第四話 ゾンビの襲撃!
「例えるなら、カボチャのパイよりも、好きです!!」
収穫祭の日、告白したときの、彼のぽかんとした表情は今でも記憶に残っている。
「食べちゃいたいくらい、好きです! 付き合ってください!」
あたしは勢いよく頭を下げる。
ちなみにカボチャのパイとは、収穫祭の日にだけ出てくる特別なパイのことだ。ゆでたカボチャに贅沢に干し葡萄が入ったもので、あたしはこのパイが一等好きだった。
彼は頭を軽く傾けた。それで、栗色の髪がさらりと揺れた。
「……そんな頓珍漢な告白、誰に教わったの?」
「婆ちゃんが、収穫祭の日に告白するなら、収穫祭にちなんだ方が縁起がいいって……」
「それでカボチャのパイかあ」
彼はため息をつくと、おもむろに跪いた。あたしの右手を取り、彼は言った。
「50年後も一緒に、僕と、カボチャのパイを食べてくれませんか?」
彼はまっすぐにあたしを見つめていた。深い藍色の目だった。
「カボチャのパイなら、これが王道だと思うけど」
最初はあたしに、単純に参考例を見せただけなのだと思った。でも、彼の耳があんまりにも赤いから、これは本当の告白なのだと分かった。
じっと彼を見つめるあたしに、どんどん彼は赤くなっていく。
「……で、返事は?」
「え。はい。はいっ。食べます! めちゃくちゃ食べます!」
あたしは何度も頷くと、彼に飛びついた。彼は苦笑しながらも、あたしを抱きとめてくれた。
あたしは深夜、宿を抜け出した。
盗賊のアジトを見つけるのは、ゾンビたるあたしにとって難しくなかった。
夜目がきき、少しでも火のたいてあるところが分かるのだ。あたしは光を頼りにそこに行くだけでよかった。
アジトの周りには深く掘が作られていて、底に密集して打たれた杭に、あたしの同胞、と思わしき魔物たちが刺さっていた。おおかたあたしと同じように光に導かれてここにやってきたのだろう。
でも、知性がないからそのまま落っこちた。
そして、あたしには知性がある。
「きぁあああああ!」
あたしは大きな悲鳴をあげた。
ゾンビの声帯を駆使して、なるべく哀れな女性の悲鳴を演出した。
それで、アジトから盗賊がひとりでてくる。ダガーとランプを持ち、辺りを見回している。
その近くで、あたしはさも、迷子になってここにたどり着いて、そして魔物の死体を見つけたのだ、というように座り込んでいた。
男の警戒がとける。
男にとって、あたしは獲物だからだ。
本当は、あんたが獲物なのだけれど。
下卑た微笑みを浮かべて、男が近づいてくる。
あたしは怯えたような表情を浮かべて……飛びつき、その首にかみついた。
悲鳴はあげさせない。すぐに男は静かになった。
あたしは男の一人の衣をはがしていく。その服は盗賊のなかで統一してるらしくて、あたしを殺した人と同じ恰好で、吐き気がした。
それでも、あたしは盗賊のアジトに侵入する為にその服を着る。片腕だとちょっぴり着づらかった。
そしてあたしは、何食わぬ顔でアジトの中に入る。
あとは単純だ。一人になっている盗賊を見つけたら、襲って行くだけ。
宿屋の娘としての、酔っ払い撃退技術が役に立った。
アジトの中が、宴でもやっているのか騒がしかったのも幸いだった。
それでも、酔った頭でも、段々人が減っていることに気付かれてしまう。
そうなれば後は早い。流石そういった生業で生きているのか、すぐに侵入者が出たとき用の行動がとられる。
チームを組んで、武器を構えて、アジトの中を巡回する。
あたしという存在はすぐにばれてしまう。
「てめぇ、なにもんだ!?」
剣や槍の矛先を向けられながら、あたしは首を傾けた。
恐怖で彼らの顔が引きつっていた。当然だ。仲間が無残にやられているのだから。
自分が、同じようにやられるかもしれない、と怯えているのだろう。
それが面白くて堪らない。
とっくに、あたしの人生はお前たちに奪われたというのに。
結婚は出来るけれど、もう、彼とパイを食べることは出来ない。
あたしは牙をむく。
あたしの作戦はこうだ。
ハチャメチャに噛みつく。殴る。
あたしというゾンビは、刃物の傷も意味がない。血はでない。疲れもない。
足を切り飛ばされても、手で這う。
手がなくなっても、牙がある。
首を飛ばされても、跳ねて、喉に噛みついてやろう。
それなら、盗賊もやれるはずだ。
どんな姿になっても、彼の下に戻らなければならない。
彼はきっと、首だけのあたしも愛してくれるはずだ。
「ぁあああああぅぅぅぅッ!」
ゾンビの唸り声に、彼らが後ずさりをする。
あたしは彼らに飛び掛かろうとする。そのとき。
「アイス・アロウ!!」
ヴィシュさんの声がした。
盗賊たちが次々と倒れていく。
傍には結晶みたいなものが落ちていて、どうやらそれが盗賊たちに当たったようだった。
圧倒的な冷たさに、煙が立っている。
空いた視界の向こうに、ヴィシュさんが立ち尽くしていた。
こちらに右手を向けた状態で。
その手から、ぱきぱきと氷の粒が落ちていく。
魔法だ。
……この世界において、魔法は魔物しか使えないとされていた。
たったひとつの例外を除いて。
その例外のことを、あたしたちはこう呼ぶ。
魔王と。