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第14話 危険な宝石

「――あ」


 ガドリクは、ようやく気付いた。レアルカルナシフォンの入手方法には何かある。自分がそう投げ掛けていた事を。しかし、そこから銀嶺、重樹、空震音叉へと話が続き、随分長くなった。


 おかげで、ジャムシルドの凄さを伝えてから、話すつもりだったのに、それだけで満足してしまう。目的が、そこからすっかり抜け落ちていた。


「ふふっ。忘れてたでしょ……?」


(折角、良い話で終わったのに。締まらないわね、親父さん?)


 レイセインが、にんまりと悪戯っぽく笑みを向けた。思いっきり図星。ガドリクは、むっと苦い顔になる。


「んな事ねえよ……。ここまで話すのが、大事だったんだ」

「ええー? ホントかしら……?」

「本当だ! ん゛っん゛ん゛!」


 忘れていた。これは、ばれてる。そう思い、咳払いをして無理矢理、話を切った。ただ、それは皆に対してだ。態度でばればれ。自分でもそうだと分かっている。事実、ソティシャとイージャンも、絶対忘れてたなと察していた。しかし、疑ったはずのレイセインは少し違う。


「…………」


(全部が嘘じゃない――、かしらね? 大事だったのは本当みたいだわ)


 その声色で、意味はあったのだと分かった。


「よし。いいか、お前ら?」


 ガドリクは、やや胸を張りしっかりと腕を組んだ。本来すべきであった、その話の続きを言おうと、気を取り直す。それをソティシャがにまにま。イージャンがやや困った様な表情で。そして、レイセインが注意深く視線を向ける。


「確かに、陛下はすげえ。絶顚級の重樹を物ともしねえ。空震音叉も使えて、至極天も使える。討伐を繰り返しても、ぴんぴんしている。いつだって、この国を守ってこられた。やっぱり、流石は俺たちの陛下だ。そこに変わりはねえ」


 見渡せば、イージャンは真面目な面持ちに変わっていた。他の二人は表情そのままで。その三人がうんうんと頷く。


「だがよ。そんな陛下が、だぜ?」


 眉間に皺が寄り、表情が一気に険しくなる。そして、そう成らざるを得ない事実を告げた。


「そんな陛下が、レアルカルナシフォンを見つけた際、大怪我を負ったそうだ」


 これを聞いて、三人に衝撃が走る。


「なっ!?」

「お、大怪我ですか!?」


 俄かには、いや到底信じられない。レイセインとイージャンは、目を見開いた。


「ええ!? 嘘!? でっかい重樹を倒せるのに!? 滅茶苦茶強いのに!? ぴんぴんしてたのに!?」


 捲し立てるソティシャに、ガドリクが毅然と答える。


「らしいぜ。これも有名な話だ。俺くらいの世代なら、街で誰に聞いても、大抵知ってるだろうな」

「そ、そんな……」


 愕然として呟く。それから、信じられないからか、一つ不可解な点に気付いた。


「じゃ、じゃあ、この家に来た時も大怪我してたの?」


(でもだったら、ここまで来れないんじゃないかな? 歩ける? だから、嘘のような気がするんだけど……)


 その問いに、ガドリクは一瞬迷うが、当時の事をそのまま伝える。


「いや。そん時は、気付かなかったな。そんな素振りも傷跡も、あったかどうか分からねえよ」

「え? なら、やっぱり何かの間違いだったんじゃあ……」


 その問いには、自信を持ったようにして、ゆっくりと首を振った。


「陛下が、大怪我を負ってすぐに来られたとは限らねえ。レアルカルナシフォンを取って来られた、正確な時期ってのは分からねえんだよ。だから、日を十分置いてから、来られたのかもしれねえな」

