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~伴奏 イージャンの指輪物語~  作者: 粟生木 志伸
第一章 受難の始まり
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第2話 ヴァイン・シビアナ・ハラフェティ 

「ふふふふ……!」


 その声は、若い女性のものだった。


 周りは狭く、そして暗い。その様な中で一人膝を抱えて座り、幸せそうに笑っている。


 彼女は、ここトゥアール王国に仕える『側付侍従官』である。側付侍従官とは、主の傍に控え、その補佐をする者達の事。


 その仕事内容は、多岐に渡る。予定管理、手配、応接、必要な書類の作成と言った庶務。配膳、掃除、洗濯と言った雑務。そして、護衛といった荒事までもこなす場合もある。側付達は、これらの仕事に応じて、振り分けられてきた。


 よって、例外はあるが、一人の主に付き、その数は十数人以上になるのが大方の常であり、また位が高い者ほどより増える傾向にあった。


 そして、この側付達を取り纏めるのが、『側付筆頭侍従官』だ。彼女もまたそうである。しかし、他の多くの筆頭達とは、その権威と格を比べようがない。


 何故なら、その側付になるだけで、誰もが貴族相当の格を持つことになる。そう言った主を持つだからだ。この様な待遇が出来てしまえる権力。それを持つのは、この国でたった一つ。他にはない。


 つまり、彼女は王家に仕えている。しかも、この国に一人しかいない王女に仕えているのである。


『トゥアール王国第一王女側付筆頭侍従官』


 その名を、『ヴァイン・シビアナ・ハラフェティ』と言う。


 彼女シビアナは、元々、側付侍従官として然る大貴族だった王妃に仕えていた。そして、王女が生まれると、その側付にも選ばれる事となる。しかし、これが異例と呼べる事態であった。


 と言うのも、まずその当時、シビアナは齢が十歳にも満たない子供だったからだ。それにも拘らず、彼女は既に王の側付としても仕えていた。それに加えて、今度は王女の側付にも任命されたからである。


 側付とは専属の侍従官だ。王と王妃でさえ別々に持つ。だから、その兼任も異例であったが、反対なり異見をする者は誰もいなかった。そして、王女の際も、何の問題もなく選ばれる事になってしまう。


 彼女はその年にして、王と王妃と王女、王家三人の主を同時に持つと言う、数百年以上の歴史があるここトゥアール王国で、史上三人目の側付侍従官となった。


 この王女の側付にも選ばれた理由。それは今後の事を考えての事。例えば、年が近いため、王女が育てば遊び相手にもなるだろう。大人たちに比べれば、話し易い相手にもなる。


 それが出来るのも、シビアナの置かれていたその立場が関係している。彼女の生まれは、王族でもなく貴族でもないが、それでも王家に近しく、その王家にとって信頼のおける者であった。そのため、王の側付も兼任していたのである。


 だが、選ばれた理由は、その様な親しみさから来るものだけではない。その最たる理由は、もっと別にある。それは、この時既に、彼女を王女の側付筆頭侍従官にする事が決まっていたからだ。


 そのため、最初から王女の側付にしておきたかった。少女であっても、これ程までに期待される。シビアナは、極めて優秀な侍従官であったのである。


 多岐に渡るのが、側付侍従官の仕事。その仕事を捌くため、十数人程度を振り分けていくわけだが、シビアナにはその必要がなかった。


 彼女は、十数人分の仕事を振り分ける事もなく、纏めて一人で完璧と言える程に、こなしてしまうのである。しかも、仕事が早過ぎて、それでも持て余す程という始末。ならば、生まれたばかりの王女は尚の事。その側付は、彼女一人でも良いくらいだった。


 ただ、どんなに優秀であっても、流石に子供である。実際にはそうはならなかった。それに、王女が成長した後の事を考えれば、他の側付も必ず必要となってくる。


 その理由は体面もあるが、他にもある。例えば、一人でこなせるとしても、彼女も病気になったりするかもしれない。そうなると、立ち行かなくなる可能性が出てくるだろう。彼女がいないと仕事が回らなくなるのは問題だ。


 また、王女の側付だけになると言うのも問題だった。ただでさえ、持て余し気味の彼女だ。その能力を十全に活かせず勿体ない。成長も阻害しかねない。


 そうなるのは明白であり、これがどうしても問題だった。当時のシビアナにとって、その成長が何よりも重要だったのだ。


 そこで、王と王妃の側付も、そのまま続けて兼任させる。そう対処する事になったのである。とは言え、側付で、ここまでの対応を招いてしまう者は、彼女の他におらず、まさに異例の中の異例であった。しかも、当時のシビアナは幼い子供でもあったわけだ。


 掃除や配膳と言った雑務なら、その子供でも、まだ分かるかもしれない。だが、書類などを作る際には、文章の構成や計算と言った知識も必要とされる。にも拘らず、彼女は何の問題もなく、それをやってのけてしまう。


