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第一話「奴隷少年」

書けましたので出します!

暗闇の中、まるで海中に放り出された様にくぐもった薄ら寒い感覚が身体を支配していた。前後が分からず、振り回される身体から大切な何かが流れ出していく。流失を遮ろうと胸にぽっかり空いた穴から漏れ出る光を抑え込むが、抵抗虚しく手の隙間から零れてしまう。何かが(・・・)消費されて(・・・・・)いる(・・)。そう実感した時には既に、ハウゼンは暗闇から浮上していた。


「っ!?」


唐突に晴れる視界。もう随分光を直視して来なかった人間の様に目を細め、手で日光を遮ると空を仰ぎ見た。澄み切った青空。雲一つない蒼天であった。周囲を包む喧噪。両手と首(・・・・)を拘束する(・・・・・)鉄枷(・・)、目の前で列をなして歩く無気力な少年少女達。


(見覚えがある。記憶にある。これは、かつての‥‥‥)


「奴隷時代の光景」と呟くより早く、背中に強烈な衝撃が走る。転倒し、混乱する思考のまま、どうにか後ろを仰ぎ見た。そこには両手に擦り切れた鞭を握りしめ、此方を無機質な目で見下ろす男が居た。見上げる様な巨漢だ。


「止まるな。歩け」


男は唯それだけを告げると、もう一度鞭を振りあげた。ハウゼンはソレを浴びせられる前にふらつく身体を制御してどうにか起き上がる。そして、努めて平静の振りをすると無言で頭を下げ、鎖で繋がれた少年少女の後に続く。背後で鞭を構えていた男はそれ以上何も言ってくる事は無かった。


(どういう事だ‥‥‥何故、私は奴隷に戻っている?)


肉刺や瘤だらけで薄汚れた両手。それは剣胼胝が潰れて、分厚くなった自分の手にはとても見えない。もっと昔の幼い頃、無力だった自分の手だ。そして、冷静になって見れば先ほどの男も巨漢などではない。ハウゼン自身が小さくなっているのだ。視界が、見ている視線が何時もより異常なまでに低い事がその証拠。全てが大きく、大人が強大に、自身が無力に映る。


(何故だ‥‥‥何故、私は此処に居る?あの時、確かに私は心の臓を貫かれ、姫の亡骸を抱きながら無念の死を遂げたはず‥‥‥何故、幼少の頃の景色を見ている?走馬灯という奴でもあるまい)


裸足のまま、命じられる方向に沿って歩み続ける。周囲から浴びられる視線は同情や憐憫ではなく、軽蔑や無感動なものばかり。「奴隷はモノ。人ではない」それが例え子供であろうとも、歯車の最下層で労働力となっているという常識(・・)が浸透しているためだ。だから、周囲は気にも留めない。奴隷制度が長らく続くもので帝国では当たり前の事なのだから。


ハウゼンはふと、妙な鳴き声を上げて空を滑空する鷗を見て「ああ」と声を漏らした。


(潮の香‥‥‥此処は港町か。何処か見覚えのある場所だと思ったらファーナムの町ではないか。‥‥‥という事は、私は売られた直後の光景を見せられているという訳か。はっ、随分と懐かしい)


ハウゼンは十二歳の頃。母が病死し、彼女が勤めていた酒場の主人に引き取られた。そこから雑用や奴隷紛いの過酷な労働を押し付けられ、それが満足に出来ないとみるや、本当に奴隷として売り飛ばされたのだ。今頃あの男は受け取った銀貨数枚を握りしめて笑っている事だろう。恐らく、これから先向かう港には幼少の頃見た奴隷船が着船しているはずだ。


(全く原因は理解出来ないが‥‥‥これは現実なのだろうな)


背中に走る鞭の痛み、足裏で感じる地面の感触、潮風の匂い、町の喧噪。五感の全てが訴えかけてくる。これは“本物”だと。混乱していた思考が平静を取り戻した時、ハウゼンは不気味な程口端を吊り上げた。たまたま後ろを振り返った目の前の少女がハウゼンのその顔を見て小さく悲鳴を漏らす程に。それ程、壮絶な笑みを浮かべていたのだろう。


どうして幼少の頃に戻っているかなど、理解は出来ない。だが、これはまたとない好機であった。もし、時間も関係も、あらゆるものが振り出しに戻っているというのなら、それは全てを変えられる機会があると言う事。未来を改変する余地があると言う事。悲劇の定めから想い人を救い出せるという事だ。


