17話-2 転生王子は静観することにした。その2
ひとまずエディスフォードの卒業までは楽しく見ていようか。
美月さんにネタバレをするのは隣国に逃げる前、修道院だ。
そしてその時彼女を連れ去ればいいんだなんてひそかに思っていた。
もともとジェイ自身楽天的なのか
『それでいいんじゃない?』
って声が聞こえてくる。
『簡単だな。お前はいいのかよ?』
『え?だってラティディア嬢って悪役令嬢を演じるだけで根はいい子なんだよね?』
『ああ。多分な。』
『君が好きになるくらいだから俺も大丈夫だよ。』
『はあ?そんなんでいいのか?』
『だって俺と君は一人なんだから、君が満足すれば俺も満足するんだ。
それにぶつぶつと文句言っている君が俺の中で騒いでいたらうるさいし。ままあラティディア嬢ならかわいいし、俺はいいよ。』
『そう言ってくれるなら。』
『しかしラティディア嬢は本当に意地悪でわがままな子なの?』
『そんな悪役令嬢の性格なんて細かく小説に書いてあるか!』
『同じ年だから割と人から評判を聞くけど学園に入る前は評価高いんだよ。』
『え?そうなのか?』
こんな風に俺とジェイはいつも友達のように付き合っていた。
『ねえ?君が俺の中に来たのはいつだった?』
『あれは11歳の入学式の1週間後だろ?』
『入学式から1週間・・・』
『どうした?』
ジェイは考え込んでいた。
そして何か思い出したようだった。
『何かあったのか?』
『たしか入学式の1週間後にラティディア嬢は街に買い物に行って魔法の暴発に巻き込まれているはずだ。』
『魔法の・・・暴発??』
『君たちはなぜ前の世界で死んだんだ?』
『爆発・・・』
『もしかして君の世界の爆発とラティディアが遭遇した魔法の暴発が何か関係しているのか・・・。』
俺達は無言で考えた。
結局二人の考えはこの二つの爆発がシンクロしたのではないかということ。
そしてその時に暴発した魔法によって時空に歪みが生じたということ。
そのため俺と美月さんの精神はこっちの世界に来てしまったのだろう。
そんな結論に達した。
俺は後悔した。
つまり入学式から今まで一回でも学園に行っていればもう少し早く彼女を見つけることができた。
もしかしてエディシスフォードとの婚約を回避することができて
彼女をジェイの婚約者にしてもらうこともできたはずだ。
まあ過ぎてしまったことはどうしようもない。
結局逃げた後に捕まえるんだから変わらない。
まあ時間はまだある。
小説の終わりはまだ4年先だ。
その間に美月さんの奮闘を見て楽しもうかと思って
1週間に1度は学園に行くようにして温かい目で彼女を見守ることにした。
学園での美月さんは楽しかった。
上から目線で一生懸命に高飛車な令嬢を演じている。
「何を言っていらっしゃるんですか?」
「そんなこと私には関係ありません」
と言っていれば
「あっ…いえ…そうではなくて…」
「す、すみません。言いすぎました。」
とか…。
たまに地が出る。
彼女らしいやなんて思って笑いをこらえるのが大変だった。
彼女は大学は出ている。
こんな学校来るだけ無駄だって思っているよね。
でも真面目に授業受けてる。
さらにテストとかは後ろから3位ってなんだよ。
ってわざとやっているだろう。
テスト中チラッと見たことがあったが
寝ていた…。
みんな一生懸命問題を解いているから気づいてないが
涎たれてるよ…。
解答用紙大丈夫なのか?
