10話-1 婚約破棄はしない。 その1
「兄上、ラティのこと聞きました。」
ジェイデンが珍しく執務室にやってきた。
「今日は兄上に宣戦布告しに来ました。」
「は?」
ラティディアがいなくて書類が溜まっているところに何なんだ?
それでなくてもラティディアの事で頭がいっぱいなのに!
「ラティは俺がもらう。」
「ちょっと待て!この間は・・・」
「兄上はラティの手を離したんだ。まあもともと掴んでいなっただけだけどね。ダリアの件だってなかなか進まないらしいね。兄上のそんなところが良い点でもあるが悪い点でもある。さっさと見切りつけてラティに行けばよかったんだよ。それなのに何ぐずぐずしている?
もう今のラティは見ていられない。彼女は俺がもらうから。」
「駄目だ・・・それだけは譲れない。」
「だったら何で彼女に何も言わない。今回の事だって兄上が一言ラティに言っていれば起こらなかったし、ダリアの件にしても王宮に勝手に入ってくるのは前からだろう?門番への処分が遅いんだよ。だから舐められるんだよ。あんな女に。」
「お前は何故ラティディアがあんな風になったのか知っているのか・・・」
ジェイデンの様子からそれは明らかだ。
カーラか…。カーラは割とジェイデンには心を開いている。
それもそうだな。ただ一人、ラティディアの名演技を見抜いていた奴だ。
信頼があるのは当然か。
「とにかくこれ以上あんな状態だとラティが危ないんだ。兄上には任せられない。」
言い返せなった。
全て本当のことだから・・・。
私はもっとラティディアに対して自分を出せばよかったのだろうか。
それでも
「私が何とかする!絶対にお前には渡さない!」
自分がこんなに執着するタイプだとは思わなかった。
ましてやライバルに対してこんな言葉を言う熱いタイプだとも思わなかった。
「じゃあちゃんとやれよ!」
ジェイデンがバンッと扉を強く閉めて執務室から出ていった。
机にうずくまり何度も何度も頭を抱えて考えた。
もう答えは出ているんじゃないか。
彼女を手放せない。
ジェイデンには渡せない。
それはもう変わらない。
じゃあどうすればいいんだ。
ジェイデンの話から考えると
とにかくラティディアに私の気持ちを聞いてもらうことを最優先しなくてはいけない。
ダリアの件はもう私の中で終わったんだ。
私はきちんと謝罪をしたつもりだ。これ以上話すことはないはずだ。
今はラティディアがあんな状態になった原因を見つけないといけない。
私はカーラを執務室に呼び出した。
後からラティディアに怒られるかもしれない。飽きられるかもしれない。
しかしもう私には取る方法がなかった。
何度も話しかけたがラティディアは私に何の反応もしてくれなかった。
何か打開策を考えるしかなった。
「カーラ、もう君に聞くしかないんだ。分かるな?」
カーラは無言でうなずいた。
「何も食べていないし、寝てもいないのだろう?」
「…私の力不足です。申し訳ありません。」
「何があったんだ?」
彼女はやはり口を一文字にして言わない姿勢を示した。
私はため息を吐いた。
「仕方ない。聞き方を変えよう。
私が関わっているのか?私が彼女に何があったのかを直接聞きだしても大丈夫なのか?」
カーラは大きく首を横に振った。
「やはり、私が原因か…」
カーラはしまったという顔をした。
この答えはある程度予想はしていた。
しかし退くわけにはいかない。
「私が何をした?君ならしっているのだろう?
