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プロローグ1「忠義の騎士ハウゼン・ファーン」

久々に書きました。なるべく頑張って続けます。

必ず返信するので感想お待ちしてます!

 世は乱れた。


大陸の雄として名高いクシャルダルス帝国の後継者争いが事の発端であった。先帝が跡継ぎに定めた第一皇子が何者かの手によって殺害され、残された四人の直系がその座を巡って国を割った争いを始めたのだ。戦火は周辺諸国にまで飛び散り、戦端は彼方此方で開かれ、国家間の領土は即日塗り替わる。版図を示す略図が最早意味を無くした戦乱の世は、しかし、身分という制約を取り払うまたとない好機であった。平安の世であれば、叶わぬ高みに積み上げた功績によって手が届く。野心を滾らせた者、夢を見た者、その誰もが戦場に身を投じていった。これはそんな乱世で奴隷から史上の高みへと駆けあがった少年の物語である。





雷鳴轟く豪雨の最中。騎士甲冑姿の青年が息を切らしながら、城内を走っていた。雨風に晒され、ずぶ濡れとなった身体には至るところに生々しい裂傷の後が見られる。苦しそうに脇腹を抑えて駆ける青年は通路ですれ違う者達の慌て具合を顧みず、ひたすらに司令本部を目指していた。


「はぁッ、はぁッ‥‥‥!」


目的の場所にどうにか辿り着いた青年は槍斧を交差させ、誰何する見張りに「バルバロッサ将軍にお目通り願いたい!」と強く言い放つ。騎士甲冑姿の使者に訝しんだ見張りであったが、その内の一人が青年の顔に見覚えがあったらしく驚きの声を上げる。


「ふぁ、ファーン卿!?伝令の者が来るとは聞き及んでおりましたが、まさか、卿自らとは‥‥‥」

「事態は一刻を争う!悪いが、問答ならば後にしてくれ!」


見張りの兵士達は顔を見合わせるとすぐさま直立不動の姿勢を取り、道を譲る。青年は荒い息を整える事なく、そのまま両開きの扉を強引に押し開いた。中では軍事を司る貴族達が会議とは名ばかりに怒号を吐き散らしていた。


「だから私はあの時言ったのだ!ハーミュット砦が陥落した時に降伏すべきだと!現状この領都アンサンカルまで追い詰められていてはどれ程の犠牲が出る事か!」

「弱腰めが!クシャルダルス帝国の正統な後継者で在られる皇女殿下が他の逆賊共に屈する事など出来ようはずもない!鉄壁の防御を誇るこの地にて戦い抜くのだ!」

「ッ!貴様は現実が見えていないのだ、この盲信者めが!初志を忘れてなんとする!我等は直系四人兄妹の中で【盲愛(もうあい)()】に仕えた方が利すると思い集ったのであろうが!ならば、勝ち目の無い戦にまで付き合う義理などあるまい!このままでは我が家は降爵どころではすまん。褫爵の上、一族郎党皆殺しだ!」

「ッ!?貴様、ダッテバルド!この場で皇女殿下をその蔑称で呼ぶ意味、分かっておるのだろうな!極刑ものだぞ!」

「やってみろ!我が私兵三千が敵に回る事を理解しているのならな!」


ハウゼンが荒い呼吸のまま、広い室内を見渡せば資料が散乱した会議室で言い争っているのは派閥貴族達の中でもより上位の大貴族、ダッテバルド伯爵とミストゥーリ伯爵だ。何方も敬愛する第二皇女ユニファ・シャーマル・クシャルダルスを帝国の真の後継者に押し上げようと此処まで助力してきた派閥の№2と№3だ。


周囲の者達が白熱する二人のやり取りに入り込めず、あたふたとしていると威厳に溢れた野太い声が室内を一蹴した。


「騒々しい!外壁から使者が参ったのだぞ!仮にも一軍を預かる幕僚ならば実の無い議論で白熱する前に目の前の事態を処理してみせろ!」

「くッ、バルバロッサ卿‥‥‥」

「むぅ‥‥‥確かに貴殿の言う通りだ。少し、頭に血が上り過ぎた」


バルバロッサ、と呼ばれた初老の男は齢に見合わぬ屈強な大男であり、身に着ける黒金の甲冑からは歴戦の強者としての覇気が漂っていた。男の名はバルバロッサ・フォン・アンサンカル。此処、領都アンサンカル含む広大な領土有する辺境伯であり、派閥の№1であった。帝国が分断される前にはクシャルダルス帝国で30年以上将軍職を務め上げた先帝の信頼厚き忠臣であり、床に臥せった先帝に溺愛されていたユニファ姫の未来を守るように託された男であった。


