18話-3 悪役令嬢の運命を変えようか。 その3
ラティディアにペンダントを渡したのはつい最近になる。
修道院でフロスとして彼女に接していた時に彼女に渡した。
あと少しでエンディング。
あれは彼女が持つべきものだと思ったからだ。
指にはめて嬉しそうに指輪を見ていた美月さんを思い出す。
キラリと黄色に光るシトリン。
美月さんの左の薬指に輝いていた。
父さんはあんな気の利いたことができるんだ。
どんな顔で宝石屋なんて入ったんだ?なんて少し考えてしまった。
俺は事故の時、それを美月さんの指から抜きとった。
目覚めたらこの世界で俺が握りしめていた。
かざしてみても美月さんの幸せだった面影はない。
あんなに輝いていたシトリンは白っぽく鈍った光しか出していない。
ああ、光すら出していないか。
美月さんがこの指輪を見れば父さんのことを思い出す。
まあ、忘れているわけはないだろうが…。
思い出に浸るだろう。
でもね、あの時の輝きはないんだよ。
思い知るんだ。
美月さん、永遠に続く愛なんてないんだ。
君と父さんの愛は輝きを失ったんだ。
君はこの指輪を見て幸せを感じることはないんだ。
幸せだった過去しか見れないんだ。
それを分かって欲しかった。
俺は卑怯な奴なんだと自分でも思う。
弱くなった美月さんの心に入り込む。
…君の愛が永遠に父さんに向けられるなんて許さない。
そう思いながら指輪から石を外して三日月型のペンダントにはめ込んだ。
そして彼女に渡した。
彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
俺は後ろめたかった。
あえて指輪の形ではなくペンダントにしたのは少しはそんなに気持ちがあったからだろう。
そんな三日月のペンダント見ながら俺は現実に戻った。
「ラティディア嬢?」
記憶を失った…いや、美月さんが体から居なくなったラティディア。
素のラティディアが、そこにいた。
目の前には俺の言葉に無邪気に可愛く笑う本当のラティディアがいた。
美月さんがなぜ彼女の中にいたのかわかる。
ジェイと俺もそうだが、多分かなり波長が似ているんだろう。
なんだか前と同じだな、懐かしさを感じながら話をしていた。
まだ、考えが追いつかない俺の代わりにジェイが話しかけていた。
美月さんが五年も中にいたんだ。
当然仕草とか身に染み付いている。
美月さんと話しているようだった。
同い年ということもあり気兼ねもなく彼女と話し込んでいた。
割と話は弾んでいる。
ふと隣に気づいた。
エディシスフォードが不機嫌そうだ。
彼女を見る彼の目が変わったような気がした。
今まで美月さんの策略に嵌り、彼女に対して嫌悪感しか表さなかったエディシスフォードがラティディアの変わりように疑問を持っても仕方がないことだ。
さらに彼の初恋はラティディアなんだから
元のラティディアに戻ればその感情も蘇ってくるかもしれない。
ラティディアと話す俺に対して嫉妬心を露わにしていた。
やばい…!
エディシスフォードがラティディアと婚約を解消しないといい出すかもしれない。
どうする?
そんな事を考えていたらエディシスフォードに追い出された。
仕方なく父上に爆発のことを説明しに行くことにした。
しかし父上は少し忙しいみたいで後からくるように言われた。
俺は時間が少し空いたからまた実験室に戻り薬を調合していた。
実験室の扉を開けた。
さすがだ。
もう扉や壁はなおっていた。
『なあ、もしかして爆発が起これば元の世界に戻れるのか?』
突然ジェイが語りかけてきた。
『ああ、俺も考えていた。』
この世界に来たきっかけは二つの爆発。
俺たちの世界で起きた爆発。
ラティディアが街で遭遇した魔法暴発による爆発。
もしかして…なんてそんなことを繰り返して考える。
『まあどのみち帰っても死んでるから考えても仕方ないか。』
そうジェイは言うが、どうしても好奇心と言うものが顔をだしてくる。
『そうなんだけど、俺の理論では同時に起こることが絶対条件なんだよな。』
『同時か…』
『まあ、無理か。』
『翔の世界と同時に爆発を起こすのは無理だろうね。』
『しかし…片方だけでも俺があっちの世界を願えば見つければつながるかも?』
『ちょっと翔!訳の分からないこと考えないでよね。』
『ん…。』
チラリと棚の中にある黒い箱を見た。
もしかしてあっちの世界と繫がりのあるものを持って願えば帰れるかもしれない?
好奇心とは恐ろしいものだ。
手が勝手に動いていく。
もしかして帰れないにしても何かきっかけが見つかるかもしれない。
もしかしたらあの世界を見るだけでもできるかもしれない。
恐怖心より好奇心の方が強かった。
まあ、なんせ一度死んでいるんだから怖いものなんてない。
俺は棚の上から黒い箱を取り、開けた。
そこには指輪がある。
石の部分はペンダントにしてラティディアにあげてしまったから銀の輪っかと台しかない。
それでも銀色は光り輝いていた。
『翔!ちょい!待て、おい?何か考えてるだろう!待てっ』
俺はギュッと強く握りしめた。
そして自分の周りに薄らと防御魔法をかけた。
『もしかして戻って来れなかったらごめんね。』
わざと小さな爆発を起こしてみた。
『ちょっ…翔!何言ってるんだ!待てよ。』
ジェイが慌てていた。
結局、俺はあの世界に帰りたいだけなのかもしれない。
目の前が白く輝いた。
気がつくと体がふわふわしている。
真っ暗闇だ。
やはり無謀だったのか。
俺はジェイの体から精神だけ抜けたのか?