(成してみせる。あらゆる犠牲を払ってでも姫様が幸せに暮らす事が出来る世界を。私はあの時誓った(・・・・・・)のだ。姫様を救うためならば、幾度命を賭しても構わないと。それは時を跨いだ今でも変わらない。変わってはならない誓いなのだ。私は騎士。奴隷騎士、ハウゼン・ファーンなのだから)


ハウゼンは湧き立つ歓喜に打ち震えながら、前を見据えた。全てを変えるための一歩を踏みださんがために。



出向した奴隷船が帆を広げ、大海原を突き進む。潮風が頬を撫でる最中、船の甲板には多くの人影があった。


「ふむ‥‥‥これで、全部かな?」

「へい、ドレイクの旦那。ファーナムで集まった餓鬼はこれで全員でっせ。廃れた町ですから、売られる連中も数ばかりで質が悪い」

「ふむ‥‥‥ノーム君。私の事は旦那(・・)ではなく、ドレイクで構わないよ。私達の仲じゃないか」

「へい。分かりやした、旦那!」

「はぁ‥‥‥もう良い。君は下がっていなさい」


豪奢な服を纏った男は見るからに頭の悪そうな男から奴隷の詳細が記載された報告書を受け取ると彼を船内に追いやり「さて」と甲板に立ち並ぶ奴隷達を見渡した。ドレイク、と呼ばれたこの男は察するに連中の雇い主である奴隷商人らしかった。随分と若い。


錆色の長髪をオールバックで固めて結んでおり、面の良さと相まって紳士然とした雰囲気を感じる。髭を丁寧に剃っているところも合わせてみると几帳面な性格だという事が伝わってきた。ドレイクは白手袋を付けた両手を広げ、良く通る声で奴隷達に告げる。


「私は君達を買った商人だ。私はこの眼だけで成り上がったと自負していてね。人を見る目は確かなつもりだ。故に君達は安心してその身を私に預けると良い。最良の人生を歩ませてあげようじゃないか」


ニコニコと笑う表情はとても優しげに映る。親に売られ、奴隷商人の部下に鞭で躾を受けて運ばれてきたであろう子供達にはドレイクはどう映るだろうか?少なくとも今まであった大人よりは真面に見えてしまうだろう。だが、奴が今からやる事は“仕分け”。家畜の良し悪しを判別するのと何も変わりはしない。体の良い言葉を並べてもやっている事は立派な奴隷商人だ。


「さぁ、顔を上げて良く見せてごらん」


ドレイクはそう言って奴隷達の顔を一人一人覗き込む。無論、警戒のため傍にはハウゼンに鞭打ったあの不愛想な男が控えている。子供達に騒がない様に躾をした本人が傍に居るのだ。抵抗は無いだろう。ドレイクは「ふむふむ」と手袋越し身体や顔を触り、声を聴くとそれぞれの子供達に「有り」「無し」と呟き、手元の資料に何かを書いていく。仕分けは本当に見ただけだ。何か試験を行う訳でもない。まあ、当然か。奴隷にそこまでする義理もあるまい。そして、いよいよハウゼンの番が来た。


「ふむ‥‥‥」


腕を持ち上げられ、目を覗き込まれ、髪を触られる。ハウゼンの顔を見る時間が他の者より長い。大方、容姿が珍しいのだろう。確かに琥珀色の頭髪はこの地方は滅多に見ない。軽く睨み付けるが、ドレイクは「有り」と言い残して次に向かった。どうやら、前回通り、真面な分類に振り分けられそうだ。その後、「無し」と告げられた者達は船倉に連れて行かれた。彼等の今後は悲惨だ。奴隷の中でも使い捨ての労働力として安値で売り払われる事になる。過酷な環境に数年も持つまい。


「さて、君達はこっちだ。暫く此処で待っていなさい。後で暖かい食事を持って来てあげようじゃないか」


ニコニコと笑みを浮かべるドレイクはそれだけを言い残すと広い船室を後にした。恐らく仲間の下に向かったのだろう。この部屋にいる見張りは鞭男一人だ。だが、鉄枷を嵌められた子供が五名程度、暴れたところで返り討ちだろう。


