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第三話「浪々の赤鷲」

ちょっと新しい小説の構成練っていたら遅れました。ごめんなさい。

ハウゼン等が居た港町は住民区画、商業区画、貿易区画の三つに分かれていた。そして彼等が売られたのは商業区の端、港がある貿易区画に程近い“色町”と評される娼館が立ち並ぶ一角だ。ハウゼン等が娼館を飛び出した丁度その頃、商業区の酒場で一人の男が酒に溺れていた。ジョッキでエールを呷り、油の滴る燻製肉を摘まんで口に運ぶ。それがたまらないのだと頬を緩めながら「くーっ!」と声を漏らす。


「やっぱ仕事終わりの酒は格別だな」

「団長―。それ以上やるとミリアさんに見つかってどやされますよ」

「気にするな。俺は女を恐れて酒を遠のける軟な男じゃねぇ」

「いや、そういう事じゃないと思うぜ、団長」


彼と同じテーブルを囲むのは同じく傭兵の格好をした筋肉質な男達だった。 “団長”と呼ばれる筋骨隆々の偉丈夫は野性味溢れる男前の顔をしており、赤髪短髪、金の瞳という実に目立つ外見だった。彼は傷だらけの太い腕でジョッキをテーブルに叩きつけると忙しく店内を駆け回っている若い配給係に声を掛けた。


「おい、嬢ちゃん!酒だ!酒を持ってきてくれ!」

「は、はーい!店長―!三番さんに追加のエールを!」

「あいよー」


そのやり取りに満足気に頷いた赤髪の団長は腕を組み、鼻息荒く「で、何処まで話したか?」と目の前の団員に話しかける。二人の団員達は顔を見合わせた後「補充人員の話ですよ」と返した。


「ほら、今回の仕事。ウチみたいな小規模な傭兵団が請け負ってなんとか成功させたから儲けもかなり出ましたけど、折角集めた団員が結構死んだじゃないですか」

「ウチは全体で三十名にも満たないんで正直、五、六名逝かれると辛いですぜ」

「確かに新たに入れた奴等ばかりが死んだな。残ってるいのは俺が直接声掛けた連中だけか」


赤髪の偉丈夫は不服そうに酒を呷り、表情を曇らす。折角、仕事成功の祝いの席だったのだが一気に辛気臭くなった。だが、部下達の心配ももっともだった。赤髪の団長は腕を組み、悩ましいと唸る。


「まあ、またミリアに頼んで募集掛けて貰うのもいいかもな‥‥‥」

「副団長は仕事人間ですからね。今も勇んで準備していると思いますよ。だからこそ、こうして団の費用を飲酒に溶かしていると知られたら烈火の如く怒ると思いますけど」

「副団長、怒るとマジで怖いからな‥‥‥」

「そうか?ミリアの怒り顔なんて可愛いもんだぞ。ベッドの上で何時も甘えてくるしな」

「「流石、団長」」


二人の部下が神妙な顔で小さな拍手を送る。ヤリ手として有名な団長に掛かれば鬼の副団長として知られるあのミリアですら可愛い子猫なのだろう。自分達が劣情の視線など向ければ即座に殺処分寸前の豚を見る目で此方を一瞥した後、仕事で最も死にやすい配置にされる。ミリアとはそういう女だった。


「まあ、この際ミリアの事は置いて置こうぜ。要は減っちまった分、補充しなきゃいけないからこの港町まで足を延ばしたんだろ?」

「ええ、一応それなりに大きい港町ですので職にあぶれた連中で人材の補充が出来るだろうとミリアさんが」

「‥‥‥あんまし、雑魚が入ってもなぁ、装備揃えるだけ無駄になるぞ。今回の報酬だって追加入れたら殆ど消えちまうだろうし」

「俺も団長の意見に賛成ですぜ」


三人は軽く溜息を付きながら追加のエールを呷り「どっかに安く雇えて強い奴居ねぇかなぁ」と愚痴を零しながら飲んでいた。だが、その直後、酒場にミリア率いる居残り団員達が突入してきて祝いの席は解散となった。捕まり、説教を受ける部下二人を犠牲に逃げ出した赤髪の団長は制止の声を振り切り、高笑いを上げながら色町方面と足を向けた。


「さて、支払いも有耶無耶になって手元に金はある。これで綺麗な姉ちゃんと一発やってくるとするか」


気分良く鼻歌を歌いながら歩き出した赤髪の団長は路地裏に駆け込もうとする少年少女とぶつかってしまう。完全に此方の不注意だった。団長は酒が回り過ぎたか、と少し反省しつつ「おお、悪りぃな坊主。ちょっと酒が抜けてなくて」と声を掛けた。しかし、


