第二話 知的なゾンビガール!
まず、あたしがするべきことは崖を上り、元の道に戻ることである。
しかしながら生憎、あたしには右腕がなかった。あたしは方向だけを確認したのち、傾斜が緩やかな部分を探すことにする。
鳥たちは、あたしがこんなことになっているというのに呑気に歌を歌っている。
そこに熊が現れた。
正直言って出る気はなんとなくしてた。森の中だし。
ただ、良かったのはそいつが魔物じゃなくて只の熊だってことだ。魔法は使わないし、火も吹かない……あたしも一応魔物のくくりだから、そのうち魔法使えるようになんのかな。
とりあえず、元人間様としての知性を見せつければいい。腕力は叶わないが、今まで何匹もの熊を人間は狩ってきたのだ。宿には熊の敷物があった。
「ぁあああああああ!」
あたしはその辺にあった棒(多分馬車の破片)を拾い、襲い掛かる熊に構えた。
一方そのころ、同じ森の中。ヴィシュという男が辺りを散策していた。彼は冒険者という名のハンターであり、魔物を狩って生計を立てているのである。
そこに、この世のものと思えぬ悲鳴が聞こえた。
新種の魔物か。
ヴィシュは警戒する。あらかた生態系が定まっている森において、新しい種が出るということは、その種が周りを圧倒するような力を持っているということである。偵察して、なるべく情報を集めて、ギルドに持って帰らなければならない。
危険を伴う行動であるが、自分には切り札がある。
ヴィシュは剣を構えて、声のする方にそっと近づく。
木の影から様子を伺う。
「ぅあ! あああ! えああああ!」
そこでは一体の女ゾンビが、熊の頭を滅多打ちにしていた。
あたしが考えた作戦は以下の通りだ。
まず、棒で熊の頭を殴る。そうすると、熊は脳震盪を起こす。熊はひるむので、その隙にまた頭を殴る。また、脳震盪が起こるので……。
これを繰り返していけば、そのうち熊も倒れるだろう。
なんという知的な計画!
あたしは何度も、何度も熊の頭に棒を叩きつける。血が飛び散り、頬に飛ぶ。熊はだいぶぐったりしているが、気にしない。慈悲は油断と一緒だ。
あたしがこのように活動できているのだし、頭部がなくなるまで殴らないとだめだ。
ふいに、後ろから物音がした。あと、食欲がそそるような匂いも。
振り返ると、剣を構えた男がそこにいた。
構えている剣はものすごいピカピカしているし、険しい目をしている。
完全にあたしという魔物をやる気だ。こちらに向かってくる足取りも、なんというか、凄い。
『あたしは無害です』
と、文字を書こうとも思ったが、その前に殺されてしまいそうだ。
あたしはこんなところで再び終わるわけにはいかない。
別の手段で、あたしが害のない知性的なゾンビだと証明しなければならない。
男が剣を振り上げる。
そして、あたしはハトの物まねをした。
左手は顔の前にやって、くちばしを作る。
腰をまげ、尻をつきだす。膝はまげ、無駄に回転する足さばき。
あとは歩みにそって首を前と後ろに動かす。
あーあ。右腕があれば羽の羽ばたきも再現できたのに。
「おッおー」
言葉が使えないなりに、鳴き声も真似した。
男の人は、剣を上げた状態で静止していた。ばんざいみたいでちょっと間抜けだった。
時間の猶予を貰ったあたしは、拾った木の枝で地面に文字を書き、状況を説明した。
剣を持っていた男の人、ヴィシュさんは言う。
「えーと、つまり。恋人がいて、結婚する予定なので、早く自分の村に帰りたいと」
あたしは首がもげそうな勢いで振った。
ヴィシュさんはひとつため息をついた。
「成仏しろ」
「ッああン!?」
「今のは分かりやすいな」
唸り声をあげたあたしに、降参とばかりにヴィシュさんは両手をあげた。
今、目の前にはヴィシュさん用に火が炊かれている。ゾンビのわが身にとっては、眩しかった。ヴィシュさんはぽりぽりと頭をかく。
「まーでも、結婚出来るかは別として、村までは送ってやってもいい。それこそ、恋人に挨拶出来なきゃ未練は残ったままだろう……監督責任、も多分あるし」
この人ものすごく良い人だ!
あたしは威嚇をやめ、先程とれたばかりの熊肉を贈呈する。ヴィシュさんは苦笑いでそれを受け取ると、火の上で焼き始めた。
一方あたしは、生でかじる。血が新鮮でおいしい。
「で、その村ってのはどこだ?」
あたしは地面にオウマ村、と書く。
「その村はどこにあるんだ?」
首都より西、と書く。
ヴィシュさんの眉間に、何故かしわが寄った。
「西の、どこにあるんだ?」
山のふもと、と書く。
ヴィシュさんの口元がひきつった。
「首都より、西で、山のふもとねぇ……」
ヴィシュさんは枝を持つと、あたしの文字の隣に絵を描きだした。歪んだ円。多分、この国の地図だ。その地図の右側の方に小さな円を足す。
「これが、首都」
ヴィシュさんはそう言いながら、地図の、広大に拡がる左側を指し示して見せた。
「そんな村アホほどあるぞ」
道のりはまだまだ遠かった。