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19話-4 婚約破棄を破棄させよう。 その4

実験室の扉がバタンと勢いよく開いた。


「カーラ?どうしたの?そんなに息を切らして?」

カーラが肩を上下に揺らしながら立っていた。

かなりあわてて走ってきたんだろう。

「ジェインデン殿下・・・どうしたら・・・私はどうしたらいいのでしょうか?」

「ラティディア嬢に・・・。何があったの?」

「お嬢様が……お嬢様が……」


何が起こった?

とにかく泣き始めたカーラをなだめなきゃいけない。

「とにかく何があったか落ち着いて話してくれないか。」

俺は実験室の椅子にカーラを座らせた。


ようやく少し涙が引いた目にハンカチを宛てながらカーラは現状を話し始めた。


エディシスフォードへの恋心。

それを自覚した途端、無くした5年間の自分の行動に対して罪悪感に苛まれた。

両方の抑えきれない感情がぶつかっていた時に運悪くエディシスフォードとダリアが一緒にいるのを見てしまった。


まだ、エディシスフォードはダリアと揉めているようだ。

更に彼はまだ何もラティディアには告げていない。

行動や表情で何も言わなくて分かってもらおうなんてまだまだ甘いな。


二人が別れ話をしているのを誤解したラティディアは自分が勘違いをしていると思ったようだ。

彼女の中で押さえ込もうとしていた気持ちが一瞬で弾けてしまったのだ。


「お嬢様は少し前から悩んでいました。自分の取った行動に心を痛めておりました。周りに迷惑をかけたのに自分だけ好き勝手にできない。しかし王太子殿下と子爵令嬢様が一緒にいるのを見られてプツリと糸が切れてしまったようです。お嬢様はあのままでは自分を殺してしまいます。心が壊れてしまいます。」

「カーラ、わかったから泣かないで。とにかく一度ラティディア嬢の部屋に行ってくるから。」

「無理です。私の言葉だけではなく王太子殿下の言葉さえもお嬢様には届いていません。」

「兄上も?」

「先ほどお部屋に見えましたがお嬢様は全く王太子殿下を見てはおりません。私が余計なことを言ったばかりに・・・。私が悪いんです。お嬢様が悩むのをわかっていたはずなのに言ってしまった。」


カーラは手を付けられないほど興奮して動揺していた。


「カーラ、とにかく一度行ってくるからここで待っていて。」


俺はカーラの前にメロンコーラを残して実験室を後にした。

少し寒くなってきた。風が冷たい。

そんな中ラティディアの部屋に急いだ。


「大丈夫だ。きっと大丈夫。」

そう何回も繰り返しながら早足で中庭を抜けた。


ラティディアの部屋の扉をゆっくり開けた。

部屋の中は薄暗い。もう辺りも暗い。

かろうじてラティディアがベットの上に座っているのがわかる。

俺は彼女に近づいた。

彼女の視点はどこを見ているのだろう?

この世界を見ていない。

その視点の先には何があるのだろうか?


手には三日月のペンダントがぎゅっと握りしめられていた。

俺はそのペンダントをラティディアの手からそっと取り上げた。


キラリと光ったその石は少しくすんで冷たく輝いていた。

寂しそうに見えた。


こんなになるとは思わなかった。

確かにラティディアがこの壁にぶつかることは分かっていた。

ただこんなにもろく弱いところがあったことを知らなかった。


違う・・・知らなかったんじゃない。見ようとしなかっただけだんだ。

彼女は強い。きっと乗り越えてくれるだろうと勝手に決めつけていた。

しかし彼女は優しすぎた。罪悪感を感じすぎた。

記憶の無い5年間の記憶が無いばかりにかえって彼女を苦しめていた。


俺は自分が美月さんと帰ることだけを考えてラティディアの気持ちを安易に考えすぎていた。

こんなに苦しんでいたんだ・・・。


『翔、あまり思い詰めるな。』

『すまない・・・』

『俺だってラティディア嬢に押し付けて過ぎてしまっていたんだ。』

『俺たちにできることはなんだ?』


俺は手の中のペンダントをじっと見つめた。

美月さん・・・どうすればいい?