「‥‥‥さて、見苦しいところを見せたなハウゼン(・・・・)卿。外壁の様子はどうだ?報告にお前が来た程だ。敵はこの天候の中、律儀に待ってくれていた訳ではないのだろう。戦況はどうなっている?」


問い掛けられたハウゼンは踵を打ち鳴らし、「はっ」と敬礼を返す。彼は半年前までバルバロッサの麾下にて軍人としての作法を叩きこまれている。故に親しみを込めて名で呼ばれているのだった。


「報告致します!新皇帝を自称する(・・・・)リュークスッタク第三皇子が率いる大部隊は雷鳴轟く豪雨の中、領都アンサンカルの外壁へと押し寄せると布告もなく開戦。敵兵は正規兵と皇子の親衛隊含め凡そ一万五千にも上ります!予想を上回る大攻勢に外壁に居る守備兵では数が足りず、防衛を任されていたマルサス卿が独自の判断にて伏せていた予備戦力を投入。これにて拮抗を図りましたが、敵はそれを異に返さず外壁へと張り付き、突破しようとしています!余りに鬼気迫る攻勢にマルサス卿麾下の参謀本部も堪らず後方へ移転。正門外壁付近は既にその三割が防衛機能を失っています!どうか、至急増援をお送り下さい!私が直接伝令に来たのも即時有力な判断を仰げる様にとのマルサス卿のご指示であります!」


ハウゼンの報告に場の再び混乱が戻った。敵影確認の報から間を置かずに攻める事態に誰もが仰天したからだ。例え国家間同士の戦争であっても占領統治が目的であって、殲滅が目的で無い以上、禍根を残す市街戦は領民の退避勧告などの布告後が常識であるからだ。


それを通達も無しに開戦となれば、明確な戦争規定違反。他の兄弟派閥、諸外国に知れれば大義名分を与えた上での制裁は免れないはずだ。それを余力のあるリュークスタック側がする理由がない。ましてや、そんな虚を突いた程度の攻勢で外壁の防衛戦線が突破目前など何かの間違いだと貴族達は騒ぎ立てた。


「ま、誠なのか、ファーン卿!?リュークスタック皇子が、自ら戦争規定を破るなど‥‥‥」

「それより今は防衛部隊の不始末が問題だ!正門付近を放棄とは‥‥‥マルサスめ、しくじったか!」

「それこそ何かの間違いだ!奴は寡兵でハーミュット砦を一か月も持たせた良将だぞ!指揮の腕前は確かだ」

「しかし、ならば何故此処まで追い詰められている?領都の外壁を突破されれば後はこのラスタード城しかないのだぞ!」


 騒めきが広がる中、バルバロッサはカイゼル髭を撫で付け、一考するとポツリと声を漏らした。


「よもや、リュークスタック皇子がこの場で例の虎の子部隊を出してくるとはな‥‥‥ハーミュット砦陥落以来か」


バルバロッサの呟きにハウゼンは頷きを返し、その問答に周囲の貴族達の騒めきの質も「まさか」「奴等なのか?」と変化していった。やがて彼等の視線は戦況を知っているハウゼンに集中する。自身に回答要求が来た事を察したハウゼンは休めの姿勢のまま、ハッキリと通る声で報告を続けた。


「はっ。外壁に取り付いた敵兵は全身を金属甲冑で覆いながらも異様な程、機敏な動きを見せていました。離れた位置には『怪しき黒装束の集団も居た』と報告があり、恐らくは‥‥‥閣下の想像通りかと」

