表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/37

第15話 危険な宝石 その2

「…………」


(――いえ、違う。全然違うわ。そうか、そういう事。有り得るのね……)


 レイセインのその胸に、ある答えがすとんと落ちた。


(確かにシビアナは、あの宝石が欲しかったのでしょう。だけど、それを手に入れるためには、命の危険がある。私やイージャンは知らなかったけど、親父さんが流れてきた有名な話だって言っていた。それなら、彼女は知ってるはず。欲しいなら、きちんと調べてるわ。有名なら尚の事、簡単ね)


 しかも、簡単だからと言って手は抜いていない。まず間違いなく、噂の元まで探り、調べに調べ尽くしているだろう。


 そのくらいは、平然とやっている。そして、その結果。命の危険性が本当にあるのかどうか、その確証まで得ているのではないか。そう思った。


(だからこそ、イージャンに何も言わなかったんじゃないのかしら? 自分が欲しい宝石は、レアルカルナシフォンだって。そう言われて、結婚指輪の事も知れば、彼は陛下にだって聞いてしまうもの。


 しかも、自分の娘の夫になる人間。近衛騎士隊、副隊長。立場的にもそれは出来てしまう。そして――。彼女も、私たちと同じ懸念を抱いたでしょう。それから、イージャンにだけ見せるあの特別な態度。あれは――)


 その様子を思い浮かべる。


(うん……。そんな無謀な危険を、冒して欲しくはないはずだわ。自分のためにそこまでさせる事はない。それに、そうじゃないと、私に指輪を買いに行くように言ってくれとも頼まないわ。あの宝石を、諦めたりなんかしない。逆に言うわね。つまり――)


 レイセインは、イージャンの横顔を見る。様子を窺った。辛そうだ。深刻さの上に、それが嫌と言うほど見て取れる。間違いなく、今の話が堪えたのだろう。名指しこそされなかったが、それは自分に向けて言われていたのも同然なのだから。彼女にも、それが分かる。


「…………」


(気付いているわね。だから、自分に言わなかったんじゃないかって)


 そう。つまり、この噂には信憑性があるのだ。レアルカルナシフォンを手に入れた国王。その養女であるシビアナが黙っているくらいには。ただし、その一方で疑問点は残っていた。彼女は、口許に握りこぶしを当てる。


(うーん。シビアナは、黙っていたけど、それでも探してはいたのでしょうね。見つかったら知らせを寄越すよう、商館に言っていたわけだし。


 だけど、その知らせも――、恐らく別の手段も用いていたでしょうから、それらもね。どの手段でも見つけられなかった。だから、別の指輪を二人で買いに行く事にした。ってところかしらね。


 でも、商館が見つけていれば、イージャンが買う羽目になっていたんじゃないかしら? なら、陛下に頼んで借金させてでも、買う気だったのかもしれない? でも、そのお値段はおいくら? 本当に買えるのかしら。値段が付けられないのに? 結局、この辺りの疑問は変わらず残っちゃってるのよね)


 値段が付けられないモノを、一体どうやって買う事ができると言うのか。これが分からなかった。


(別の手段を用いていた分も、それにお金が掛からない様なら奇妙。だって、これだと夫になるイージャンのする事が何もないわ。苦労も何もね。シビアナは自分で探してきた宝石で、自分の結婚指輪を作る気だったのかしら? それとも、指輪本体だけ買ってもらう気だった?)


 確かにその通りで、シビアナのやっている事は、奇妙なのだ。まるで、この国の慣習を一切無視しているかの様。


(だけど、そもそもよ。そもそも、何故探していたのかしら? これがおかしい。陛下並の達人が、命を懸ける必要があるって分かっているのに。なら、陛下や他の達人級に、頼むしかないんじゃないかしら?


 いえ。入手方法がはっきりと分からないんだから、今は何とも言えないわ。それにもしかしたら、シビアナは陛下からその入手方法を聞いていて、それで探していたのかもしれないものね。なら、探す事に意味があるのかもしれない。


 でも、意味がないのなら、この噂は嘘だったって事になるのかしらね。だとすれば、探しているのにも、もちろん頷ける。方法は違ってたって事よ。だけど、こうなると、今度はシビアナの黙っている理由が分からなくなるわね)


 その理由も大怪我を負うからかもしれない。そうではなく、また他の理由で黙ってたかもしれないし、その両方かもしれない。もっと多いのかもしれない。


 シビアナも黙っているから、この噂は本当なのではと頷けるが、それでもあくまで信憑性があるというだけ。今、考えた様に、違う方法も有り得るだろう。やはり証拠がなければ断言は避けかった。


 しかしながら、


(でも、そう――)


 この考えに至ったおかげで。彼女は気付けたのだ。


(理由……。他の理由よ。大怪我ではなく、他に黙っている理由があるとしたら――)


 卓の上を見やる。


(入手方法は、噂通りか、それとも違う方法か――、だけではなく。これらとはまた別にもう一つ。もう一つ、可能性があるんじゃないかしら?)