「気にしていない、もう行くから」


と少年は琥珀色の髪を靡かせ駆け出そうとする。何時もであれば気にも留めなかった。だが、酒が入っていた性もあって、素っ気無い態度の少年に少々構ってやりたくなってしまったのだ。


「連れない事言うなよ。詫びに酒で奢るぜ。なんせ俺は今、機嫌が良いからな!なっははは!……は?」


高笑いしながら手を掴んだのだが、ふと手の平に返る粘着質な感覚に覚えがあった。目をやればまだ乾ききっていない血が少年の手と袖にべったり付いているではないないか。更によくよく彼を観察してみれば首元に輝く鉄枷、裸足に布を巻いただけの簡素な靴もどき。色町からこっちに先を急ごうとする理由なんて赤髪の団長には一つしか思いつかなった。


「お前、脱走奴隷か?」

「ッ……!」


疑いを向けられたのを察したのだろう。少年が腕を掴まれたまま、突然攻撃を仕掛けてくる。見た目に反した高い跳躍力、そしてその身を宙に躍らせながら振るう短刀の鋭い薙ぎ。呆気に取られる程の戦闘センスに驚きつつも、赤髪の団長は反射的に手を伸ばして刃先を掴み取った。


「あっぶねぇ」

「な!?」


まさか防がれるとは思ってもみなかったのか、少年が目を剥き硬直する。赤髪の団長は背中を伝う冷や汗を感じながら込み上げてくる笑みを抑えきれず、口端をニィっと釣り上げた。


「これはお灸を据えなきゃな」


掴んでいた少年の手を離し、落下する彼に渾身の拳を叩き込む。顔面を正確に捉えた彼の一撃は重く、まるで少年が木の葉の様に宙を舞い路地裏の空樽へと吹っ飛んだ。手応えはあった。しかし、異様な程手に返る反動が少ない。


(あの体制で自分から後ろに身体を逸らして、威力を殺したのか‥‥‥とんでもねぇ坊主だな)


視線で追えば少年を心配して駆け寄った獣人の奴隷少女を押しのけ、立ち上がる少年の姿見える。怪我は口元が僅かに裂けたのと背中の打撲程度だろう。完全に受け身を取ったのだ。

赤髪の団長の部下で同じ様に出来る奴等が一体何人居る事か。


「今ので気絶しないのか……お前、ウチの団員より見所あるぜ」

「黙れ、筋肉達磨」


短刀を逆手に構え、腰を落とし、此方からどうにか逃げ切ろうと活路を探す油断ならない奴隷少年。赤髪の団長は「面白れぇ」とニヤ付きながら彼の逃亡先を潰す様に位置を変える。それだけ奴隷少年は嫌そうに表情を歪めて剣先を彷徨わせる。分かっているのだ。無暗に飛び出せば防がれる事が。


「すぐに終わらせる。それまで隠れていろ」

「う、うん」


奴隷少年が姿勢低く駆け出してくる。赤髪の団長は軽く首を鳴らすと迎え撃つ様に両手を広げた。武器は使わない。こんな子供相手に自分が剣を抜いたとあっては部下共に笑われるからだ。


(それに、殺しちまうのは勿体ねぇ)


彼の直感が告げていた。こいつは使える奴だ、と。


近づく少年を打ち払おうと剛腕を振るえば、それを掻い潜り懐にスルリと入り込む反射神経と胆力。そのまま逆手に持つ短刀で切りつけようとしてきたので、彼の顔目掛けて防具付きの膝を勢いよく突き上げやった。当たれば顔面は潰れる威力だ。


「チッ」


しかし、少年はこれも紙一重で回避してみせ、後退際に太腿を浅く切り付けられる。鍛え抜いた丸太の様な脚にジワリと血が滲んだ。その傷を見て団長は益々笑みを深める。


「唯じゃ下がらねぇってか。いいねぇ、その根性」

「ッ……!」


再び此方に斬りかかる少年を何度も振り払う。しかし、その度に彼は蹴りや目潰しを交えて赤髪の団長の対応能力を測ってきていた。我武者羅に突貫しているのではない。探っているのだ。突破口になる様な糸口を。此方の剛腕豪脚を掻い潜り、時にはいなしながら、観察し、見極め様としている。驚くべき事に少年はまるで勘を取り戻すかの様に、この攻防の中で動きのキレが増していた。


(おい、おい……また躱した。今のは結構マジでやったんだが……段々と見えてきてやがるのか)


