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【それからの話ー2】現実世界に生きていく君に愛を送ろうか。 その2 

「私は家を近い内に家を出なくちゃね。」


リビングでお茶を飲みながら美月さんは話した。


「いや、美月さんはここにいてくれていいんだよ。」


少し熱かったのかお茶を口にした彼女はしかめっ面をした。

そしてずっと湯呑みの中を見ていた。


「だって…」

「家族じゃないか?行くところあるの?」


美月さんは下を向いて首を横に振った。


「美月さん…」

「ありがとう。」


そう一言言って彼女と俺は黙り込んでしまった。


父さんがいない家はこんなに静かだったのか。

俺には彼女を笑わせることは出来ないのか…。


「でもね、家族じゃないの…」

その静寂を破り、美月さんが呟いた。


は?何言ってるだ?

この人はまた遠慮してる。


「確かに血縁関係とかは無いけど、美月さんは父さんと結婚しているんだ。家族だよ。」


ふるふる顔を振る。

明るい茶色の肩までかかるくらいの髪が揺れる。


彼女はすっと立ち上がりリビングのドアを音を立てずに開けた。


彼女はリビングから出て行った。

トントンと階段を登る音がする。


ガチャと扉が開く音が二回した。

そしてまたトントンと音がする。

どうやら部屋に何か取りに行って戻ってくるようだ。


美月さんがリビングのドアを開けて入ってきた。

手には茶色の封筒を持っていた。


ソファに座る俺と向かい合わせに立ち、テーブルにすっと置いた。


「見ていいの?」


そう聞くとコクリと頷いた。


俺は封のしていない茶色の封筒を開けた。

そこには縦に四つ折りにおられた紙が一枚、

真っ白な何も飾り気のない紙に書かれた手紙が一枚、弁護士の名前の書かれた名刺が一枚入っていた。


その二つの紙を手にしてどのくらいの時間が経っただろうか。

それを見た俺は動けなくなってしまった。


雨がひどくなり窓に打ち付ける音が大きくなっていた。


「美月さん…どういうこと?」

ようやく俺は言葉を絞り出した。


二枚の内、四つ折りになっていたのは婚姻届。

美月さんの少し小さい丸い文字が見えた。

しかし父さんが書かなくてはいけない欄は何も書いていない。真っ白だ。


「わたしは栄さんの奥さんでも何でもないの。」


彼女の目からはもう涙は出ていない。

虚な視線はどこを見ているのか分からない。


お通夜からお葬式、墓前で枯れてしまっているのだろうか?


手紙を読む。

父さんの字だ。

少し右斜め上がりでお世辞にも綺麗と言えない文字を見た途端、ポツリと紙に水が落ちた。


父さんが亡くなって初めて流した涙だ。


「栄さんは自分が亡くなったらこれを翔に渡して欲しいって。」

「はっ…なんだよ。何なんだよ。」


涙が止まらなかった。


「栄さんは私とは結婚できないって一点張りだったの。でも私は一緒にいたかった。だから籍は入れなくてもいいから一緒にいさせてってお願いしたの。栄さん、困ってたけど最後に折れてくれたわ。私。かなりしつこかったから…。」


知ってたんだ。

父さんは知っていたんだ。

俺が美月さんを好きなことを。


そして父さんも美月さんが好きだったんだ。


「と、父さん…。」


息苦しいくらい辛い。


父さんがいないことを痛感する。

いくら呼んでももう返事すら返ってこない。


言い返したいが相手はいない。


バカ。お人好しすぎるだろ!

自分の幸せを譲るなよ…。

譲られたって嬉しくない…!


きっとそう言われても父さんは笑うだけだろう。


俺はどうしたらいい…。

ジェイ…俺はわからなくなってきたよ…。

ジェイ…なんか言ってくれないか…。

罵声でもいい…。


「ジェイ…」

俺はいるはずもない人の名前を口に出して

助けを求めていた。


『翔。』


ふと、ジェイの声がした。

キョロキョロ周りを見渡したが彼がいるわけはない。


『ふふふ、俺の魔法、すごいだろ!お前の心がすごく不安定になって俺を呼んだ時に発動するように仕組んだんだよ!さすがだろ!俺って天才だな。はははっ。』


は?魔法?!


久しぶりに聞くジェイの声だった。


『まあ、発動しないならしなくてもいいんだけどな。その必要がないってことはうまくいってるんだろからな。』


これは俺があの世界を離れる前に俺の心の中にジェイが仕込んだんか?


