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第五話「初陣前夜」

いやー、遅れました。すいません。でも続けますんでご安心を。

ラディブの武具屋の店主ジャックから武具を購入して三日。早速装備が出来上がったと報告があり、傭兵団の拠点で掃除をやらされていたハウゼンとヤスハは早速店に向かった。相変わらず人っ子一人いない寂しい店内に入ると中には作業着を身に着けた巨漢禿頭が待っていた。


「出来上がりはカウンターに置いてある。着てみろ」


素っ気無く後ろを指さすジャックに従い、台の上にある包みを紐解けばそこには頼んでおいた武具と片手剣がサイズ調整されて鎮座していた。皮革製の皮鎧の胸当てと背当てを革紐と金具で固定し、膝まで覆う頑丈な足具履いて踵をトントンと調整する。軽く動いてみるが、違和感はない。


「ほう」


傭兵達から御下がりで貰った衣服の上から着込み、腰のベルトに革帯付きの片手剣を差せばそれなりに映える。駆け出しの傭兵の出来上がりだ。柄に手を添え、剣を鞘から素早く抜き放つ。鞘内に油が良く摺り込んであるのだろう。思ったよりも出が速い。


「ふむ」


ハウゼンは鈍く煌めく刀身を眺め、一閃。淀みのない動作に一度頷くと剣を鞘へと仕舞い、店主へと振り返った。



「いい仕上がりだな、店主」

「……当たり前だ。俺はこの町一番の職人だからな」


当たりの強い口調だが、声音は嬉しそうだ。仕事の出来を褒められるのは職人冥利に尽きるというものなのだろう。ハウゼンは奴隷の持ち主として同伴してきたアキレスと目線を合わせ、苦笑した。頑固なジャックは素直でもないようだ。


「ね、ねぇ。ハウゼン。私、変じゃないよね?」


そう言って袖を引っ張ってくるヤスハへと振り返れば彼女は白く塗られた皮革製の防具を身に着けていた。胸当て、背当て、腰巻き、手甲、足甲と頭を除く一式防具である。手甲はグローブ型で拳を覆う様になっていて怪我防止になるだろう。


因みに、背当てには藍色の短いマントが付いてる。武器は細剣と革を何重にも貼り重ねた小盾が彼女の武器だ。腰巻きには尻尾を通す穴が設けてあって芸が細かいと感心させられる。しかし、


「……時に、店主」

「なんだ、餓鬼」

「彼女の装備だが、藍色のマントなんてあっただろうか?後、白革は高いし目立つからと避けて注文したと思っていたのだが……」

「そりゃ、お前……サービスだよ、サービス」

「店主……お前、まさか」


ハウゼンの追求するような視線から逃れる様にジャックはそっぽを向いた。無視を決め込むらしい。頑固で人を寄せ付けない偏屈な男だと思っていたが、よもや獣人の少女に興味を持つとは。ヤスハの愛らしい容姿にでも惹かれたのか。人は見かけによらないものだ。


そう思っていると袖を掴んでいたヤスハが不安そうにハウゼンを見て来た。


「えっと、もしかして、似合わない?」

「いや、良く似合っている」


髪色と合わせた白革鎧が実に映える。藍色のマントと容姿も相まってか、ハウゼンよりよほど騎士らしい見た目をしている。勿論、本物の騎士は金属甲冑が主ではあるが、伝記に描かれる女騎士を幼くさせれば今のヤスハの様になるだろう。幼騎士と言ったところだろうか。


「そっか……なら、良かった」


嬉しそうに頬を染めて猫耳をピョコピョコ動かすヤスハ。そんな彼女を見て、本人が満足なら問題ないかと考え直す。元より、傭兵など奇抜な出で立ちの者が多い。白革鎧姿は目立つと思ったりもしたが、団員達の方がよほど注目される。気にするだけ無駄だろう。


「世話になったな、店主。いずれ、稼ぎが溜まったらまた顔を出す」

「ああ、そうしろ。死ぬんじゃねーぞ、クソ餓鬼」

「善処する」

「お世話になりました」


ハウゼンはヤスハを伴い、店を出る。そんな二人を見て「やっぱ、装備さえ整えればそれっぽく見えるもんだなー」と感慨に耽っていたアキレスもジャックに別れを告げた後、店を出た。


