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第四話「ヤーナムの町」

よっしゃ、出来たで。

ハウゼンが目を覚ましたのは気絶させられてから丸一日が経った頃だった。激しく揺れる車輪の音と身体に圧し掛かる妙な温もりを感じて目を開いた。パチリと目を開き、動かずに眼球だけで周囲を見渡す。どうやら娼館に連れ戻された、という訳ではないらしい。目に映るのは眩しい太陽と自分の周りに乱雑に積まれた荷だ。


そして「すぅ、すぅ」と可愛らしい寝息を立てて自分の胸元で眠るヤスハ。ハウゼンは状況を飲み込めず、目を軽く手の甲で覆いながら「どういう事だ……」と呟いた。聴こえてくるのは馬の嘶きと男達の馬鹿騒ぎする笑い声、そしてそれを叱る女の美麗な声だ。鼻につくのは汗の様なすえた臭いと周囲の荷から僅かに漏れる果実や燻製肉、パンの香り。どうやら自分は食糧の上に寝かされているようだ。


ハウゼンがどうするか、と思案しているとすぐ真横から「おう、起きたか坊主」と声が返る。相手は見知った赤髪の傭兵だった。


「お前はッ!」


咄嗟に身を起こそうとしてハウゼンは「んにゃ!?」と悲鳴を上げるヤスハを払い落とし、立ち上がる。得物を探すが見当たらず、彼は荷馬車の上で直立して赤髪の傭兵を睨みつけた。随分な警戒具合に赤髪の傭兵が笑い「安心しろ。売ったりはしねぇよ。お前は俺が雇うからな」と返した。


「なんだと……?」


ハウゼンは訝しみながら周囲を見渡し、同じような荷馬車が後ろにもう一台とその周辺に武装した傭兵達が歩いているのを見つける。先ほどの談笑はコイツ等のものだろう。ハウゼンは彼等を一瞥し、そして赤髪の傭兵とその傍にいる眼鏡を掛けた獣人に視線を戻した。


「つまり、俺はお前の率いる傭兵団に拾われた、という訳か」

「そういう事だ。話が早くて助かるぜ」

「……交渉はどうしたんだ?俺は、客と従業員を殺して逃げて来たんだが」


ハウゼンがどうやったのだと目で問えば、赤髪の傭兵はニヤリと自慢気に笑みを浮かべて見せる。その後ろの獣人の女が露骨に溜息を付いて視線を逸らしたのを見て、つい眉が寄った。傭兵は語る。己がやった行いを。


「なに、ぶんどってきたのさ。慰謝料の代わりだなんだと言ってな」

「ッ!?ば、馬鹿な……そんな事をすれば唯ではすまない。その店は疎か、町、下手すればその領土にすら立ち入れなくなる重罪だぞ!」

「おう。出禁になったわ」

「軽く言うな!あの町が帝国でどれほど栄えた港だと思っている!?同じような場所は早々近隣にはないのだぞ!」

「そうカッカするなって。お前、ミリアみたいだな」


赤髪の傭兵は「うぜぇ」と愚痴を漏らして口を尖がらせる。しかし、ハウゼンの混乱は収まらない。というか、目の前の男が理解出来なかった。浅慮、と言わざるを得ない。あの腕っぷしがありながら、なんという破天荒っぷりなのだろうか。いや、だからこそなのかもしれないとハウゼンは額を抑えて座り込んだ。


チラリと見れば、そのミリア、と思われる狐族の獣人が激しく同意するとばかりに頷いていた。なら何故止めないのだ、と思わなくもないが、ハウゼンを救うためだったと思えば怒鳴りつけるのは違うと思い直す。非情に不服だが、礼を述べねばならないだろう。


