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第17話 真っ直ぐな思い

「俺は改めて――。その結婚指輪を、親父さんにお願いしたいんです!」


 イージャンに真っ直ぐな目でそう言われ、ガドリクは瞠目して動きが止まった。


「わ! それ良いかも! まだ買ってないんだし!」


 ソティシャが、胸の前でぽんと両手を叩く。


「それに、父さん、腕は確かだしね! 何たってお爺ちゃんに認められた腕だもん! ね! レイ姉ちゃん!」

「ふふっ。ええ、良い案だわ……。名案よ……」

「うん! ふふふ!」   


 レイセインと互いに笑顔を向け合った。それから、イージャンに笑顔そのまま嬉しそうに言う。


「きっとすっごいの作ってくれるよ! ジャン兄ちゃん!」

「あ、ああ。そうだな……」


 彼は、まだ承諾を貰ってないからか困り顔。レイセインは、笑みを浮かべてそんな二人を眺めている。良い雰囲気。ソティシャのおかげで、今までの重苦しいものから一転、和やかだ。その彼女がにこにことして笑う。


「ふふっ!」


(婚約が決まった頃は、いつ頼みに来るんだろうかって、ずっとそわそわしてたもんねー。で、いつまで経っても来ないから、しょげちゃったのよ。だから、良かったね、父さん!)


 ソティシャは、笑顔のままガドリクに目を移す。その彼は、両腕を組み一人目を瞑っていた。彼女たちとは逆に、表情は硬い。そして、そのままで重々しく言う。


「悪いが、イージャン――。そりゃあ、駄目だ」


 折角の和やかな雰囲気が消え、イージャンの表情も硬くなる。


「うっ……」


(やはり、すぐには駄目か。だが、諦めるわけにはいかない!)


「え!? どうしてよ、父さん!」

「…………」

「父さん!」

「…………」


 ガドリクは、目を瞑ったまま何も答えなかった。ソティシャは、その態度も駄目だという答えにも納得できない。あんなに作りたがっていたはずなのに。だが、一つ納得できる理由が思い当たる。


「あ――。まさか、指輪を頼まなかったのを、根に持ってんじゃないでしょうね?」


 ガドリクは、ぎょっとして目を開く。


「ば、馬鹿言うんじゃねえ! んなわけねえだろうが!」

「ホントー?」

「当たり前だ!」


 でも、ほんのちょっとは思っていた。だから、ほんのちょっと焦った。レイセインにはそれが分かる。だが、彼女はそれが逆に微笑ましかったので、黙っておいた。それから、ガドリクが、むすっとして言う。


「そもそも、イージャンは結婚指輪それ自体を、知らなかったんだからな。頼みようがねえだろうが」

「分かってるじゃない。じゃあ、何でよ?」

「お前な……」


 ぷくうっと頬を膨らませるソティシャに、げんなりしながら答える。


「結婚指輪を嵌めるのは、イージャンじゃねえ。嵌めるのは新婦となるシビアナ様だ。そのシビアナ様に聞かねえで、勝手に決めてどうするんだよ」

「あ――」


 これでソティシャも気付けた。だが、イージャンには分からない。彼は、ガドリクが言う様に結婚指輪に関して、全く知らなかったのだ。これも初耳。今は、レイセインの言われたまま、夫となる自分が選んで買って妻となるシビアナに渡すものだと思っている。婚約指輪の時の様に。だから、


「え?」


 と、きょとんとして聞き返す。ガドリクは、その様子を見て溜息を吐く。


「やっぱり知らねえか。大抵はな、二人揃って買いに行くんだよ。高い買い物だ。なのに、新婦が気に入らなかったら、堪らねえってな」

「そうでしたか……」


(だから、レイもそう言ったんだな)


 これも思い出して、合点がいった。


(なら、今お願いしても駄目だ。先にシビアナへ聞かないと。だが、そうなると……)


 事実を伝えなければならない、となる。指輪を先に渡す事もできず、心を和らげる事もできないのだ。彼は勇み足だった自分を責め、顔を俯ける。それを見て、ソティシャが、心配して声を掛けた。


