第六話 ゾンビは悪い魔物です
……魔力検査。ヴィシュさんにあたし。どう考えてもここには反応する奴しかいない。
そうこう言ってる間に、足音が馬車に近づいてくる。
ヴィシュさんの様子を見れば、右手の平を扉に向けていた。そこからパキパキと氷の粒が落ちている。
馬車に入ってきた瞬間にやる気だ。
でも、ここで検問の人を追っ払ったら、ヴィシュさんはどうなるのだろうか。
「魔力持ち」とあたしにばれただけで、怯えていたようなヴィシュさんだ。冒険者としての地位を築くのに相当な警戒と努力を重ねてきただろう。
それが、あたしを助けたばかりに泡になる。
あたしは考える。
扉が二回ノックされる。
「ぅああああああ!」
許せ。
あたしは奇声を上げると、ヴィシュさんの肩にかみついた。
「いっ」
ヴィシュさんが小さく悲鳴をあげる。
牙が皮膚を食い破り、血が出る。それが口の中を満たし、喉を通っていく。
おいしい。
美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい。
ゾンビの脳がくらくらする。
馬車からしたあからさまに普通じゃない声に、検問の人が扉を開いた。
「なんだ、こいつは!!」
あたしは振り返り、血まみれの口で彼らを見た。
彼らは固そうな鎧を着て、腰からは剣を下げていた。兵士だ。先頭の一人が魔力に反応する魔石を持っていた。
魔力検査に引っ掛かるものがいたら、その場で殺すつもりだったのだろう。
「あうー」
あたしはさも、新しい獲物がきたとばかりに彼らに襲いかかった。ついでに魔石を手からはたき落とす。あたしの魔力に反応して、魔石が白く光り、そのまま地面に落ちて割れた。
「ぅあ、あああああああ!」
あたしは一人の腕にかみつく。あたしの牙じゃ、金属製の鎧は砕けない。それでも視覚的な恐怖は与えられたのか、そいつは思いっきり腕を振った。あたしの身体が吹っ飛ぶ。
「ゾンビだ!」
噛まれた兵士が声を上げた。全員剣を抜き、あたしににじり寄る。視界の奥に首元を抑えながら、何事かを叫ぶヴィシュさんが見えた。
ヴィシュさんはもう大丈夫だろう。他に魔石があって、それがヴィシュさんに使われても、あたしという魔物に噛まれたせいだと誤魔化せるはずだ。
「ぅああ、あ、えあー」
あたしはよろけた動きをとる。まるで、普通のゾンビみたいな動きだ。
これでヴィシュさんが、あたしのことを、ついに本能に負けてしまったゾンビだと思えばいい。
ここからの道のりはあたし一人で十分だから。
「ああ、うー」
知能のない魔物は血肉の匂いに惹かれるだけだ。障害物が視界に入ったとしても、それが自分の障害になるとは気づけない。盗賊のアジトで罠にはまっていた魔物が多かったのもそのせいだ。
だからあたしも、自分が崖に向かっていることに気付かない。
「おあ」
右足が宙を踏む。体が傾く。
馬車も、兵士も遠ざかっていく。
「マリー!!」
自分が殺された瞬間に似ていると思って、あたしは微笑んだ。
「……マリー」
彼の囁き声が聞こえた。
これはいつのときの記憶だろう。
彼は、あたしの髪の毛をそっと撫でる。微睡のなか、その感触は心地よかった。
「君がいなきゃ、僕は生きていけないよ」
あたしも。
そう、返事をしようとしたけれども、眠くって、口は動かなかった。
なだめるように彼があたしの頬をくすぐった。
「おあおあうああああ」
崖の下、あたしは元気に声をあげた。
死んで、ゾンビになって蘇った際、崖から落ちたことによる傷は見当たらなかったので、いけるかなと思ったらいけた。死体になって、体が柔らかくなったからだろうか。
兵士たちも、たかがゾンビの為に崖を落ちようとは思わないだろう。
辺りは、見渡す限り森だ。最初のスタート地点と似ている。
でも、あのときほど手詰まりじゃない。あたしは馭者のおじいさんに大雑把な方角を教えて貰っていた。
疲れのないゾンビの体だ。夜通しかけてそっちに向かって行けば、見覚えのある場所に出るだろう。
「うっうー」
あたしが歩きだそうとした、そのとき。
がさり、と茂みが音を立てた。
草木の隙間から現れたのは、熊だった。
前回と違うのは、その熊の頭がすでにカチ割られていることだろう。
一瞬、倒した熊が亡霊となって現れたのかと思った。でも、よくよく見たら違った。
こいつは、熊の魔物だ。
今回は手短なところに良い感じの棒はなかった。