 字も美しく、まず子供が書いた文章だと思える者はいない。誤字脱字もなく、計算なども間違える事は皆無に等しかった。しかし、どうして、そんな事ができるのか。


 それは、つまり。この国で、およそ熟練と呼ばれる側付侍従官としての必要な知識、教養、そして経験。それ以上のものを、十歳にも満たない彼女が、既に持っていたからである。


 そのような事を可能とさせていたのが、高い学習能力。それは記憶力とも言って良い。一度教えられた事は、もう二度と忘れない。物心が付いた頃から今までの記憶ですら、事細かく鮮明に覚えていた。


 その記憶力のおかげで、身に付けた様々な分野の知識を考察に使い、高い成果を上げることを可能としていた。これには、彼女の師となった人物の影響も強い。


 また、身体能力も高く、護衛としても非常に優秀であり、その小さな体格を活かし、他の護衛に引けを取らない動きを見せた。


 この国で、ここまでの子供は、まずいない。大人でも少ないだろう。そして、彼女の多岐に活かせるこの能力の高さと実績。


 それは、かつて。この国の歴史上、最も畏れられたであろう神童『月の申し子』――その再来とまで言わしめる程であった。


「ふふふふふ……!」


 そんな彼女が笑っている。嬉しくて嬉しくて堪らない。誰が聞いてもそう思うに違いない。だが、それよりも、普段の彼女しか知らない者であれば、この声を聞いてさぞ驚く事だろう。


 いや、声だけであれば、シビアナとさえ分からないかも知れない。何故ならば、ここまで感情露わに笑う姿を見た者は、誰もいないからである。


 侍従官としての丁寧な立ち振る舞い方。彼女は、礼儀や行儀と言った作法も、当然、完璧に習得していた。だから、冷静、沈着、悠然。いつだって、その笑みを絶やさない。


 物腰も柔らかいが、感情の起伏も見せない静かな女性だ。それは、まさに侍従官のお手本である。そのはずなのだが、


「ふふふふふ……!」


 今の彼女は、そんな普段の姿とは程遠かった。いつもの笑みでもない。その作法の全てを忘れてしまったかの様に、恍惚としている。それは、最早、全くの別人と言っても良いくらいだった。


「はあ……」


 何かを思い浮かべては、溜息を吐き。


「…………」


 しばし、それに浸って。左手の小指に嵌めた指輪を、右手で優しくなぞり、


「ふふ……。ふふふふ……!」


 抱えた両膝に蕩けたような顔を埋め、こうやって笑みを零していた。それをずっと繰り返している。


 こんな顔も見せた事はない。見せられたものではないのも、彼女自身分かっている。だが、思い出すともう駄目であった。嬉しくて恥ずかしくて、その緩みが止められない。


 誰かに見られでもしたら、それは自分にとって大失態であるにも拘らず。しかし、それについても、問題ないと彼女自身が知っている。


 この中は特別。自分の声は遮られ、かき消される。大声でも出さない限り外に漏れる事はない。気配も薄くなる。微動だにしなければ、彼女の能力でその気配すら消す事も出来るだろう。


 逆に、外からの音は聞こえてくる。遮断ではなく、シビアナの座る内部の音だけが、かき消されているだけだからだ。


「ふふふふ……!」


 彼女は、相も変わらず同じ事を繰り返す。外は明るい。夕方に差し掛かった頃ではあるが、日はまだ落ちてもいなかった。だが、このまま夜までいても、そうやっていられるだろう。


 完全に密閉されているわけでもないので、窒息する事もない。だだ、お腹は空くだろうから、明日までは無理かもしれないが。とは言え、シビアナとしても他にしたい事もあるし、それはない。


 しかし、そもそもである。どうして、こんな狭くて暗い所にいるのだろうか。


 これは、一応なのだが。現在、王女の側付筆頭としての職務をこなしており、今はその途中なのである。彼女は待っているのだ。


 ただ、このような場所にいなくてもそれは果たせる。しかし、それでも彼女なりの理由があって、こうやって狭くて暗い場所で待っていた。


「ふふふふ……!」


 しかし、何とも幸せそうである。それも仕方がない事なのかもしれない。何せ、彼女だって初体験なのだ。こんな気分、今まで一度だって味わった事なんかない。本当に幸せだった。


 この幸せと言うのも、人によって色々とあるだろう。それは、例えば『ずっと追い求めていた願いが叶った』と言う時。


 ずっと願っていた何かを達成し得た。苦しみ続けた悩みからの解放。幼い頃から夢見たその望み。守ることができた大切な約束。手に入れたかった大事なもの。そして――。


「ふふふふ……!」


 恐らく、彼女はこの全て。この全てを叶えた絶頂にいる。


 神童の再来。そうとまで言わしめ。冷静、沈着、悠然。いつだって感情を露わにしない侍従官のお手本。そんな彼女を、ここまで舞い上がらせたものとは、一体何だったのか。それは、先程行われた謁見から始まる。そう。それはつまり、この国の王により、もたらされたものであった。


「ふふふふ……!」

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