『これが聞こえてるってことは何か悩んでるんだろ?

俺に助けを求めるくらいにな。何があったのかは分からないけど、お前はいざって時に推しが弱いんだよ。すぐ人のことばかり考えるんだから。お前に押し売りされた幸せをお前にも返してやるよ!ほらほら推していけよ。言わなきゃ始まらないぞ。』


「ジェイ…」


『砕けちってもモテるんだろ?次があるさ。まあ、一回砕け散るのもいいんじゃないか?』


「は?何だ?他に言い方ないんか!」


『大丈夫、うまくいくよ。お前がこの世界で美月さんを守っていたんだ。彼女も分かっているよ。そう、お前なら絶対大丈夫だ。俺がそう言うんだから間違いないぞ!』

「すごい自信だな。」

『遠く離れていても、もう会えないとしても俺たちは一緒だ。俺が幸せなんだ。お前も幸せになるんだよ。翔、どこにいてもお前を感じてる。遠い世界からお前の、友の幸せを祈ってるよ。』

「ああ。」

『頑張れ。俺はいつもお前の側にいるからな。いつでも見守っている。』

「ジェイ、ありがとう。やってみるよ。」


俺は天井を見つめていた。

いつのまに涙は止まっていた。


ふっ、と笑いが出てきた。


「翔?大丈夫…?」


美月さんが心配そうに覗き込んできた。


「ああ、大丈夫。」


俺はソファーから立ち上がり近くの棚からペンを取り出した。

そしてもう一度ソファーに座りテーブルにさっきの紙を広げだ。


「翔!何を?!」


俺は美月さんが驚いているのを横目に自分の名前を空白の欄に書いた。


「ほら。」


書き終えてペンを置き、美月さんに見えるようにその用紙を掲げた。


「多少強引なのは認めるよ。こうでもしないとまたジェイに怒られるからね。ふふふっ。」


さあ、少し昔話から始めようか。

君は覚えてるかな?


俺が君に初めて会った日。

父さんの隣にいる君を見た日。

ラティディアの中の君を見た日。

ラティディアから離れた君を見つけた日。

この世界に帰ってきた日。


父さん、ジェイ、ありがとう。

俺はこんなに愛されていたんだね。


大丈夫。心配しないで。

俺はもう大丈夫だよ。

ありがとう。


父さんの手紙にもう一度目を通して、深呼吸をした。

手紙をすっと机の上に置いて俺は目の前にいる人に視線を移した。



〝翔へ


遺産は弁護士に手続きしてもらうように頼んであるから大丈夫だ。


しかし私の残していく中で一番大切で、大事にしてきたものは自分で手続きして欲しい。


よろしく頼むな。


             父より〟




※※


「ん?」

「あら?ジェイ様、どうなさいました?」

「ああ、やっぱりな。ようやくだな。ふふふ。」

「あら?何だか楽しそうですね。」

「そうだな。」

「あ!ライ様、レイ様だめですよ!サラも!そこは危ないって!」


目の前で妻が子供達と戯れている。


「もうっ!ジェイ様は笑ってないで三人を止めてください!」


金髪に碧眼の男の子の双子。

ピンクの髪に水色の瞳の女の子。


毎日愛しい人達に囲まれている。


「お嬢様が今大変なのでわたしはそっちに行きたいんです!

お嬢様〜!!お側を離れて申し訳ありません!!」


そういえばさっき兄上が慌てて帰ってきた気配がしたな。

そろそろなんだ。


「ライ様、レイ様。そろそろあなた方の妹君が産れると思いますよ。お二人はお母様が心配なんですよね?ほらほらカーラも怒りっぽくならない。みんなでラティディア様のところに行こうか。って中には入れないから隣の部屋で待たせてもらおうか。」


「お父様!サラも行く!抱っこして!」


俺は娘を抱き上げた。

カーラはライ様とレイ様と手を繋いだ。

ゆっくり歩き出した。


カーラが隣で笑った。

子供たちも笑っている。


『翔、頑張れよ。もう一つ仕掛けた魔法が発動しないように祈ってるよ。

でも、出来ればお前に会いたかったな。まあ、幸せならいいか。』


晴れ渡った青い空にすこし冷たくなった風が吹きぬけていく。

白い月を見ながら俺は笑った。










お読みいただきありがとうございました。


なんとか完結まで辿り着きました。


この結末だけは初めから決めていたのでここまで辿り着けて本当によかったです。


ありがとうございました!



またまったり新しい物語を描いて行こうと思います。

次もお会いできれば嬉しいです。


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