だとすれば恐ろしい潜在能力(ポテンシャル)だ。これは面白くなりそうだ、と思っていたところで均衡は唐突に崩れ去った。第三者の介入によって、だ。奴隷少年を追ってきていたらしき、従業員達が色町の方面から騒ぎを聞きつけてきたのだ。


「居たぞ!あそこだ!」

「今度こそ逃がすな!」


彼等の声が聴こえたのだろう。少年の研ぎ澄まされていた動きが突然悪くなる。


「チッ、つまらねぇ終わり方だな」


酷く不本意ではあったが、元より拘束するつもりだった団長はその隙を見逃す事なく彼の細腕を掴み、力任せに地面へと組み伏せた。顔を泥で汚しながらも這い上がろうと必死に藻掻く姿に内心では称賛を浴びせる。


「大人しくしろ。悪いようにはしねぇからよ」

「ッ……信用、出来るか!」

「おいおい、これでも俺は、嘘は付かねぇ主義なんだぜ?」


まだ暴れようとする少年を気絶させ、駆け寄って来る従業員達に「よ、ご苦労様」と片手を上げて挨拶する。筋骨隆々の傭兵が奴隷少年を組み敷いている姿に一瞬、動きを止める彼等だったすぐに態度を軟化させ、代表らしき男が礼を述べてきた。


「ご協力感謝します。当店の奴隷が脱走したので、慌てて追ってきていたのですが……これが中々捕まえられず苦労していたのです。これで我々も主人に怒られずに済みます」

「それは良かった。でもよ、ちーとばかし遅すぎたな。見ろよ、こんなに傷付けられたんだぜ?痛いの、なんのって」


赤髪の団長は自分の身体に付けられた傷跡を見せながら、大仰に痛がってみせる。代表の男は冷や汗を浮かべながら「申し訳ございません。治療費の方はお支払い致しますので」と揉み手で謝罪してくる。そんな態度を見て、露骨に眉を潜めた団長は奴隷少年踏みつけたまま、立ち上がった。


「おい、まさかそれで許して貰おうなんて思ってねぇよな?お前等の店の不手際でこっちは怪我したんだ。当然、たんまり謝礼は出るよな?」

「そ、それは主人と掛け合わないと、なんとも……」

「なんだとぉ?」


団長は言い淀む男の胸倉を掴み、持ち上げて睨みつける。それだけで相手は震えあがって顔を蒼褪めさせてしまう。それだけの圧が彼にはあったのだ。突然の蛮行を他の従業員達が止めさせようと近づくが、赤髪の団長は当然、「すぅ」と息を吸い込み叫んだ。


「ミリア――――!!」

「ひぃ」

「うわっ!?」


ビリビリと響くあまりの声量に近くに居た従業員達が耳を塞ぎ蹲る。当然、それは物見遊山で集まっていた者達にも届き、彼等の間を縫う様に此方に向かっていた者達の耳にも届いた。喧噪を破る様にして姿を見せたのは団長の声を聴き届け集った十名の傭兵達。そしてその筆頭に居る眼鏡を掛けた仕事の出来そうな獣人美女こそがミリアであった。


彼女は額に手を当て、首を横に振りながら大仰に溜息を付く。


「はぁ……団長。何時も言っているでしょう。面倒ごとになったら私の名前を呼ぶのはやめてください。恥ずかしいんですから」

「すまんな、ミリア」

「へへ、団長―。今度は何をやらかしたんです?」

「まーた女ですか?」


ゲラゲラと笑い掛けながら彼の周りに集まってくる団員達に、本来荒事に慣れているはずの従業員達が後ずさる。それは彼等が町中にも関わらずこれから戦闘でもおっぱじめるかの様な完全装備をしていたからだ。彼らの威容な姿に気圧されたところを見計らい団長はニヤリと胸元を掴んでいた男に目線を合わせる。


「じゃあ、こうしよう。俺への慰謝料はこの奴隷を頂く事にする。それでお前等の不手際もチャラだ」

「「「なぁ!?」」」


あんまりにぶっ飛んだ発言に従業員はおろか、団員達までもが声を揃えて驚愕の声を上げる。主人の不手際で奴隷が誰かを傷つけた場合、当然慰謝料請求が課せられる。しかし、その請求で奴隷そのものを要求するなど前代未聞であった。そんな横暴が通るのは貴族ぐらいのものである。ミリアは「また無茶を!」と耳をピンと突き立てながら顔を真っ赤に団長へと詰め寄った。


「貴方は何を考えているんですか!?そんな事が罷り通る訳ないでしょう!?」

「そ、そうです!その奴隷は常連客を一名、従業員を二名殺害しているんです!例え慰謝料替わりに奴隷を要求されるにしても、その奴隷だけは駄目です!」


胸倉掴んだ男と副団長に両サイドから捲し立てられ、「うるせぇなぁ」と唇を尖らす団長は、掴んでいた従業員の男を放り投げるとすぐさまにスッと真顔になり、ミリア見つめる。女を堕とす時の目だった。


