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第6話 ガドリクとソティシャ その2

「女王の御髪だと?」


 その宝石の名を聞いて、ガドリクは眉をひそめ、訝しむような顔が、二人に向く。


「はい」


 イージャンが答え、レイセインと一緒に頷いた。


「女王のみぐし……。どっかで聞いた事ある……」


 ソティシャが呟くと、


「いきなり、何を言い出すかと思えば――」


 ガドリクは胸の前で腕を組む。それから、「はあ……」と、一つ息を吐いて答えた。


「アホか。あるわけないだろ、あんな高価な宝石」

「そう、ですか……」


(やはりないか……)


 分かっていた事とはいえ、イージャンの表情に落胆の色が見えた。


「確かに、俺は宝飾品も作っちゃいるが……。それは、宝飾品本体。細工の方だからな」


 当然と言えば、当然の答え。ガドリクは鍛冶職人だ。宝石は、別で仕入れてから、かんざしや指輪などに嵌めていた。だが、それも今は昔の話。店内の陳列台に並んだ物を見れば分かる通り、宝石を使った物はあまり作らなくなっていた。


 こうなったのは、宝石の付いた品が売れる事自体、少なくなったからだ。そういう物は、ドアンキのような宝石商で買う者が殆ど。


 折角、高い宝石を嵌めても、売れなければ意味がない。高い元手も、回収すら出来ないのだ。結果、自然と作らなくなっていった。


 しかし、それでも宝石商との付き合いは、未だにあったはず。偶に、細かく砕け価値が低い屑石となった宝石を、安く譲ってもらっている。


 それで宝飾品を作っているのを、レイセインは知っていたし、手に取ってもみた。そう。その中にあったのが、先程思い出した緋穂だ。こういう理由があって、物がなくても情報は持っているのではないかと、考えたのである。


「あれぐらい価値のある宝石となると、万が一持ち込みされても絶対に断るな。何かあったら豪い事だ」


 ガドリクが、煙たげに手を振る。女王の御髪のような、高価すぎる宝石は別だが、それでもお客が宝石を持ち込んで来たら、それを使って仕上げていた。これはやっている。


 やってはいるのだが、そんな事を頼む者は、まずいなかった。これも、宝石が嵌った装飾品が売れなくなった理由と同じく、ドアンキのような宝石商に頼んでいるからだ。そこからの注文も、この店には来ない。


「…………」


(あれぐらいの価値……)


 レイセインは、少し引っ掛かった。


(そうね。金額を確認しておきましょうか。嘘ではないとはいえ、それはあの商人が言っていただけだし。あそこで売られている値段ってだけかもしれない。他の所からの情報も欲しいわ) 


「やっぱ……。鷲金貨、一万枚……?」


 これを聞いて、ソティシャがぎょっとして振り向く。


「ええ!? い、一万枚なの!? 鷲金貨で!?」

「そ……」

「ひえええ……」


 信じられないと、目を見開いた。それを余所に、ガドリクの顔がレイセインに移る。


「色は、三種類か?」

「ん……」


 赤、緑、黄色だったと、イージャンも一緒に頷く。


「そうか。だったら、相場はそのくらいだ。どこも、そこら辺の値段になるだろうな」


 変わらないか。レイセインは、短い溜息を一つ吐いた。


「ただ、滅多に出回らない代物だ。その相場は、結構前の話にはなるがな。だが、今でもその値段じゃねえか? その話以前――かなり昔から、全く変わってねえみてえんだよ」


 価格は、物価の変動があっても固定と言っていい状態だった。少なくとも過去四、五十年程は、ずっと鷲金貨一万枚辺りだ。


「ま、大量に出回りでもしない限りは、変わらねえな」

「そ……」


 レイセインに答えて、ガドリクはお茶を一口飲む。

 

「鷲金貨、一万枚って……。私は、その金貨さえ見た事がないのに……。はあー……」


 住む世界が違う、場違いな感覚。それを感じてソティシャは、呆れたように溜息が出る。


「ふふ……。私もないよ……。ソティー」

「レイ姉ちゃんも?」

「ええ……。でも、ホント凄い話……」

「うん、そうだね。ホントすごい」

『ねー』


 イージャンを挟んで、二人は声を揃えて言い合う。


「…………」


(俺は、見た事あるんだが……。何だか言い出しにくいな……)


 いや、敢えて言う必要もない。黙っておこう。イージャンは、自分なりに場の空気を読んだ。そんな三人を眺めていたガドリクが、他の事も思い出す。


「二種類は、確か――。鷲金貨三千枚くらいだったか」

「うわ。全然違う」


 ソティシャは、その差額にも驚く。


「あの宝石はな。変わる色が増えると、値段が跳ね上がるんだよ」


 三種類の色に変化する、女王の御髪は稀だ。滅多に出ない。この事実も、価格の高騰に拍車を掛けていた。出るのは、大抵二種類のもの。ただ、その二種類でも稀なのだが。


「げー……」

「ふふ……」


 ソティシャが嫌そうに顔を歪めると、レイセインから思わず笑みがこぼれた。眉や頬、口といった色んな所が変な方向に歪み、可笑しな顔に見えたのが原因だ。そして、真ん中にいるイージャンは、その値段を聞いて押し黙っている。