残ったのは容姿が整った少年か少女だけだ。つまりはそういう事(・・・・・)。子供が好きな連中に提供するつもりなのだ。実際に奴隷として売られたハウゼンはそういった性癖を持つ者達を迎え入れる店に買われ、散々な目に合った。だが、彼の場合は身体の成長に伴い、二年もしない内に飽きられ、奴隷同士の殺し合いを演目にしている賭場に安値で売り払われた。そこで一年程見世物を続けている最中にお忍びで都会散策していたユニファと偶然出会ったのだ。


(このまま大人しくしていたら同じ運命を辿る。それではまた姫様を守り切れない)


ユニファの派閥は元より、他の三派閥の勝ち馬に乗れなかった者達の寄せ集めが殆ど。それでも五年間、なんとか戦ってこられたのは一重にバルバロッサ将軍と彼を慕う優秀な元帝国将官達が居たからだ。しかし、負けた。派閥としての数も質も他の兄弟に圧倒的に劣っていたからだ。そこに未来が分かると嘯くハウゼン一人が加わった所で、大局を動かす力には成りえないだろう。ならば、未来を変えるだけの戦力を自力で用意するしかない。


(今からならば先帝崩御まで六年の猶予がある。この時間を最大限に活用するには奴隷という身分のままでは不十分だ。となれば、まずは脱走すべきだろうな)


この奴隷船は海の上。今からの逃亡は現実的ではない。陸地に着いた後が望ましいだろう。加えて言うなら手首の枷を外された時が最も可能性が高いとハウゼンが考えていた。子供の身でも追手を撒くぐらいは出来るはずだ。問題は逃亡先で土地勘があるかという事だったが‥‥‥。


(大丈夫だ。これが私の過去だというのなら、売られる先は同じはず。あの店ならば内装も周辺地理もある程度は分かっている。伊達に二年も居た訳ではないからな)


ハウゼンは、自身が売られる先に心当たりはあった。土地勘もある。脱走するだけなら可能だと踏んでいた。しかし、問題が一つ残る。彼は拘束された両手で首元に輝く鉄枷を撫ぜた。

首裏の接着面を太いボルト止められた武骨な鉄枷はとても子供の手で外せるものではない。

専用の工具で時間を掛けて緩めなければ大の大人でも外せない仕組みになっているのだ。容易く入手出来るものではない。


(壊すにしてもやり方を間違えれば脊髄に深刻な後遺症が残る。しかし、外せなければ奴隷とすぐにバレて捕まるだろう。逃亡奴隷の末路は悲惨なものだ)


奴隷の逃亡は帝国法によって厳格に禁じられている。破れば逃亡した者は過酷な労働の後、惨い死に様を晒す事になっていた。勿論、逃亡に手を貸した者も重罪だ。両腕を切断されるか、両目を刳り抜かれるか、どちらにせよ長くは生きられない。ハウゼンは悩んだ。これを外せる協力者を手に入れられないのなら、少なくとも彼を自分の奴隷だと匿ってくれる人物が必要だ。


(しかし‥‥‥この身体では心当たりは無い。今は脱走する事だけを考えるしかないか)


ハウゼンは両膝を抱きかかえ、溜息混じりに顔を埋めるのだった。



「さぁ、お食べ。暖かいスープだ」

「「わぁっ!!」」


奴隷商人が持って来たのは子供達が見た事もない程、具がゴロゴロと入ったスープだ。それを1人ずつ、手渡しで渡す事で警戒心を解くと同時に価値ある子供に自身への感謝を植え付ける。かつてはハウゼンも湯気を立てるスープに目を輝かせた。だが、ユニファに助けられ離宮での生活を知った今なら分かる。これは所詮、豊かな庶民が食べる夕餉程度の食事だ。


「はぐっ、はぐっ‥‥‥!」

「美味しいよぉ、おいしいっ!」


だが、廃れた港町で親に売られる様な子供がそんな贅沢な食事を知っている訳もない。自分の知る中で最も高価な食事に舌鼓を打つ幸福。これからの生活が一変するかもしれないという期待が募る。銀貨一枚にも満たない安値でこの効果。人心掌握には持ってこいだ。奴隷商人としても売りさばくまでは笑顔の方が買手は付きやすい。随分と上手い手法だとハウゼンは感じた。