このままではラティディアの心は壊れてしまう。

エディシスフォードを好きになった自分を消してしまう。


「ない。こんなことになるとは思わなかったんだ。」


ラティディアがここまで深く考えこんで心を壊すことなんて考えていなかった。

俺はすべてをラティディアに"信じる"という一言で押し付けてしまっていたんだ。

ラティディアの幸せを勝手に決めつけていた。

彼女の幸せは彼女の中にしかないのに・・。


「君の思った通りに生きていけばいいんだ。」


美月さんが変えてしまった運命。君のせいじゃないんだ。

全部話してしまいたい。

君は悪くない。君は何もしていないんだから罪悪感に押しつぶされることはないんだ・・・。


「巻き込んでしまって申し訳ない。」


『翔、ラティディア嬢自身が気持ちを整理しなきゃいけないんだよ。時間が必要だ。見守るしかないんだ。』

『ああ。』

『確かに美月さんがこの状態を作ってしまった。それは事実だ。しかし美月さんだって良かれと思って行動したことだ。仕方ないんだ。

だからどんな結果が出ようと俺たちは受け入れなければいけない。』


「君には言わなければいけなかったのか。俺は間違えたのか・・・」


『翔!しっかりしろよ。お前が今こんな状態でどうする。』

『ジェイ、申し訳ない。どうすればいいのかわからない。』

『彼女を信じるんだ。そして兄上を信じるんだ。』

『お前はすごいな。俺はそんなに強くない。』

『強い奴なんていない。みんな考えながら、間違えながら生きているんだ。』

『どうすればいい?』

『お前は美月さんと帰ることだけ考えろ!』


ジェイのその言葉にぎゅっとペンダントを握りしめた。

『…一番自分勝手なのは俺だったんだ。』

『ようやくわかったか!』

『すまない。』

『謝るくらいなら初めからやるな!』

『お前は帰るんだ。強く願うんだ。そして今の状態を冷静に考えろ!』


もう一度ペンダントを見た。

少しキラリと光った。


そうだ、帰るんだ。美月さんと一緒に。

絶対にラティディアを幸せにするんだ。


ラティディア、君の幸せはどこにある?


「君はどうしたい?」


ラティディアの部屋を出たら外にカーラが待っていた。

泣き止んではいたが目はかなり腫れていた。

「ジェイデン殿下、お嬢様は!」

結局何もできなった自分に嫌気がさしていた。

俺は首を横に振った。

「私が余計なことをいわなければ・・・ああ、お嬢様…。」


カーラが泣き叫び出す。

これでは堂々巡りだ。

どうにかしなくては。

「王太子殿下に全部話しましょう!」

「カーラ、それはダメだ。」

ジェイが叫んだ。

それを話してしまったら俺の存在、美月さんの存在がばれてしまう。

「彼らは帰る場所があるんだ。ここにいるべき人ではない。

だから彼らの存在は隠しておかなければならない。」

そう言葉をつないだジェイにカーラは首をかしげていた。


ジェイ・・すまない。面倒事ばかり持ち込んでるな。


『俺とお前の仲じゃないか。俺はお前を絶対に帰してやるからな!』

『俺はお前にとって邪魔か?』

『へ?は?お前な!』

『悪い、何だかお前に迷惑ばかりかけている。自分でもこの感情がわからない。やってられないんだよ。』

『俺はお前といれてよかったと思うよ。これからも一緒にいて欲しいとも思う。でもやはり俺はお前の幸せを一番に願うんだよ!ここにはお前の求めているものはないんだろう?お前の望みは何だったんだ?帰るんだろう!しっかりしろ!このボケ!』


何だか頭をガツンと殴られたようだった。

俺よりジェイの方がしっかり考えを持っていた。

恥ずかしかった。

そんなジェイを見ていたら彼に応えなきゃいけないと思った。


『本当、お前は口悪いな。はははっ。』

『誰のせいだよ!半分はお前のがうつったんだ。』

『はは、だな。ジェイ。俺もお前が好きだよ。』

『は?はい?俺も、もっていったけど俺はお前を好きだとは言ってないぞ。』

『俺もお前と友達としてずっと一緒にいたいと思う。ありがとう。すまない。さあ、考えようか。エディシスフォードはどう出てくる?』

『いつもの翔になったね。』


俺たちは泣き喚くカーラを前にして考えを巡らせていた。


『兄上の出方によってはチャンスじゃないか?』

『ああ、だな。』

『絶対に明日にはラティディアは動く。』


ラティディアはこの後エディシスフォードに婚約破棄を申し出る可能性が高い。

それを止めなきゃいけない。

やはり何度二人で考えても彼女の幸せはエディシスフォードの隣にあると思う。

エディシスフォードの気持ちは決まっている。

だったら…


『兄上を押すしかないな。』

『どうやって?ラティディアに自分の気持ちをぶつけろって言って素直に応じるか?』

『ん…。兄上の気持ちを引き出すしかないな。』


ぐすん。ズズズっ。

カーラがようやく落ちついたよいだ。

「カーラ?大丈夫か?」

「すみません。また、取り乱して。ぐすっ」

「ああ、そうだ!カーラ、お願いがあるんだ。君にしかできないことだ。」


ラティディアがエディシスフォードに背を向けた時、彼が彼女の手を取るようにするには…!


「多分ラティは兄上に婚約破棄を申し出に行くと思う。」

「そんな!」

「兄上は性格上強く出ない。だからもしかしたらそのまま受け入れてしまうかもしれない。」

「えっ・・・」

「だから少し兄上を煽ってくれないかな?

俺も今から兄上に宣戦布告してくるよ。」

「はい?」


押しの弱いエディシスフォードをぎりぎりまで追いつめて本音を出させる。

この気持ちがラティディアの心に届けば彼女の心はきっと開くはずだ。


「さあ、俺が先に行ってくるよ。カーラ、頼むよ。」


カーラの目がキラキラ輝いていた。

彼女は割と愛だの恋だのミーハーだ。

「はい!」

「カーラ、君にかかっているんだ。」

「任せて下さい!」

少し頬を赤くして手を強くグーに握って気合を入れていた。


「ふふふっ」

ジェイが楽しそうに笑った。

『は?何か笑うとこだった?』

『ああ・・?ん?何で俺笑ったんだ?』

『はい?おいおい大丈夫か。いくぞ!』


俺はエディシスフォードの執務室に足を向けた。








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