた。
美月さんは崩してから食べるタイプだ。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
問題はこの男。
「まあまあ、お父さん。そろそろ歓迎して頂きたいですね」
「誰がお父さんだ!誰が!!お前からそんな風に呼ばれたくはない!!」
そんなやり取りをしていたらガチャっとリビングのドアが開いて未来が入ってきた。
「暑い!暑い〜!もう溶ける!外暑すぎ!!」
「あらお帰り」
「未来さん、お帰りなさい」
未来はチラッと紫の髪の男を見たが、すぐに美月さんのカキ氷に視線を移した。
「お母さん!わたしも欲しい〜!」
「だって。未来もほしいそうよ」
「未来さん、作りますよ」
その言葉の発言元をチラリと見た未来は少し口を尖らせた。
「何であんたがいるの?」
そうだ!そうだ!
もっと言ってやれ!!
しかしその紫色の髪の男はすこし微笑みを浮かべてから
スッとソファーから立ち上がり手を上げた。
「未来さん、早くお皿持って来てください」
「あっ!へっ?はい?」
慌てて未来が食器棚からガラスの器を出してリビングテーブルの上に置いた。
するとサラサラと氷がそのお皿の中に降り注いだ。
あっという間にカキ氷ができた。
こいつの魔法属性も氷だ。
「何だかこの頃慣れてきたわ。始めは凄く思えたけど…」
美月はドサリとソファーに座り、机の上のイチゴシロップを手にとりカキ氷にかけ始めた。
こいつがこの家に毎日顔を出すようになってもう一年になる。飽きもせずによく来るな。
美月は大学一年になっていた。
今は医大に通っている。
「お父さんも食べますか?」
「「誰がお父さんだ!」」
未来と俺は同時に叫んだ。
あの時、キーシスが持ってきたカーラの血からウィルスが特定された。
俺はある程度の薬草の知識が頭に残っていたし、美月さんもラティディアとして暮らしていた中で文献とか読み漁っていたためよく知っていたから一緒に考えてくれた。
血液中に入り込んだウィルスが魔力と反応して血管に塊を作ってしまう。その塊を溶かし、血液の中に入り込んだウィルスを浄化、一掃する薬を作った。
キーシスがジェイより飲み込みが早く、魔力も多く強かった為すぐに街に配布できるくらいの薬を作ることができた。
そして予防として伝染する媒体を遮断する。
何とかそれで落ち着いたようだ。
若い人に多く出たのは代謝が良いから体中に回るのが早かったから。
魔力が無い人は反応しないし、多い人は血液中に入り込んだウィルスを消滅してしまっていたらしい。
カーラもライ王子も間に合ってよかった。
で、落ち着いてよかった、よかった、で終わりのはずだった。
しかし何故こいつは毎日毎日この家に来る!!
「未来さん、今日こそ良い返事を貰いたいです」
一瞬殺気に近い感情を顔に表した未来は口に入れていたスプーンをカキ氷にザクッと刺した。
「無理!」
「残念ですね。ではまた明日にしましょう。ふふふ」
「あー!だから何?いつも言ってるわよね?私には付き合っている人がいるの!あなたと一緒にはいけないから!!しつこい!」
「私は気が長い方です」
毎回繰り広げられるこの会話に俺と美月さんはため息をつく。
薬を作り出す際、ずっと未来はキーシスのそばに付き添い、親身にアドバイスをしたり相談に乗っていた。
そのせいでどうもキーシスは未来を好きになってしまったようだ。
「だいたい世界が違うの!親が許すわけないでしょ!」
「お母さん、ダメですか?」
「あら、たまに戻ってきてくれるならいいわよ」
「「は?」」
また同時に俺と未来は声をあげた。
「ほら、お母さんのお許しもでましたから一緒にいきましょう。父上や母上にはもう言ってあります。あなたが来るのを楽しみにしてますよ。」
「は?俺は許してないぞ!何でジェイの息子なんかに娘をやらなきいけないんだ!」
「父上は喜んでいましたよ」
「は?だってお前たちは受け入れる方だろ?手放す方の気持ちを考えろ!」
「だからたまにはこちらに帰らせるようにします」
「未来は断ってるんだ。話を進めるな!」
「未来さん、王弟として父上は公爵の位を貰っているし、私は跡継ぎだ。公爵夫人として自由な暮らしができるよ。まだこっちで勉強したいなら一度結婚してから戻ってこればいいよ」
「お母さんはいいと思うけどなー」
「は?人ごとだと思って軽く言わないで!」
…そんなことの繰り返しだ。
キーシス…お前誰に似たんだ?
