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第十話 ゾンビになったけど、めげない!

 あたしが目を開けたとき、辺り一面は白い雪の世界に覆われていた。

 あちこちに幾つもの氷の柱が立っていて、その中に驚愕の表情で兵士が閉じ込められていた。

 心まで魔物になっていたようで、その凄惨な光景にあたしは何も思わなかった。というか、盗賊を殺そうとしていた時点で今更だった。


 むしろ、心配だったのは。

 パリパリ、と砕くような足音が聞こえて、あたしは振り返る。


「ぃうあう」


 そこには、ヴィシュさんがいた。今まで見たことのないような表情をしていた。

 あたしは再び辺りを見渡す。そうだ、こんなに露骨に魔法を使っちゃっていいものだろうか。


 あたしはヴィシュさんに訊こうとして、腕がないことに改めて気づいた。今度は右足を持ち上げて、なんとか地面に文字を刻もうとする。けれど、腕のない体ではバランスが取れなかった。


 あたしの体が傾く。それを、ヴィシュさんが受け止めた。


「文字を書く必要はない。俺も分かる。マリーの母が分かったように」


 ヴィシュさんは、淡々と言った。あたしはヴィシュさんから身を起こそうとするが、腰を支える左手に力が込められただけだった。


「でも。不便だよな」


 ヴィシュさんはそう言うと、余った右腕を、あたしの何もついてない肩に向ける。そこから、氷が生成されていく。冷たい。

 氷は、細く長く伸びると、腕の形を作った。


 あたしはそれでやっとヴィシュさんから解放された。あたしは氷の手で、何度もグーやパーを作った。その腕は、初めからあたしのものだったように動いた。


「魔物は魔力で動くから。魔力で出来た氷も動かせると思ったが、当たったらしいな」


 色んなポーズをとって、腕の試行錯誤をするあたしを見ながら、ヴィシュさんは心底満足そうに笑う。


「……その腕、俺から離れると、溶けて、なんも出来なくなるから。だから絶対離れるんじゃないぞ」

「えあ!?」


 ヴィシュさんの口から、あたしの容認できない言葉が出てきた気がする。


「えあうあ、ああえああいうあ、えああぅうああ」

 あたしは、彼の下にいくので、結構です


 あたしは話す。

 あたしの旅はもう終わった。いや、後は終わらせるだけだ。そこにヴィシュさんが付き合う余地も過程も一切存在しない。


「あー?」


 ヴィシュさんが首を傾けた。すると、あたしの腕が勝手に動く。ヴィシュさんのシャツを掴み、ヴィシュさんを引き寄せる。

 操られている。


「俺が、お前についてくと決めたんだ。俺が、お前を生かすと決めたんだ。そこにマリーの意志は関係ない。気に喰わないんなら、俺を出し抜くことだな」


 近くなった距離で、ヴィシュさんは言った。銀色の目がよく見える。氷みたいだ。

 あたしがどんなに意思を送っても、あたしの腕はヴィシュさんのシャツを放してはくれなかった。


 ヴィシュさんは、あたしの耳元で囁く。


「ま、無理だろうけど」


 なんという罠を押し付けられたのだ!


 あたしは自由になる両足で、ヴィシュさんの足を踏もうとする。それをヴィシュさんは冒険者のステップで避けた。ダンスしてるみたいだ。余計にムキになるあたしに、ヴィシュさんは笑いながら話した。


「というかさ、その、俺の知っている知識の中に、生まれ変わりって言葉があるんだ。死んだ人間が、再び赤ん坊からやり直すのさ……お前の恋人も、生まれ変わってるんじゃないのか」


 その言葉を聞いて、あたしは地団太を止める。


「お前の愛は、自分がゾンビになることは許せても、相手が違う存在になることは許せないのか? 違うよな。まだ、恋人と結婚することを諦めなくってもいいんじゃないか」


 ヴィシュさんが俯く。再び、髪の毛が垂れて、表情が見えなくなる。


「案外、近くにいるかもだし」


 あたしは、そんなヴィシュさんをまじまじと見た。

 近い距離なので、ヴィシュさんの匂いが猛烈にする。


「おわ。なんだいきなり!」


 あたしは、今度は自分の意志でヴィシュさんに近づいた。下から覗き込むようにして、その表情を確認する。

 ヴィシュさんは眉間にしわを寄せながら、耳を真っ赤にした。

 あたしはそれで確信した。


 ヴィシュさんは、彼だ。


「ぅいいああ!!」

「へ? は? えーなんの話かなー」


 ヴィシュさんは詰め寄るあたしに、目を泳がせた。一回下を見て、上を見る動き。また、嘘をついている仕草だ。そして、これは彼の仕草でもあった。

 違う人、違う育ち方をした人と、仕草なんて一致するだろうか。


 まあ、でも、一番の根拠は。


「おいいおうあおあ、あえいあいあい」


 ヴィシュさんから美味しそうな匂いがしたことだ。初めて会ったときからそうだった。あたしはそれを、ゾンビになったせいだと思っていたけど、違った。盗賊は臭かったし、母ちゃんも別に美味しそうじゃなかった。

 

 なら、あたしが美味しそうな匂いを感じるのは一人だけだ。

 

「食べちゃいたいくらい好きって、まさか、本当の意味で……やべ!?」


 ヴィシュさんは突っ込みかけたところで我に返り、慌ててその口を塞いだ。しかし、もう遅い。

 あたしはその言葉を聞いて、余計にヴィシュさんにすり寄った。


 ヴィシュさんはそんなあたしを見下ろしていたが、諦めたようにひとつため息をつくと、あたしの頭を撫でた。

 

「あーあーあー。叶わねぇなあ。俺のこと好きになって貰ってから、ばらそうと思ったのに」

「う、あ!」


 無駄、とあたしは叫ぶ。

 どんな姿に生まれ変わろうが、あたしは変わらずに彼を好きになるだろう。彼の優しさに惹かれるだろう。それなのに、お互いの愛を確かめる為に、回り道するのは無駄なことだ。


 いつ、相手がいなくなるのか分からないのに。あたしはそれを思い知った。


「はは。無駄、か。無駄。そうだな。確かにそうだ」


 ヴィシュさんは声を上げて笑うと、頭の上に置いていた手を、今度はあたしの体に回す。そのまま、ぎゅっと抱きしめられる。存在を確かめるように。


 あたしの両手の自由が利くようになる。あたしは、その両手を同じようにヴィシュさんの背中に回した。ヴィシュさんは言う。


「今度こそ、マリー。結婚しよう。ちゃんとその先も一緒にいよう」

「いえい」


 あたしはゾンビの語彙を駆使して答えた。ヴィシュさんはあたしの返事を聞いて、吹き出した。


 草原は相変わらず凍り付いていて、ちょっと残酷な光景だった。

 これから先、多分、魔王を狙う人達に追いかけ回されたりするのだろう。


 けど、二人で一緒にいられるのならば、それでもやっていける気がした。


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他作品 連載「俺が死ぬと世界が終わるらしい」 →男子高校生がある日「おめーが死んだら世界終わるから」と予言された上に、世界中から命を狙われるハメになる話
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