心霊
いつからだろう。
下ばかり向いて歩くようになった。
目が悪いわけでもないのに眼鏡をかけた。
くせの強い前髪を伸ばして視界を塞いだ。
そうでもしないと怖かったーー『彼ら』が見えてしまうから。
だから、目を閉じているときが一番幸せだった。
小学校からの帰り道。
校庭で遊んでいる同級生を脇目に、僕は毎日一目散に帰った。
ランドセルの肩ベルトを握りしめ、歩くたびに交互に前へ突き出される靴先を眺めながら家に向かっていた。
あと半分...あと半分...
心の中で唱えていた。
小さな公園の横の道を抜けたところで、足を止めた。
黒いアスファルトと自分の足と垂れ下がった髪で構成された視界に、
一番恐れていた『それ』の足先が加わっていた。
その足先は、自分の足先と向かい合っていた。
青白く、氷のようで、蜃気楼のようで、透けている。しかしなめらかな輪郭ははっきりと見える。
『みつけた...』
かすれた女性の声が脳内に響いた。
背中に冷たい電気が走った。
思わず顔をあげて前髪の隙間からみたそれは紛れもなく『幽霊』だった。
灰色のスーツに身を包んだ、髪の長い女性。
その瞳には、光が宿ってはいない。
僕はそれが一番怖かった。
吸い込まれて、あっちの世界に連れていかれそうな、そんな深黒の瞳だった。
(こわいこわいこわいこわいこわい...)
石のように固まった足を地面から引き剥がし、
公園にむかって走り出した。
(隠れなきゃ、どこか…!!)
公園を見渡しても、遊んでいる人は一人もいなかった。
助けを求めようにも、他の人には見えないのだから、おかしな子扱いされて終わりだろう。
急いで半球形のドームのなかに身を潜めた。
体育座りで、両膝で目を塞ぎ、両手で耳を塞いだ。
こうして全ての情報を遮断すれば、
追ってきた幽霊に取り憑く隙がないと思わせられるだろうと思っていた。