 卓の真ん中にある、お椀の中を覗く。お椀の中には、あと二つ、おまんじゅうが残っている。


(もし仮に――。もし仮によ? 全く別々の方法があったとしたら――、どう? レアルカルナシフォンは、過去に二つあった。つまり、入手方法は一つじゃないのかもしれないって事)


 噂は本当であり、大怪我をするがその方法で手に入る。しかし、それとはまた別に、違う方法があって、それでも手に入る。シビアナはそちらの方を知っているのではないか? そう考えた。


(三つ全てが違う経路というのは、可能性はあるけど、でも現状ちょっと考え難いわね。陛下が、どうやって入手方法を知ったのかって言えば、やっぱり過去のこの二つに手掛かりがあったんじゃないかって思うもの。


 だから、多分二つ。多分、二つ方法がある。とすれば、シビアナは噂の方ではなく、また別の方法を知っていたから探し続けていた、と出来てしまえるわね。だけど、これはあり得るわ。


 そして、どちらの入手方法でも、それは極めて困難なはず。じゃないと、親父さんの言った通り、もっと多く見つかっているだろうし、シビアナも既に手に入れている。


 それがないという事は、彼女が知っている別の方法も、同等かそれ以上。案外、陛下の手に入れた方法が、命を失う危険性があっても、より確実な方法なのかもしれない。無論、それでも可能性は相当低いのでしょうけど。


 でも、だからやっぱりイージャンにも言えない、と出来るのよ。例え、黙っている理由が他にあるにせよ、噂が本当なら、それは関係ない。結局、シビアナが知る方法で手に入らないのなら、彼は陛下に聞いてしまう。なら、命の危険性は出てくる。と、辻褄を合わせられるから。


 とはいえ――。これは親父さんのと同じ。結局は憶測に過ぎない。それに、女王の御髪は運。ただ単純に、一縷の希望に賭けて、探してただけかもしれないし。だから、出来ることならすぐにでも、それをここで確かめたいんだけど――、無理だわね。


 イージャンがいるもの。今の彼に、新しい可能性を与えては駄目。諦めさせなきゃ。あとでこっそりと聞いても良いけど、それも止めときましょう。万が一聞かれたらいけないし、親父さんも他の方法なんて、知らないかもしれない)


 なら、これは彼がいない時。明日シビアナに、直接聞いた方が良さそうだと、レイセインは結論に至った。


「…………」


 その彼女を見ていたガドリクは、また卓の湯呑を手に持つ。そして、飲みながらちらりと、辛そうなイージャンを見た。


(効いているな。あの陛下が大怪我なんて、どこまで信じれるか不安だったが――。説得力はあったようだぜ)


 これならもうあの宝石を諦められるだろうと、ようやく納得できる程度には安堵できた。


(すまねえな。ホントはこんな風に追い込みたくはねえ。だがよ――)


 眉間に皺の寄ったその両目に、信念のようなある意志が帯びる。


(シビアナ様を泣かしちゃならねえ。これは、絶対にしちゃいけねえんだ。それに、あん時みたいに、危険が迫っても助からねえ。助けは来ねえんだよ。そうだろ? イージャン)


 湯呑を卓の上に置いた。それから、努めて平静を装い言う。


「だからよ、イージャン」


 名を呼ばれて、面が上がった。


「レアルカルナシフォンについて、陛下に聞くとしてもだ。それは、レイの言う通りシビアナ様に謝って、あと結婚指輪も別のを買ってからにしな。その方が踏ん切りがつくだろう」

「親父さん……」

「確かに、男が見栄を張るのが結婚指輪だ。けどよ。別に、あれだけが宝石ってわけじゃねえ。お前が見栄を張れて、シビアナ様も気に入る結婚指輪は、他にも絶対にある」

「うん、そうだね。私もそうだと思うよ、ジャン兄ちゃん」

「ん……」


 ソティシャと一緒にレイセインも頷いた。


「…………」


 イージャンは、目を伏せて押し黙った。


(情けない……。また皆に……)


 三人が親身になって心配してくれていると、痛いほど分かった。


(そうだな……。そうだ。身を弁えろ。陛下でさえ大怪我を負ってしまう。俺なんかでは到底無理だ。出来るわけがないじゃないか。それに、親父さんの言う通り、宝石は他にもある。他にも――)


 不意に、彼の胸中にシビアナの泣きじゃくる姿が過る。


(そうか、あいつは――。手に入らない、それも分かってて、黙っていたのか……。本当に欲しい宝石を我慢していたのに。それなのに、俺があんな勘違いをさせてしまったから、あそこまで――)