「例の“呪術師”共か。厄介だな‥‥‥」


帝国は広大な領土を誇る多民族国家であり、多文化を許容するだけの土台があった。しかし、その中でも例外的に異端とされていたのが“呪術師”と呼ばれる奇怪な技を扱う連中である。“触媒”と“代償”を糧に神官が扱う”神術”と近しい奇跡を起こせるとして、信奉の失墜を恐れた教会に弾圧されてきたからだ。


それを蒐集家として有名であった第三皇子リュークスタックが密かに集め、食客として囲っているという噂があった。彼は後継者抗争が始まった時から、その貴重な呪術師達をここぞと言う戦局で投入する事でユニファ姫や他の兄弟達の勢力を圧倒してきたのだ。


重装備を苦ともしないで沼地を駆ける大隊、闇夜に平然と行軍する兵団など上げればその有用性はキリがない。呪術師が集まるとこうも厄介かと言う事をハウゼン達は戦場で身を以て知らされてきていた。


「しかし、戦争規定を破り、虎の子部隊まで出すという事は余程の性急に我等を打倒したいという事。何か、予想外の事態が生じてこの遠征を短縮しなくてはならなくなったのかもしれん。此処を耐え凌げばあるいは同盟国からの援軍が間に合うか‥‥‥」


考え込むバルバロッサに続き、周囲の貴族達も「立て直しを図るチャンスだ」「城内の予備も外壁防衛に投じよう!」と意気込む。そして実際に増援部隊が編制され、救援に向かった。されど、未だにハウゼンの顔色は優れない。何か、まだ不安が消し去れないとその表情は訴えていた。それを機敏に察知したバルバロッサが「許す。懸念があるなら口にせよ」と許可を出した事でハウゼンは躊躇しながらも口を開く。


「‥‥‥閣下。実は呪術師共の中にあの【黒霧】が見当たらないのです」

「黒霧、だと?あのハーミュット砦を一晩で霧に包んだ呪術師か?」

「はっ。奴は神出鬼没な上、霧で軍団をも偽装する程の広域呪術を扱える稀有な存在。リュークスッタク第三皇子が誇る呪術師部隊でも個の力量では特に侮れぬ手合です。幾ら呪術師が“媒介”となる希少な呪術具を消耗(・・)するのだとしても、この場で最大戦力である奴を温存する理由が分かりません。私には、何か、見落としている様な気がしてならないのです」

「だが、それは―――」


ハウゼンが抱いた胸騒ぎにバルバロッサが「考えすぎた」と返そうとした瞬間であった。網膜を焼く様な強烈な光と鼓膜を劈く雷鳴が響き、貴族達は短い悲鳴を上げながら、テーブルや床に手を付いた。


「一体、何が‥‥‥?」


ハウゼンが地面に膝を付いた状態からゆっくりと顔を上げると、鉄窓の先を睨みつけて苦々しい表情を浮かべるバルバロッサが居た。周囲よりもいち早く立ち上がった彼は、真っ先にその光景を目にしていたのだ。


「やられた‥‥‥奴等め!端から領都アンサンカルを攻略するつもりなど微塵も無かったのだ!」


握りしめる鉄窓を歪めながら吠えたバルバロッサに続き、駆け付けたハウゼンはその光景に目を剥いた。ラスタード城に四つある小塔。その中でユニファ姫を隠していた第二塔に落雷が落ちていたのだ。屋根は脆く崩れ去り、半ば崩壊した小塔からは雷雨の中にも関わらず煙が上がっていた。時機と狙いから見ても明らかに人為的な攻撃。呪術師の手法に違いなかった。


「そんな‥‥‥姫様っ!」

「待て、ハウゼン!あそこには黒霧も居るはずだ。一人では無理だ!ハウゼンっ!」


 バルバロッサの制止の声を振り払い、彼は会議室を飛び出した。ユニファから授けられた宝剣を強く握りしめながら彼は小塔目指してひた走る。己が忠誠を捧げた主を守らんとするために。


「姫様!必ず‥‥‥必ず、お守り致します!」


奴隷という身分から救い上げたくれた恩情厚きお方。騎士の称号を授けてくれた敬愛すべき主人。彼女の屈託のない笑みにどれ程励まされ、力を与えられてきたか八年前初めてあった時の事が脳裏を駆け巡る。