もう笑いが止まらなかった。
そんな日々が緩やかに過ぎていった。
そんな感じに楽しく美月さん奮闘記を眺めていたら
あっという間に2年経っていた。
ラティディアはそれなりにわがままな令嬢と見られるようになった。
公爵家で散財しているらしい。
わがままを言って煌びやかな服や宝飾を買い込んでいるようだと噂になっていた。
しかし公爵家の財産からしたら微々たるもの。
美月さんは庶民だからわからないかな。
大根がセールで安くなっているのを見て目を輝かせていたくらいだからね。
頑張っている美月さんを笑いながらみている自分は彼女の保護者の気持ちのようだった。
一応修道院にも探りをいれてみた。
美月さんなら何やら動いているだろうと思ったからだ。
思ったとおり彼女はティアという偽名を使って魔法で髪色を変えてそこに出入りしていた。
見ているだけではつまらなかったから少し悪戯心を出して魔法で変装をして俺もフロスという少年に成りすましてその修道院にちょくちょく顔を出すようにした。
彼女は自分が買ってもらった服や宝飾品を売っては換金してこの修道院や孤児院に寄付をしていた。
まあせっかくお互いに正体を隠してお近づきになれたからその換金作業を手伝ってあげていた。
ラティディアは併設される孤児院から侍女としてカーラという少女を自分の手元に置いていた。
彼女は少しミーハーなところがあるがしっかりしている。
換金作業はだいたい俺とカーラの仕事になっていた。
実はこの修道院の神父さんは俺が第二王子だということは知っている。
割と機転がきく神父さんはうまくごまかしてくれていた。
彼女は全く俺に気が付かない。
少し悲しかった。
なぜ俺は美月さんがすぐにわかったんだ。
やはり好意をもっていたかどうかというところなのだろうか。
それとも俺が完全にジェイデンと同化していないからなのか・・・。
単なる神様の悪戯なのか。
そこはわからない。
彼女はもうラティディアとして生きていくことを決めたのか?
前世は良い思い出にしてしまっているのか?
俺はこんなに君を思っているのに、
こんなに手に入れたいと思っているのに・・・。
ある日、赤と紫のアネモネの入った花束を彼女にプレゼントしてみた。
前もってたまたまたくさん手にはいったからで深い意味はないと念を押していた。
まあ、赤だけだと胡散臭そうな目で見られるかもしれないから紫も入れて花束にした。
彼女は花束の中から赤のアネモネを抜き出し、大事そうに見つめた。
そう父さんがプロポーズの時に渡した花だ。
優しく見つめる瞳。
ここではないどこか遠くを見る視線。
そしてそりげなく何もない左の薬指をさすった。
まだ彼女は父さんのことを思っている。
切ない気持ちになった。
もしここで彼女がラティディアとしてこの世界で生きていくことを受け入れているならこのまま全てを話し彼女を手に入れてしまおうと思っていた。
しかし彼女のあの表情をみてしまったらどうしようもできなくなった。
彼女の心から父さんは消えない。
とにかく国外逃亡するまで待とう。
隣国の辺境伯なんかにとられてたまるか。
それまでは待とう。
彼女はエディシスフォードの婚約者なんだ。
ここで波風たてるわけにはいかない。
とにかく女主人公が確実にエディシスフォードを落としてからだ。
隣国の辺境伯って…と少し気になったから探りをいれてみた。
5年ほど前にある戦いで手柄を立てた騎士がその地位をもらったようだ。
隣国の中でも割と有名な美男子のようだ。
これはまずい。
ますます辺境伯エンドにまっしぐらになってしまいそうだ。
手を回して人事異動をしてもらうようにお願いした。
というか薬をチラつかせて隣国の権力者にお願いしてみたんだけどね。
するとその辺境伯は他に領地を与えられ反対側の国との境に移動していった。
我が国との国境には他の伯爵がついた。
50歳付近で子供はいない。将来は官僚として働いている身内が養子となってその地を継いでいくのが決まっている。
つまりラティディアが逃げた先に小説に出てくる辺境伯はいない。
とにかく不安要素は握りつぶしておく。
美月さん、申し訳ないが君は俺の手の内にいるんだよ。
君が願えば公爵の無実だって晴らせるから安心してね。
父さんがいない世界、君を分かってあげられるのは俺だけなんだ。
そしてその日がやってきた。
子爵令嬢が転入してきた。
物語が動き始める。
その時すでに前世の記憶を思い出してから三年、
俺たちは14歳になっていた。