「傷を治してから、来たって事?」

「ああ。それに、何も全快じゃなくていい。ある程度回復すりゃあ、歩けるからな。足を捻っても、少し経ちゃあ痛みが残ったままで歩けるだろ?」

「うーん。確かに我慢すれば出来る……」


 ソティシャはこくりと頷いて、両足をぷらぷらと振る。


「ただ、まあ――。陛下は、普通に歩いていらしたとは思う。けどよ、この話が流れてきたのは、ご結婚から随分後の事でな。だから、そのせいで記憶が曖昧でよ」

「あ、そうなんだね……」

「おう。あと、あの迫力のせいだぜ。あれのせいで、どんな姿をしてたかなんて、碌に覚えてねえんだよ……」


(これも本当だ。特にあの怖え顔……。あれが強烈過ぎて、他の事なんて全部吹っ飛んじまってんだよな……)


「そ、そっか……」


 ソティシャは、ジャムシルドを見た事がない。しかし、その口振りと、今までの話を聞いたのもあって、何故だか思ったより、すんなりと納得できた。ただ、


「はー……。でも、大怪我だなんて……。ホント信じらんない……」


 この事については、未だに無理だった。上がった肩を落としながら、溜息を吐く。


 イージャンは、より重々しく受け止めているようだ。両膝に握った拳を置いて、顔を顰めている。目を伏せたその表情からは、深刻さが見て取れた。そして、同じく目を伏せ黙考していたレイセインが、視線を上げる。


「何かあるって……。だから、そう言ったのね……?」

「ああ。まあな」


 彼女は二つの意味で言った。一つはそのままの意味。大怪我をさせる何かがある。もう一つは、長くはなったが前振りをした意味。ガドリクも、その二つの意味だと肯定する。


 三人とも胸中は違うが、驚きは隠せなかった。ソティシャは、ジャムシルドの事について殆ど何も知らない。その驚きは、さっきまでの話から来るものだ。とても強いのに、有り得ないと思ってしまったから。


 イージャンとレイセインは、彼女より知っている。だが、大怪我を負うというは、先の大戦以降では、聞いた事がなかった。だから、より驚いてしまっている。度重なる重樹の討伐でも聞いた事がない。他にはなかった。だが、自分たちが知らないだけで、実はあったのだと。


「…………」


 ガドリクは、イージャンをちらりと見て、湯呑に手を伸ばす。


(よし……。ソティシャに言われて少し焦ったが――。効いちゃあいるようだな。なら良い。レイも察してくれたはず。余計な事は言わないだろうぜ。


 この話は、口からの出まかせじゃねえ。ホントに街で何人かに聞きゃあ、誰かが知っているはずだ。だが、さっきの王族の力云々と同様、噂の範疇でしかねえ。証拠がねえんだよ)


 だから、ソティシャに指摘され言葉に詰まった。信じてもらえず、嘘になりかねない。そうなると、自分の伝えたかった事が、全て無駄になる。


(まあ仕方がねえ。これが出た時点で、もうかなり時が経ってた。大怪我を負っていたとしても、その傷がすっかり治っちまっているくらいは、うに過ぎてたんだ。だから、確認のしようがねえ。噂止まりだ。ただ、どの道俺たちじゃあ、確認できなかったがな。


 しかし、それでも証拠がなくとも、すんなりと受け入れられたんだよ。あの噂よりは、かなり信じられただろうぜ。いや、それどうこうより、皆、感服しちまったって言った方が良いか。


 当初、大怪我ってえのは、やはりと言うか、確かに信じる奴は少なかった。だが、エラクツォーネ様のために、そこまでやったのかって、そっちの方が受けちまったんだよな。そのせいで、信じられちまったみたいなもんだ。


 またやってくれた。流石は俺たちの陛下だってよ。まあ、そう笑って酒の肴にしてたのが、大半みてえだが……。俺もその一人だし)


 ともあれ、真偽のほどはどうでも良い。そこは今、問題ではない。この話をイージャンにしておく。これが重要だった。ガドリクは、もう一度ちらりと視線を移した。それから湯呑を卓の上に置く。