さぁ、出稼ぎに出発だ。



ヤーナムの町を出て二週間。浪々の赤鷲団はハウゼン等を含めた団員24名で帝国東部の国境線沿いを目指して移動していた。数名は盗賊団討伐の際に負傷したため、ヤーナムの町にある拠点を管理しつつ療養中。この24名が、団が動かせる最大動員員数であった。


一行は東部のワンディル王国とストバリア王国の小競り合いに参戦する予定だ。どちらも帝国と国境を接している中堅国家なのだが、当代の王が両者共血気盛んな年頃と性格故に戦争紛いの小競り合いが互いの国境線沿いで二年もの間続いている。


大規模な戦闘は大陸の雄である帝国の仲裁を招く恐れがあるため、数千人規模に収まる戦いを何度も繰り返していた。しかし、いくら王が乗り気だからといって国境線を預かる辺境伯やその寄り子の貴族達までもがやる気な訳ではない。小競り合いと言えど死傷者は出るし、費用も嵩む。


それに自領の領民から集った農兵ではなく、家臣団を中心としたお抱えの領軍でなければ王が満足するだけの戦果を挙げられないので当然失った時の損失は計り知れない。戦専門の人間を育て上げ、管理する費用は馬鹿にならないのだ。両国共、帝国の様な“帝国軍”という中央が管理する巨大な防衛組織を持っていないため、各々の領地は各々で守らねばならない。


帝国では最早半分お飾りに等しい領主貴族達の騎士団などの領軍が最終防衛ラインなのだ。

勿論、王家も近衛兵団や直轄領地から募った兵力を有しているが国土全域を守るには圧倒的に足りない。となると、この小競り合いの重荷は辺境の貴族たちに圧し掛かる。王家から戦費用は届くが、領地を取れる訳でもない小競り合いで貴重な兵を死なせたくはない。


なら、どうするか。替わりに戦って死んでくれる者を雇えばいいのだ。お手軽にあと腐れなく、代行戦争をやって安い命を散らしてくれる存在。それが傭兵であった。当の傭兵達も稼ぎ時だと売り込みにくるので、どちらの陣営でも兵数の大部分を傭兵で補い、この小競り合いに当たっていた。


ミリアの話ではちょうどひと月前から激化し始めたという話を仕入れた様でこの波に乗ってどちらかの陣営で活躍すればそれなりの褒賞金が出るという。


「で、私達はどちらに向かうんだ?」

「そうですね。今回はストバリア王国側に付く予定ではあります。傭兵の待遇がワンディルよりも良い事で知られていますし。今年の春先も一度、お世話になった縁もあります」

「そうか、ストバリア、か」

「……何か問題でも?」

「いや、一度勘を取り戻したいと思っていたところだからな。より過酷な方(・・・・)が丁度良いだろう」

「……貴方は何時も訳知り顔ですね。ヤスハと違って可愛げのない子供です」

「よく言われるよ」


二台の荷馬車を引いて進む傭兵団の一行の先頭で皮鎧の上から御下がりの外套を羽織ったハウゼンが質の良い毛皮のコートを着込むミリアを見上げて話している。彼女の防具は所々に板金が使われていて頑丈そうだ。普段、ゆったりとした服装が殆どなのでぴっしりと鎧を着ると体の凹凸がはっきりと強調される。端的に言えばきつそうに見えた。


それを隠す様に着込むファー付きのコートのお陰で人目に晒される事はないが、団員達はミリアの格好を見る度「ヒュー、流石副団長だぜ!」「俺は気づいていたさ、隠れ巨乳だって事を、な!」と口笛混じりに囃し立てるので、肝が冷える。何故ならその度に彼女の眼には殺意が宿るからだ。


傍から見てても生きた心地はしない。一度、アキレスに「自分の女が揶揄われているのに気にしないのか?」と訊ねた事がある。すると奴はこう答えた。「俺は女の魅力を独り占めしようなんて、器の小さな男じゃねぇ」と。つまり気にしていないのだという。むしろ、自分の女の魅力は隠し通せるものじゃないと満足気なのだ。


