19話-2 婚約破棄を破棄させよう その2
それから数日、ラティディアの1日は同じように過ぎていた。
午前中は図書館に通う。
お昼過ぎはハーデスに勉強やいろいろ教えてもらう。
3時を過ぎたくらいのお茶の時間に俺の実験室の扉を叩く。
そして今日もメロンコーラを飲む。
たまには他のを出してあげたいが残念ながらそれしかここにはない。
まあ気が向いたら何か用意しておくとしようか。
華美ではないワンピースに軽く結ばれた髪。
よく笑い、よく話す。
場が和む。
割と俺好みの子だ。
『って、ジェイ。やはりこのままラティディアをエディシスフォードから取ってしまえば?』
『あのな!それはお前の好みだろ!』
『俺たちは似てると思ったけど、女の好みは違うのか。』
『あ、いや…。嫌いではない。どちらかというと…あ…あー!だからラティディア嬢は兄上と一緒になってもらわないと困るんじゃないか!だいたい婚約破棄しただけで白い目で見られるんだぞ。更にその相手が王太子だなんて言ったら彼女はいろいろ噂されて心地よいわけないじゃないか!婚約破棄しないのが一番いいんだよ。』
『お前が守ってやればいいだろ?ラティディアが幸せになれば別にエディシスフォードだろうがジェイだろうが構わないぞ。』
『兄上でいいんだよ!俺がラティディアを取ったら後継者問題だってまた騒がしくなる。いいかげんわかってくれよ。面倒は嫌いなんだ。もうその方向でいこうとしてるんだからごちゃごちゃ言わないくれないか!』
『あ、いや。少しはお前のことも考えてやらないとな。』
『…今更いいよ!』
ラティディアは行き詰まりがちな俺たちの実験に違った視点から意見を出してくれる。
そういう考えがあるんだと新たな発見ができる。
おかげで俺たちも助かっている。
美月さんがきちんと勉強していたのがわかる。
ラティディアはかなり博学だった。
ハーデスに聞いても勉強面やマナー、ダンスにも全く問題ないらしい。
魔法に関してもすぐにコツを掴む。
美月さんは割と魔法に酔っていたのか笑みを薄ら浮かべながら軽く攻撃魔法をバシバシ的に当てていた。
…思い出すと怖さを感じる。
それとなく所々に五年間の彼女の所作を交えて話をする。
彼女は記憶がない間の自分が気になるようだ。
記憶がない五年間のことを気にするなと言っても無理がある。
しかし、あれは美月さんであって君ではないんだ。
五年間の君は戻らない。
それをわかって欲しい。
ラティディア、君は君らしく生きていけばいいんだ。
「カーラ、ラティディア嬢はどう?」
図書館の側のベンチに座るカーラに声をかけた。
「ジェイデン殿下!」
少しうつらうつらとしていたから驚かせてしまった。
慌ててベンチから立とうとするカーラを止めた。
「いいよ、そのままで。」
「す、すみません。」
「君も気を使っているから疲れてるんじゃないか?」
「いえ、お嬢様の為なら大丈夫です!記憶を無くされて心細くおなりのお嬢様に比べたら王宮の緊張する雰囲気なんてへっちゃらです!」
「無理しないでね。」
「ジェイデン殿下はどう思います?」
カーラは立ち上がった。
やはり身分の上の人間に上から話しかけられるのは落ち着かないらしい。
「何が?」
「お嬢様の記憶は戻ると思いますか?」
俺は首を軽く横に振った。
「戻って欲しい?」
カーラは瞬きをしてから話し出した。
「正直言って今のままでいいと思っています。
しかしお嬢様が気になされてしまって…」
「兄上に嫌われようとしていたこと?」
「は?ジェイデン殿下は知っていたんですか?」
「ははは、わかっていたよ。」
カーラはじとっと俺を凝視した。
「お嬢様は素敵な方です。私はお嬢様に幸せになってもらいたいだけなのです。」
「兄上では役不足かい?」
「王太子殿下は…」
「君の信頼はないな。」