 両膝の上に置いた拳を強く握る。


(すまない、シビアナ……)


 彼女の泣き顔に謝って、伏せていた目をガドリクに向けた。


「親父さん。すみません、色々とご心配を――。シビアナにちゃんと謝って、別の宝石を探します」


 そう言って頭を下げる。


「おう。そうしな」

「うん!」


 ガドリクとソティシャが、その答えにほっとしながら笑顔になった。そして、イージャンは体を隣に振り向けて頭を下げた。


「ソティシャもすまない。また心配させてしまったな」

「ふふ! ううん! 気にしないで!」


 笑顔そのままで首を振った。それを申し訳なさそうな笑みで答え、反対側に振り返る。レイセインにも頭を下げた。


「レイもすまない」

「ん……。気にしない……」


 ゆっくりと彼女も首を振る。そして、皆に謝り終え、顔を上げたイージャンには、強い意志が感じられた。


(すまない、シビアナ。だが、きっと良い宝石を。お前が気に入る結婚指輪を、きっと探して出して見せる――!


 まずは指輪本体だ。それは親父さんの指輪しかない。どうにか頼み込んで、何としてでも作ってもらわなければ――!)


 その強い意志を瞳に漲らせた。


「ふふっ……」


 レイセインが、そんな気合の入った様子を見て微笑む。


(ぶっちゃけ、あなたが選んだものなら、何でも良いと思うわ。この前、贈ったあれでさえ、嬉しがってたんだから。


 でも、あなたは近衛騎士隊副隊長。シビアナは陛下の娘。だから、どうしても立場に見合ったものに、しなければならないでしょうけど。


 ま、でも買いに行くよう仕向けてくれって頼まれてたし。そんな彼女の事、もう欲しい指輪は決めてるかもしれないわ。その別の指輪に決まるのなら――。あの宝石の事は、聞く必要もないかしらね……)


「…………」


(やれやれだぜ……)


 三人の光景を見ていたガドリクは、自分の役目が終わったと、静かに大きく溜息を吐いた。それから、一つ思当たり、渋い顔になる。


(しかし――。陛下が、死ぬかもしれなかったって考えると、ぞっとするぜ。下手すりゃあ、このトゥアール王国は無くなっていたわけだからな。


 そうなると、この国を任せられる者は、もう誰もいねえ。もう誰も納得しねえ。この国を陛下と共に救ったあの英雄シドー様でもな。それほどまでに、俺たちの陛下に対する思いは強かったんだ。


 だから、最悪この国は割れて、大きな動乱へと突き進んでいたかもしれねえな。大戦で、ぼろぼろになっているのにも関わらずだ。恐ろしい事だぜ。


 だが、それでも見栄を張らないわけには、いかなかったんだろうがな。大怪我を負ってでもよ。結婚指輪は、陛下の真価って奴を問われるものでもあった。レアルカルナシフォンは、その問いにこれ以上ない答えを叩き付けやがったんだ。これが滅茶苦茶でけえ。


 あれを見つけたからこそ、俺たちの陛下に対する信頼が、さらに深まった。復興にも弾みがついたんだからな。逆に見つけてなきゃあ、復興により多くの時間を費やすことになっていたのは間違いねえ。


 いくら陛下に対する思いは強くても、気持ちの張り合い具合が違ってだろうからな。その結果、今の安定した治世にも、響いていただろうぜ。


 陛下は、多分そうなると分かっていたんじゃねえか? だから、どうしても、大怪我を負ってでも、あの宝石で見栄を張りたかった。そんな気がするぜ)


「親父さん」


 イージャンに呼ばれて顔が向く。


「ん? どうした?」


 そう答えた顔に姿勢を正し、真正面から見据え堂々と言った。


「レアルカルナシフォンは無理として。ですが、結婚指輪は、良いものにしたいんです」

「ああ。そりゃあ、結構な事じゃねえか。危なくないなら、好きにしな」

「はい、ありがとうございます。それで、その……。その指輪なのですが……」

「おう」

「…………」

「ん?」

「…………」

「おい?」


 じっと言葉が出てこない。その様子を見て、もしかしてまだ自分の知らない何かがあるのかと、訝しげに片眉をしかめた。


「どうした、イージャン?」


 時間を要したが、こうやって急かされたのもあり覚悟は決まった。一旦目を伏せて、それから気合を入れる様に息を吐いてから、顔を上げる。


「親父さん」

「何だ?」

「その……。指輪なのですが……」

「おう」

「俺は改めて――。その結婚指輪を、親父さんにお願いしたいんです!」


 真っ直ぐな目でそう言われ、ガドリクは瞠目して動きが止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