「だ、大丈夫だよ、ジャン兄ちゃん。シビアナ様が良いって言えば、それで作ってくれるんだから。ね?」


 しかし、ガドリクは首を振る。


「いや、駄目だ。問題は、別にそこじゃねえんだよ」

「え?」


 ソティシャが顔を向けた。


「男が一人で買いに行くってのも、場合によっちゃあ、あるからな。絶対にやるなってわけでもねえ」

「じゃ、じゃあ。一体――」


 何が問題なの? 彼女は、他に理由がないか考えてみる。しかし、思い浮かばない。その間に、イージャンが顔を上げ、不安げに尋ねた。


「親父さん……。まだ他に何か――。決まり事が?」

「いや。そうじゃねえよ」

「違うのですか?」


 そういう言葉が出てくる事に、ホントに何も分かってねえと、ガドリクはもう一度溜息を吐く。


「あのな、イージャン。シビアナ様は、陛下のご養女なんだぜ? しかも、それだけでなく、殿下の側付筆頭侍従官。そして、あの大貴族ヴァイン家の名代だ。とんでもねえご身分なんだよ。あの方には、その立場ってもんがある。なら、それ相応の有名な所で買うべきだろう?」

「相応、ですか……?」


 イージャンの腑に落ちない様子。それを見てガドリクは、言い方を変える。


「シビアナ様くらいなら、宝石だけじゃなくそれに見合った指輪本体にも、きちんと拘らなくちゃならねえってこったよ。宝石が高けりゃ、それで良いって訳にゃあいかねえんだ」

「は、はあ……」


 曖昧な返事に、まだ足りねえのかと話を続ける。


「確かに、お前の顔を立てて、俺が作ったのでも良いと仰ってくれるかもしれねえ。けどよ、それじゃあ周りが認めねえんだよ。俺は、無名もいいところだからな」


 ガドリクの腕は、ソティシャとそしてレイセインも言った通り、確かに良い。だが、名が知れ渡るのを嫌がり、作品が自分のだと分からないようにしていた。


 レイセインとイージャンは別だが、いつもは刀剣類の注文を受けない。事情を知っている馴染みの伝手を使い、打てた分だけ自分で売りに行く。それらも自分の銘を切らず、何もしなかったり偽名を色々使う。その偽名の文字も、作品ごとに形を適当に変えていた。


 店に並んでいる商品も、他の店でもよくあるような品々。装飾品は、見慣れた模様を用いている。ただ、それでも見る者が見れば、明らかに良質だと一目で違いが分かってしまう。しかし、それに気付けるようなお客はまず来ない。来ても、特段尋ねられることはなかった。


「そんな奴の作った指輪を、もし間違って渡しでもしてみろ。シビアナ様に迷惑が掛かっちまう。それだけじゃねえ。お前の評判にも関わるんだぞ? どこぞの誰とも知れねえ職人が作った指輪にしたのかってな。色々と面倒な事に成りかねないんだよ」


 結婚指輪は、身分がある者ほど拘る。そんな者達に、軽蔑の対象として見られかねない。そうなれば、今後一生軽んじられることになり、その結果、碌な事にならないだろう。それを危惧していた。国王であるジャムシルドとイージャンとでは、状況がまるで違うのだ。


「だから、悪い事は言わねえ。名工と呼ばれているような奴が作った指輪を素直に買いな、イージャン」

「いえ。ですが、親父さん――」

「駄目だ。シビアナ様にも聞くだけ無駄だ」


 言葉を最後まで聞く気はない。自分の未練も断つように、ぴしゃりと撥ね付けた。


「…………」


(すまねえ、イージャン。けどよ、俺に作れって言ってくれて、嬉しかったぜ。それだけで、十分だ)


 ガドリクの今の話。これは、自分自身に言い聞かせるためでもあった。ガドリクは、イージャンの両親の友人であり、彼が生まれる前から知っている。その二人がいなくなった後は、近衛騎士になるまでずっと一緒だった。彼は、この家にもいたのだ。ガドリクは、育ての親だった。


 そして、指輪を作るのは、鍛冶職人の自分が、その育ての親としてやってやれる一番の事。それに、彼の両親との事もあり、作ってやりたかった。だから、こうやって頼まれて、やはり嬉しかったのだ。しかし、ガドリクは思いとどまった。


 シビアナが、レアルカルナシフォンを求めていたと分かり、改めて思い知る。庶民である自分たちとの隔絶されたような差。そもそもが不可能。この話の通りなのだと。


 イージャンは、彼女の立場に見合う指輪を買うべきだ。自分なんかが作るわけにはいかない。ここまでの話をしていく内にも、淡い希望は消え、そんな諦めへと変わってしまっていた。そして、今の頑なな態度に繋がっている。しかし、そんな態度に、我慢が出来なくなったソティシャが怒った。


「何でそんな酷い事言うのよ! 父さん!」

「酷いも何もねえ。これはイージャンのためだ」


 その言い様に納得できない。怒りに拍車がかかる。


「何がジャン兄ちゃんのためよ! あんなに作りたがってたじゃない! そうだったでしょ!」

「…………」


 さっきは慌てた事実を指摘されても、態度に変わりはなかった。腕を組んで無言を通す。そのせいで、「むー!」っと彼女の怒りが更に増した。

 

