第七話 ゾンビの里帰り
あたしはこぶしを構えた。こぶしだって、古来から続く人間の武器である。きっとゾンビだって同じだ。
「おあああう!!」
あたしは相手をひるませる為に、雄たけびを上げた。
熊の魔物の動きが止まる。
そのまま、倒れていく。
「ぅえ?」
もしかして、新しい能力に目覚めちゃった感じ?
あたしがそう思っていると、巨体の後ろから人影が現れた。
「だ、大丈夫か!?」
ヴィシュさんである。
ヴィシュさんは大剣を構えていた。あたしじゃなく、ヴィシュさんが倒したようだ。
ヴィシュさんの髪や服は葉っぱまみれで、頬には切り傷がついていた。
よくよく足元を見ると、靴が凍っていた。
成程。ヴィシュさんは氷で滑り落ちながらここまで来たらしい。
たかがゾンビの為に崖を落ちようとは思わないだろう、と言ったが訂正しよう。
ここにそう考える奴がひとりいる。
あたしはとりあえず、なんも分からないふりをする。
「おおぅ、おおぅ」
「そのくっさい演技やめとけ。お前、お前のままだろ」
「おえ!」
なんでバレたのだろう。とりあえず、あたしは地面に書く。
『兵士は大丈夫なの?』
「あー平気。平気」
ヴィシュさんの目が泳いだ。一回下を見て、上を見る動き。
嘘をつくときにする仕草だ。
あたしのやったこと、全部台無しにしやがったぞこやつ。
「一旦、ここを離れよう」
ヴィシュさんは誤魔化すように、頭をかきながら言った。兵士が追っかけてきているかもしれないから、それに関しては、あたしも大賛成だった。
元々考えていたプランの通り、あたし達はお爺さんの言っていた方向を目指すことにした。
でも、予定より全然速い。
「いぇえええええい!!」
「それは発音出来んだな」
あたしは歓声を上げる。風が顔に当たって気持ちいい。
あたし達は、森の中を爆速で通り抜けていた。
ヴィシュさんは両手を前に向け、デコボコした森の上に、氷のまっすぐとした道を形成していく。
あたし達の足の裏には、氷の刃が生えていて、それで氷の上を滑っているのだった。
加えて、氷の矢を飛ばせるように、刃にある程度の動力を付与されていた。
「ぅぅぅううううい!」
魔物や動物は湧かない。聞くまでもなく、ヴィシュさんは自分の魔力に怯えて、野生の強い生き物は、怯えて逃げてしまうのだと話した。
しばらくして、本当に見覚えのある場所に出た。
あたしが動きを止めたので、ヴィシュさんも氷を形成するのをやめた。
足の裏の氷がゆっくりと解けていき、あたし達は地面に着く。
枝が変なところに飛び出た切り株。その近くに群生して生えているアケビの木。
あたしとポチが、死闘を繰り広げた場所だった。切り株から飛び蹴りを喰らわせたのだ。
「ここ、か?」
ヴィシュさんにあたしは頷く。
ここからの道はよく覚えてる。
風で乱れた髪やマントを整えると、あたしは村に向かって歩きだした。
もうすぐだから、待っててね!!
あたしはあたしの中の彼に声をかける。
森の隙間から、あたしの宿の煙突が見えたとき、あたしは走り出した。
「あ、おい!」
ヴィシュさんが後ろから慌てて追いかける。
森から村への入り口には、昔あたしが面白半分に作ったかかしがあった。
大切なぶとうのワインをこぼしてしまったことがあって、勿体なくて、それで顔を描いたのだった。母ちゃんには怒られた。幼い頃の思い出だ。
あたしの帰りを待ちわびたのか、ちょっとくたびれているけれど、それを見て、あたしはあたしの村に帰ってきたのだと実感した。
「ぅ、う」
あたしは村に一歩、踏み出す。
「……マリー?」
そこで、声がした。その方向に目をやれば、見知らぬおばあさんがいた。あたしがいない間に来た人だろうか。
それでもあたしの名前は知っていたらしい。
その顔には、怯えと動揺があった。腕、切り飛ばされていたし、あたしは死んだのだと知らされていたのかもしれない。実際に死んでたけど。
これは、彼も心配してるだろうな。
あたしは、おばあさんを安心させるように微笑む。
「マリー!」
そのあたしの顔を見るなり、何故かおばあさんは抱き着いてきた。存在を確かめるかのように、体をさすられる。
止める暇もなく、右腕も確かめられた。ない空間をさすって、おばあさんは泣き出した。
「あんた。本当にマリーなんだね。これは、あたしへの最後の神様の慈悲かい……?」
おばあさんはあたしの頬を両手で挟む。間近で見つめられる。おばあさんの顔は、涙もあいまってしわくちゃだった。けれど、その奥の目に見覚えがあった。
あたしと同じ、緑の目。
「ああぅあ?」
かあちゃん?
あたしは言葉にもならない音を漏らした。けれど、流石母親なのか、意味が伝わったらしい。それで、再び抱きしめられた。
あたしの後ろで、ヴィシュさんが息を呑む。
「あれから、もう。30年経ったんだよ……!」
母ちゃんはかすれた声で言った。