おとーさんとおかーさん
幼女はぱんつを装備した――。
というか、“こうやって穿くものだ”ってイメージを送ったのに、心底意外そうな顔をしてたのはなぜだろう?
穿いてからも相変わらずくるくる回っている。 自分の尻尾を追いかける仔犬みたいだ――。
まあ、喜んでくれてるようなのでいいかな?
てかいつまでも幼女呼ばわりも何だし、名前を訊かないとな――って、そういや俺の方も名乗ってなかったわ。
〈えーと、お嬢ちゃん?〉
『あたしのこと?』
〈そう! お話する前に自己紹介しようかなって思うんだけど、どうかな?〉
『じこしょーかい?』
あれ? 【意思疎通】が仕事してない?
せめてお互いに名前を教え合うだけでも――って思ってたんだけどなー。
いや、これは単にこの子の知識が不足しているだけかも?
〈あー、俺の名前は「イスルギ・イクル」っていうんだ。 長いから「イクル」とでも呼んでくれ〉
『いくぅ?』
〈イ・ク・ル、ほら〉
『イクル!』
〈そう、言えた言えた。 えらいぞー〉
『えへへー』
―〈へー、君はイクルっていうですか……〉―
うへ? 女神様も聞いてらっしゃったんですか……
〈っと、見ての通り、このダンジョン――あー名前無かったっけか――じゃあ「石動の迷宮」とでも――〉
―〈当該迷宮に呼称「石動の迷宮」が設定されました〉―
〈……あー、「石動の迷宮」のダンジョンコアで、ついさっき誰かさんのお蔭でダンジョンマスターになったばかりだ〉
『はーい』
〈まあ、言いにくいようだったら、呼びやすいように呼んでくれていいよ。 友達には「なま」とか、ちっちゃい頃は「いーくん」とか呼ばれてたしな〉
『ん~』
しばらく考え込んで?いた幼女だったが、何かに思い当たったようにパッと顔を上げた。 それからコッチを向いてにこーっと笑いかける。
思わずつられて(気分だけ)にこーってなってると――
『おとーさん!』
――はい!?
『イクルはねー、あたしのおとーさんなの!』
〈え? なに? どゆこと!?〉
『やさしいしー、いろいろくれるしー、おかーさんみたいーっておもってたの。 だけどイクルはおかーさんとはちがうでしょー?』
〈そりゃ、まあそうだわな〉
『だったら、おとーさんだー!』
――話についていけないんですが……ん?
〈え、ちょっと待って。 君、お父さんいないの?〉
『おかーさんはー、「お父さんはとっても遠い処にいっちゃったのよ」っていってたのー。 ここはおうちからとーってもとおいところだしー、イクルがあたしのおとーさんだとおかーさんのいったとーりなのー。 えへー!』
〈い、いやその――君のお父さんってやっぱりドラゴンなんでしょ? こんな丸っこい石じゃないよね?〉
『あたし、おとーさんみたことないからわかんないもん』
――え?
『だめー?』
うっ! そ、そんな捨てられた仔犬のような顔すんなよ~。 ズルいぞ――。
〈わかったよ……「おとーさん」でいいよ〉
『やったー! おとーさんだー』
あれ~? 前世日本じゃ、「このまま魔法使い一直線かー」と思ってたのに? あれよあれよという間に子持ちになっちゃった?
 ̄l ̄
 ̄l ̄
ようじょはよろこびのまいをまっている。
〈で、俺は「おとーさん」になったわけだが、お嬢ちゃん――いや、娘に「お嬢ちゃん」はないな――お前の名前を教えてくれないか?〉
『んー なまえー? おかーさんには「可愛い子」ってよばれてたけどー、たまに「甘えん坊さん」とか「悪戯っ子」とかにかわるんだよー』
……それって、絶対名前じゃないよね?
〈えーと、その「おかーさん」のいるお家は何処にあるのかな? さっきここはとーっても遠いところって言ってたけど〉
『んとねー、ずっとずーっととおくの、ここよりもっともーっとおおきいしまのまんなかにある、たかーいおやまのてっぺんにいるよー』
〈ん? ここって島なのか?〉
『まわりぜんぶおみずだったよー』
おみずって海のことだよな……って、えええー、マジかよ?
そんな孤島のダンジョンで何をしろというのか――まあ、それは後だ。
〈ここまで一人で来たの?〉
『んとねー、おかーさんに、「東に向かって真っすぐ飛ぶの。 海が見えてきたら海を左に見てしばらく進むと岬があるわ。 その岬の伸びる先に向かって真っすぐ海の上を行くと小さな島が見えてくるはずよ。 その島にある洞窟で、おまえは運命が導く相手と出会うのです。 さあ、行きなさい!」っていわれておうちからおいだされたのー』
おかーさんのそんな長台詞、よく憶えてたね? ――って、我が子に名付けもしないうちに放り出したのか?
―〈種族によって「名前」のもつ意味合いは色々あるです、生まれたら「名前」を付けるってのも「人」の特徴であって、全ての生き物に当てはまるものでもないです〉―
この幼女を見てても、ドラゴンのもつ知性が相当高いことがわかる。 生まれた子にすぐ名前を付けないのもそれなりの理由があるってことか……
「おかーさん」とやらにも何か差し迫った事情がありそうなんだけど、それにしてもなー、こんな小さい子を放り出すとか、スパルタにも程があるだろ。
あれ? すると……
〈えーと、確認するけどお前はこの迷宮のダンジョンマスター“だった”んだよな?〉
『んー、よくわかんない。 おかーさんにいわれたとおりここにきたら――』
幼女の言うには、「おかーさん」に言われた通りに来てみたら本当に洞窟があって、奥のキラキラした石(目覚める前の俺? キラキラしてるんだー)を見たときに、胸の奥の方で何かと繋がってる感じがして、ここに居ることにしたんだと。
石の傍で愚痴というか、何となくお願いすれば、くつろげるくらいに部屋が大きくなったり、食べ物が出てきたりするので、特に困ることもなかったらしい。
――【メニュー】とかガン無視だな――使い方分からなかったんだろうか?
―〈膨大な魔力と強力な思念でダンジョンマスターに匹敵するような権限を力づくで行使してたと思われるです〉―
――おー、解説のお姉さんありがとうございます。 へー――って、なんか重大な事をさらっと言いませんでした?
つまりこの子は、正規?のダンジョンマスターじゃなくて、「おかーさん」に言われて偶々このダンジョンに来て住み着いただけなのか。
昨日から、石の方でごにょごにょと声がするなーと思ってたら、今日になっていつもと違うお肉が出てきたのでとても吃驚したけど、美味しそうな匂いがしてて、食べると本当に美味しくて、すっごく嬉しかったんだと。
身振り手振りを交えて一生懸命に伝えてくれる。
あーもう! 可愛いなー! 撫でくり回したいんだけど身体が無いんだよー。
何とかしてくれー、このもどかしい感じ!
そして今更ながら気付いた――。
もしこの子が来てくれなかったら、俺は糧となる生命力を得られず、永遠に目覚めないままこの孤島で朽ち果てていたんだと――。
俺が生まれてからしばらく――この子が住み着いて数日?――意識がなかったのも生命力の供給がなかったからだろう。
この子の「おかーさん」には感謝しないとな! この子は俺にとっても「運命が導く相手」なのかも知れない。
「おとーさん」襲名のくだりを改稿。