「え、えーっと。ソティシャ――」


 このままでは、まずい。イージャンが仲裁に入ろうとするが、


「何よ、その態度は!」

「お、落ち着いて――」


 彼の声は聞こえていないようだ。ソティシャの怒りは止まらなかった。そして、ガドリクは依然として無言のまま。これで、彼女の怒りは遂に爆発する。


「ホント信じらんない!」

「ソ、ソティシャ――」

「父さんの嘘つき!」

 

 イージャンの声を遮り、卓を「バンッ」と両手で叩き付けた。その音にもガドリクは怯まない。


「…………」


(悪りいが、何をやっても何を言っても無駄だぜ、ソティシャ。俺の態度は、絶対に変わんね――)


「指輪に使う素材を、あれでもないこれでもないって、色んな所でじっくり選んでたくせに!」

「――え?」


 イージャンの口から、ぽかんとした声が出る。


「だああああああ!? してねーよ!? いきなり何言い出してんだ、この馬鹿!」


 ガドリクの頑なな態度が急変した。思いっきり慌て出す。それを見て、ソティシャが言い返した。


「そんなの絶対嘘よ! 他にもあるんだから! どんな模様にしようかって、色々図案も描いてたでしょ!」

「お前、それいつ見て――!? いや、だから、やってねえよ!」

「やってましたー! あと、工具も新調して、すぐに作れるよう手に馴染ませてたじゃない!」

「そ、そのためじゃねえよ! 買い替える時期が、偶々重なっただけ――!」

「それも嘘よ!」 


 どんどん出てくる新事実に、イージャンは唖然と聞き入るしかなかった。そして、レイセインは、顔を伏せ肩を震わせながら、思いっきり笑いを堪えている。


「まだあるんだから! 新しい革手袋を新調したり、それを棚に隠したり、あと芯棒をピカピカに磨き上げたり――!」

「いや、おい――!」


 弁解の暇もなくなった。立て続けに自分のしてきた事が、晒されていく。


「それから、それから――!」

「わ、分かった! もう良い! もう良いから黙れ! それ以上何も言うなああああー!」


 本人がいる前での、恥ずかしいこの暴露。堪ったんもんじゃない。頼むから勘弁してくれと、ガドリクは開いた両手を差し向け、顔を赤くしながら叫んだ。


「ぷっふふふ! あはははは――!」


 二人のやり取りに堪えきれなくなり、レイセインが笑い声を上げる。それから、一頻り笑って、ソティシャに顔を向けた。


「ふふっ。落ち着いて、ソティー」

「はあ、はあ――。レイ姉ちゃん?」


 興奮して、多少息遣いが荒くなっている。だが、名前を呼ばれることで冷静さを取り戻し、息も整っていく。それを待って、レイセインが諭す様に言った。


「ソティー。あなたが怒るのも無理はないけど――。親父さんの懸念は、至極当然の事よ」


 ほら見ろ。と、ガドリクがむすっとしながら腕を組み直す。


「そんな……。レイ姉ちゃんまで……」


 悲しそうに俯くソティシャ。しかし、


「でも、大丈夫」

「え?」


 優しく声を掛けられ、顔を上げた。


「シビアナって、王妃様の事が大好きなの。そして、その指輪を作ったのは、ビレイクお爺ちゃん。だから、その技を受け継いだ親父さんが作るなら、きっと喜んでくれるわ」


 ガドリクが、ぎょっと目を見開いた。そして、ソティシャの表情がぱーっと明るくなる。笑顔が戻った。


「うん! うん! そうだよね!」

「ええ。その通りよ。それから、イージャン」

「え?」


 レイセインに、唖然としていた顔が向く。


「結婚指輪を買ってきたのを――。まあ、それは誤解だったけど、でも喜んでたんでしょ?」

「それは――」


 確かに喜んでいた。本当は素直にそう言いたいが、


「多分、そうだったと思いたいが……。いや、どうだろうか……」


 シビアナに罪悪感があり上手く言えない。言い淀む。その理由は他にもあった。


「しかし、仮にそうだったとしても、それはレイ。結婚指輪を、レアルカルナシフォンだと勘違いしていたからで――」


(だからこそ、嬉しかったんじゃないか。自分の欲しい宝石だったわけだしな……)


 レイセインも、同じくそう思った。


(確かにそれはあるわね。けど、絶対にそれが全てじゃないとも思うのよ)