「ミリア」

「な、なんですか。言っておきますけど、駄目ですからね!」

「頼む。コイツは逸材なんだ」


ベッドの上以外では滅多に見せない本気の目で訴えかけられ、ミリアの視線が揺れる。団長がそこまで肩入れする人物なんて彼女は今まで自分以外見たことが無かったからだ。唇を僅かに噛み締め、目の前の彼に真偽を問う。


「……そんなに、ですか。ここで騒ぎを起こしてでも必要な人材なんですか?」

「必要だ。コイツは間違いなく役に立つ」

「この町、もう入れなくなるんですけど」


俯いて不貞腐れて見せれば、苦笑しながら慰める様に髪を撫でつけられた。


「何時も事だろ。俺が出禁になった町や村が幾つあると思ってる」

「はぁ……分かりました。けど、今回だけですからね!金輪際こういう揉め事は無しですよ!」

「おう。分かったぜ。ミリア、愛してる」

「調子良いんだから!もう!」


照れ隠しに黒ブーツで思いっ切り足先を踏みつけ、ミリアは「ふん」と火照った顔をそっぽ向ける。団員達は此方を見てニヤニヤしながら口笛を吹き始めたのでそれを一睨みで黙らせると彼女は状況が呑み込めず、困惑する従業員達に向き直る。


「という訳ですので、この奴隷は此方で引き取らせて頂きます」

「ふ、ふざけるな!こんな横暴が許されるものか!こんな事して唯で済むと思っているのか!?」

「思っていませんよ。だから逃げるんじゃないですか」

「ッ……逃げられるとでも思ってるのか!」


従業員達が彼らを逃がすまいと輪を囲み出す。何人かは衛兵を呼びに行ったようだ。長居は出来ない。ミリアは強気の発言をする従業員に微笑みかける。


「逆に聞きますが、本気で抑えられると思っているのですか?私達、【浪々の(せき)(わし)】を」


彼女の言葉に賛同するように団員達が不敵な笑みを浮かべ、それぞれの得物を抜き放つ。場を異様な熱気が包み込み、囲っていた従業員達はたじろぎ、群衆は彼女の発言に騒めいた。


「赤鷲!?おい、赤鷲って言えばつい先日、領主様の要請でランギル鉱山跡地を根城にしていた盗賊団をたった一晩で壊滅させたって聞いたぞ!」

「俺も酒場で聞いたぜ!盗賊団は百名以上の集団で騎兵も混ざってて、領主様も手を焼かされていたって……」

「ああ、そいつを団員たった三十名で壊滅させたんだよ。特に獅子奮迅の働きをした団長は噂になってる。確か名前は――【アキレス】。無敗のアキレスだ」


群衆の視線を一身に浴びた団長――アキレスは燃える様な真っ赤な頭髪をかきあげ、笑った。満更でもないといったニヤけ面だ。


「だとよ。で、どうするお前等?そこ退くのか、退かないのか、早く決めろよな。俺が親切で言っている内によ」

「お、横暴だ。こんな簒奪紛いの行い、許される訳がない」

「ばーか。横暴じゃなかったら俺傭兵やってねぇよ」


アキレスは男の頭をポンと叩いて、少年を担ぐとその場を後にした。団員達も「よっしゃ、逃げるか!」「この町ともおさらばだな!」と愉快に高笑いしながら彼の後に続く。彼等を止められる者は誰も居なかった。後をひっそりと付ける一人の少女を除いて。


ヤスハは焦っていた。ハウゼンに隠れて待っている様に言われたから、路地裏から様子を見ていたのだ。彼女にしてみれば二人の動きは卓越し過ぎていて、よく分からなかったが、彼がおしている様に見えた。グッと握り拳を作り「負けないで!」と心の中で応援していたのだが、店の従業員達が出てきて彼はやられてしまった。


すぐに駆け出そうとしたのだが、傭兵の男の対応がどうにも引っ掛かって足踏みしてしまう。そうこうしている内に傭兵の仲間だと抜かす輩がぞろぞろと表れて店の連中を押しのけ、彼を担いで何処かへ行ってしまった。「追わなきゃ」と直感的に思った彼女は傭兵達の後を追い、町の外にまできてしまった。


お粗末な尾行ではあったが気づかれた様子はない。加えて彼らは逃亡の身という事を理解していないかの様な陽気さで談笑し、ハウゼンを担いで外に待っていた馬車に放り込んだ。どうやら連れ去るつもりのようだ。ヤスハは彼に恩義と不思議な魅力を感じていた事もあり、使命感の様なものに駆られて彼等の前に飛び出した。