ハウゼンとしては全く理解も共感も出来ないが、それで納得する事にした。ミリアも報復に黒ブーツで思いっ切りキンテキを慣行するのでどちらもやり過ぎだ。品性の欠片もないやり取りだが傭兵とはこんなものなのだろう。それをハウゼンはこの二週間余りで感じ取っていた。


「お、見えて来たぜ!ストバリア王国の要、バリアント要塞だ」

「あれが建国以来一度も敵の手に堕ちた事のない不落の砦か……」


アキレスがはしゃぎながら指さす方を仰ぎ見れば前方にその威容を収める事が出来る。二十メートルはある高く、分厚い外壁に覆われた砦は周囲に数メートルの幅がある堀が掘られており川から引いた水が流れ込んでいる。外壁の内部と頭上には人が行き来できる空間が設けられており、迎撃対策も万全だ。


聴けば内部の構造も砦らしく複雑怪奇で正確なルートを把握していないと迷子になるのだと言う。傭兵は勿論立ち入り禁止なのであそこに詰めているのはこの小戦争で参加している数少ないストバリア王国側の人間だけだ。周辺領地を預かる貴族、その家臣団がいるという。褒美は彼等から渡される。


そのため、この砦の更に外側には傭兵達のキャンプ地が幾つも点在していた。軽く二千には届きそうな数が川沿いにテントを張りうろついているので一見町にも見える有様だ。これだけの傭兵を見たのはリュークスタック第三皇子の軍勢と勢力争いをした時以来かもしれない。妙にピリつく空気を肌で感じ、ハウゼンは自然と口端が吊り上がった。


「なんだ、ハウゼン。身震いか?初陣だからって緊張するなよ。まだ戦が始まった訳じゃねーんだから」

「いや、なに。懐かしくてな。ついニヤけてしまったのだ。許せ」

「……お前って変な奴だよな。少しは嬢ちゃんを見習えよ」


アキレスが呆れたと首を振りながら後ろ指で示す方に視線をやればヤスハがプルプルと震えながら挙動不審とも言える動作で周囲を見渡し、怯えていた。娼館の女主人に対してあそこまで強気だったのは理不尽に対する断固とした意志があっただけで、元来争いは苦手なのかもしれない。


「ひ、人があんなに沢山……」


まだ年端もいかない少女だ。無理もないと思うハウゼンだが、こうも考えていた。初陣は誰でもあんなものだと。慣れが来れば動じない。最初はあれくらい警戒して恐怖しておいた方が丁度良い。ハウゼンは先輩風を吹かせようと彼女に近づき、せわしなく動く白い猫耳ごと頭をポンポンと撫でた。


「ハウゼン?」

「大丈夫だ。あれは全部味方。ワンディル王国との国境線は此処から十キロ北東にある。要塞はストバリアを囲う小高い山脈の山間を塞ぐように建てられている。後ろからの襲撃はなく、山々からの大軍の襲来も立地的にまずあり得ない。安心していい。これは所詮王命の名の下に行われている領主達の意志とは無関係の国境線争いだ。熱が入り過ぎて帝国側の参入を許す様な事態にはならない。つまり、此処に居ればまず安全という事だ」

「むずかして、良く分かんないけど……えっと暫くは平気ってこと?」

「そうだ」

「そっか……ハウゼンがそう言うなら大丈夫、かな」


ヤスハは胸に手を当てホッと息を吐くと安心した様に微笑んだ。あれだけ震えていた猫耳も尻尾も今はご機嫌そうに揺れている。落ち着かせようとハウゼン自身が言った事だが、随分あっさりと信じ込んだものだ。素直な部下、もとい同期などかつての彼には存在しなかった分、面食らう。


思い返せば奴隷上がりのハウゼンは周囲から反発されてばかりだった。例外だったのはユニファ姫とその老従者ダグラス、バルバロッサ将軍とマルサス卿ぐらいなもの。後の者達は姫のお気入りで奴隷が台頭するのを快く思っていなかった。