申し訳ないが話してくれないか?」
「それは・・・」
「君が言えない立場なのは分かる。しかしこのままではラティディアは死んでしまう。私は彼女を失いたくないんだ。お願いだ。」
私はカーラに頭を下げた。
「王太子殿下・・・。なぜもっと早く・・・」
カーラが何かを言いかけた瞬間トントンとドアが叩かれた。
「ハーデスか?」
小さな声で返事が返ってきた。
「ラティディアです…」
私はバッと椅子が倒れそうな勢いで立ち上がった。
そして走ってドアを開けた。
カーラも動いたが私の方が早かった。
そこには泣き腫らした目をして生気のないラティディアが今にも倒れそうに立っていた。
彼女の視点は未だに合っていない。
私は彼女を前にして動けなかった。
「お嬢様!」
カーラがラティディアに近づいた。
チラッと見てラティディアは少し儚く微笑んでから、無表情に顔を戻し私を見上げた。
彼女にとって私は笑う顔を見せる価値もない男なのか。
「エディシスフォード殿下、お願いがあります。
私との婚約は破棄して下さい。」
その言葉にはなんの感情もなかった。
ただ淡々と発した。
「お嬢様!!どうして!?」
カーラが叫んだ。
「カーラさん、ありがとう。心配してくれて。
私が撒いた種なの。自業自得なのよ。これが一番いいの。
本当にありがとう。」
「でも…お嬢様があまりにも可哀そうじゃないですか…私は…私は…お嬢様に手を差し述べていただいてからはお嬢様の幸せだけを願っていまいりました。」
「カーラさん、本当にありがとう。あなたがいてくれるだけで私は幸せよ。」
「そんなお姿になるまで悩んでいるなら何でカーラに相談してくれないんですか…。私はお嬢様の味方です…。」
「あなたが泣くことはないのよ。」
「だってお嬢様が、泣いていないから…」
「本当に優しい子ね。ありがとう。」
「お嬢様…旦那様に連絡を取ります。帰りましょう。お家に。」
「待て…待て!」
カーラは私をきっと睨んだ。
「すみません…。お嬢様申し訳ありません。一度だけお嬢様の意思に背くことをお許しください。」
「カーラさん?」
「王太子殿下、失礼を承知で言わせていただきます。」
カーラが頭を一度下げてから私を再度睨んだ。
その迫力に一歩退いてしまった。
「子爵令嬢様を王太子妃にするおつもりなのは承知しております。それなのに婚約破棄もなさらないで何故いつまでもお嬢様を手元に置いておかれるんですか?
全ての書類が揃い、後は婚約破棄が言い渡される状況なんですよね。記憶を失ったお嬢様への同情ですか?今までの腹いせですか?単にお嬢様を都合の良い女にしたいだけですか?
何もしらないのに!何も見ていなかったのに!お嬢様が殿下のためにどんなに悩んでいたかも知らないくせに!何故今頃優しくするんですか!なぜ記憶を失くす前にお嬢様のお気持ちを考えてくれなかったのですか!馬鹿にしないでいただきたいです。」
「カーラさん。」
ラティディアはカーラの前に手を出して彼女を止めた。
そして深々と丁寧に頭を下げた。
「エディシスフォード殿下、わたくしの侍女のカーラが失礼を言いました。申し訳ありません。
彼女は私のことを思ってくれているだけです。決して殿下の事を悪く思ってはいません。
お許しください。本当に申し訳ありません。」
先ほどと同じように何の感情もそこにはなくただ文字の羅列を読んでいるようにラティディアは話した。
「先ほども言いましたが父の方には私から婚約破棄のしたい旨をお伝えします。殿下のせいではありません。私のわがままであなたと婚約を破棄したいだけなのですからあなたに迷惑はおかけいたしません。本当に申し訳ありません。
ダリア様とお幸せに。いろいろご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。」
ラティディアがもう一度深々と頭を下げた。
カーラも隣で頭を下げた。
カーラがラティディアの背中を支えた。
書類のことまで何故使用人が知っているんだ?
ダリアと幸せにって・・・ラティディアはどこまで知っているんだ
私は動揺していた。
「書類のことを何故知っている?」
カーラが顔を上げてこちらに向けてにらんだ。
「子爵令嬢本人がお嬢様に言いました。
書類が揃ったからあとは婚約破棄されるだけだって。
だから消えてと言われました。いい性格してますね。
王太子殿下も本当にいい趣味してますね。私のお嬢様は任せられません。もうお嬢様を自由にしてください。お嬢様を離してください。もうこれ以上お嬢様の心をもてあそばないでください!」
あの時か…。
「カーラさん、もうそれ以上は言ってはいけません。あなたにまで何かあったら私はもうどうしたらいいのかわからなくなります。」
「でもお嬢様・・。」
「ありがとう。でももういいのよ。私が悪いの。私はあなたが大事よ。」
「お嬢様・・・。ありがとうございます。」
「さあ、お父様に迎えにきてもらいましょう。」
ラティディアがくるりと後ろを向いた。
カーラがドアを開けて一歩、二歩進んだ。