『―――私が困ってたら助けてね。あ、でも怖くて泣いてるかもしれないから、顔を見るのは駄目っ!ね?……約束よ、ハウゼン』

『は、はい!ひめさまっ』


まだ幼い彼女と離宮の花園で交わした他愛無い約束事。ハウゼンはあの時からずっと、彼女を守ると誓ってきたのだ。そのためにバルバロッサ将軍の下に転がり込み、剣術から指揮に至るまであらゆる技術を貪った。


薄汚い奴隷として蔑まれてきた彼の持てる唯一と言って良い清廉潔白な想い。叶わぬと知って尚、夢見てしまう分不相応な淡い恋慕が彼を掻き立てる。


「貴方を死なせはしない!そのために私が居るのだからっ!」


 ハウゼンは立ちはだかる黒装束姿の敵兵に宝剣を振り下ろした。


 ◆


 ユニファ姫視点。


ユニファはラスタード城で与えられた小塔の一室に身を隠していた。彼女の派閥は他の皇族兄弟達によって追い詰められ、遂に最終拠点としていたバルバロッサの領地アンサンカルまで後退していた。


五年前から始まった後継者争いの火種は大陸中に飛び火し、未だ鎮火の目途すら立っていない。第二皇子はかつてあった宰相の地位を利用して大貴族連盟を手に一大勢力を、第一皇女は純潔の血統を謳い、国教として広く信奉されている“アルビオン教会”を抱き込み、第三皇子リュークスッタクは蒐集家として囲っていた呪術師をそれぞれ武器に周辺諸国すら呑み込んで戦火を拡大させている。


そんな中、ユニファは先帝の寵愛を受けていたからと、あぶれた貴族達と先帝に忠義を誓っていた僅かな臣下達に神輿として持ち上げられたに過ぎない。そこに本人の意思は無く、当時まだ十二歳だった彼女は兄妹達の争いを止めようと仲裁に入っていたのを「自身の正統性を主張している」と利用されたのだ。気付けば第四勢力として派閥を率いる立場に立っていた。


 彼女はただ、国を割る争いを止めたかった、それだけだったと言うのに‥‥‥。


「一体、私は何処で間違ったと言うの‥‥‥」

「殿下‥‥‥」


幼少の頃よりユニファを見守ってきた老騎士ダグラス・フォン・ロッテンハイムは天幕付きのベッドでシクシクと涙を零す主の姿に胸を締め付けられる想いに駆られていた。本来ならば駆け寄って抱きしめて上げたい。けれど、それは臣下として過ぎた行いだ。彼は己の心と与えられた職務の間に何時も苦しめられていた。


不遜にも無き娘に掛ける愛情を密かに注いできた彼にとって十七歳のユニファは余りに幼く見えた。皆の期待を一身に背負い、何時も屈託のない微笑みを向ける事のなんと酷な定めか。バルバロッサ将軍の擁護が、貴族達の期待が、重荷となって彼女を縛り付ける。虚栄の笑みを張り、周囲を活気付けるなど‥‥‥。


「あの者が此処に居れば‥‥‥」


ユニファに気付かれぬ声量で零したのは彼女を唯一、心の底から笑わせられる青年。彼女に救い上げられ、また彼女を孤独から救い出した奴隷上がりの騎士。ハウゼン・ファーン。若くして数々の功績を打ち立て、奴隷という下賤の身分ながら“名誉騎士”の称号をユニファから賜った新進気鋭の英才であった。


彼女を想い、支えてきた忠義の男。幼少を知る彼の前ではユニファも己を偽る事なく、弱気な部分を吐露する。齢の近さもあってか、ダグラスよりもずっと心を許している相手なのだ。


「もう嫌だよ‥‥‥帰りたいっ」


ラベンダーアッシュの長髪をシーツに広げながら、純白のドレスに顔を埋め、涙を零す姿は先帝から寵愛を賜った【傾国の美女】として知られる母君とまさに瓜二つ。愛らしさと美しさが同居した彼女はその美貌と無邪気さ故に、先帝に最も可愛がられた子供だったのだ。それが兄弟達から忌み嫌われる悲劇の源であったが‥‥‥。


