12話-2 悪役令嬢は終わりにしましょう。 その2
「で、何もなかったのか?」
「えっ!何でジェイデン様までそんなことを期待しているんですか!今日一日カーラにもハーデス様にも変な目つきで見られました。」
「…兄上もいまいち押しが弱いんだよな。」
「弱くていいです!」
「きっとここと決めてしまえばできる人だと思っているが。確かに少し考えてすぎてしまうところがあるな。うん。」
「考察しなくてもいいです。」
ジェイデン様は少し腕を組んで一人何か納得していた。
「エディシス様は私の気持ちがちゃんと落ち着くまで待つって言ってくれた。だからちゃんと私も考えることにしたの。
5年間の記憶は私にとってかなり大きい。
私は思い出すのが怖かった。その時の自分を考えるのが怖いかった。
でもね昨日エディシス様に抱きしめられて暖かかった。
なんだかそこに私の居場所があったような気持ちになった。
そこにいてもいいんだって思えた。
無くなってしまったものに縋り付いていても何も始まらない。怖がっていても仕方ないの。
エディシス様の隣にいる自分を考えてみようと思う。」
腕を組みながらジェイデン殿下は目を閉じて私の話を聞いていた。
「ラティ、ありがとう。」
「なんでお礼を言われるの?」
「あ、いや。兄上とのことをきちんと考えてくれて俺はうれしいよ。」
「すぐに気持ちが整理できるとは限らない。待たせてしまうかもしれない。でも一生懸命に考えてみるわ。
ん…でも好きだとかいう感情ってどうしたらわかるんだろう?何がどう違うんだろう。ん〜。」
ジェイデン様は私の座っている前の机に両手をついた。
突然真剣な顔をした。
「どうしましたか?」
「兄上とキスはできたんだろう?じゃあ俺とすればすぐ分かるだろ?何か違うかもしれないじゃないか。同じならまあ、その程度だ。」
「へっ!待った。待った!!」
ジェイデン様の顔が近づいてきた。
「だから!無理!!」
「ははははっ、ばっか。冗談だよ。面白い顔。」
…揶揄われましたね。
そんなに酷い顔ですか?
「そのくらい分かるでしょ?キスは好きな人としかできないよ。」
「私は…やっぱりエディシス様が好きなのかしら?」
「それは俺にはわからないよ。でも嫌いではないと思うよ。
しかしラティは俺を何だと思っているの?恋愛相談所じゃないんだけどな。」
「だってあの5年間を冷静に見ていたのはジェイデン様だけですよね?物事をきちんと見ることができる人なんです。尊敬します。」
ジェイデン様は頭をポリポリと掻いた。
「なんかずっと実験とかやっていてあまり褒められたことないんだけどな・・・。」
褒めらるのに慣れていないのか・・・。
ジェイデン様はメロンコーラを一口飲んだ。
ジェイデン様は私の前にココアを差し出した。
「あら?今日はメロンコーラじゃないのね。」
「そんな馬鹿の一つ覚えみたいなこと言わないで。
今日は少し寒いからね。」
「熱っ。」
「本当猫舌」
「んーマシュマロ入ってる。美味しい。」
「で、わざわざ時間もあまり無いのに俺のところに来たのは何が聞きたかったの?」
ジェイデン様が何か知っているのではないかと思ったからだ。
私は確かに記憶が無くても気にしないことに決めた。
いつ戻るかわからない記憶にビクビクはしていられない。
だから殿下との事を考えていきたいと思った。
しかしどうしても気になることがある。
ジェイデン様なら気付いていることがあるかもしれない。
私は一冊の手帳を取り出した。
「ジェイデン様は何か知っていますか?」
私は手帳に挟まれたしおりをすっと出した。
「しおり?」
「私の大事なものだったみたいです。」
「赤…のアネモネ…紫のアネモネ…。」
ジェイデン様はしばらく下を向いていた。
「あとこのペンダント…」
私は胸の三日月のペンダントを外して机に置いた。
ペンダントにはまる黄色の石はいつのにか綺麗な透明感ある輝きを放っていた。
