めぐり始めた思考
友人二人のおかげで少し活力を取り戻した主人公。
四日ぶりの登校にクラスメイト達はどんな反応を示すのか。
そして主人公の能力を知るもう一人の人物、向井実咲。
疑わしくなる人物が多くなるなか、主人公の施行が回り始める。
感情の境界線④
朝日が俺の顔を照らす。窓が一つしかない部屋に差し込む日差しはまるで俺を導くかのように鏡に反射して上に伸びていく。
我ながらなかなかいい仕組みを作ったものだ。
鏡に朝日を反射させ、朝の部屋全体を照らす。毎朝この幻想的な光がみられるのだから、わざわざホームセンターまで大きめの鏡を買いに行ったかいがある。
親父がはねられたのが帰郷した土曜の夜、日曜の夜には通夜、月曜に葬式、そして昨日帰宅。なかなかハードなスケジュールをこなしたものだ。肉体的よりも精神的にやられてしまった。
窓際にあるソファベッドからむくりと起き上がり部屋を改めて見回すと案外キチンと片付いている。昨日は稔と政希と一緒に焼き肉をして、十時頃までしゃべっていたのだが、俺は途中で寝ていたようだった。その証拠にいつもは倒してベッドにするはずが今日はソファのままだった。 人を家に入れておいて自分で寝落ちしてしまうとは情けない。
とりあえず、玄関のカギを見に行く。カギは締まっているようだった。次に朝の熱気を感じながら扉のポストを確認する。どうやら稔たちは鍵を閉めてドアのポストに入れておいてくれたようだ。こうやって夜まで集まったのは初めてだったが、二人とも気が回って助かった。
今日は水曜日。俺はキッチンに向かい、トースターに食パンを放り込む。パンが焼き終わるまで、登校の用意をしていると携帯から着信音が響く。
「昨日は寝落ちしてたな。カギはドアのポストに入ってるから安心しろよ」
と、政希からメッセージが来た。
「ありがと。助かった」
軽くだが、感謝の返信をしておく。大方の用意が終わったころ、トースターがチンっと音を鳴らす。俺の朝食はだいたい何もつけない食パンだ。そっけないものであるが、もう慣れてしまっていた。食べ終わると軽く皿を洗って、自宅を出る。
「行ってきます」
一人暮らしにもかかわらず、俺は毎日誰もいない部屋に向かってそう言う。もちろん返事が返ってくることはない。俺なりのスイッチみたいなものだ。
学校は都心部にあるが、さすがに家賃が高いため俺は東京郊外に住んでいる。もちろん、郊外といえどそれなりに家賃は高いが。なので、学校に向かうには当然電車に乗る。朝の東京のラッシュは地元で経験ができるはずもなく、最初は押しつぶされていたが、三か月も通えばさすがになれる。イライラしたサラリーマンたちへの対応もお手の物だ。いつもは途中の駅で稔に会うのだが、人が多すぎて会えないことも珍しくない。
―――次は渋谷、渋谷お出口は左側です。Thank you for …
結局今日は稔に電車には会えなかった。
俺が教室に入ると、クラスメイト達は心配そうな目で、俺に声をかけてきてくれた。そのうちの一人、向井実咲は、俺の能力のことを知っているもう一人の友人だった。
「志乃! 大丈夫? 大変だったんでしょ?」【二日連続で学校休むなんて驚いなんだから】
向井実咲はとにかく明るく、人当たりのいい性格をしている。身長は女子の中では高めで俺と同じくらいだ。どのクラスでも一人はいる、クラス委員とは違うまとめ役がこのクラスでの立ち位置だった。
「あー、大丈夫かって言われたら大丈夫じゃないかも。ハハハ」
「ちょっと、目が笑ってないんだけど。もう、本気なのか嘘なのかはっきりしてよ。みんなが心配してるでしょ?」【私だって心配してたんだよ】
そういわれてみると周りに集まってきてくれたクラスメイトが心配そうな目で俺を見ていることに気付く。
「えっと、どこまで聞いてるわけ?」
先生にはさすがにすべて伝えたんだが、その担任がクラスにどこまで教えたかは定かじゃない。
「どこまでって、志乃が帰郷中に事故にあったってことじゃない!」【それ以外になんかあったの?】
「そっか。それなら全然大丈夫。腕が少しかすっただけだから。心配させてごめん。」
「いいけど。それならってことはほかになんかあったの? ねぇ?」【全然大丈夫そうに見えないよ】
まいったな。そう思った時だった。
「向井、その辺にしとけよ。志乃だっていろいろあるだろ。」
「そーそ、いくら彼氏が心配でも話せないことぐらいあるだろ。俺らにも話さなかったんだから。」
「ちょっ、彼…氏って」【バカ稔】
「えっ、向井と八倉付き合ってたの!?」
「やっぱり~」
「ちょっと、バカ稔、やめなさいよ。あとそこ! やっぱりて、言ったでしょ!」
「あーごめん、みんな。このバカの言ったことは嘘だから。気にしないで」