「ッ……感謝、はしておこう。お陰で助かった。この子も助けてくれたようだしな」

「うっ、ねぇ、ハウゼン。起きる時は言って。頭ぶつけたじゃん」

「すまん。敵が見えたものでな。つい」


ハウゼンは自分が外まで逃がすと約束した白髪の少女、猫族のヤスハが無事な事も考慮に含め、素直に頭を下げた。人に頭を下げるなど名誉騎士の称号を受けてからは貴族と姫相手ぐらいにしか無かったものだから、どうにもぎこちない。ヤスハは涙目で耳の付け根辺りを擦っていたので、此方にも謝罪した。


そんな様子をニマニマ見ている赤髪の傭兵に「なんだ?」と問えば「いや、別に仲が良いなと思ってな」と返される。イラっと来たがどうにか抑え、ハウゼンは彼女の名誉と今後のためにも言うべきだろうと口を開いた。


「助けて貰った身で悪いが、このヤスハだけでも逃がしてやれないか?首枷を外せる鍛冶師を見つけて頼むだけで良い。金ならある」


そういってハウゼンは腹に括り付けていたマダムの財布を取り出し、金貨を一枚放った。それを赤髪の傭兵は器用に空中でつかみ取ると「ほぉ」と声を上げる。奴隷が金銭取引を持ち掛けてくるとは思ってもみなかったのだろう。「これを何処で?」と訊かれたので「俺を買った客から奪った」と返す。


「戦利品は勝者の特権。つまりは私のモノだ。使うのに問題はあるまい」

「戦場の掟を娼館に持ち込むとはとんでもねぇ坊主だな。だが、まあ、筋は通っている」

「なら、悪いがそういう話で頼む。俺は元より傭兵団に入るつもりだった。首枷を外すのは後で構わない」

「だが、駄目だ」

「……何?」


ハウゼンは目を細めた。もしや、財布ごと巻き上げて今の話を無しにするつもりか、と。身構えた彼に赤髪の傭兵は「勘違いするな。そうじゃねぇ」と笑い掛けた。


「そこのお嬢ちゃんは自分の意志で傭兵団に入ったんだ。お前に付いていくためにな」

「なに?……本当か?」


ハウゼンがヤスハに向き直ると彼女は「うん」と返事を返した。嘘ではないようだ。益々困惑したハウゼンは「何故だ?外に逃げす約束は果たしただろう?故郷に帰りたくはないのか?」と問う。彼女は座り込みながら上目遣いで此方を見上げた。


「……だって、まだ私、ハウゼンに助けて貰った恩を返してないから」

「恩など感じなくて良い。君を連れ出したのは私が勝手にやった事だ。それに傭兵団は君が考えている程甘くない。死ぬぞ」

「恩には恩で、仇には仇で報いる。それが一族の教えてであり、誇りだもん。私はハウゼンに付いていく」


目に宿る決意の炎。一度決めた事は曲げない。彼女のそんな芯の強さを見せつけられたハウゼンはその思いを真摯に受け止め、ゆっくり頷いた。覚悟ある者ならばそれは拒むにべきではない。持論ではあるが、そうした一種の誓いの様なものにハウゼンは共感するところがあるのだ。彼女の気が晴れるまで付き合ってやるのも悪くはないだろう。


「分かった。なら、付いて来い。だが、恩を返したと思ったら何時でも去って良いからな」

「うん!よろしくね、ハウゼンっ」

「さーて、お二人さん。話し合いは済んだか?じゃあ、ササっと事務的な話をしようぜ。まずはお前達の立場について、だ」


二人の間で確執が取れた、と判断した赤髪の傭兵が荷馬車の縁に手を預けながら言う。


「お前達は今、奴隷だ。俺が団員としてかっぱらってきたとは言え、奴隷。そこの線引きははっきりしないといけねぇ。分かるな?」

「当然だな」

「で、だ。要望にあった首枷、実はこれを外すためには専用の工具がいる。並の鍛冶師じゃ後遺症を残す様な乱暴な外し方しか出来ない。ま、そもそも帝国法違反を恐れて皆やろうとしないがな。それが奴隷の首枷ってやつだ。一生ついて身分を示す証って言うのも伊達じゃねぇ。まあ、奴隷商にそうした奴隷解放を請け負ってくれる知り合いがいるにはいるが、お前の渡して来た金貨一枚じゃァ、全然足らないぜ」