「さぁ、君もお食べ。腹が減っているんだろう?」

「‥‥‥」


目の前に差し出される暖かなスープ。ドレイクの張り付いた笑顔。まさに普通の子供達には救世主に映るだろう。ハウゼンは嫌悪感が顔に出ない様、必死に抑え込みながら無言でスープを口に運ぶ。此処で下手に騒ぎ立てても面倒になるからだ。ドレイクはその様子を見て、満足気に頷きながら立ち上がる。彼は夢中で食事を掻き込む子供達に、己を見る様に手を打ち合わせた。


「さぁ、君達。スープを食べたなら次は身を綺麗にしようか」



狭い船室。そこには樽に詰められた水が多く積まれていた。飲み水から生活水に至るまで海の上を移動する乗組員によって水はなにより貴重な物資の一つだ。ここはそんな水を使って身体を清める一室。奴隷を扱う関係上、衛生面での管理は欠かせない。手を抜けば病が蔓延し、商人達の命も危ないからだ。そこでハウゼンは身を小奇麗に整えるために水浴びをしていた。使える水の量は多くない。桶一杯分である。使い欠けの石鹸を手渡され、体中の汚れを落としていく。


「おい、終わったか?」

「まだだ」

「チッ、早くしろよな」


見張りの一人に急かされながら、ハウゼンは汚れが沈殿していく桶の水を見下ろしていた。水面に映るのは首に鉄枷を付けた十二歳の少年だ。本来ならば笑顔や泣き顔が似合いそうな幼い顔は今、無愛想な表情を浮かべている。琥珀色の頭髪は不揃いに伸びており、蒼い瞳は前髪の向こうから強い視線で己を見据えていた。


(本当にあの頃に戻ったのだな‥‥‥随分と無力な姿をしている)


ハウゼンは自傷気味に笑みを浮かべると、真新しい貫頭衣を着て、髪を掻き上げた。少しはマシに見えるだろう。そのまま、無言で見張りに手を差し出すと「やっとかよ」という悪態と共に両手に鉄枷を嵌められる。首の枷と含め、奴隷として当然の拘束具だ。他の者達は既に身を清めて部屋に戻っていた。順番的にハウゼンが最後だったのだ。


その後、寝て、目覚めて、食事をして寝るというルーティンを何度も繰り返した。今まで満足な食事が出来ず、栄養が足りていなかった身体は少しずつ肉が付き始め、健康児特有の肌の艶も戻ってきている。船での生活は水浴びと排泄の時以外ずっと部屋で軟禁状態だが、身体の動きを掌握する時間も取れたので、そう悪いものでも無かった。そうして、船に揺られる事一週間。


どうやら目的地に着船したようだ。既に荷を下ろしの準備が始まっていた。奴隷船から続々と商品が運び出されていく。ハウゼンもその中に居た。奴隷商人ドレイクが選んだ容姿の優れた子供達と一緒に手枷に鎖を繋がれ、荷馬車に乗せられる。向かうのはドレイクが提携を結んでいる色町だ。そこでハウゼンを含めた子供達は買い取られる手筈になっていた。


「うわぁ!」

「凄い!」

「大きな町だ」


皆、ここ一週間程で血色も改善され、服装も簡易ながら清潔なモノに変えているため見違えていた。皆、荷台から知らない町の景色を見て目を輝かせている。これから自分に訪れる将来など想像も付かないだろう。ハウゼンも前はそうだった。初めて客を取らされ、自分が奴隷に堕ちたのだと実感するまで、奴隷など何処か浮世離れした世界だと思っていたのだ。彼等の事は哀れに思うが、脱走に際してこれだけの数を連れて行くことは難しい。ハウゼンは静かに目を閉じた。



「全部で、金貨三枚だね」

「おや、店主。私と貴方の仲じゃないですか、余り露骨に値切るのは感心しませんよ」

「ふん‥‥‥小奇麗な子供が五名ばかり。十分な値段じゃないかい?」


色町の中でも裕福層向けの大きな館。そこが、ハウゼン達が売られる店だった。店の裏手で止まった馬車に近づいて来たのは煙管が似合う女主人。彼女は屈強な男の従業員を二人程侍らせて、荷馬車のハウゼン等を見た後、奴隷商人ドレイクと値段の交渉をしていた。彼女の怖面にねめつけられた子供達は震えあがっている。