ぼぉっと前の方に白い光を感じた。
そこに手を伸ばした。
手の先からゆっくりと煙のようにゆっくり世界が広がった。
いつの間にか暗闇だった世界は白い景色に変わっていた。
ピッピッっと機械音が聞こえる。
何の音だ?
ここはどこだ?
いまだに視点が合わない視界。
少し目を下に動かす。
視界にぼぉっと緑の光が見える。
次第に視点が合い始めた。
よく見ると緑色の光は心拍数を測るモニターだった。
ピッピッと聞こえる音はそこから聞こえていた。
その隣で点滴が一滴一滴ゆっくり落ちている。
ああ、病院か。
どうも病院の一室のようだ。
白いベッドが二つ見える。
「翔、美月…」
父さんの声だ?
父さん?
俺たちの名前を呼ぶか細い声。
泣いている?
二つのベッドの真ん中に椅子を置いて座り込んでいる人影がある。
よく見てみると父さんのようだった。
状況を考えるとベッドに寝ているのは俺と美月さんか?
俺たちは爆発に巻き込まれて病院に運ばれたのか…。
ベッドに寝ている人の顔を見る。
あ、やはり20年見慣れた顔が寝ていた。俺か。
額と頬には絆創膏が貼られていた。
腕には包帯が巻かれている。
もう片方は…美月さんだ。
顔色は白い。
血の気はない。
美月さんは頭に包帯が巻かれている。
美月さんの方が巻かれている包帯や貼られている絆創膏が多かった。
父さんは俺が寝ているベッドに肘を掛けて一人話している。
「お願いだ。翔・・・美月・・・戻ってきてくれ。」
父さんが小さくみえた。
肩を震わせている。
いつもかけている眼鏡は外されていた。
ピッピッと鳴り響く電子音。
モニターに映し出される波形。
俺と美月さんの心拍数を測るモニターはちゃんと俺達が生きていることを示している。
「・・二人して逝かないでくれ・・・。」
父さんの掠れた声がやけに耳に残った。
少し上を見た。目を閉じた。
バッと机から顔を上げた。
なんだ今のは?
夢…。
横の窓ガラスには薄らと紫の髪をした男が写っていた。
ジェイデン…。今の俺。
隣にある水差しからコップに水を入れた。
コップの中の水が静かになるのを見ていた。
ああ、そうか。
爆発を起こして…。
『翔!無茶すんなよ。』
『悪い…』
『本当、お前を掴み続けていたら魔力なくなるところだったよ。』
『は?』
『お前の精神が抜き出ていくのがわかったから咄嗟に魔法を展開させてずっと掴んでいたんだよ。あー疲れた。』
『…すまない。』
『突然いなくなるのは無し。今までの礼ぐらい言ってもらわないて割り合わないからな。』
『だから俺は戻ってこれたのか…』
『お前が浮遊霊なんかになったら夢見悪そうだ。』
『ありがとう。』
さすがジェイだ。
『だろ。で、何か分かったのか?』
一言多い奴だとは思うがいい奴だ。
『俺と美月さんは…』
俺は頭を抱えた。
生きている?
まだ、死んでいない?
しかしあれは事故直後じゃないのか?
おかしくないか?
俺達は五年間この世界にいるんだ。
それなりに時間経過があってもいいはずだ。
しかし…。
『おい!なんだ?生きてる?は?どうした?』
『俺達は死んでない…』
『はっ?』
ジェイがかなりびっくりしていた。
『意識不明の重体ってやつなのか?俺たちは死んでない。
まだ死んでいないみたいだ。』
『何だって?』
『よくわからない。なんで…?死んでいないなら異世界転生・・・ではなくて異世界転移になるんか?』
『はあ?そこじゃないだろ!』
悠長に考えてしまった。
どうなってるのか?
あの爆発で俺たちは死んだのではなかったのか?
いや転生しているんだ。死んでいるはずだ。
でも…モニターに心拍数はちゃんと生きていることを示している。
じゃあ精神だけここに飛ばされたということだ。
俺たちは死んでいない。
帰る場所がある。
帰らなければいけない場所があるんだ。
あまりにも唐突すぎる思考に
すこし冷静にならないといけないと思った。
もしかして死んでいないなら…。
そんな期待が心を占める。
掌を額に押し付けた。
帰らなきゃいけない。
父さんが待っている。
でもどうやって・・・。
それに美月さんも一緒に連れて帰らなきゃいけない。
帰らなければ俺たちはこのまま意識のもどらないまま。
もしくはいづれ死んでしまうのか?
それともあのままなのか?
俺達にはまだ帰る場所があった。