ジェイデン様は机の上に置かれたペンダントを優しく見つめた。
「君は忘れていた方がいいこともあるんだ。」
ジェイデン様は懐かしいそうな視線をそのしおりに向けた。
「赤のアネモネか…
あなたを愛しています…か。」
「知っているんですね。この花の意味を。」
「嫌だな。こんなところにまでいたんだね。」
「えっ?」
ジェイデン様はたまに訳のわからないことを言う。
「やはり分かるんですね。何が知ってるの?」
ジェイデン様がペンダントに触れた。
一瞬輝きが増す。
「気のせいじゃないですよね。
あなたが触れると光るんです。
これはあなたのものなんですか?」
「違うよ。そのうち話そうかな。
まあ今言えるのは過去に何があったじゃなくて、この先君がどう生きていくかだと言うこと。記憶は戻らないと思って君は自分の幸せを見付けていくんだ。見つかったときに話すよ。」
そうなんだ。過去を探したって何もならない。
そう思ってはいる。
ジェイデン様の言う通り先を考えないといけない。
でも何かいつも胸に引っかかる。
「何かが引っかかるんでしょ?それを取るには君が幸せになることなんだよ。しおりの方は俺が預かっておくよ。その方が良さそうだ。」
「そうかもしれません。このしおりを見ると胸が締め付けられるように痛いです。」
「兄上は君を大事に思っているよ。弟の俺からすれば過去より未来、兄上のことを考えていって欲しいな。
すこし遠回りをしたのかもしれない。兄上も君もそれなりの代償を払った。もう二人とも十分だと思うけどな。兄上は君のことをきちんと考えてるよ。今の兄上なら大丈夫だと思うよ。」
「エディシス様に自分の気持ちを伝える前に整理しておきたかったんです。
このペンダントは一体誰から贈られたものか・・・そのしおりは一体だれを思っているのか・・・。私は少し知りたいと思いました。」
「俺が言うのも何だけど、君の記憶は戻らないよ。」
「そうなんですか?」
「だからもう忘れた方がいいんだ。失くしたと思っている記憶は君であって君のものじゃないんだ。」
「はい?」
また訳の分からないことをいう。
「過去のことなんかもういいんだ。気にしてはいけないんだ。だって君じゃないんだから。」
私だけど私じゃない?
「やはりジェイデン様は何か知っているんですね。
しかし聞くのはやめます。ジェイデン様が記憶が戻らないというなら戻らないのでしょう。
私はエディシス様と一緒にいる未来を考えていこうと思います。」
「さすがラティだね。兄上に君の気持ちが伝えられる日が早く来るのを願っているよ。」
記憶を無くして不安だったけど、エディシス様は優しくしてくれる。
何だか安心する。
私はジェイデン様の言うことに頷いてしおりを彼に渡した。
「君は幸せにならなきゃいけないんだ。そうしないと困るんだ。」
ジェイデン様はペンダントを私に渡した。
「これはつけているといいよ。
君の近くにいないと心配みたいだからね。」
意味不明な事を言ったまま、ジェイデン様はそれ以上何も言わなかった。
私はペンダントを受け取り首にかけ直した。
「私ね、何とかやっていけると思うの。エディシス様の優しく笑った顔は好きだしハーデス様と馬鹿やってる時の砕けたのも好き。まあ頑張ってみるわ。」
「あのさ…それって好きってことだろ?」
「…そう…かしら?よね…」
「まあ、弟としてはよかったと思うよ。あんな兄上だけど、よろしくね。」
「…まだ…そんなんじゃ…」
「真っ赤になって恥ずかしがっても説得力ないから…」
何だか今日のジェイデン様は機嫌がよくて楽しそうだった。
結局何か知っているらしいことはわかったが何も教えてくれなかった。
まあ彼が言わないのは必要ないからなのだろう。
それだけで大丈夫だ。
私は前だけみていればいいんだ。
もう過去はいらない。
私は手元に残った茶色の手帳を見つめながら部屋に戻った。