「待って!ハウゼンを返してっ!」

「なんだ、なんだぁ?」

「獣人の小娘じゃん。てか、首枷付けてんな。奴隷か?」


団員達が荷馬車の前に飛び出した彼女を見て、興味津々に見てくる。ヤスハは震えそうになる身体を必死に奮い立たせ、「フーッ!」と耳と尻尾を逆立てながら唸った。連れていかれては困るのだと訴える様に。騒ぎを聞きつけたあの赤髪の傭兵が「ん?どうしたお前等―」と姿を見せる。


「って、あん時、坊主に庇われた嬢ちゃんじゃねぇーか。どうした、一人で逃げなかったのか?折角、坊主が時間を稼いでくれただろうに」


傭兵は不思議だと首を捻りながら、ヤスハを見下ろす。そこにで再び「ハウゼンを返して!」と怒鳴ると傭兵は急にニヤ付き始め、「ははーん」と自分の顎を擦り始めた。何か、勘違いしている様な気がする。そう思ったヤスハだが、続けざまに「返さないと酷いから!」と犬歯を覗かせて唸った。まだ幼い彼女がそれをやるとただ愛らしさしかないのだが、それは分かっていない。


赤髪の傭兵は「なーるほど、なるほど」と頷き「ミリア―!」と叫んだ。するとすぐに「何ですか、もう」とスラリとした長身美女が現れる。獣人だった。それも頭が良い事で有名な狐の獣人だ。ヤスハは思わず、口を開けたままパチクリとその姿を眺めてしまう。


「なんで、狐族が傭兵団に……?」

「それはこっちの台詞ですよ、猫族のお嬢さん。奴隷、のようですが、ウチの団に何か御用でも?」


彼女にそう訊かれ、ヤスハはハッとなり「ハウゼンを返して!お願い!」と繰り返し叫んだ。彼女の訴えを聞き、ミリアは少し考えた素振りを見せると横に居る赤髪の傭兵に語り掛ける。


「それで、団長。あなたはどうしたいんですか?」

「団に加えたいな。女は大歓迎だ」

「……ふざけないで、答えてください。なんでなんですか?」

「あー、そりゃミリア。女が惚れた男追って此処まで来たんだぜ?傭兵団っていう怖―い大人を前にしても一歩も引かず訴える。良い根性してるじゃねぇーか。娼婦に値切るために土下座するウチの連中よりよっぽど見所あるぜ」


赤髪の傭兵の台詞に様子を伺っていた団員達が「ひでぇ!」「団長もだろ!」と口々に非難を浴びせる。ヤスハが何の事か理解出来ずに小首を傾げているとミリアが団員を一睨みで黙らせた。すぐに静寂が戻る。そして彼女は溜息を付き「甘いですね、私も」と眼鏡を中指で軽く抑えるとヤスハに向き直った。


ごくりと喉が鳴るのが自分でも分かる。ヤスハはキッと強い眼差しを保ちミリアを見上げた。震える足とくねる尻尾は見られない様に、と願いながら。そんな彼女を見てミリアは苦笑するとヤスハの頭をそっと撫でつけた。


「大丈夫よ。あなたの大事な彼に酷い事はしないわ。ウチの団に加わるだけなの」

「連れていっちゃ、駄目」

「なら、あなたもウチに来なさいな。歓迎するわ。そうすれば彼と離れずに済むわよ?」


ヤスハは一瞬「本当?」とミリアを見上げ、彼女が優しく微笑むのを見てコクリと頷いた。

付いていくしかないのだと感じ取ったからだ。ヤスハが同意したのを見て赤髪の傭兵が叫ぶ。


「喜べお前等!新人が二人も入ったぞ!仲良くしてやれ!」

「「おおう!!」」

「よっしゃ、可愛い子が来たぜ!将来有望だな!」

「ばっか、お前、あの子は俺が先に目つけたんだぞ!」


バカ騒ぎする一団をミリアは一喝し、すぐさま移動を開始した。追われている身だからだ。

取り合えずは隣の領地まで逃げないといけないらしい。ヤスハよく分からなかったが、荷台で荷物の上に寝かされるハウゼンの傍に座り込むと彼の寝顔をジッと見つめた。


「これで、恩は返せるかな」

「……」


彼女はハウゼン見て、そう呟くと眠気に負けて重い瞼をゆっくりと閉じた。





漸く傭兵団と合流。いよいよ、荒っぽい戦いの日々が始まりますよぉ。

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