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~伴奏 イージャンの指輪物語~  作者: 粟生木 志伸
第一章 受難の始まり
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第6話 王の盾 その2

 王の執務室内から轟く、巨大な鐘でも打ち付けたような重圧。


 堅牢なその扉でさえ、弾き飛ばさんとばかりに震え上がらせる。その異様な事態を見て、前室にいた侍従官たちは、じっと様子を窺う。


 しばらくして扉の震えが止まる。そして、静かになった。だが、何も言われない。それが分かって、顔を机の上に戻し筆を走らす。再び書類仕事に戻った。



**********



「はあ、はあ、はあ……」


 動機が激しい。イージャンは、湯呑み片手にただ茫然として座っている。目の前にあるものしか、眺める事が出来なかった。


( た、助かったのか……? )


 確かに、自分はまだ生きている。それが事実だと分かると、体中から熱い汗がどっと噴き出したように感じた。


 何かが震えるような音が、以前として聞こえる。それは扉ではない。イージャンでもない。それは、彼の目の前に映るもの。


 左腕の盾を構えて立ち塞がるステライの後ろ姿だった。放たれた拳は、彼女のその白い盾によって防がれていた。


 ジャムシルドの今の一撃を受け止める。下手をしなくても、二人纏めて壁に叩き付けられ、その壁ごと体を砕かれてもおかしくない。それほどの威力がある。


 にも拘らず、それを受け止めた彼女は、少しも後ろになど下がってはいなかった。ただ、その構えた盾が、打ち付けられた鐘のように、重い音を唸らせながら震えている。

 

 それは、拳を受け止めた左腕の盾だけでない。押し込まれない様にと、左腕を支える右腕の盾も同様だった。


 程なくして、その両腕の盾が鎮まり始めた。それにつれて、彼女に伝わっていた震えも治まり、やがて音も消える。すると、ジャムシルドが、拳を突き付けたまま睨みつける。


「ステライ。そこを退け……」

「いえ、それは出来ません」

「何だと……?」


 王の怒気が、その体から発せられ周囲にも迸る。部屋全体が、その怒りに満ちて震えているかのようであった。しかし、彼女は澄ました顔で答える。


「陛下。陛下のお考えも分かります。ですが、これは大目に見てやって下さい」

「大目に見ろだと? ステライ、貴様――!」


 歯を剥き出しにする。震えていた怒気が、獰猛に爆発した。


「余が、そんな事をする訳がないであろうが! シビアナに金を出させているのだぞ!? イージャンと壁共々! お前も粉々に撃ち砕かれたいのか!?」


 次はない。その結末は必ず来る。そう覚悟したイージャンには、最早その怒気に抗うこともできず、体を硬直させるのみ。


 しかし、ステライは違う。彼女がその澄ました顔を崩すことはなかった。


「陛下――」

「黙れ! 何も聞く耳持たぬ!」


 王の拒否。それを受けても、臣下であるはずの彼女の様子は変わらない。何故なら知っているのだ。その怒気の鎮める方法を。しかも、それがたった一言だけで良い事を。


「陛下――」

「黙れと言っている!」

「シビアナは、嬉しかったはずです」

「む……!?」


 果たして、その言葉だけで。ジャムシルドが発する怒気の震えを、止めることができていた。


「陛下。シビアナは、陛下がその様な考えをお持ちである事を承知していても。それでも、イージャンとお金を出し合って、自分達の邸を建てる事にしたのです。これがどう言う意味を持つか、お分かりなりませんか?」

「何――!?」


 そう。シビアナは知っているはずだった。それなのに何故なのか。ジャムシルドもすぐには分からない。その答えをステライが言う。


「あの子は、陛下にお見せしたかったのです。これから二人で頑張っていくと。これで大丈夫なのだと。ですから、この新居も、二人で手を取り合って、建てようとしているのですよ?」