「何?奴隷解放のための賃金相場は心得ていたつもりだぞ」

「それはちゃんと元の持ち主だって証明出来たらの話だな。奴隷は庶民には基本的に高い買い物だから、売るにしても買うにしても、解放するにしても、そうした手続きが必要なんだ。ま、そもそも奴隷を解放しようなんてお人好しは滅多にいないんだがね。お前が誰からその話を訊いたのか知らんが、ソイツはよっほど良いご主人様に拾われたんだろうな」

「……」


かつて、ハウゼンがユニファの手によって奴隷から救い上げられた時、奴隷の首枷は大銀貨五枚で外して貰えた。だから、その経験から倍あれば足りると踏んで金貨を投げ渡したのだ。しかし、それはユニファが皇族であり、皇女として方々に融通の効く立場だったからに過ぎない。庶民が同じように外す様に頼むのは法外な金額がいるのだ。


違法な手段で奴隷から身分を開放するには口封じのためにそれなりの金銭がいる。初めて知った話にハウゼンが黙りこくっていると赤髪の傭兵は「だが、心配するな。いずれは外せる」と続けた。


「俺の団で働け。その働きに応じて見合った額をくれてやる。まあ、身分は奴隷だから団員達よりはちょいと少な目だが。それと、手持が無ければ寝床や武具は使い古しを渡そう。その他水汲みや料理当番に至るまで、雑務は基本奴隷の仕事だ。分かるか?お前や嬢ちゃんにはそうしや役回りがある」

「……それが、奴隷だ。理解している」

「俺が見込んだよしみで多少は融通してやるが……これがウチでの奴隷の基本的な扱いだな。ウチは種族とか身分とかあんまり気にしない奴が多いから居心地自体は悪くねぇと思うぞ」

「そうみたいだな……」


ハウゼンは横目で後ろを伺えば「よぉー!起きたかガキンチョ!」「女連れで脱走とは大した玉だぜ!」と陽気に笑い掛けてくる屈強な男達が見える。馬鹿丸出しの騒ぎっぷりだが、奴隷に向けられる蔑んだ視線は一つもない。


(唐突な出会いではあったが、悪くない籤運だったのかもしれないな……)


ハウゼンはふっと人知れずに笑うと赤髪の傭兵に向き直った。


「まあ、そんな訳でウチはまだ扱いが良いって事を知っておいてくれ。質問は?」

「そうだな……功績を上げたらその分報酬は出るのか?」

「ああ。ウチはしっかりボーナス出すぞ」

「因みに奴隷商に請求される法外な金額は幾らだ?」

「大体、金貨百五十枚だ」

「……法外だな。法外過ぎる」


ハウゼンは頬を引くつかせながら「では、一回の仕事でこの傭兵団が稼ぐのは平均幾らだ?」と問うた。赤髪の傭兵は「えーと、確か」と唸っていたが分からなかったのか、その辺りの勘定を知っているであろう傭兵団の懐事情担当でもあるミリアに目を向けた。彼女は溜息を一つしてから回答を引き継ぐ。


「およそ、金貨20枚から28枚の仕事が多いですね。これは手の掛かる盗賊団なんかの討伐依頼を領主などから請け負った時の金額です」

「結構あるな。頭数で割っても一人金貨一枚はある」

「ええ。ですが、毎回仕事がある訳ではありません。帝国は概ね平和ですから口ブチは少ないのです。領主同士の諍いや戦争でもあればもっと稼げますが……最近はご無沙汰ですね」

