【それからの話ー1】現実世界に生きていく君に愛を送ろうか。その1
その後の翔の話です。
雨が降っている。
しとしとと冷たく静かに・・・。
秋も終わりに近づいてきた。
あれから何度の秋を過ごしただろう。
日が傾き始めた。
少し肌寒くなっただろうか。
目の前に小さな肩が震えているのがわかる。
俺は後ろに立ってずっと傘をさしている。
どのくらいこうしているだろう。
「そろそろ行こうか。」
目の前でずっと座っている人は動かない。
ずっと前を見つめている。
何を話しているのだろう。
あれから5年経っていた。
俺は大学を無事に卒業して薬品会社に就職した。
目覚めた時はまだ爆発事故から5日しか経っていなかった。
あの世界で5年過ごしたはずだった。
どうなっているのかは深く考えないようにした。
俺たちが異世界に行って、帰ってきた事だけでもすごい事で考えてもわからない。
あれから俺たちは全く何もないように過ごしてきた。
美月さんからあの世界の話がでることはない。
彼女は何も言わない。
だから俺も何も言うことはない、聞くことはない。
ただ前と変わらない生活を過ごしてきた。
しかし夢ではないはずだ。
俺は思い出せる。
今でもたまにいないはずのジェイに話しかけてしまう。
大学に戻ってもあんな気の合う友達なんていなかったな。
ジェイ・・・元気か?
みんな変わらないか?
俺はこの世界に帰りたかった。
でもせっかく戻ってきたのに俺は何も進んではいない。
あんなにお前に背中を押されたのにな。
情けないけどどうしようもないんだ。
前に進めなかった俺は後ろばかりみていたような気がする。
今でもお前を思い出す日を過ごしている。
お前も俺を思い出してくれているか?
嫌だな。何だか別れた恋人を想っているみたいだ。
ジェイに何なんだお前は!って怒られるな。
でも仕方ないんだ。
知ってしまったから・・・。あの日に・・・。
「翔くん、よかった。もう大丈夫そうだね。」
「ええ、今日退院できるんです。」
「本当によかったよ。今なら言えるけど一時はダメかと思ったくらいだ。」
そう話しかけてくるのは俺たちが爆発に遭った後に運ばれた病院の医師だ。
実は父さんの昔からの知り合いだ。
俺も小さいころよく遊んでもらった。
「美月ちゃんは申し訳ないけどあと1週間くらい預かっておくからね。」
「はい、すみませんがよろしくお願いします。」
俺は頭を下げた。
「で、栄はまだ来てないのか?」
「は?今日はまだ見てませんね。」
「息子が退院するっていうのに遅刻かよ。昔から時間にルーズなのは変わらないな。」
「考えごとし始めると周りが見えなくなりますからね。」
俺は荷物をまとめて病室を出ようとして美月さんに声をかけた。
「父さん何か用事ができたのかもしれない。どのみちタクシーだからもう行くね。」
「ええ。でも栄さん、何も連絡ないなんてどうしたのかしら?」
ようやくベットの上に上半身を起こしてなら起き上がれるようになった美月さんが首をかしげて答えた。
「まあ、あの人はマイペースすぎだよ。じゃあ、明日顔を出しに来るよ。」
「無理しないでね。翔も退院したばかりなんだから。」
「そんな心細い顔すんなよ。」
「ん・・・。話する人もいなくなるし暇だわ。」
「明日本でも持ってくるよ。今日はもうテレビでもみて寝てて。」
「そうするわ。」
そう言って俺はにこりと笑って手をふる美月さんを見てから病室の扉を閉めた。
その日、父さんが病院に来たのは俺がナースセンターで退院の手続きをしてみんなにお世話になったお礼を言った時だった。
「翔くん!!ここにいたか。」
さっきの知り合いの医師が慌てて俺を呼びに来た。
「栄が・・・今ここに運び込まれた。」
「は?運び込まれたって?どうしたの?」
「ああ、お前には言っていないのか。」
彼は右手を額に当て少し光った汗を拭きとってから大きくため息をついた。
父の運ばれた病室に向かいながら彼を話をしていた。
「少し心配であれから電話をしたんだ。でも出なくて・・・。冴子・・あ、俺の奥さんね。彼女に様子を見に行ってもらうように頼んだんだ。」
俺は顔が青ざめていたに違いない。
「で、家の中で倒れていた・・って感じですか?」
「そう。」
「父は何の病気なんですか?」
「ん・・・君に言っていないことを私が言ってもいいのかな?」
「俺は父さんの身内です。教えてください。」
「仕方ないか・・・。栄は癌なんだよ。」
「・・・が・・ん・・?癌って悪いところを取り除けば助かるんですよね?」
「申し訳ない。できないんだ。もう・・・。翔くん・・・?」
頭の中が真っ白だ。
これから戦闘を挑もうとする相手の現状を知らされた。
「去年、栄からすこし体調が悪いと聞かされて診察した時にはもう…」
「そんなにひどいんですか?」
「転移してるんだ…。俺は手術を進めたんだが首を縦に振らなくてね。知ってると思うけどあいつは頑固だからね。」
「で、あとどのくらい・・・。」
「言いにくいんだけど・・・3年がいいところかな。」
3年・・・。
「美月さんは知っているの?」
「ああ、栄からは美月ちゃんは知っていると聞いている。」
美月さんは知っていた。
知っていて父さんと結婚したのか・・・。
なぜ?どうして?
そんなに父さんが好きだったのか。
打ちのめされた。
ジェイに頑張れと言われた。
俺も頑張ろうと思ってこの世界に戻ってきた。
美月さんと一緒にこの世界に戻ってきた。
しかし・・・
ジェイ・・・ごめんよ。
俺には無理だ。
母親が亡くなって男手一つで大変な思いをしながら俺を育ててくれた父さんから美月さんを奪おうなんて思えない。
そもそも美月さんが俺の方を向いてくれる可能性だって低い。
それなのに俺が自分の気持ちを言って父さんを苦しめることなんてできない。
俺は結局また見てるだけなのか・・・。
ジェイ、お前ならどうやって言うだろう。
お前の声が聞きたいよ。
あれから五年。
父さんは頑張った方だと思う。
「美月さん・・・もう寒いよ。中に入らない?」
目の前の人はスッと立ち上がった。
その人の左の薬指に黄色の指輪が光る。
「栄さん・・・ありがとう。」
彼女は小さくそう言って俺の方へ足の先を向けた。
「翔、長い間ありがとう。傘持ち続けて疲れたでしょう?」
無理して笑顔を作る。
すごく痛々しい。
「今日はお寿司でも買って帰ろうか。」
「そうね。嫌だわ。こんな時でもお腹は空くのね。」
そう言ってはかなく消えそうに彼女は笑った。
いつもお読みいただきありがとうございました。
次でラストになります。




