神とドラゴンと幼女
元々俺は、異世界転生を果たしたわけではない。 とある事情で着の身着のままこの世界へ連れてこられた、いわゆる異世界転移というやつだったのだが、結局のところ、俺が人間として異世界に存在出来たのはせいぜい30秒というところだろうか。
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いわゆる「魔法使い」へのクラスチェンジを間近に控えたある日曜日のこと。
夕方にふと思い立って、近所のコンビニにビールを買いに出かけた俺は、その途中でとある事故に遭遇した。
トラックに轢かれそうになった仔犬を助けに中高生ぐらいの女の子がトラックの前に飛び出したのだ。
気付いた時には身体が動いていた。
俺は咄嗟に女の子を助けようと、こちらへ引き倒すつもりで手を伸ばし――女の子を捉まえた瞬間、辺りが眩しい光につつまれ――そのまま意識を失った。
気が付くと壁や天井の見えない白い空間の中に一人で立っていた。
―〈ようこそ、世界の狭間へ〉―
神を名乗る人物――姿形、性別、服装まで、とにかく全てがはっきりと認識出来なかった――はそう言って、混乱する俺に説明を始めた。
曰く、俺が助けようとした女の子は、聖女として異世界に召喚されたのだが、俺はそれに巻き込まれ、同じ異世界に転移しようとしていること。
女の子の方は一足先に、無事? 聖教国とやらに召喚されたこと。
俺は、残念ながら元の世界には戻れないが、巻き込んだお詫びとして、聖女同様、異世界で生きていくのに必要な「恩恵」をいくつか貰えること。
などである。
【異世界言語】や【自己鑑定】、【異空間収納】といったお約束?のスキルに加え、希望のスキルを一つ貰えるということで、根がぐーたらな俺は【ゴーレムマスター】のスキルを手に入れた。
実家は出ていたし、独り身なので後腐れも特にない俺は、せっかくだからと異世界ライフをのんびりと満喫するつもりだった。
そんなこんなで、現地の服や、装備一式も付けてもらい、いよいよ異世界へ――。
足元に魔法陣が浮かび上がり、浮遊感と共に光に包まれ――その瞬間、横合いから引っ張られるような奇妙な感覚に襲われた――光が消えた時、唐突に激しい痛みが手足に走った。
俺の目に映ったのは今にも振り下ろされようとする剣と、突き出された槍。 手足には矢が刺さっていた。
状況を把握する間もなく、槍は腹を貫いたが、剣は止まっていた――のだ。
「ああ! なぜ……そんなはずが――」
女の悲鳴にも似た声が聞こえ――そっちを見ようとしたが――
「ちっ! 男か――そのまま死んどけ!」
そのまま俺の意識は闇に沈んだ……
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気が付くと、再び白い空間にいた。
―〈やあ、おかえり〉―
相変わらず、姿形のはっきりしない“神”はそう言った。
そして、俺の異世界転移の顛末を説明してくれた。
俺が召喚されたのは、予定していた王都近郊の街の近くではなく、魔族が拠点としていたダンジョンの一つであり、まさに勇者一行が攻略中だったこと。
魔族が最後のあがきで召喚陣を構築し、新たな魔物を呼び寄せようとした。
勇者一行は、呼び出された魔物が動き出す前に止めようと攻撃を仕掛けたが、そこで呼び出されたのが俺だったらしい。
俺が異世界に送り出されたそのタイミングで、魔族の召喚陣が発動し、召喚に要するエネルギーがちょうど低下していた俺が横から攫われる形になったようだ。
勇者一行の攻撃で命を落とし、そのままダンジョンに魂ごと喰われる運命となるはずだったが、一行の中の聖女が人間を殺めたことに気付き、せめてもと、亡骸を天に送ってくれた為にこうしてこの場所へ帰ってこれたらしい。
本来であればこの世界の輪廻に任せ、魂をリセットして転生する運命であるが、聖女の計らいもあり、ある程度俺の意思を尊重したいとのこと。
このまま自分が消えるのは悔しいので何でもいいから今の人格、記憶で転生出来ないか? と、お願いしてみた。
最終的に、次にこの世界に生まれくる「知性ある生命体」を指定して転生出来ることとなり、召喚時の恩恵はお詫びということで残してもらった。
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で、このざまである。
いきなりなんちゅうハードモードにしてくれるんだよ!
そんなことを思い返してる内に、どうやらドラゴンがお目覚めのようだ。
あくびを一つすると、巨体を揺らしてこちらへ近づいてくる。 同時に微かな地響き――耳を澄ますというか、集中してやっと感じられる程度の――振動を感じた。
―〈熟練度が規定値に到達――スキル【振動感知】を習得〉―
んん? なんだ? 頭の中に声が響く。 「システムメッセージ」というか「天の声」というか、まあ、神がいる世界だからなー、これぐらいは不思議じゃないか。
って、不思議あるよ? 振動に聴き耳立てるだけでスキル生えるっておかしいんじゃないかな?
ドラゴンは部屋の前で止まった。 入口から首でも突っ込もうというのか?
まさか、この部屋に入ろうと――って無理無理! 壊れちゃうー!!
入口――実際は隠されているので壁にしか見えない(ちなみにマップ画面では点滅している)――まで来たドラゴンは、首を曲げ、尻尾を巻き付け、翼で覆うように身体を丸めた。
その身体が光を放ったかと思うと見る見る縮んでいく――。
色は分からないけど光ってるのは分かるんだなー。
いつの間にかワイヤーフレームだった脳内映像は、モノクロームの立体映像っぽくなっている。
そんなことを考えてる内に随分小さくなった光の繭が弾けた――。
――!?
おれの「眼」に映っていたのは、まだ幼い女の子――ただし一糸纏わぬ真っ裸の――だった。