ダグラスは飛んでいた思考を「いかん、いかん」と首を振るって呼び戻す。リュークスッタク第三皇子が大軍を引き連れ、進軍してきたという報告があったのだ。もっと厳重な警備の敷ける場所へユニファを移す必要があった。ダグラスはなるべく、優しい声音で彼女に移動の旨を伝える。


「殿下。どうやら敵軍がこの雷雨の中、進軍してきたという報が入っております。此処も安全とは言い切れません。急ぎ、移動せねばならないのです」

「‥‥‥ダグラス。私は何時まで逃げ続ければいいの?」

「殿下‥‥‥」

「敵軍って、お兄様の兵なのでしょう?なんで争わないといけないの?」

「―――それは、正統な後継者はこの世に一人しか許されないからです。恐れながら、激化したこの争いを鎮静化させるには最早、他の皇族の方々の首をおいて他にはありますまい」

「っ‥‥‥私はお兄様達を殺したくない」

「けれど、向こうはそうは思ってくれぬのです、殿下」


ダグラスの悲しみと憐憫を含んだ否定の声にユニファはしゃくり上げ、我慢が決壊したのか、涙をボロボロと端麗な両瞳から零した。普段気を張っているからこそ、陰で余計にこうした脆い一面が出る。元々、幼少の頃より“泣虫姫”と揶揄される程に感情の起伏が激しいお方なのだ。だからこそ、愚直に人を惹きつける魅力も持ち合わせているとも言えるのだが。


「殿下、それでも―――」


ダグラスがユニファを元気付けようと声を張ろうとしたその時だった。耳を劈く様な雷鳴が鳴り響き、目の前が極太の光に包まれる。瞬間、身体は宙を踊り、広い室内の壁際に激しく打ち付けられた。


「ガハッ――!?」


肺の中の空気は強制的に全て吐き出さされ、激突の衝撃で右腕の感覚が酷く鈍い。激痛で飛びそうなる意識をなんとか繋ぎとめ、ダグラスは老体を無理やり起き上がらせた。霞む視界、耳鳴りが酷い身体でどうにか辺りの様子を伺う。


すると、そこには目を疑う光景が広がっていた。半分崩落した小塔の天井、焼け焦げ煙を上げる家具。床には雷雨が激しく打ち付けられ、落雷の惨状を伝えてくる。ダグラスは混乱する思考で、直ぐにユニファが見当たらない事に気が付いた。ハッとなり、半分焼けたベッドに視線を送る。


「殿下ッ!?」


そこには意識を失ってダラリと手足を床に投げ出したユニファが居た。そして、彼女を囲う様に立つ黒装束達の姿も同時に視界に映る。


「あーあ、音に聴く【雷光】が対象を外しちゃダメじゃんかー。ったく、新参者の君のために殿下(リュークスッタク)がその威力だせる一級品の呪術具用意してくれたってのに‥‥‥」

「‥‥‥私の役目は侵入口を作る事と城内勢力排除。そして貴様が皇女の発見及びその始末だ。たまたま見つけたからと言って、対象の排除は私の役割の内に入っておらん」

「へぇー、へぇーお堅いな雷光さんはさ。いいよ、今から殺すからさ。それより君は城内行かなくていいのかい?」

「‥‥‥今行くところだ。来い、お前達」


雷光とよばれた長身痩躯な仮面男は崩落部分から次々と侵入してくる部下達を引き連れ、ダグラスには目もくれず、小塔を下る階段を駆けて行った。残されたのは黒霧と呼ばれた子供の様な体躯の半仮面。彼は「やれやれ」とわざとらしく肩を竦めてみせると、さて、とボロボロのダグラスの方を振り返った。


「やぁ、オジサン!ボクの役目はこの寝転んでいるお姫様を殺して首を持ってくる事なんだけど、まあ、まだ時間があるし遊びたいんだ。どうだい?少し、手伝ってくれないかい?」


そう言って、仮面の下で満面の笑みを浮かべる男は気を失っているユニファの頭を泥だらけの靴で踏みつけた。明らかな挑発であった。ダグラスは目の前が真っ赤になるのを感じ、その激情のまま痛みを振り払い、飾られていた儀礼剣を手に目の前の男に切りかかった。