「……安心しろ。六年後には止まない稼ぎ時が来る」

「は?何か、言いましたか?」

「いや、独り言だ。気にするな」


ハウゼンは小声で呟いた内容を独り言だと断じて続きを促した。ミリアは「まあ、良いでしょう」と眼鏡の位置を指で調整しながら話出した。


「私達はそろそろ帝国を出ようかと考えています。国境沿いや他国では未だに紛争や小競り合いが続いていますので狩場を変える算段です。なので、そうすれば額はもっと増えるでしょう。活躍によってはその首枷を外す日も遠くはありません」

「帝国を、出る、のか……」

「ええ。何か問題でも?」

「いや。だが、一つ訊いておきたい。いずれはこっちに戻るのか?」

「そうですね。私達は皆帝国出身者ですから。多少の愛国心はあります。それに知り合いや家族も国内にいますので、稼ぎに出てある程度溜まれば戻る。その繰り返しです。行ったり来たりが殆どでしょう」

「なるほど、だから“浪々”なのか……では、“赤鷲”なのはそこの赤髪が筆頭だからか?」


ハウゼンが赤髪の傭兵を顎で指せばミリアは手を振る彼を一瞥した後「残念ですが、その通りです」と溜息を付きながら返した。溜息の多い女だ、とハウゼンは苦労人である彼女を見る。狐族の獣人というだけあって厚みのある尻尾とヤスハより長い薄茶色の耳を持っている。眼鏡が似合う知的な女性で、端正な顔立ちをしていた。


はっきりいって何故こんな傭兵団に居るのか分からない人物だ。彼女程の器量なら他に幾らでも仕事があるだろうに、と感じる。もっともやはり職は異性相手に偏るが。身持ちが堅そうなのでその辺りの柵が嫌で傭兵をやっているのかもしれないと邪推したハウゼンだったが、彼女が赤髪の傭兵に送る視線に呆れ以外の好意的なものが混じっているのを悟って目を閉じた。


(苦労するな。そんな奴に惚れるとは……その先は真っ暗だろうに)


駄目男に惚れるタイプなのだろう、と結論付け話は終了となった。それから先はハウゼンの持ち金で武具を買う流れになった。先ほど使い古しを回されるという話だったが、それは持ち金が無い場合だ。基本的に傭兵は自分の稼ぎで自分の装備を見繕う。


そのため、ハウゼンがマダムと従業員から奪った金貨二枚と大銀貨六枚、銀貨三十枚を取り出した。結構な金額だ。庶民なら切り詰めれば一年以上は暮らせるだろう。


「それなら、防具一式と武器買っても釣りが来るな」

「これでヤスハの分を含めて武具を二セット見繕いたい。調達出来る店が近くにないか?」

「ある事はある。ちょうど道なりに進んだ隣の領地に知り合いの店がな。傭兵団の国内拠点もそこだ。あそこなら平気だろう。だが、かなりの頑固親仁だからな。覚悟しとけ」

「問題ない。買えるなら相手は誰でもいい」

「……坊主って、肝座ってるよな。歳幾つだよ?」

「今年の春に十二になったはずだ。それがどうした?」

「いや、見えねぇと思ってな。顔が幼く背が小さいだけで十五に見える。あ、いや違うな。中身はもっと上に思える。大人って感じだぜ」


鋭い、とハウゼンは思いながらも「そんな訳ないだろう。年相応だ」と返した。「その返答が不相応なんだろうが」と赤髪に言われたが努めて無視した。やがて傭兵団は近くの林で野営の準備を始める。まだ明るい内から支度しているのはそうしないと夜真っ暗な中で作業する羽目になるからだ。こうして眺めていると軍人時代の遠征を思い出す。


「懐かしいな……最初は怒鳴られてばかりだったか」


バルバロッサ将軍の下で苦労した頃をしみじみと思い出していると「おい、手伝え坊主!」と呼ばれる。テントの組み立て要員としてだ。ヤスハはミリアに連れられ、薪拾いのレクチャーを受けていた。手際の良い団員達を見るに、かなり慣れているのだろう。小規模ではあるが、この傭兵団はかなり長い事活動してきているとみえた。