と、ここで政希が仲介に入る。
「政希がそういうなら、そうなんだな」「湯谷君、今日もイケメン…」
稔と実咲が何を言っても収まらなかった騒ぎだが政希のおかげで一瞬にして収まる。
「八倉、とりあえず無事ならよかった」【お前がいないとクラスがつまんないんだよな】
「実咲、後で八倉君とのことはしっかり聞かせてもらうわ」
「みんな心配かけてごめんな」
そうしてクラスメイト達は教室に散ってまたそれぞれ話し始める。
「ったく、何考えてんの稔?」
とりあえず、政希が稔を説教するところから今日は始まる。
「あ、いや。話題をそらすには十分かなって。な、志乃」【一応狙いはあったんだぜ?】
「ちょっと、感情で話しかけるのは反則だからね」
「って、なんでわかるんだよ」
「まあまあ二人とも落ち着いて。稔も狙いはあったんだし、みんなの誤解も解けたから全然大丈夫だよ。あとは実咲が女子の誤解解けば平気だって」
「それ、ホント、志乃? 稔に感情で何か言われてないよね。わいろ的なささやきとかさ」
【こういうときに志乃の感情読んでみたい】
「あはは、大丈夫。そんなことしてたら今頃稔はこの輪の中にいないよ」
「だな。バカやってる風に見えて意外と考えてるところが稔のいいトコだと思うぜ」
「まぁ、志乃と政希がそういうなら…」【まだちょっと怪しいけど】
「疑う気持ちはわかるけど、それより今日やることがある」
「え、なになに? 志乃がいなかった二日は何もできなかったもんね。二人もそうでしょ?」
【超暇だったんだから】
楽しそうに話す実咲をよそに稔と政希の目は驚愕の色を映し出していた。
「おまっ、まじかよ」「さすがにないんじゃないか? 向井」
「え、二人とも何かしてたの? マジで?」【志乃?】
「いや、じゃないと志乃が帰ってきてそうそう何かしようなんて言い出さないだろ」
「ほ、ホントごめん志乃。私、役立たずになっちゃったね」【もう泣きそう】
「いや誤ることじゃないよ。何も言ってなかった俺が悪いし、二人がすごいし」
そんなことをしているうちHRのチャイムが鳴る。
「あ、チャイム鳴っちゃったね。じゃあ、続きは昼にでも話すよ。稔と政希は…」
「おう、わかってる」「進めておくよ」【わかってるって】
こうして俺の学校生活がまた始まる。
西条高校の授業は一コマ八十分×5限の長時間集中型授業。都内でも有数の進学校なだけあって、授業のスピードの尋常じゃないくらい早い。田舎者の俺にとっては体験したことのない環境のため、かなり刺激になっている。
俺は授業に気を留めつつ、真柴のことについてもう一度思考を巡らせる。
気になるのはあの真柴が足元から崩れることがあるのかということ。所詮俺たちは田舎者だったのだろうか。でも、三か月この学校の人たちと関わってきた感じだとやっぱり真柴のコミュ力はずば抜けている。俺も上京前にはかなりコミュ力を上げたつもりだが、真柴はこんなもんじゃない。俺の周りにいる人も確かに積極的な人が多いが真柴ほどのコミュ力があるわけじゃない。
考えられる可能性は二つ。一つは真柴よりも頭のキレるやつを真柴が誤って自分の陣形にいれたこと。もう一つは真柴はたまたまそのいじめを受けている生徒に近くにいたこと。
だが、ただ近くにいただけなのに生徒会に真柴の近くで、とわざわざいう必要はない。それは自分の主が疑われるリスクを負うことになる。本来ならばまずやらない。もっとほかの、例えば陥れようとしているターゲットの名をあげるのが自然だ。
では真柴よりも優秀で頭のキレるやつがいるってことか? これに関しては情報が少なすぎてわからないことだらけだ。これまで探りを入れた結果から考察しても真柴以上に優秀な人物はいないように感じていたが、もしやサトウとやらは実力を隠していた人物なのだろうか。
そもそも真柴が今回のことでどう関わっているのかまだわかっていない。
それにサトウなる人物がどんな奴か俺はまだ知らない。もし、サトウが真柴を裏切っていたとすれば真柴はそれを許さない。
…でも、そもそもサトウが単独ではないとしたら? それこそそう、サトウが報告しに行った生徒会長なんかいかにも疑わしくなってくる。政希と稔に教えた内容がほんの一部にすぎないとしたら?
考えられる可能性はいくらでもある。それゆえ疑わしいことも山ほど出てくる。信じられるのは自分の目と、この異能、そして信頼できる仲間。これしかない。
―――感情とは一時的なものだ。本心とは大きく違う。いいな、志乃?
なぜ、この時俺はこの言葉を思い出したのだろう。
親父の遺言のようなこの言葉。未だにその本質的な意味は理解できていたかったこの言葉…
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