「…………」


 自分を安心させるため。シビアナは、それを示すために。しかし、そうと聞いても、ジャムシルドは、この答えが気に入らない。


「それがどうした? だからと言って、シビアナに金を出させるなど――!」


 やはり許せなかった。自分の考えを曲げる事は出来ない。だが、


「良いですか、陛下? 元より、イージャンは、シビアナにお金を出させたのではありません」

「何だと!?」

「シビアナは、自分の意志で、自らお金を出したのです」

「む……!?」


 ジャムシルドの語気が弱まる。


「考えてもみて下さい。ここにいるイージャンは、どういった男でしたか? しかも、あのシビアナが選んだ男ですよ? その彼が、あの子にお金を出せと、本当に頼むと思われますか?」

「…………」

「有り得ないのです。あの子は、自分の意志でお金を出したかった。そうとしか考えられません」


 ステライ程ではないとは言え。ジャムシルドも、イージャンがどのような男であるかは知っている。だから、その言葉に反論が出来ない。自分もその通りだと思ってしまっていた。


「そして、陛下――。あの子が、自分たちの新居について、今まで何も申し伝えなかったのは。言葉ではなくこの行動で、お見せしたかったからこそ。だから、何もなかったのではないでしょうか?」

「――!?」

「それに、先に申し伝えれば、陛下はお許しにならない。お怒りになるでしょう。今の様に」


 ジャムシルドは目を見張る。何も言わなかったのは何故なのか。シビアナに金を使わせる事はない。そうとしか考えていなかったからこそ、思いもしなかった。


 しかし、今。それがようやく分かった。そして、そのまま押し黙る。その王にステライが言う。


「確かに、陛下のそのお怒りはご尤も。あの子の財産は、全て自分のその手だけで築いてきたものです。その大切な財産を使うと言うのですから」

「…………」

「あの家の名代として受け取った財産も、私財にせず。今回においても、一切使っていないであろう事は、陛下であれば申し上げるまでもございません」


 シビアナは、然る大貴族の後継者として、その名代に指名されている。そのため、その家全ての権限を持つと言って良い。財産も自由に使える。自分の為だけにも。


 しかし、彼女が、それをする事はなかった。その理由を知るステライは、寂しそうにして笑みを浮かべる。


「あの子は、本当に私たちへ気を遣いますね……。こちらが辛くなるほどに。陛下からの贈り物でさえ、それが高価なものであれば、一度たりとも受け取ることはなかったでしょう?」

「…………」


 ジャムシルドは押し黙ったまま。その通りだったからだ。


「ですが、陛下。それでもあの子は、私たちにも頼らず。そのお考えを知りつつも。敢えて、自分のお金を、自分の意志で出したかったのです。その思い、汲んであげて下さい」

「…………」


 ジャムシルドは、黙ったまま目を瞑った。すると、自分の事を一度も父と呼ばない娘の顔が、思い浮かんでくる。その顔は、申し訳なさそうに。困ったような笑みを湛え。


 ずっとだ。ずっとこの顔だった。自分が贈り物をすると、ずっとこの遠慮をした顔だったのだ。私は養女なのにと。


 血の繋がりがない。この事実がここまで――。握った拳にありっ丈の力を込める。自分が王族である事を、これほど恨めしく思った事はない。どんなに近づこうとしようとも、それが壁となって阻んでくる。シビアナも近づいて来ようとはしない。


「…………」


( 本当にそれで良いのか、シビアナ……。俺は、お前に今まで何一つ。父親らしい事をしてやれていないのだぞ…… )


 だから、二人でお金を出すと言うのなら、代わりに自分が全部出したって良い。しかし、それも必要ないと言うのだろう。自分たち二人でやってみせると。


 そして、そう問い掛けても、ただ困った様に笑みを浮かべるだけ。でも、確かに。二人で頑張っていける事が、その娘には嬉しそうだった。大丈夫ですから、と笑っていた。


「…………」


 目を瞑り、無言のジャムシルドから、溢れていた怒気が徐々に鎮まっていく。握り込んだ拳も緩んでいく。そして、しばしそのまま沈黙が続いた後。


「ふうーー……」


 自分の怒気を吹き消すように、大きく溜息を吐いた。説得は大凡上手く行ったのだ。残るはこの拳を引かせるだけ。その、後一押しが欲しい。これを感じ取ったステライは、最後の仕上げに入る。