ジェイ?やはりカーラっぽいな。
※※
「じゃあキーシス、未来を頼んだわね」
「はい」
あれから更に二年が経っていた。
結局未来は折れた。
「毎日毎日鬱陶しい!もういい加減にして!」
「私は何度でも来ます。明日も、明後日も、次の日も」
「あー!もうわかったわよ。行くわよ。行くわ!行くからー!」
キーシスの粘り勝ちだ。
しかしそれなりにこの二年、未来も満更嫌そうではなかった。
キーシスが来ない日はすこし寂しそうだった。情が移ったにせよ未来が行くと決めたことだから親としては見送ることにした。
「ジェイによろしく」
「父上からあなたにこれを預かっています」
キーシスはすっと手を前に出した。
何も無い掌が白く光ったと思った瞬間
キーシスの手には小さな瓶があった。
瓶にはキラキラと紫色に輝く液体が入っていた。
「父上がアネモネの花から取り出したものです」
俺はそれを手にした。
さぁっと瓶全体が紫色に輝いた。
ジェイがこの世界に来るのは無理だ。
魔力が足りないらしい。
それに体の分子を分解してまた組み立てるのは若い人でないと難しいみたいだ。
代謝が良く無いとダメらしい。
もしこっちにきてもうまく体を再生できないと結局は心だけに残ってしまい彷徨ってしまう可能性があるそうだ。
「この世界とあっちの世界を行き来すると体重が少し減るんです。組み立てしそこねた部分があるみたいなんです」
と、キーシスは笑って言うがあまり笑い事ではないと思う。
キーシスの力で未来はなんとか行き来できるようだが
多分ある程度の年になると戻ってこれないのだろう。
美月さんも未来もそれはわかっているはずだ。
それでも娘の決心を受け入れ、娘の幸せを願う。
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、すぐに帰ってくるからね」
ん?おい?すぐって…今の今で出戻り宣言はやめてくれ。
「やだな、ツンデレなんだから」
「誰が!」
「だから未来さんが」
「仕方ないから一緒に行ってあげるの!」
「昨日はそんなこと言っていませんでしたねー。ふふふ」
「昨日は…あ…いや、その」
何やかんや言ってうまくやっていくだろう。
大丈夫。あっちにはジェイがいる。
カーラもラティディアもエディシスフォードもいる。
みんなお前を守ってくれるはずだ。
「未来…」
美月さんは泣くのを我慢した顔で娘を呼んだ。
そして彼女の手を握った。
未来が少し驚いた顔をした。
「お母さん?」
未来の手の中にはあの指輪があった。
シトリンが黄色の輝きを発している。
「これはお母さんを守っていてくれた。だから今度はあなたを守るわ。あなたには栄さん、翔、私、新がいつだってついているわ」
後ろで新がすこし泣いているような声がした。
未来の目から涙が溢れていた。
「幸せになるのよ」
未来は指輪を胸に押し当てて顔をブンブン上下に振った。
キーシスが頭を下げた。
彼が未来の肩に手を触れた瞬間二人の姿が消えた。
俺たちはずっとその場所を見ていた。
誰も何も言わなかった。
俺は掌を広げ瓶を見た。
紫色の光はまだその瓶を覆っていた。
ジェイ…頼んだぞ。
その瓶をギュッと握りしめた。
窓を締め切った部屋の中に風が舞った。
柔らかな暖かい風。
心地いい風だ。
紫色のアネモネの花言葉、信じて待つ…。
何かあいつそんなにロマンチストだったか?
ふふふ、そんなタイプじゃないだろ。
もう一度手を開いて瓶を見つめた。
目を閉じてうなづいた。
そうだな、今度は同じ世界で生きよう。
お互いの顔をみて、肩をくんでいろいろな話をして、たまには喧嘩もしようか。
お前となら楽しいだろうな。
俺は久しぶりに聞いた懐かしい声をずっと耳に残した。
ー『いつか必ず会おう』
「ん?どこ行ってた?」
「ちょっとねー。私って何て良い女神なんでしょう」
「自分で言うか!」
目の前の青い鳥に姿を変えた女神がいる。
「でどうせまた人の人生に手を出して楽しんでたんだろう。ふんっ」
「いやだ、みんなが幸せになるように頑張ってるのよ!
今も異世界間の友情とやらを華麗に演出してきたところよ。このあとどうしようかしら?んー。」
「…変な奴に目をつけられたな。かわいそうに…」
あら?スイートポテトがあるじゃない。ちょうだい!」
「あ、こら!オレの分だ。勝手に食べるな!」
「あら、ケチね。」
「ムー?どうしたの?あら?また鳥さん来てくれたの?あなたの分のスイートポテトも持ってくるわね」
シャーリーが楽しそうに手を合わせる。
…全てこの人の仕業にしてしまいました。
(前作品のオバさん転生の女神様です…)
お読みいただきありがとうございました。
番外編終わりです。
なんとかまた新しい物語を書いていきたいと思います。
(煮詰まるとまたこっちに戻ってくるかもしれませんが…)