「赤髪。この団は結成してどのくらいだ?」


ハウゼンが問うと赤髪の傭兵に「赤髪って俺か?おま、俺の名前覚えろよな!」と怒られる。しかし、一度も説明されていないので知らないだけだと返すと黙りこくった。顔に「しまった」と書いてある。ハウゼンはコイツは馬鹿なのではなかろうか、と考えた。恐らく、記憶を司る大脳皮質に酒が詰まっているのだ。赤髪の傭兵は「あー、じゃあ改めましてだな」と前置きしてから自分を指さした。


「この【浪々の赤鷲】団団長。無敗のアキレスだ。よろしくな、坊主」

「耳にする機会は何度もあったと思うが、私もあえて言おう。私はハウゼン。ハウゼン・ファーンだ」

「ん?ファーン?家名持ちか?んだよ、没落貴族か?それとも攫われたクチか?」

「……名誉貴族だ。あるお方に騎士の称号と家名を与えられた」


ユニファの名前は言えないので濁して答えるとアキレスは腹を抱えて笑った。「嘘つけぇ」と。


「おまっ、名誉貴族ってのは皇族だけが与えられる準特権階級だぞ。領地は無いが貴族。所謂一代限りの“法衣貴族”ってやつの括りだなだ。それを、ぷっ……なんでお前みたいな餓鬼に、あり得るかよ!」

「ッ……」


切実に目の前の男を殺したい衝動に駆られる。しかし、此処で暴れては全てがご破算だ。ハウゼンは必至の思いで殺意を押し殺し、皮が破れる程拳を握り込む。そんなハウゼンの様子にひとしきり笑ったアキレスが「で?本当は?」と訊いてきたので「もういい!」と突っぱねた。


これ以上話していると本気で手が出そうだ。抑制するためにハウゼンは黙々と与えられた仕事に取り組んだ。



ヤーナムの町。

そこはファンナム男爵領内にある領都に次ぐ広さを持つ場所だ。交通の要所として通行税を取り、その税で領内の隅々まで道を整備しているため、商人達も挙って使う。故にそこはあの港町程では無いにしろ、栄えていた。


繁盛する店が多く、組合(ギルド)の許可を得た露天商が通りで威勢の良い声で客引きながら商売をしている。立ち寄る客も多いため、宿屋も多く、更にその需要を満たすために娯楽の繁華街などもあった。アキレスの知り合いの武具屋は通りを一本逸れたところにあるという。


煙をモクモクと立ち上げる鍛冶屋やそこで鍛えられた武具が売られる店はどうしたって大通りからは外される。ひとえに「臭い」「煙い」「煩い」からだ。戦いを生業とする者達以外はあまり関わりのない場所なので敬遠されても仕方ないという訳だった。


ハウゼンはそんな通りをアキレスとミリアの同伴の下、ヤスハと一緒に歩いていた。自分の武具を揃える関係でどうしても本人が必要なので当然の結果だ。だが、何故付き添い人が団長と副団長なのだろうか。暇なのだろうか。ハウゼンはそんな問いかけを必死に押し殺し「暇なのだろうな」と達観し、結論付けていた。


この傭兵団の異常さに一々突っ込んでいては身が持たない。そう思うハウゼンであった。


「お、着いたぜ。此処がその店、“ラディブの武具屋”だ」


アキレスに案内されたのは見るかに繁盛して無さそうな店構えの店舗だった。他の店は少なからず人が居るのにこの店の周りには誰も近づいていない。いや、むしろ避けているようだった。ハウゼンの脳裏に不安が過る。つい、アキレスを見上げてしまった。


「ん?言っただろ、頑固親仁だって」

「……限度があるだろうに。客が居ないじゃないか」

「馬鹿言え。居るだろ、今ここに俺達がな」

「……そうか」


ハウゼンは何処までもポジティブなアキレスに促されるままに店に入る。中は意外にきっちりとしており、飾られている武具も磨かれていて丁寧な仕事具合が伺える。好印象を覚えたハウゼンが近くにあった片手剣に触れようとした時だった。