「それに、陛下――」

「…………。何だ……?」

「結婚には、お金が掛かるものです。邸だけでなく、他にも色々と――」

「…………」


 シビアナが新居にお金を出した理由。それはもう一つあるでしょう? 問題にすべきかどうかは、寧ろそちらの方です。ステライはこれを言葉にせず、目線で訴えた。


「…………」


 ジャムシルドの構えが少しだけ緩む。盾に突き出したままであった拳からも、その気配が伝わる。彼女の意図に気付いた。ちゃんと伝わったようだ。そして、


「………………。良かろう……」


 生きた心地のしなかったイージャンは、ようやくその恐怖から解放される。意図を察したジャムシルドが、その交換条件を飲んだ。自分の拳を、ゆっくりと収め始め、構えを解く。それを見て、ステライも盾を収め、にこやかにお辞儀をした。


「ありがとうございます、陛下」


 これで、自分の思惑通り。その感謝も込めて、頭を下げた。


 ステライは、二人で買った事が、すぐに露見すると考えていた。だったら、こちらから話を切り出して、早々にけりを付けておいた方が良いだろうと判断した。その判断があって、頃合いを見計らいこの話を出した。


 変な時にバレて、問題が大きくなりでもしたら目も当てられない。そうなるよりは、三人以外誰もいない今この場で、さっさと終わらせる。これが、最善と考えたのだ。


 その結果、ギリギリに見えるが、誰も怪我をせず王を納得させることが出来た。そして、これでもう問題にはならない。ジャムシルドはそう言う王である。


 ただ、彼女が勘違いさえしなければ、そもそもこんな事態にも陥らなかったのだが。とは言え、そう成らざるを得ないのは確かなのだ、この話は。彼女は決して悪くない。


 王の盾ステライ。怒れる王を諌め、その怒りの対象者――イージャンを守ることができる唯一の盾。王から身を守ってくれる盾。故に王の盾。


 彼が標的にされてきた今では、ステライ以外の側近達や、王に近しい者達等に、もっぱらこの意味で呼ばれていた。


 そう。こういう事態は初めてではない。彼は、何度も危ない目に遭いそうになっていた。そして、その度にステライの盾が守ってきたのである。


 ただ、そんな事、その王に言えたものではない。この事実をジャムシルドは知らなかった。そして、知る者も限られている。よって、多くの者には、今まで通りそのままの意味に取られている。


「ふん……」


 ジャムシルドが、自分が座っていた長椅子に戻る。その中央へ再びどかりと荒々しく腰を下ろした。すると、天井にあった長卓が落ちてくる。そして、音もなく元あった場所へと舞い降りた。


 その卓の上にあったジャムシルドの湯呑みは空。だが、ステライの湯呑は、何事もなかったかの様にして、茶卓に乗ったまま、薄い湯気をゆらゆらと静かに上げている。この湯呑みや急須なども動いた様子はない。


 そして、ジャムシルドが座るのを見て、ステライも自分が座っていた席、イージャンの隣へと腰を下ろした。


 その彼は、どう言った顔をすれば良いのかも分からない。もう本当に参っていた。しかし、とにかく礼をと深く頭を下げる。すると、彼女はにこりと微笑んで答えるが、それから短い溜息も零れ出た。


「ふう……」


( やれやれ。ホント、シビアナも大変だわ。ま。イージャンの方が大変なんでしょうけども。だけど、これってちょっと危ない橋だったわねえ……。あの子にしてはぬるいわ。うううん。どうしたのかしら? )


