10話-2 婚約破棄はしない。 その2
今の私には彼女の後姿しか見えない。
ラティディアが行ってしまう。
駄目だ・・・。行かしてはいけない。
まだ私は彼女に何も告げていない。
カーラが扉の前でこちらを向いた。
そして深く頭を下げた。
ラティディアは決してこちらを見ようとしない。
「い…だ。」
私は咄嗟にラティディアに駆け寄って彼女の腕を掴んだ。
「嫌だ!」
カーラがバッとラティディと私の間に入った。
「王太子殿下!お嬢様をお放しください!」
「嫌だ。ラティディア!君とは絶対に婚約破棄はしない。」
彼女は抵抗はしなった。
しなかったというより何の力も入っていなかった。
自分が何をされているのかもわからないような、どこかここではない遠くの風景を見ているかのような目をしていた。
彼女の心は今どこにあるのだろう。
ここに戻さなければならない。
「お嬢様を離してください。何を血迷っているんですか?子爵令嬢とお幸せになって下さい。さあお嬢様いきましょう。」
「ラティディア!戻って来て、ここに・・・。」
私はもう感情のままに叫んでいた。
「私が悪かったんだ。君への謝罪を後にしていた私が悪いんだ。すまなかった。お願いだ。行かないで欲しい。
私が愚かだったんだ…。お願いだ。ラティア…行かないで…くれ」
私はラティディアの腕を引っ張り部屋の中に戻してドアを閉めた。
「エディシスフォード殿下、離していただけませんか。」
ラティアは表情も口調も何も変えずに言った。
「ラティア…行かないで…」
私は手を強く引いてラティディアを自分の方に引っ張った。
そして彼女を抱きしめた。
「王太子殿下!何を…お嬢様をお放し下さい!」
「ラティア…お願いだから…聞いて。」
「お嬢様聞く必要ありません!行きましょう。」
「私は君に話さなければいけなかったんだ。
昨日話すつもりだったんだ。今となってはもう言い訳にしかならない。
申し訳なかった。ダリアにはちゃんと別れると話はしている。しかしなかなか納得してくれない。きちんとダリアと別れてから君と向き合いたかったんだ。すまない。」
「私にはもう関係ありません。」
私の話はラティディアには届かないのか・・・。
「毎日ダリアにはそう話しているのだが申し訳ない。私の力不足なんだ。私はラティディアが…ラティアがいいんだ。
お願いだから行かないで欲しい…。わたしのそばにいて欲しい。お願いだ…。」
「王太子殿下、お嬢様をお放し下さい。」
私はラティディアを抱きしめる手に力を入れた。
「私は絶対に君との婚約は破棄しない。絶対に君を離さない。
お願いだ。私に話をさせてくれないか。私の話を聞いても婚約を破棄したいのなら仕方ない。
でもお願いだ。私の気持ちを聞いてほしい。お願いだ・・・ラティア・・行かないでくれないか。私の側にいて・・・。お願いだから・・・。」
恥ずかしいが泣いてしまっていた。
すっと隣からカーラがラティディアの腕に手をかけた、
「どうもお嬢様達は一度話し合いをされた方がいいと思います。」
しかしラティディアの返事はなかった。
「お嬢様…私はお嬢様の幸せだけを願っています。
外で控えております。何かあればすぐにお呼びください。」
そう言って頭を下げて部屋を出て行った。
***
「ふうっ・・・」
「カーラ。さすがだね。」
「ジェイデン殿下のおかげです。」
「まあカーラも頑張ったよ。」
「全くラティディア様の侍女は最強だね。」
「ジェイデン殿下…ハーデス様・・・。」
「ほら泣くなよ。ほら。」
ふんっ!
「あっ!今お前鼻も噛まなかったか!」
「ハンカチの一枚や二枚いいじゃないですか。ケチケチしないでください?」
「おい!」
「最強すぎるだろう。」
そんなやり取りが扉の反対側で繰り広げられていたなんて知らなかった。
「ラティア…」
彼女は声がする方、私の方を見た。
「エディシスフォード殿下、私はここにいてもいいんですか・・・?」
ようやく正気に戻ったようだ。
「私は…」
「ラティア…今まで申し訳なかった。
君が悩んでいたのに何も気づかなかった。」
「…」
ラティディアは下を向いた。
「ラティア…さっき言ったことは本心だ。
君とは婚約破棄しない。絶対に。君に私の側に…えっ?」
ラティディアが崩れ落ちた。
慌てて抱きしめていた手に力をいれた。
「ラティア!おい!ラティア?」
その声にバタンとドアが勢いよくあいた。
「お嬢様!」
「ラティ!」
「ラティディア様?!」
彼女は私の腕の中で寝息をたてていた。
「何も食べていなかったし、寝てなかったんだろう。気も張っていただろうし…
カーラすまないが先に部屋に戻って支度をしておいてくれないか。私がつれていくよ。」
カーラがバタバタと走って行った。
ジェイデンは腕を組んで少し笑って壁に背をつけていた。
「兄上、またギリギリで頑張ったな。残念だな。」
「お前にはやらないと言っただろ。」
「まあ、ひとまずよかったんじゃない?」
「お前ももう少し違う方法で私を叱咤激励して欲しいものだ。」
「前にも言ったろ?兄上の操縦方法なんて100も承知だ。」
「お前が弟でよかったよ。大事なものを失うところだった。」
「まだまだこれからだよ。まあせいぜい俺にとられないように頑張ってね。」
私はラティディアを横向きに抱き直して抱き上げた。
そう絶対にこの手の中から君を離さない。