故にハウゼンにとってこうも自身を信頼してくれる同い年というのは貴重だ。素直に嬉しく思うし、面倒見てやろうという親心が湧いてくる。彼は自然と顔が綻び、随分と久方ぶりに笑みを浮かべた。


「ふっ……」


きっとユニファに向けたのが最後だろう少年の笑みはその容姿と普段の様相も相まってか凄まじい破壊力を秘めていた。様子を伺っていたアキレスとミリアがギョっとして目をしばたかせる程だ。


「また不安があれば言うといい。私で良ければ付き合おう。なに、同じ脱走奴隷のよしみだ。遠慮はするな」

「……ぅ、うん」

「どうした?今度は顔が赤いぞ?病気か?」

「ち、違う!これは、あれ、えっと、その」

「……このやり取りで気づかない辺り、坊主も人が悪いな」

「本当ですね」


アキレスの溜息に賛同する様に団員達が「畜生あの餓鬼!羨ましいぜ!」「や、ヤスハちゃんが、俺達のヤスハちゃんがぁ!」と騒ぎ立てる。ミリアが一喝するまで騒いでいた一行は傭兵達のテント群までいつの間にか辿り着いているのであった。



川沿いのテント群に混って団員分のテントを張ってからミリアがヤスハと数名を連れてバリアント要塞に向かった。外壁近くで傭兵側の交渉役の者達が高級天幕に詰めているからだ。そこで契約やら今後の褒賞やらについて話し合うらしい。獣人差別は平気なのかと少し疑問を抱いたが、よく考えれば獣人の傭兵などさして不思議でもないと結論が出る。


それよりも問題なのは残った団員達、もといアキレスだ。奴は目立つ。赤髪、金目の筋肉質な巨漢。野性味溢れる男前な顔立ちと人を苛立たせる常識外れの言動の数々。手綱役であったミリアが目を離すともう、すぐに問題を起こす。今もまた、問題を起こしていた。


「おう、テメェ!ぶつかっておいて謝りもしねぇのか!ああん!?」

「いやー、わりぃ。ほら、俺デカいからよ。ちょっとお前見えなかったんだ。それにお前も不注意だったんだからお互い様だろ?な?」

「なっ、この、テメェ!」


残った団員達とアキレスがでは鬼の居ぬ間に、と傭兵テント群の近くに臨時で置かれている酒場や娼婦のテントに向かおうと盛り上がっていた所で、新参者が気に食わないといった雰囲気を醸し出していた連中がアキレスにわざとぶつかり揉め事を起こしたのだ。


「いい加減にしろよ!二十人ばかしの弱小傭兵団風情がッ!俺達【風のイグニス】相手に喧嘩吹っ掛けて唯で済むと思うんじゃねぇぞ!」

「そうだ!そうだ!」

「やっちまえ、マーシャス!」


周りに煽てられ引くに引けなくなったマーシャスという男がナックルの様な拳武器を打ち鳴らしながら、アキレスを見上げ威嚇する。当のアキレスはというと酷く面倒そうな顔で「やれやれ」と後頭部を掻きながら欠伸をしていた。


「野郎ッ、ふざけやがってッ!」


マーシャスの鋭い拳が唸り、空気を切り裂きながらアキレスの顔面に迫る。それを一瞥した奴はスッと顔の間に手の平を持ってきて攻撃を受け止めた。


「あいつ……」


ハウゼンはその様子を眺め、目を細める。一度、彼自身が攻撃を封殺されたから分かった。ワンテンポ遅れているのにも関わらず、強引に手を間に合わせるだけの反射神経、身体能力の高さ。アキレスは間違いなく、個の武勇で全盛期のハウゼンに比肩する。いや、もしくは上回っているかもしれない。


(剣を抜いた所を見た事がない。今まで奴は拳でしか戦ってこなかった。底が見えない相手は久々だな)


そんなハウゼンの思いとは別に攻撃を受け止められると考えていなかったマーシャスは唖然とした表情で凍り付き、周りの彼に賛同していて囃し立てていた連中も静まり返った。そんな中で団員達だけが「流石、団長!」「かっこいいっすぜ!」と盛り上げる。