「クソ餓鬼ァ!俺の武器に触れるんじゃねぇ!」


怒声が鳴り響き、カウンターの奥からヌッと巨体が顔を出す。半袖の上からでも分かる異様に膨れ上がった筋肉、ツルツルの頭、もっさりとした濃い髭。そして顔に宿る悪鬼の如き怒り。店主らしき男がズンズンと歩きよってくる。それにしても凄い声量だ。ハウゼンの耳が一瞬、聞こえなくなった。


「おい、此処は玩具屋じゃねぇんだ!餓鬼は外行ってママのおっぱいでもしゃぶってろ!」

「下品店主だな……言葉遣いに品性の欠片もない」

「ああん!?」


あんまりな台詞に思わず、顔を顰め苦言を呈してしまい、店主らしき巨漢が青筋を浮かべる。すぐにでも拳が飛んできそうな雰囲気をぶち壊したのは陽気なアキレスの挨拶だった。


「よぉ、ジャック。元気してたか?」

「……アキレス。コイツはお前の餓鬼か?」

「ん?ばっか、お前。俺とミリアの間にまだ餓鬼はいねぇぞ」

「なっ!?」


「冗談は程々にしとけよー」と軽く流すアキレスの後ろで赤面したミリアが蹲る。そして小声で「子供、アキレスの子供……」とブツブツ呟いていた。ハウゼンは何も見なかった事にしてジャック、と呼ばれた店主を見上げる。


「私は武具を見繕って貰いに来たのだ、店主。見させて貰って構わないか?」

「はぁぁん!?餓鬼、お前ッ!死にてぇのか!」


アキレスとの会話で少し落ち着きを取り戻していたジャックが奇声を上げ、目を充血させながらハウゼンの額にグリグリと太い指を当ててくる。不快だったので手で弾くときょとんとした表情を浮かべた後に顔が白くなった。「赤くなったり、白くなったり忙しい奴だな」と笑ってやれば横で見ていたアキレスが冷や汗をかき始めた。


「いや、やべぇな、これ。ちょっと揉めるかもとは思ったけど、こりゃ流石に」

「……アキレス。見た所コイツはお前の餓鬼ではないようだ。しかも、奴隷と来ている。奴隷は主人の許可があれば処分出来たよな?殺人罪は適応されないはずだ。やっていいか?」

「落ち着け、ジャック。今のお前は冷静じゃない」

「馬鹿言え。今の俺はクールだぜ。超クールだ。何でも出来そうなんだよ」


ハウゼンに無言で掴みかかろうとするジャックをアキレスが羽交い絞めにしてとめる。ヤバい雰囲気を感じ取ったヤスハが「外に逃げよう!」と袖を引っ張るが彼は動かなかった。むしろハウゼンは「何故怒っているんだ?」という顔で首を捻っており、理解出来ていない様子だ。


鈍感。

そんな言葉がヤスハ、アキレス、ジャックの間で共有される。

続いてハウゼンは「まあ、いい。勝手に見させて貰う」と店内を物色し始めた。


ジャックが後ろで奇声を上げているがアキレスに止められ、声だけだ。そんな混沌とした中でハウゼンは武器を手に取り、軽く振り、重みやグリップの握り具合、剣の重心を調べ今の自分に最適な品を選び出そうとする。その真剣な表情。恐ろしいぐらいに慣れた手付きで剣を振るう姿に暴れていたジャックが黙りこくる。


「あの餓鬼……」



ハウゼンは飾られていた刃渡り六十五cm程の片手剣を選び出し、店の中心で軽く一閃。

動きを確かめる。流麗な剣捌き、迷いのない太刀筋。十二歳とは思えない動きにジャックを抑えていたアキレスは思わず、拘束を緩めてしまう。ジャックはゆっくりとハウゼンに向かって歩き出した。