「貴様ァ!」

「あはっ、いいね、いいね!良い殺気だ!」


上段からの振り下ろし。正中線を捉えた斬撃は相手を真っ二つに切ったと錯覚させるに十分な威力が籠っていた。だが、彼が切り伏せたはずの半仮面の男はどういう事かその姿を掻き消していた。そして背後から掛かる「おーい、こっち」という悪戯を孕んだ声。


「おのれぇ!」


声に釣られる様にその場所に剣を振るうも、見えるはずの相手に攻撃が掠りもしない。剣先が男を掠めたと思った時にはまるで霧の様に掻き消えているのだ。何度切り付けても背後から笑いをかみ殺した声が掛かる。


「何故だ‥‥‥何故当たらん!?」


振り返り、驚愕に染まるダグラスの表情を見て、堪え切れぬと腹を抱えて笑う半仮面の男。彼は「あれぇ、聞いた事ないかな?ボクわりと有名だと思うんだけど」と首を傾げて見せた。そこでダグラスは頭に上っていた血が下がり「まさか‥‥‥」と冷や汗を浮かべ、僅かに後退さる。


「霧のように掻き消える呪術師‥‥‥まさかっ!?まさか貴様が、あのハーミュット砦を一晩で落とした大呪術師、【黒霧】か!」

「正解!ま、あの砦は他の連中の力も借りたんだけどね。大体はボクのお陰さ!」


自慢げに胸を叩いてみせる彼は「あ、いっけね」と胸元からじゃらじゃらと金銀の装飾具を取り出して見せる。その全てが呪術を行使するのに消費する希少な“呪術具”であった。その内の一つ、一番小ぶりな宝石を嵌め込んだペンダントが黒くくすんで炭に変わる。


「ありゃりゃ‥‥‥もう、壊れちゃった。やっぱりボクの呪術は強力だけど燃費が悪いよねぇー。これ、まだ四回しか“触媒”に使ってないのに」

「教会に異端と迫害される訳だ‥‥‥なんと忌々しい幻か、呪われた呪術師めっ!」

「むっ。失礼な奴だな。教会の神官達が扱う”神術”も大きくはボク等の呪術と同じ括りなんだぜ?それをボク等だけを一方的に迫害するなんて―――」

「戯言をッ!」


ダグラスが再び儀礼剣で切りつけるが、霧を切った様に対象が掻き消える。後の残るのは黒い霧の残滓だけ(・・・・・・・・)。黒霧がそう呼ばれる所以であった。彼は霧を自在に操る。人の姿に象る事も、精度と媒介の消費を厭わなければ周囲一帯を覆う“黒霧”を発生させる事さえ可能なのだ。


「話の途中に切りかかって来ないでよー。全く、しょうがないなぁ、こうなったらもう強引でもボクの趣味に付き合って貰うからね?」

「何を――なっ!?」


黒霧が指をパチリと鳴らした途端、周囲に黒い霧が立ち込め、視界の全てを封じてしまう。十八番とし知られる広域呪術“黒霧”であった。そしてその中でふと、彼の真後ろに人の気配が浮き上がる。ダグラスは奴かと思い、儀礼剣を真横に振り払うが「きゃっ」という女性の悲鳴を聞き、はたと追撃の手を止めた。そこに蹲り右手を抑えて泣くのは己が主であるユニファであったからだ。綺麗な蒼い瞳を潤ませ、理解出来ないといった表情で此方を見ている。


「な、何で、ダグラス?」

「殿下!?わ、私はなんという事を!」


ダグラスは儀礼剣を放り投げ、膝を折ってユニファに手を伸ばすが「ひぅ」と後退られてしまう。今この一瞬、ダグラスは確かに黒霧の存在を忘れ去っていた。そこで唐突に笑い声が辺りに響く。