 自分が何とか出来る、その自信もあったからこそ、手早く片を付けたものの。本来であれば、この件について頼みに来ていてもおかしくないはず。しかし、それすらもなかった事が、少し腑に落ちなかった。

 

 それに、ジャムシルドが、ああいった態度であるとは言え、他の誰かから、この話が耳に入る可能性だってあっただろう。そうなった場合の対策はどうなってたのか。彼女は、それも気に掛かっていた。


 しかし、勿論、それらの対策がないのは当然である。二人の新居は、イージャンが一人で買ったのだ。シビアナも、まさかこんな事態になるとは、夢にも思わなかっただろう。と、言いたいがそうでもない。


「…………」


( ま。あの子の事だから、何かしら手は打っていたのでしょう。――ああ。私が動くのを見越していた、のかしらね。それでか。確かに変わらないわね )


 ステライは、そう納得してもう気にしなくなった。


 彼女が思った通りだ。イージャンは、もう何度も、その盾によって守れている。今回も、それらと同様に過ぎないのだ。


 また、ジャムシルドの傍には、いつもこのステライが控えている。例えイージャンだけを呼び出しても、ジャムシルドの性格上、それは変わらない。だから、問題ないと見切っていたのである。


 そして、その度にシビアナは感謝を伝えてきた。よって、この様な事態に陥ったとしても、シビアナから話があるとしたら、それはその感謝だ。伝えるのは事が起こった後となる。今回の件も、彼女の知る所となるのは明白で、同じく感謝を伝えに行くだろう。


 また、何より事実として、新居はイージャン一人で買っている。これは動かない。だから、どうとでも出来ると考えていた。


 だが、元より、こんな事を考えずとも。さっさと一人で買った事を、ジャムシルドに伝えれば良い。そうすれば、そもそもこんな事態に陥っていない。そのはずなのに、シビアナは伝えていなかった。


 確かに、イージャンが一人で買うと言い出さなければ、ほぼステライの推察通りだ。二人で買おうと、そう思っていた。つまり、シビアナは、また別の理由があって、そのせいで新居の話をしていないのである。


「…………」


 無言のまま、腰を下ろしたジャムシルドは、卓の上の湯呑みにお茶を入れ一気に飲み干した。そして、卓を鳴らす様にしてその湯呑みを叩きつける。


「ふん。ステライがここまで言うのだ。イージャン、これは大目に見てやる」


 しかし、だからと言って、調子に乗るなよ? と、念も押すように、ぎろりと睨み付けた。


「はっ! ありがとうございます!」


 最早、自分の誇りもへったくれもない。事実を捻じ曲げられても、それを直せない事がある。黒と言われれば、白でも黒。それを己の身をもって経験し、湯呑片手に敬礼をする。


「…………」


( も、もうあの邸は、二人で買った事にしよう…… )


 この雰囲気で、今更、事実の訂正など自殺行為。ステライの説得をも無碍にする行為だ。そして、今後ともその弁明の機会はないのだろう。そう覚悟を決めて、泣く泣く真実を胸の奥へと仕舞い込んだ。


 こうして、ステライの取り成しにより、一応事なきを得たイージャン。良かったね。君は何も悪くないけどね。しかし、これで終わりなのではない。


「邸の事はもう良い。次だ」

「――っ!?」


 まだあるのかと、彼は心の中で悲鳴を上げた。


「――で、イージャン」

「は、はっ!」


 ぎろりと睨みつけていたその目が、値踏みを始めるかのようにして鋭く光る。そして、イージャンの答えを待ち構えるようにして言った。


「指輪の方は、どうなっている――?」


 指輪。それは結婚指輪の事だ。そして、これが、ジャムシルドの知りたかった本当の本題。だが、それだけではない。


 この指輪こそが、ステライ達を勘違いさせる事になった原因でもあるのだ。そして、その指輪こそが、ここからどんどんイージャンを。窮地へと追いやっていく事になるのである。 

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