20話-3 第二王子に幸せを押しつけよう。 その3
穏やかに時間が過ぎていた。
ふんわりと窓から入ってくる風はいつの間にか暖かくなっていた。
春は近い。エディシスフォードの卒業式が近づいていた。
『薬もできた。エディシスフォード達も安心だ。』
ティーカップに入る紅茶からは湯気が出ている。
そんな湯気の向こうから声がする。
「ジェイデン様、どうなってるの?」
「ジェイデン?何なんだ?」
エディシスフォードとラティディアが実験室に押し掛けてきていた。
「ったく、二人揃ってどうしたの?」
「「どうもこうも!公爵令嬢と婚約したって本当?!」」
二人の大声が耳に響く。
慌てて耳に指を突っ込んだ。
「うるさいな。そんな大声ださなくても聞こえるよ。」
二人は周りをキョロキョロした。
「もうそんな驚くこと?」
「お前、相手に会ったことあるのか?ずっとこの小屋と部屋しか行ききしてないじゃないか。」
「いやいや、ちゃんと行事にも出てるし、学園にも行ってるよ。執務室に籠ってる兄上じゃあるまいし。」
「公爵令嬢ってどこの?私知っている人?政略的なものなの?」
「心配しないで彼女が好きだから、一緒にいたいから婚約したんだ。」
ラティディアが安心したように胸に手を当てた。
「「で、誰?」」
俺はラティディアについてきて多分扉の外で控えているだろう彼女を呼んだ。
「カーラ?いるんだろう。入ってこないか?」
扉が静かに空いた。
「失礼します。」
「カーラが知ってる人?」
「ええ…」
ラティディアがカーラの前にキラキラした瞳をして立った。
「ねぇ、カーラ?どんな人なの?可愛いの?歳は?」
「あの…」
もじもじしてなかなか答えないカーラに対してラティディアは攻撃を続ける。
「カーラ?言えないのか?本当は知らないんじゃないか?」
エディシスフォードも仲間に加わる。
やんややんやカーラに質問攻めだ。
カーラは下を向いたまま赤くなっている。
チラッとこっちを見た。
仕方ないな。
ジェイ、そろそろ助けてあげなよ。
「二人して、俺の可愛い婚約者を虐めないでくれないかな。」
「「はぁ?」」
「ジェ…ジェイデン殿下!」
ラティディアとエディシスフォードは目を大きく見開いてカーラを指差して口をパクパクさせていた。
「すみません!私なんです!申し訳ありません!!」
カーラがバッと頭を下げた。
しかしラティディアがカーラを抱きしめた。
「おめでとう。ふふ。私の大好きな二人が一緒になるなんて
嬉しいわ。」
「お、お嬢様!」
「やだやだ、泣かないで。あなたの幸せを喜んでいるのよ。よかったわね。」
そんな二人のことを優しい気持ちで見ていた。
「意外だな。お前はそんな顔できたんだ。」
「兄上にだけは言われたくないな。」
「書類はお前だろ?あれを使ったな。」
「まあね。」
「お前が一番得したのか?」
「そうかな?」
エディシスフォードも二人の方を見た。
「もう、後からちゃんと説明してね。」
「申し訳ありません…」
幸せってこういうことなんだな。
「ラティア、今日はみんなで夕食を食べようか。」
「あらそれがいいわ。いいでしょ、カーラ?」
「この頃あまり食欲が無いから心配しているんだよ。みんなと一緒ならたくさん食べれそうだな。」
「そうね。」
「まあ、バレたことだし、そろそろカーラをラティの侍女から外したいんだけど、大丈夫かな?」
「そんな!私はお嬢様と一緒にいたいです。」
「カーラ、何で俺は義理の姉になる人に嫉妬しなきゃならないんだ…。」
「す、すみません。でも王太子殿下と結婚するまではこのままでいさせて下さい。」
「まあ、仕方ないね。カーラの気の済むようにすればいいよ。そのかわりちゃんと教養、マナーはラティから教えてもらってね。よろしくね。お義姉様。ふふふっ」
「任せてね。」
と、胸をドンと叩いたあと、ラティディアは少し下をむいた。
そしてペンダントをスカートから出して机に置いた。
「ジェイデン様、すみません。鎖が切れてしまったの。
直してくれませんか?」
「ラティア、それなら専属の宝石商に頼んで…」
その言葉をラティディアは手を出して制した。
「ジェイデン様、あなたに直して欲しいのです。頼めますか?」
何か察したのかエディシスフォードはすっと身を引いた。
「ああ、直すだけならできるよ。」
俺はラティディアからペンダントを受け取った。
キラリと黄色の石が光に反射した。
『美月さん…俺の手にようやくきたね。帰ろうか。』
ラティディアは深く頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「ラティア?どうしたんだ?ジェイデンに何頭を下げているんだ?」
「確かにジェイデン様にも感謝しています。でも今はジェイデン様にではありません。私が感謝しているのは…。ありがとうございました。」
…?彼女は知っている?