「おう。そんなに褒めんなや」


アキレスは照れ臭そうに右手で頭を掻き、相手の拳を掴んだ左手をゆっくりと下げる。マーシャスは慌てて振り解こうと暴れるがビクともせずに慌てて「や、やめろ!話せ!」と叫んでいる。


「やだよ。お前が一発。俺も一発だろう。じゃなきゃ不公平ってもんだ」


アキレスはニッコリと笑うと右手を大きく振り被り、拳をギリッと握り込む。太い腕の筋肉が隆起し、血管が浮き出ている。あの右手の破壊力はとんでもない事になっていそうだ。ハウゼンが「程々にしてやれよ」という前に拳は豪速で振るわれ、マーシャスの顔を打ち砕いた。


「グベショッ」


変な叫び声と共に吹っ飛んだマーシャスは奴のテントと思しき場所を突き破り、地面を数回転して止まった。ハウゼンが見た限りでは受け身も受け流しも出来ていなかったので顔面はきっと酷い事になっているだろう。少なくとも前歯は無くなっている。


「おー、痛て。歯に当たっちまったぜ」


アキレスは騒ぐ団員達と人だかりに手を振りながら拳に刺さった前歯を放り捨て、マーシャスの下まで歩いていくと奴の腰に引っ提げている袋を取り上げた。ジャラリと金属同士が擦れる音がする。どうやら財布のようだ。


「よしっ、お前等!臨時収入だ!喜べ、今日の酒は俺の奢りだ!」

「ヒューっ、そうこなっくちゃな団長!」

「俺はあんたに付いていくぜ!」

「ついでに娼館も奢ってくださいよー」

「馬鹿言え!それは俺の一人占めだ」

「「ええっ!!」」


アキレスが団員達とふざけ合っているのを見て深く溜息を付くハウゼンだったが、ふと後ろから音も無く近づく気配に気づき、片手剣を抜き放つと右足を軸にクルリと反転し切っ先をソイツの喉元に突き付けた。


「なっ……!?」


相手は細身の優男といった雰囲気で、意匠が施された甲冑姿の上に赤いマントをはためかせていた。貴公子という言葉が似合いそうな彼は目を剥き驚愕しつつも、両手を上げて降参の姿勢を示していた。


「……何の用だ?私が子供だから鴨に見えたか?なら、残念だな。生憎と私は鷲だ。テリトリーには敏感な方だと自負している」

「そ、それは悪い事をしましたね。いえ、なに。古い友人の団に見知らぬ子供が混じっていましたので、気になってしまっただけなのです、はい」

「古い、友人?」


ハウゼンが小首を傾げていると「おー、ダルタリアンじゃねーの」と呑気なアキレスの声が返る。チラリと横目で見れば実に親しげな表情を浮かべた彼が此方へ手を振りながら近づいてきていた。その様子を見てハウゼンは溜息一つ付きながら剣を素早く鞘に仕舞うと「すまなかった」と男に告げる。


「いえいえ。お気になさらず。此方が声も掛けずに近寄ったのが悪かったので」

「……」


ハウゼンは軽く会釈しながら下がった。先ほどの男、甲冑姿だというのに歩く音が実に静かだった。恐らく内側によほど質の良い緩衝材を入れているのだろう。傭兵にとってそれは安くはないはずだ。


(こいつの知り合いは碌な奴がいないな)


ハウゼンはやってきたアキレスの背を眺めながらそう思う。そのまま二人の会話を聞いておこうかと考えていたところで「よーし、飲みに行くぞ餓鬼!」「ハウゼンくん。あれは団長同士の会話だから邪魔しちゃだめでちゅよー」と団員達に絡まれ手を引かれてしまう。


「離せ!一人で歩ける!」


奴隷でも気にせず接してくれるのは有難いが、過干渉過ぎて怒りが溜まる。ハウゼンは大人しく歩き出してその場を離れた。団員の一人がアキレスに向かって親指を突き立てて合図を送る。その姿にアキレスは肩を竦めて苦笑して見せた。