『いやー、面白いねぇ!自分の主人を切るなんて従者失格じゃないか、オジサン!』

「貴様ァッ!」


ダグラスはユニファを背後に庇いながら、見えぬ黒霧に向かって怒りの声を上げる。だが、その様子が可笑しかったのか、またゲラゲラと腹を抱えて笑う声が響く。


『いいねぇ、いいねぇ!ボクは人が苦しむ姿が大好きなんだ!だからさぁ、もっと見せておくれよ!その激情に駆られた表情を!絶望に沈む顔をさぁ!』


ダグラスの怒りが頂点に達した時、視界を覆う霧の向こうに人影が見える。子供の様な体躯の影だ。間違いない、奴だ。油断したのだろうと、ダグラスは内心密かに笑みを浮かべ、素早くその場にあった瓦礫を一掴みすると人影に向けて投擲した。影は短い悲鳴と共に地面に倒れ、その様子を見たダグラスは「騙せると思うたか、阿呆目っ!」と声高に笑って見せる。


少し胸がすいた想いであったが、掛かっていた黒霧が晴れた時、そこに居たのは額から血を流し、泣きじゃくるユニファの姿であった。彼女の傍には彼が投擲した瓦礫の破片が散っている。ダグラスの表情は笑顔のまま、固まった。


「は?‥‥‥そんな、姫は、此処に居るはず‥‥‥ガハッ――!?」


背後に匿っていたはずの姫を仰ぎ見ればそこに居たのは半仮面の男、黒霧。彼は特注の短剣でダグラスの心臓を後ろから一突きしているところだった。そして、胸元で輝く装飾具の一つがまた黒く染まり、砕け散る。床に倒れ伏しながら、ダグラスは全てを悟った。まんまと奴の術中に嵌められたのだと。


「わ、私は姫様に、何という事を‥‥‥」


湧き上がる想いは後悔と憎悪であった。余りの悔しさに死に顔が壮絶に歪む。その様を覗き込む黒霧は「いいね!実にいい出来栄えだ!」とはしゃいでいた。まるで良い作品を仕上げた芸術家の様な陽気さであった。


「やっぱり、人の死に顔は何にも勝る娯楽だよねぇ」


「あー、楽しかった」と伸びをしてみせる黒霧は動かなくなったダグラスを蹴飛ばしながら、ユニファへと近づいていく。絶望に打ちひしがれ、呆然と座り込む彼女へと。


「そ、そんなダグラス‥‥‥」

「びーびー、泣いて情けないなぁ。お姫様の従者だったんでしょ?敵を討つぐらいの気概は無いのかい?」

「何で、こんな事を‥‥‥酷い、酷いわ!」


必死に睨みつけるも、相手は全く堪えた様子もなく「煩いなぁ」と面倒そうに頭を掻いて見せる。そして黒霧はダグラスの血で真っ赤に染まった短剣を取り出すと、それをユニファの鼻先に突きつけて笑った。


「安心しなよ。今から君も彼の下に送ってあげるからさ」

「ひっ‥‥‥いや、嫌よ!止めて!」


白いドレスを引き摺りながら、後退るが部屋の扉へと背をぶつけ、追い詰められる。途端に黒霧の口元が嬉しそうに歪んだ。


「ははっ。命乞いしたって無駄さ。ボクはお仕事をちゃんと熟す人間なんだ。多少は楽しむけどね」


短剣が白い顎を通り過ぎ、ドレスに包まれた胸に当たる。「そそる悲鳴が聴きたいな」という囁き声にユニファの身がぶるりと震え始め、奥歯がガチガチと音を立てた。恐怖に染まる彼女の相貌を見て「いいね!これも最高っ!」と笑う黒霧は遂にその短剣に力を籠める。


「助けて!助けて、ハウゼン(・・・・)っ!」


追い詰められたユニファが叫んだのは自身が最も信頼する青年の名であった。悲痛な叫びは確かに―――駆け付けた青年の耳に届いた。


「――なんだお前っ!?」


目を瞑った彼女に届いたのは自分を貫く痛みではなく、何かを弾き飛ばす衝撃音と何処か懐かしい青年の声。ハッと開いた視界に映ったのは琥珀髪を靡かせる忠義の騎士ハウゼン・ファーンの姿であった。


「ハウゼンっ!?」


甲冑姿の彼は体中傷だらけ、血だらけのまま荒い息を吐き出し、此方の無事をチラリと確認した後、ゆっくりと正面に向き直る。


「ご安心を姫様。このハウゼン。身命を賭して、貴方をお守り致します!」


騎士は皇女を背に主に牙を剥く賊へと宝剣を突き付けた。


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