「はい。婚約者のお嬢様に嫌な顔をしていた上、子爵令嬢にうつつを抜かしていました。お嬢様が嫌われようとしていたのですから仕方ないのですが、もう少しお嬢様のことを考えて、お嬢様の気持ちに寄って欲しいと思っていました。」
「ははは、兄上は素直すぎるんだよ。」
「お嬢様が記憶を失った途端、甘い顔をするのは何だかイラつきます。」
「そんなもんなんだ。」
理由があったにせよラティディアから嫌われようとしていた。そしてしてやったり、その通りになった。
しかしもう少し彼女の気持ちを分かって欲しかったとか…。
演技をやめた途端、エディシスフォードの態度が柔らかくなった。そうしたら今度は怒りが現れてくる。
俺からしたらエディシスフォードの態度は当然のような気もするが違うんだな。
女心はわからない。
でもエディシスフォードの気持ちは確実にラティディアに向いている。
「ラティディア嬢はどうなんだ?」
「お嬢様は…王太子殿下が初恋なんです。嫌われようとしていたのも王太子殿下が好きだからだったのです。」
「へっ?」
「はい?」
思わず声を上げてしまった。
そうなのか?
いや、違うはずだ。
「何だか事情があって王太子殿下に迷惑がかかるので自分は離れた方がいいと言っていました。何て健気な…。それだけ王太子殿下を思っていたのに…」
は?エディシスフォードが好き?
いやいやないだろう。
小説を知っている美月さんがエディシスフォードを好きにならないだろう。
かなり慌ててしまった。
しかし冷静に考えてみれば多分カーラにはそう言ってあるのだろう。
その方が簡単だ。
「事情って?」
「それは言えません!」
だよな。
「記憶を失くした彼女は知っているのか?」
カーラは首を横に振った。
「先程もいいました。私はお嬢様に幸せになっていただきたいんです。このまま何も知らずに王太子殿下と幸せになるのが一番いいのかもしれません。でももしお嬢様の言ったことが本当だとしたら、その時王太子殿下がきちんとお嬢様を守ってくれるか、心配です。」
「俺もできればラティディア嬢が兄上と一緒に国を治めて欲しいと思ってるよ。だから協力しないか?」
カーラはすこし戸惑っていた。
彼女は割としっかりしている。
常にラティディアのそばにいる。
ラティディアの幸せを願っている。
これ以上の協力者はいない。
しかし…本当に彼女には恩があるお嬢様への気持ちだけなのか?
下を向いて考え込む彼女の横顔には何かあるような気がした。
「わかりました。」
「よろしくね。」
俺は彼女の前に手を出した。
「あ、お嬢様が図書館から出てくる時間です。私は行きます。」
頭をぺこりと下げてカーラは図書館の方に掛けて行った。
俺は手を上げて見送った。
エディシスフォードとラティディアはうまく収まる
そう確信していた。
『しかし兄上だからな。』
『…お前から見てもそうなのか。』
『ダリア嬢への話もなかなか進まないらしいね。』
そうエディシスフォードは頼りな…あ、いや少しツメが甘い…あ、いや…同じか。
ジェイが聞いていると思うとあまり悪口になるような言葉は使えないが、それ以上変わりの言葉がでてこない。
『もう、気にしなくていいよ。兄上の性格なんてお前より分かってるからな。兄上だって戸惑っているんだ。なんたって今まで嫌っていたラティディア嬢を好きになっている自分がいるんだからな。』
『何かエディシスフォードの背中を押すようなことをしないと進まないな。』
『だな。』
そんな時、エディシスフォードが珍しく実験室に顔出した。
おや?意外と自分の気持ちを整理するのが早かったな。
婚約破棄はしないって言いにきたんだね。
まあ先日宣戦布告したから釘差しに来たってことだよね。
割と素直ないい奴だ。
付き合うとかわいいとさえ思えてくる。
『翔!上から目線すぎるだろ!』