手にチャリンと音を鳴らしたペンダントを見た。
ハッと顔を上げた。
鎖は切れていない。
ラティディアはこの石を俺に返してくれた?
ラティディアは知っている?
何故?どうやって?
「夕食、お待ちしてますね。すみませんがカーラは連れて行きますね。服とか選ばなきゃいけないですからね。」
「ああ。」
「ジェイデン殿下?」
「さあさあ、エディスも仕事終わらせてしまいましょう!」
二人の背中を押してラティディアは扉を開けた。
くるりと俺の方を見て笑った。
「…。私は幸せです。」
深々と頭を下げたラティディアに対して手に持っていたペンダントは今までで一番明るく光った。
パタンと扉が閉まった。
『ジェイ…』
『さあ、石を元に戻そう。美月さんもそこに帰りたがっているよ。』
ジェイは棚から箱を取った。
中を開いて銀色の指輪を取り出した。
ペンダントと並べた。
石はずっと輝いていた。
『ジェイ?』
ジェイは無言でペンダントから石を外した。
そして指輪の台座にはめた。
キラリと光って、指輪は元の姿を取り戻していた。
『はい。』
ジェイが静かだ。
『ジェイ?どうした?』
『いよいよお前とお別れだな。』
『エディシスフォードの卒業式の次の日に帰るよ。』
『ああ。いろいろあったけど楽しかったよ。』
『頑張れよ。』
『お前もな。』
『しかし不公平だよな。俺は翔がどうなるかわからないんだよな。できればあっちの世界の翔と美月さんに会いたいな。』
『美月さんは可愛いぞ。』
『お前は?』
『まあ、ジェイよりはいけてるかもな。』
『いろいろありがとう。』
『まだ早いだろ。そんなに急かすなよ。まだ俺はこの世界を見ておきたいんだ。』
『じゃあ、俺たちの結婚式までいる?』
『いつになるんだ?』
『んー兄上の結婚式のあとだからまだ一年以上はあるかな?』
『待てるか!』
『だね。』
二人で笑った。
ペンダントには新しい石をはめた。
同じような黄色の石だ。
机の上に置かれた指輪をとって黒い箱に戻した。
蓋は閉めないでおく。
美月さんももう少しこの世界を見ていたいと思った。
ありがとう。
ふっとそんな小さな声が聞こえた。
俺は頷いた。
数日後、ダリアの裁判があった。
ラティディアはかなり胸を痛めていた。
カーラは真っ直ぐ、瞬きもしないで涙を堪えてずっと前を見ていた。
そんなカーラを心配しながら愛おしく感じているジェイの気持ちがよく伝わってきた。
裁判終わりに倒れたラティディアから嬉しい知らせがあったのはすぐ後のことだった。
兄上の顔は崩れっぱなしだ。
見ていて情けない。
「ジェイ様…お子様が産まれるまでお嬢様についていてあげたいんですが…」
と、言うカーラに対してジェイは少し怒っていた。
「俺はいつまで待てばいい?二人目三人目ができたらまた待つのか?はぁ…」
『お前こそ早く既成事実作ってしまえよ。』
『翔!お前な…ってそうか。そうだよな。』
『…単純なのは兄弟同じか…』
『ああ!いや。待たない!!』
そう言ってジェイはカーラを連れて陛下に直談判しに行った。
結局カーラはこれからは義理の妹と言う立場でラティディアを支えるらしい。
「第二王子の結婚式なんてこじんまりでいいんだ。」
結局エディシスフォードとラティディアの結婚式の前に
二人は結婚することになったようだ。
『まあ、いいんじゃない。本当、意外だったよ。恋愛なんて興味ないって顔して実は独占欲強いとか。笑えるね。』
『悪いか!』
『悪くないよ。カーラと幸せにな。』
『お前はどうなるんだろうな?』
『まあ、なるようになるさ。もともと美月さんは父さんが好きなんだ。ぶつかってくだけたらまた新しい恋でも探すさ。
これでも割ともてるんだ。』
『そうか。』
『明日だな。』
『兄上の卒業式か…』
そう明日はエディシスフォードの卒業式。
そして次の日俺たちは帰る。