「相場より銀貨四十枚程少ないじゃないですか。これではウチは赤字です」

「はっ、奴隷船を持っている商人がそんなホラ吹くんじゃないよ。どうせ、これも駄賃程度だろう?積み荷を降ろすついでってアンタ前に言ってたじゃないかい」

「困りましたね‥‥‥店主はお得意さんですし、安くしたいのは此方とて同じなんですが」


食えない困り顔で「参ったなぁ」と零すドレイク。だが、次の瞬間、スッと薄目を開き「で、本当は何で値切るんですか?」と微笑みながら彼女に尋ねた。港に寄った際には必ず奴隷を提供する程度には友好がある分、不自然な態度には敏感なのだ。女主人は煙管から、吸い込んだ煙をたっぷり吐き出すと「言いたくは無かったんだけどね」と溜息をつく。


「一月前、アンタから買った商品に不備があったのさ」

「ほう‥‥‥それなりに目利きは出来ると自負しているんですが」

「ああ、アンタの目は確かさ。磨けば光る原石を見つけてくる腕前は一流だ。ただ、その中にとんでもない毒重石(・・・)が混じっていたんだよ」


額を抑え、溜息を付く彼女は控えていた男に顎でしゃくり合図を出す。男は裏口から中に入ると何かを引き摺って戻ってきた。それは鎖で雁字搦めにされた傷だらけの少女だった。混じりけのない白髪、吊り上がった青い瞳は殺意に満ちている。「フーッ!」という唸り声が此方にまで聞こえてくる程だ。


「ああ……なるほど、その子でしたか」


ドレイクは合点がいったと大仰に頷いて見せる。しかし、すぐに「ですが」と眉を潜めて女主人を見つめ直す。


「私は事前にお伝えしたと思います。その子は人間では無い(・・・・・・)ので気性が荒く、扱いに苦労する、と。それでもその容姿と客の要望が合致するからと買い取ったのでしょう?」

「けどね、幾ら獣人族の生娘だからって客の指を食い千切るじゃじゃ馬は困るんだよ」


女主人が当時の対応を思い出したのか、「あー、いやだ、いやだ」と首を横に振る。そして、その苛立ちをぶつける様に「何見てんだよ」と彼女を睨みつけて唸っている少女を蹴りつけた。何度も執拗に、だ。


「全く、ムカつく女だよ!アンタなんか、本当は、殺してやりたいくらいさ!」

「あぐっ、あがっ」


悪意ある大人の暴力を目の前にして、子供たちが涙目になる。そんな様子を横目に捉えたドレイクは「やれやれ」と肩を竦めながら、昂っている彼女に優しく語り掛ける。


「まあ、まあ、店主。落ち着いて、事情は分かりましたから。確かにそんな奴隷を売ってしまったのは此方の不備です。仕方ありません。今回は安くしておきますよ」

「あ、あら、そうかい?悪いねぇ、ドレイク」

「私と貴方の仲ですから。融通は利かせますよ」


ニッコリと微笑むドレイクは女主人が提示した額で取引を成立させた。もう、子供たちが売られた先の恐怖を知ってしまったからだ。他の店ではとても笑顔など向けられまい。売り払ってしまった方が彼にとって最も損害が出ない取引になってしまったのだ。


「さぁ、君も行きなさい」

「……」


ハウゼンはドレイクに背を押されるまま、女主人の下へと歩いて行った。相変わらず、最低の店だと思いながら、平静を保ち裏口を潜る。その際、女主人の足元で咳き込む少女を瞥見した。


綺麗な白髪の上からひょっこりと生えている二つの猫耳。薄汚れた貫頭衣から飛び出た白い尻尾。まだ十代前半だろう。幼い彼女は暴力に晒されても尚、強い意志の籠った目で大人達を睨んでいた。見上げた根性と執念だ。


(‥‥‥昔、逃亡しようとして殺された子がいたな。確か、白髪の獣人族の少女だった)


その日以来、警備が厳しくなった。加えて躾と評した女主人の鬱憤晴らしも酷くなったのだ。

少女が無理やり客の接待をさせられ、純潔を散らされた怒りで相手を殺し、逃亡しようとしたのは確か、ハウゼンが店に買い取られてから数日後だった。酷く印象に残っている。大人に抗えば自分達奴隷はこうも簡単に死んでしまうのだ、と。


(だが、今の私は無力な子供ではない)


船の中で一週間、動きながら体に感じる相違は消し去ってある。大きく身体能力は落ちているが、培った経験は消えてはいない。相手が素人ならば十分、対抗出来るだろう。彼女の様な過ちは犯さない。ハウゼンは指を軽く解しながら、娼館内部へと入っていった。




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