「レアルカルナシフォンって、分かる前はどうだったの? まず初めに、結婚指輪を買っていたって、それだけを知ったのよね?」

「…………」


 イージャンは、国王の執務室でシビアナが来てからの事を思い返す。


「――ああ。確か、そうだったな」

「どんな様子だったのかしら? 覚えてる?」

「様子……」


 もう一度思い返す。


「驚いていた――、違うな。今だから分かるが、動揺していたんだと思う」

「そう――。その時って、あなたが勝手に買ったのを、知った時とも言えるわよね? 嫌がってた? 怒ってた? どうだったかしら?」


 一息程間をおいて、首を振る。


「いや――。そういうのはなかったはずだ。少なくとも、俺は気付けなかった。欲しい指輪はあったらしいが――。それは、レアルカルナシフォンだな」

「ええ。そうね」

「しかし、それがあったと言ったのに、いつもの様に笑顔で凄まれたり、睨まれる様な事はなかった。聞き流していたというか――、動揺が勝っていた感じで――。それから、同じく勘違いだが、俺の買った指輪はどんなのものか知りたいかと聞かれて、こっちは驚いていたな……」


 レイセインにとって、これだけ分かれば十分だった。シビアナは、イージャンが指輪を買っていた事に対して、悪い感情を抱いていない。


「なら、大丈夫ね。宝石は、別として考えなくちゃいけないけど――。でも、シビアナは、あなたが勧める指輪だったら、きっと喜んで『うん』と言ってくれるわ」

「うっ……」


 気恥ずかしい。バツが悪そうに口を噤む。それを面白そうに見てから、ガドリクに顔を向ける。


「だから、親父さん」

「な、何だよ?」


 次は俺かと身構えた。


「親父さんの作った指輪は、何ら問題がないわ。王妃様の指輪を作った、鍛冶職人の技を受け継いだその腕。そして、それはイージャンが選んだ指輪。むしろ、願ったり叶ったりなのよ」

「うん! そうだよ、父さん! 全然、大丈夫なんだから!」

 

 ソティシャが、胸の前で両手をそれぞれぐっと力強く握り込んで、何度も頷く。自分の指輪が良いんだと、そんな風に言ってくれる二人。しかし、その二人を交互に見て、それでもガドリクは渋る。


「いや……。けどよ、レイ――」


 そう。彼の懸念した事は、解消されていない。いくらシビアナが欲しいと言っても、イージャンは軽蔑の対象になりかねなかった。しかし、


「親父さん――」

「うっ……」


 自分の言いたい事を察してか、ぴしゃりと言葉を遮った彼女の雰囲気に、ガドリクは凄味を感じて怯む。


「シビアナを舐めちゃいけないわ。本当にイージャンの選んだ指輪を、結婚指輪にしたいなら――」


 真剣を鞘から静かに引き抜くように。その両目をすうっと細める。


「彼女は、必ずそれを押し通すわよ? どんな手段を使っても。自分のやりたい様にね」


 間違いなく、それは本当なのだろう。ガドリクには、そうだと分かった。


「周りが何と言おうが構わない。彼女には、それを黙らせるだけの力があるの。ただ、それは無理矢理じゃない。納得させてしまうのよ。あと、その意見をひっくり返す事も出来るわ。賞賛にだって変えてしまえるの」


(ま、今回はそんな力、使わなくてもいいでしょうけど。王妃様と同じような指輪にしたかったって言うだけで、多分誰も何も言えなくなるわ)


「だから、大丈夫よ……。問題ないわ……」


 レイセインは、伝えたい事を言い終えて、口調が元に戻る。そして、湯呑を手に取り一口飲んだ。その姿を尊敬の眼差しでソティシャが見ていた。


(すっごい! 流石はレイ姉ちゃん! 父さんも、これなら作れるわ!)


 何て心強い味方なのだろう。彼女は抱き着くか、拍手でも送りたい気分だった。しかし、


「…………」


 そんなレイセインの話を聞いても、作ってやるという言葉は、ガドリクから出てこない。唸る様に顔を顰め、腕を組み、再び無言で黙りこくっている。自分が指輪を作るのに弊害はない。それが分かってもまだ、納得できていない様子だった。


(嘘……。レイ姉ちゃんでも駄目なの?) 


 ソティシャは、それに堪らず、せがむ様に声を掛ける。


「ねえ。父さん……」

「…………」


 ガドリクは返事をしない。そして、雰囲気が徐々に悪いものへ戻っていく。しかし、決して意図したものではないだろうが、


「親父さん」


 それを断ち切る様にイージャンが口を開いた。

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