「あの野郎、別に気を利かせなくてもいいものを」

「相変わらず貴方の団は仲が良いんですね」

「ああ。生き残っている顔触れは結成当時の連中だからな。仲はいいさ」

「なるほど……それで奴隷の彼は一体どうしたんです?」


ダルタリアン、と呼ばれた優男は糸目を薄っすらと開きながら微笑んで見せる。軽く様子を伺っていた彼の部下と思われる女傭兵がクラッとふらつく爽やかな笑みだ。最もそれを向けられたアキレスは自分の肩を擦りながら「おえっ」と嘔吐いていたが。


「あぁー、もしかしなくてもハウゼンの事か?」

「そうです。貴方らしくないと思いましてね。奴隷売買はお嫌いでしょう?」

「まあな。あんまし、見ていて心地良いものじゃねぇーしよ。団の連中も気にしないとはいえ、やっぱり身分差のある奴を入れるのは団の輪を乱す可能性があるからな。ミリアの時はどうにかなったが、もうしたくないと思っていたぐらいだ」

「……では、何故?」


ダルタリアンの問いかけにアキレスはニヤリと酷く楽しそうな笑みを浮かべた。まるでその問いを待っていたんだ、と言わんばかりの顔付きだ。


「逸材だから、だよ。それも飛び切りの才能だ。潜在能力(ポテンシャル)は恐らく俺以上。頭もミリアについていける聡明さときてやがる。そりゃ入れない訳ねぇさ」

「ほう……それは、それは、大変興味深いですね」

「そんな顔したって奴はあげねぇぞ。俺が見つけ出したんだ。あれは俺のもんだ」


アキレスは、糸目を更に開き口端を吊り上げるダルタリアンに手を向け抑止する。それ以上は踏み込むんじゃねぇぞ、と。


「残念です。片鱗は先ほど剣を向けられた時に感じましたので結構本気で欲しかったのですがね」

「かはっ、ありゃ傑作だったな!傭兵界隈に名を知らしめ、頂きの1つに上り詰めたとまで言われた【峻嶮のダルタリアン】ともあろうお方が目をひん剥いていたんだからな!」

「止めてください。その二つ名嫌いなんですから。無敗のアキレス(・・・・・)さん」

「うるせぇ、俺は自分の呼び名気に入ってんだよ」


アキレスはダルタリアンの肩を軽く小突き笑う。小突かれた彼もまた苦笑を浮かべ共に臨時に設けられた酒場へと足を向けた。長らく傭兵をやってきた者同士。大きく立場は違えど始まりは同じだった。


片や、小規模ながら負け知らずの戦上手として知られる傭兵団、片や、傭兵界隈で名を轟かせる大規模傭兵団。共に同じ戦場で初陣を飾り、大事な人を失った。生き残ったたった二人の男達はそれぞれの団を築き上げて今に至る。


辛く厳しい傭兵稼業。されどこうして友人と共に戦場を駆ける喜びのなんと形容しがたい事か。胸躍るとはこういう事なのかもしれない。アキレスはダルタリアンとその部下をゾロゾロを引き連れながら先に団員達が向かったであろう店に突撃する。


「いよ!待たせたなお前達!」

「おい、アキレスっ!コイツ等を退かせ!未成年の私に無理やり酒を飲まそうとするのだ!止めさせろ!」

「かはははっ、んだよ、楽しそうな事してんじゃねぇーか!よっし、俺もまぜろ!」

「馬鹿、やめろ!服が汚れるだろうがっ!」

「全く……アキレスも懲りませんね。まあ今日は再会を祝して騒ぐのも一興でしょう。私の団が支払いしますのでどうぞ飽きるまで飲んでください」

「ひゃっほー!ダルタリアン様愛してるぜぇー!」

「性格までイケメンとか、マジかなわねぇわー」


バカ騒ぎする一行を止めに入るミリアが到着するまで彼等は飲み明け暮れた。明日は戦場。生きるかどうかは運と実力次第。不安や期待を酒で流し込み夜を明かす。それが傭兵の姿であった。






今回は傭兵同士の絡みとかが本命ですね。次はいよいよ初陣です。

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