【かなりあとの話-4】王弟殿下の言葉を届けよう。
翔視点です。
「何があった?」
「…」
キーシスは厳しい顔をして口をギュッと結んだ。
カチャンと音がした。
美月さんが紅茶のカップに手をかけて口に運んだ。
「ゆっくりで、落ちついて話せばいいわ。
ほら、あなたもそんなに大声ださない。キーシスが萎縮して何も話せなくなるわ。ねっ。」
キーシスはそんな美月さんを見て少し表情を和らげた。
彼はじっと紅茶を見つめていたがしばらくしてゆらゆらと紅茶を揺らした。
「この頃、原因不明の病気が広がっていて…」
「病気…って?」
「わからないんです…とにかく食事、水分が取れず日に日にやつれていくんです…」
「み、みんなは大丈夫なの?!」
美月さんはすごい勢いで声を上げた。
さっき俺に大声出すなって言ったのに…。
「市民に死者が多数出ていて…」
「伝染的なものなのか?」
「父上はずっと実験室にこもったままで…あまり食事もしないで…」
美月さんは何も言わずにずっと彼の顔を見ていたがしばらくして静かに口を開いた。
「…ラティディア?カーラ?エディシスフォード陛下?もしくは…」
美月さんが名前を連ねだした時、ようやく気づいた。
まさか…
「母上が…」
キーシスが重苦しく口を開いた。
「カーラが…」
美月さんの顔が青ざめていく。
「あと、第一王子が…」
美月さんが紅茶のカップを落としそうになった。
しかし寸前でしっかり持ち直してゆっくりテーブルに置いた。
「何てこと…こんな時に私はあなたのそばに入れない…
ラティディア…泣いてない…?大丈夫…?ラティディア…」
俺は美月さんの肩に手を置いた。
美月さんは少し震えていた。
「遠い国に親友がいると父からいつも聞かされていました。会いたくても会えない。でもいつもそばにいてくれる。母上も呆れるくらい懐かしい目をして何度も話してくれました」
「ジェイ…」
「幼い時はもしかして父上は母上よりもあなたが好きなんじゃないかと考えたくらいです」
「えっ?!」
美月さんが声を上げた。
いやいや…美月さん違うから。無いから!
俺はため息をついた。
「は?何なんだ。あいつは…ったく俺には変な気はないからな」
「大丈夫です。わかってます。小さな子供の勘違いですから気にしないで下さい」
「あら、残念」
美月さんが何やら安心したような残念なような顔をしながら小さな声で言った。
…少し期待してた?
「あなたのことは小さい頃からいろいろ聞かされました。この世界には無い知識があること。それが化学と言われる学問だと…。父上はいつも言っていました。自分の魔力と合わされば出来ないことはないと。だから姉様と相談してわたしはあなたに会いにここに来たのです。お願いです。助けてください!母上をライ様を!あの国を…!お願いします…」
ジェイ…大きくしすぎ。
天下無敵ではないぞ。
そんな得体の知れない病気なんて対処できるか!
美月さんは俺の腕を握った。
俺たちは目を合わせた。
もしかしたら俺も震えていたかもしれない。
「ジェイ…大丈夫か…しっかりしろよ」
俺は小さな声で言った。
自分に言い聞かせているようだ。
どうしたらいい?
ジェイ…。何をしたらいい?
「ねぇ、水分もとれないの?」
「未来?」
娘の未来がリビングのドアをそろりと開けて話しかけてきた。ドアの向こうで聞いていたみたいだ。
紫の髪色の奴が突然やって来た。どうも両親の知り合いみたいだ。まあそれなりに興味はあるだろう。仕方ないか。
「熱はあるの?」
「高熱が出る。ただその熱が引いてからは微熱が続く」
「脱水症状は?呼吸は?」
「たまに息苦しくしてる」
「他に気になるところは?」
「湿疹が出る人もいるようだ」
「かかる人の分布はわかる?」
「あまり老人はかからないらしい。やや男より女の人が多いかな?あとは…20代前後が多いかな?」
「んー」
少し考えこんでいと思ったら突然携帯を取り出して電話をし始めた。
「何ですか?あの四角いものは?」
携帯を知らないんだな。
未来が誰に電話をかけているのか気になりながらもキーシスに説明をした。
「あんなもので遠くの人と会話ができるのですか?」
「この世界には魔法は無いからな」
驚くキーシスと話しながら未来を気にする。
どうも電話の相手は蒼介のようだ。
蒼介は父さんの知り合いの医者の息子だ。
そうあの爆発の時に俺と美月さんが入院していた病院に勤めていたあの医者、彰人おじさんの息子。
実は大きな病院の跡取り息子だった。
あの時は医者としていろいろなことを学ぶ為に自分の家ではなく他の病院に勉強に行ってたようだ。
父さんが亡くなってからはいろいろ気にかけてくれた。
何で未来が蒼介の連絡先を知ってるんだ?
変なところが気になる。
「うん、そう。確か文献にあったけど死亡率はそんなに高くはなかったはずなのよね。ああ、うん、そうそう」
美月さんが俺の不思議そうな表情を読みとってくれたようで説明してくれた。
「未来は将来医療の道に進みたいのよ。だから彰人おじさんの病院、蒼介さんのところで勉強がてら手伝いさせてもらってるのよ」
確かに未来が医療の道に進みたいのは前から聞いていたが蒼介のところに出入りしてるなんて聞いてないぞ。
「まあ、黙っていたのは理由があったからなの…ちょっとね…まあそんなところよ」
美月さんが言葉を濁す。なんだ?…ん?
…あっ蒼介の息子か!!確か未来と同じ高校だったな。ったく高校生のくせに色気づきやがって。
そんかわけのわからないイライラに支配されそうになりそうな時、未来が電話を切って近づいてきた。
「よくわからないけどあなたはこの世界の人ではないのよね?あなたの世界の人とこの世界の人は何か違うみたいだけどパッと考えて何か思い当たることがある?」
「魔力がある?くらいかな?」
キーシスが未来の問いに答える。
「あ、いや。魔力なら多少はこの世界にもあるぞ」
「えっ?」
しまった!咄嗟に答えてしまった。
「ああ、いや…多少お湯を覚ますとか…疲れをとるとか…なら…できるくらいの魔力は持っているはずだ」
美月さんと未来の目がキラキラしていた。
「「魔法使えるの??」」
まあそうなるな。
「ああ…ジェイからコツを…」
「じゃあ私も使える?」
美月さんがずいっと顔を近づけてきた。
好奇心に満ちた目だ。
「ああ、今はカーラを…なっ?」
「そうね!そうだわ。未来、何かわかるの?」
未来は真剣な顔つきをした。
「多分…」
なんらかのウィルスが体に入り込んでいる可能性があることや魔力が悪化させているような気がすると話した。
そして
「話だけじゃわからない。実際採血をしてみないと…。多分血液を調べればある程度ウィルスがわかるはず」
「母上の血をとってこればいいんだね!わかった。すぐに言ってくる」
「あ、すぐ…って?」
「姉様!お願い!!」
と、言うとすっとキーシスの姿が消えた。
俺たち3人は今までキーシスが座っていたソファーを見つめた。
「あら、やだ。やはりカーラの子供ね。ふふふ」
美月さんが笑った。
「全くだ」
俺も同意した。
そして次の日、手に小さな小瓶を持ったキーシスが玄関に立っていた。
お読みいただきありがとうございます。
やはりあと1話では無理でした。
次で終わりです。
書き終わってはいるので近いうちにアップできると思います。