ハッとなり「おい、ジャック!」と呼び止めようとしたアキレスはその横顔を見てとめるのを止めた。問題ないと判断したのだ。今のジャックは仕事の目をしていた。ジャックは剣を振り、刀身を撫ぜ、眉を潜めるハウゼンに語り掛けた。


「おい、餓鬼。それ、長い(・・)のか?」

「ん?ああ、店主。そうだ。今の身体では少々振り辛くてな。刃渡り六十五でも少々扱いが難しい。本当は長剣が使いたいが、今は無理だ。片手剣が次に肌に合うのだが、しかし安易に短くすると……」

「……剣の重心がブレて、結局扱えない、か」

「そうだ。流石は店主。詳しいな」

「いや、俺からすればその歳でそんなに詳しいお前が不気味なんだが……」


ジャックは「まあ、いい」と言葉を切り、ハウゼンから片手剣を取り上げると「調整してやる。重心の位置を変えない様にな」と吐き捨てる様にいった。ハウゼンは「助かる。なら、防具もあれと、これ、それが欲しいのだが、サイズを調整出来るだろうか?」と付け加えた。客の要望を聞き、ジャックは「任せな」とだけ返してカウンターの向こうへ品を運ぶ。


「調整は二、三日掛かる。それでいいか?」

「あー、問題ねぇぜ。俺達は出稼ぎに行く準備のために暫くヤーナムの拠点にいるつもりだからな。ハウゼンも一緒にな」

「……そうか。餓鬼、お前はハウゼンって言うのか」

「ああ、紹介が遅れてすまない。私はハウゼン。ハウゼン・ファーンだ」

「ファーン?」


店主が訝しんでハウゼンを見下ろすが、横からアキレスが出てきて「気にするな。そういう年頃だ」と説明した。不服そうなハウゼンであったが、反論しないため、ジャックはそういう事だろうと飲み込み頷く。


「まあ、いい。ハウゼン。お前の装備は俺がきっちり用意してやる」

「有難い。で、費用は如何ほど掛かる?」

「締めて、金貨一枚と大銀貨五枚ってところか。防具が皮革性で胸、背、足だけだからな。そんなもんだろ」

「なるほど……それと店主。もう一人の連れの分を頼めるか?獣人族の子なのだが……」


ハウゼンがヤスハの背を優しく叩くと彼女はちょっと怯えながらもすっくと立ってジャックを見上げる。白髪の頭の上で耳がプルプルと震えていた。気丈に振舞おうとして失敗しているのだ。


「わ、私のぶんもお願い!」

「チッ……今回だけだぞ。やる気が出る客が来たからな。お前はついで、だ。ついで。いいな?」

「う、うん」


ジロリと巨漢のジャックに睨め付けられてヤスハの白い尻尾がピンと跳ねる。その様子を見ていたジャックは一瞬、チラリとそちらに目をやった後「ふん」と鼻を鳴らすとハウゼンに手を差し出した。その大きな手を小さな子供の手で握り返す。


「アキレスが連れて来ただけの事はある。お前は伸びそうだ」

「それはどうも」

「だが、俺の武具を使って死ぬのは許さねぇ。あんまり生き急ぐなよ餓鬼」


ハウゼンはジャックに苦笑を返して返答を濁した。「生き急ぐな」それは今の彼にはとても約束出来ない言葉だったからだ。その後、身体の寸法を測り、代金を支払ったら買い物は終了となった。


合計金額は金貨二枚と大銀貨六枚、銀貨二十五枚。持ち金ギリギリである。残り五枚しか入っていない財布を投げて掴み取るとハウゼンは満足そうに笑った。躍進のための初期投資。まずは一歩だとこの先に思いを馳せ、ハウゼンはヤーナムの町を歩く。


傭兵団での日々が幕を開ける。


とりあえず、武器屋は禿の筋肉。これは鉄板よな。

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