5話-3 記憶喪失でもがんばりましょうか。その3
次の日の朝、私は図書館へ行こうと支度をしていた。
そうしたらエディシスフォード殿下がやって来た。
昨日、何か言い忘れをしたのだろうか?
「ラティディア、君専用の使用人だ。」
「あ、ありがとうございます。」
別にある程度一人でできるから構わないのだが…。
「お嬢様!」
薄い茶色の髪の元気な女の子が殿下の後ろに立っていた。
誰?
私は一歩後ろに引いた。
「だから、言っただろ?記憶がないんだ。」
「お嬢様!本当にこのカーラの事をお忘れですか!」
「あの……ご、ごめんなさい。わからない…」
「ラティディア、3年前からカーラは公爵家で君の側で仕えていたんだ。大丈夫だよ。君の事ならたいてい知っているはずだ。」
「お嬢様…お嬢様!!記憶が無くなったお嬢様の苦しみに比べれば私の悲しみなんてごみのようです。
私がわからなくても以前同様、お嬢様に誠心誠意仕えさせていただきます。」
「と、いうことだ。ラティディアいいか?」
「はい。カーラさん、よろしくお願いします。」
「さんなんて要りません!」
何か元気な人だな。
「もう着替えているね。今日は水色だね。似合っているよ。
で、もう図書館に行く用意ができているのか?」
なんで褒めるんですか?
あの嫌そうな目はどこに行きました?
なんだか丸~くなっていますが何かありました?
「ありがとうございます。はい、早く行きたいです。」
一応素直に受け取っておこうか。
「ハーデスをなるべく早く寄越すから少し待っててくれないか。図書館までの道のりと手続きを頼んであるから。」
なんだかとても扱いがよくなりました。
何か企んでいませんか?
私はじっとエディシスフォード殿下を見た。
しかし殿下はニコニコ笑っていた。
本当に同一人物だとは思えません。
「ありがとうございます。」
カーラさんは丁寧に殿下に頭を下げた。
殿下が出て行ったらカーラさんが話しかけてきた。
「お嬢様、本当に何も覚えてないんですか?」
「ごめんなさい…」
悲しそうな顔をさせてしまった。
「大丈夫ですよ!記憶がなくてもお嬢様はお嬢様に変わりないんですから!
エディシスフォード殿下もついていますから心強いです。」
心強いのかな?
「でも・・・。」
「でも?」
「せっかくのお嬢様の名演技が無駄になってしまいますね。」
「演技?」
カーラさんはしまったという顔をした。
そして両手で口を覆った。
「私は5年の記憶を失くしたの・・・。その5年間私が何を考えて何をしていたのか知りたいと思っているわ。お願い教えて?演技って何?」
「申し訳ありません・・・。お嬢様がそうおっしゃるならお話させていただきます。お嬢様は王太子殿下と婚約破棄をしたいために悪く振る舞っていました。」
「…私が?悪く振る舞っていた?婚約破棄?なぜ?」
「何でって・・・」
その話の途中で扉がノックされた。
カーラさんが返事をして扉を開けると黒の長い髪をまとめた殿下より長身の方がやってきた。
彼がハーデス様なんだろうか?
部屋のドアをカーラさんが開けてくれた。
その人は私がドアのそばに来た途端固まった。
またか・・・。
「ラ、ラ、ラティディア様?」
殿下の側近なんでしょ?
もう少しスマートな態度で対応していただかないと困ります。
自分の気持ちが出てはいけないです。
しかしそれだけ驚いているということなんですね。
「何がありましたか?」
もう殿下みたいに固まられたら堪りませんので声をかけておきます。
「はい?あ、いえ。エディシスフォード殿下からお話しを伺いました。図書館までご案内します。」
ぶっきらぼうに言った。
ああ、多分彼も私に対していい印象はないんだろう。
「お時間を取っていただき申し訳ありません。
支度は出来ております。お手間をおかけしますがよろしくお願いします。」
「はっ?」
「はい?何か失礼なことでも言いましたか?」
「あ、いえ。」
もう驚かれるのは慣れた。
私は普通に答えてるつもりだ。
5年間の私は一体どんな答え方をしてきたのだろうか?
さっきカーラさんは演技をしていたと言った。
悪く演じる?
「それではご案内していただけますか?」
こんな感じ?
図書館は王宮の端にあるらしい。
一度城を出て、渡り廊下を歩き、更に建物に入り一本目で右、右、左、出て…あれ?
帰りは迷子になるわ。はぁ…体力限界。
ひとまず勉強、魔法に加えて体力つけることもやらないといけなさそうね。
「大丈夫ですか?」
「はい。遠いんですね。はあ・・。」
「王宮は広いですから。しかしもう着きました。」
古めかしい石の彫刻で出来た門の奥にやはり古い建物があった。
入口でハーデス様が何やら話をしている。
受け付けをしているのだろう。
「ラティディア様、こちらが図書館の入館許可書です。
今後ご利用される際はこちらを受け付けでお見せ下さい。」
「ありがとうございます。もうここまでで大丈夫です。」
「あ、いえ。エディシスには帰る時まで付き合えと言われています。」
「あら、あなたはエディシスフォード殿下とは親しいのですか?」
「は?何を分かり切ったことを聞くんですか?幼馴染なんですから・・・。」
あら?この人は殿下から何も聞いていないのでしょうか?
「ハーデス様。少しよろしいでしょうか?」
隣からカーラさんがハーデス様に話しかけた。
少し離れたところでコソコソと話している。
たまに驚いた顔をしたハーデス様は私を方をちらちらと見ていた。
しばらくしたら二人揃って戻ってきた。
「ラティディア様、申し訳ありませんでした。まさかそんなことになっているとは思わず
失礼な態度を取ったことをお詫びいたします。」
「あ、いえ。謝っていただくことはないのです。
王宮の庭をフラフラを歩いていた私が悪かったのですから。
しかしエディシスフォード殿下もあなたにお話をされていなかったんですね。お人の悪い。ふふふ」
ずっとハーデス様は鳩が豆鉄砲くらったような顔をしていた。
よっぽど私のギャップに驚いているようです。
私が笑うと天と地がひっくり返るみたいね。
私って本当にみんなに悪い印象しか持たれていないんですね。
少しめげてしまいます。
「お嬢様、よかったです。なんか毎日気を張っていて、肩も凝っていて辛そうだったので、今のお嬢様は素のままでとても楽しそうです。」
「あら?カーラさんそうだったの?」
「どういう意味だ?」
ハーデス様が隣で顎に手をかけて考えこんでいた。
「あなたのお仕事もありますのでご迷惑をおかけしてしまうのでお帰りになっていただいても大丈夫です。カーラさんもいますし、帰りの道は大丈夫です。もし、あなたが図書館に用事があるならいいのですが…。もしエディシスフォード殿下に何か言われるようでしたら私からそのように言います。だって仕事溜まっているのでしょう?エディシスフォード殿下がそんなようなことを言っていました。
私より殿下の方に付いていてあげて下さい。私の心配は無用です。
午後の勉強を見ていただく件もハーデス様のお時間の空いた時で大丈夫です。
本当に申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。」
「は?はい?わかりました。しかしあなたは本当にラティディア様ですか?」
そろそろ怒ってもいいですか?
違いますと言ってもいいでしょうか?
多分それならみんな納得しますね。