第三話 ゾンビとの適切な距離
「まあ、でもこの辺は馬車で通ったんだろ? 適当な村に行って、乗合馬車の奴に聞いてみれば分かるかもしれないな」
食事を終えて一息つき、ヴィシュさんは言った。
この森は熟知しているとのことで、ヴィシュさんを森の中を先導していく。あたしはその後から離れてついていく。
あたしはそこで、ふと、違和感に気づいた。
あんだけあった動物の気配がしなくなっているのだ。鳥の声だってしない。
成程。これが冒険者。狩る側のオーラ……!
長いマント。動きやすそうなシャツにズボン。そして腰に背中に背負った高そうな大きい剣。
確かにいかにも強そうな冒険者だ。
今後の為にもあたしはこのオーラを身に付けておきたい。そうぼんやりとヴィシュさんの背中を見ていると、ふいにヴィシュさんが振り返った。
あたしの姿を見て、ヴィシュさんはなにやら考えこむと、自分のマントを脱いだ。
「これで、どうだ」
あたしはヴィシュさんの意図を察して、マントを受け取る。
鏡がないので、ヴィシュさんの剣を借りることにした。
剣の刃には反射して、マントを着た女の子の姿が映っていた。ない腕も胸の傷も隠れている。顔色の悪さは、まあ、人間体調悪い日にはこんな風になる。
もっとよく姿を見ようと、あたしは剣に近づく。
それで、ヴィシュさんとの距離を詰めすぎたことに気づいた。
あたしはばっと距離を取った。
ヴィシュさんはそんなあたしの姿をみて、頭をかいた。
「あーさっきから思ってたんだが。別にもう、俺はお前が危害加えるなんて思っちゃいねえよ」
あたしは慌てて地面にかいた。
『彼が嫉妬します』
彼はそれなりに嫉妬深かった。あたしの傍三歩以内に男がいると、不機嫌な顔であたしを引っ張って、どっか人のいないところに連れていくのだった。
あたしは肩を貸していた爺さんの元から引っ張られながら、思ったものだ。
そんな風に隠れたところで、嫉妬したのだ、とアピールしなくてもいいのに。
あたしだったら、嫉妬を覚えたら、その場で飛びついてキスをぶちかます。それから、相手に威嚇しまくる。というか実際にした。旅人の女が彼に言い寄ってたから。
個人に改善を訴えるより、周囲に悟ってもらった方が手っ取り早い。
「なるほどー」
ヴィシュさんは諦めたように頷いた。
ヴィシュさんのおかげで、すぐに村についた。
ここは魔の森の近くにあることから、冒険者たちの中継地点になっており、乗合馬車もいろんな方面に出ているそうだ。ここでなら、オウマ村について知っている馭者もいるかもしれない。
村には、沢山の宿があった。住んでいる人達の数が少ないだけで、もはやここは町だ。あたしも宿屋の娘だが、あたしの村には宿がひとつしかなかった。なのでとても新鮮だ。
もう時間は遅くなっているので、一旦今日はこの村の宿に泊まることにする。あたしの部屋の分は、狩った熊の毛皮を売ることで手に入れた。
頭にしか傷がないので、良い毛皮だと村のギルドの人がほめてくれた。
あたしは宿のエントランスを見渡す。お貴族様向けみたいな落ち着いた空間だ。うちの宿でも参考にしようと思う。
スムーズに空き室がとれほくほくしていると、予約を取ってくれたヴィシュさんは何故か顔をしかめた。
「おかしい」
ヴィシュさんは言う。この村は冒険者にとても人気で、宿はいつも満室で、数件回る羽目になるそうだ。それなのに今日はあっけなく部屋をとれた、と。
よくよく考えれば、確かに。冒険者向けにしては、この宿は静かすぎる。もっとこう、冒険者ってのは酒を飲んで、歌って、騒いでいる生き物だ。明日にも命がないかもしれないから。
宿のエントランスには何人もの冒険者が酔って行き倒れていて、あたしはそれを起こして回るのが仕事だった。
ヴィシュさんとあたしは外に出る。宿のすぐ近くに、馬車の寄り合い場があった。けど、そこには一台の馬車しかなかった。
その横で、おじさんがひとり座って酒を飲んでいる。
「オウマ村を知らないか。この子が探してるらしくて」
「なんだその村、知らねえな」
おじさんはすぐに答えを返すと、あたしたちに興味がなさそうに、空をぼんやりと眺めた。
あたしたちはその隣で、次の馬車が来るのを待つ。
けど、いっくら待っても馬車は来なかった。
「あんたら、無駄なことはやめな」
おじさんは呟いた。
「馬車はでねぇし、こねぇよ。久しぶりのお客様だ。宿の人間はよくもてなしてくれるだろ。だから、帰んな」
「どういうことだ?」
慌てて聞くヴィシュさんにおじさんは説明した。
曰く、近くに盗賊のやぐらができたそうだ。昔、討伐されたのがここんとこまた復活したらしい。盗賊は通りがかった馬車を見境なく襲うそうなので、恐れた馭者はこの村を迂回するようになったそうだ。
あたしは思う。
その盗賊って、あたしを殺した奴だ。
「国も最近、別件で忙しいみたいでなぁ。全く、あんな狩りしてるくらいならこっちを狩ってくれよ」
おじさんはそうぼやいた。
あたしは意気消沈して宿に帰った。ヴィシュさんが心配そうにあたしを見る。
「俺が退治できたらいいのに」
ヴィシュさんは申し訳なさそうに言った。
確かに、冒険者の多くは魔物と渡り合っていて、それこそ盗賊なんか屁でもないくらいの実力を持っている。
それでも、便利なこの村が盗賊のせいで使えなくなっているのに、冒険者たちは盗賊を退治しない。
それは、冒険者はどんな理由があろうと、人に危害を加えることを禁止されているからだ。あたし達よりも強い刑が科せられる。
襲われた、と言い訳して、その力を使って、他の人達から金品を奪うことを阻止する為だ。
だから冒険者たちは、普通の人たち以上に、盗賊の出る地域を避ける。
あたしはヴィシュさんと別れ、宿のベッドに横たわる。ふかふかしている。
けど、眠気はこない。当然だ。だってゾンビなんだもの。
そこで、あたしは気づいた。
ゾンビなんだから、人襲っちゃってもよくない?
人殺しまくってる盗賊なんか特に。