 長い前振りをした意味はあった。あのジャムシルドでさえと、改めて思い知らせるため、まずその凄まじさを話したのだ。


 ただ、全く信じられないと、逆に笑い飛ばされる可能性もあった。そんなに凄いんだから、有り得ないと。ソティシャの疑問が、まさにそれだった。


 だが、レアルカルナシフォンという得体の知れない宝石が、そうはさせなかったのだろう。その彼に、自分が期待していた反応はある。


 重々しい雰囲気。十分危険だと分かっているはずだ。自分なら死んでしまうと、思えるほどには。おかげで、ガドリクは一応の安堵ができた。だが、この話はあくまで噂。確証がないなら説得力をと、話を続ける。


「いいか、お前ら? あの陛下でさえ、大怪我を負うんだ。レアルカルナシフォンには何かある。それは分かんねえままだが、危険極まりねえのは間違いねえ」


 皆、黙って耳を傾ける。


「それなのによ。そんな危ない事を公表して、結婚指輪のために人が死んだらどうする? 縁起が悪いったらありゃしねえ」


 ガドリクは、渋い顔をして何度か首を振った。


「最悪なのは、それが夫になるはずだった男の場合だ。こりゃあ、ひでえよ。目も当てられねえ。嫁になるはずだった女が、一人残されちまうんだからな。幸せを目前にして、その女は、その周りも含め一気に不幸へと転落だ」

「ううっ……。それってホントに酷いかも……」

「そうね……」


 ソティシャは、女の人が一人泣き崩れているその光景を思い浮かべ、心底悲しくなった。それを見て、レイセインがそっと声を掛ける。


「だからよ。陛下も、そう考えられて、入手方法を秘匿してるんじゃねえか? 結婚するために死ぬなんて、そんな酷え死に方をさせない様にな」


 出来る出来ないかは別として。公表されれば、必ず誰かがやる。それをやるのは、自己責任だ。当人たちが死のうが、他の者には関係ない。


 しかし、結婚指輪。そのために人が死ぬというのは、どうなのか? 確かに、これでも自己責任だ。そう言われれば、その通りだろう。だが、そんな事をあの陛下がむざむざ許すのか? いや、それは絶対に許さない。と、ガドリクは考えていた。


「それによ。そもそも女王の御髪ってのは、運だぜ? これも関係ある様な気がするな」

「あ、そっか。全然違うけど、一応おんなじ色の変わる宝石だし……」

「だろ?」

「うん」


 ソティシャがガドリクに答えた。そして、レイセインが、敢えてその結論を口に出す。


「つまり……。あの宝石を手に入れられたのは……。本当に運が良くて……。尚且つ死ぬかもしれなかった……。って事……?」

「ああ。まあ結局は、俺の勝手な憶測だがな。だから、もちろん理由は別にあるかも知れねえがよ」

「そ……」

「ただ、他の奴らも、似たような考えが多いと思うぜ? だから、秘匿していることに、誰も文句はねえんだよ。自分たちじゃ無理だって、分かっちまってるんだろうな」


 ガドリクの言う通り、確かにそのような感じだった。特段、不平不満は出ていない。


「…………」


 レイセインは黙って考えを巡らした。


(やれやれ。陛下から聞いて、それがもし万が一入手可能なら。彼が自分で取って来たと言える範囲。つまり、ちゃんと見栄が張れる範囲で、私も手伝おうかと思ったけど、これは――)


 眉間に皺が寄る。


(駄目ね。もうシビアナに謝るとかそれ以前の話だわ。噂の真偽も関係ない。大怪我を負う可能性がある以上、イージャンを行かせちゃいけないわ)


 彼女は、やはりガドリクの意図を察していた。だから、噂の信憑性を疑うような事を言わなかったし、分かりやすく結論も口に出した。イージャンを諦めさせるために。


(それにしても、ホントとんでもない宝石……。でも、やっぱりシビアナは、借金をさせる気なんてなかったのね。確かに、お金で買えるような代物じゃないわ。まあ、その代わりに、目一杯の運と命を懸けなくちゃいけないようだけど)


「…………」


(…………。ちょっと待って――)


 今の考えに違和感があった。それから、


(――いえ、違う。全然違うわ。そうか、そういう事。有り得るのね……)


 その胸に、ある答えがすとんと落ちた。

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