「…………」


(それでも、俺の家より高いのか……。あんな小さな石ころが……)


 彼は、この世に不条理を抱き、膝の上に置いていた手を強く握りしめた。


「あ。じゃあ、変わる色が四つだったら?」


 逆に、色が増えれば金額はどうなるのかと、ソティシャが尋ねる。


「さあな。四つが出回っているなんてのは、今まで聞いた事もねえ」

「ふーん」

「だがまあ、三種類で一万枚なんだ。って事は――」

「二万枚とか?」


 ガドリクが首を振る。


「いや。三万枚でも、有り得る話だな」

「うっひゃああー……」


 そう言いながら机に両手を突いて、ソティシャの体が椅子ごと仰け反っていった。

 

「しかし、それだと買い手は、まずいねえだろうな」

「そうね……」

「だねえ……」


 レイセインはこっくりと頷いた。長い癖毛も一緒に揺れる。ソティシャは、卓に突いていた手を胸の前で腕を組みながら、うんうんと頷く。


「ああ――」


 色の変わる数を聞かれて、ガドリクは一つ有名な話を思い出した。そして、四つはないが、と話を切り出そうとしたが、


「きゃっ!?」


 椅子は傾いたままだった。手を離したせいで、ソティシャが不意に体勢を崩す。後ろに向かって椅子と一緒に倒れ始めた。


「っと……」


 イージャンが、背もたれにすかさず手を伸ばす。おかげで、椅子はぴたりと止まった。それが分かったソティシャは、ほっと胸を撫で下ろす。


「あはは。ありがと、ジャン兄ちゃん」

「ふっ。いや……」


 イージャンが椅子を戻していく。


「何やってんだよ……」

「あははは……」

「ふふ……」


 ガドリクが呆れると、ソティシャが愛想笑いで返す。それを見て、レイセインから笑いが零れた。それから、視線をガドリクに向けて尋ねる。


「ねえ……」

「ん? 何だ?」

「どこで採れるとか……。そういうのは……、知らない……?」


(私やイージャンは知らない。でも、親父さんなら、付き合いがある分、聞いた事がありそうよね)


「いや、知らねえな」


 ガドリクが何度か首を振る。


「そ……」


(駄目か、残念。知っているって思ってたんだけど)


「と言うより、分かんねえんだよ」

「分からない……?」

「ああ。鉱山や重樹、奈落なんかで見つかるような代物じゃないらしくてな」


 宝石の大半は、鉱山で発掘されるが、他にもあった。それは、例えば重樹と奈落。重樹とは、木と岩で出来た巨大な化け物の事だ。その体に宝石の原石が、混ざっている事がある。


 そして、奈落とは、『冒険都市・奈落』の事。王都の北に位置する都『北都』よりさらに北にある洞窟群だ。ドアンキが売った、桃樹晶などがここから産出される。


 鉱山と同じく地中から採れるのだが、その有り様はかなり違う。そのため、ガドリクは別に分けた。しかし、女王の御髪は、それらともまた別に異なるらしい。レイセインは首を傾げる。


「ん? どういう事……?」


(宝石って、そういった場所以外でも取れるものなのかしら?)


 この疑問は、彼女だけではない。女王の御髪について知らなければ、大抵の者が同じような疑問を持つだろう。ガドリクが挙げた例は、トゥアール王国での一般常識とでも言うべきもの。宝石は、ああいった所から採れる。そう認識されていた。


「あ、外国とか……?」


(確か、海で採れるものがあったわよね)


「珊瑚……、真珠……?」


(って言ったかしら? それと似たような感じかも)


 しかし、ガドリクは首を振った。


「いや、違うな。珊瑚や真珠じゃねえし、この国で採れる」

「そ……」


(やっぱり、うちでいいのね)


「だが、これも採れるっていうわけじゃねえな。見つかるといった方が良いだろうぜ」

「見つかる……?」

「ああ」


 違いが分からない。レイセインだけでなく、イージャン、ソティシャの眉間にも皺が寄る。すると、ガドリクが人差し指で、「とんとん」と卓を叩いた。


「降って湧いたように、突然見つかるんだとよ。例えば、明日の朝にでも、この卓の上に転がってたりしてな」


 これを聞いて、少し間があった。それから、三人とも信じられないと、それぞれ苦笑いになる。


「ええー。うっそだあー」

 

(うーん……。ソティーの言う通り、それはちょっと)


「俄かには……、信じられないわね……」

「あ、ああ」


 イージャンが、レイセインに同意しながら躊躇いがちに頷く。


「まあ、俺もこの目で見たわけじゃねえ。聞いた話だがな。とは言っても、これは結構有名な話だぜ? 気付いたら食卓の上に宝石が一つ。それが、女王の御髪だったってな」

「ホントに……?」

「ああ。実際に、そういう事があったらしい」


 レイセインに答えて、ガドリクが胸の前で腕を組む。


「他で見つかったのも、似たような感じだな。まあ、つまりだ。どこに落ちてるか分からねえ。家の中だけじゃなく、道端でも、森の中でも、湖の底でもあり得る。地中でもな。見つけられたのは、本当に運が良かっただけって事だ」

『へえー……』


 知らなかった。そんな謂れのある宝石だったなんて。彼女と同時にソティシャも、感嘆の声を漏らす。


「でも、それって素敵よね! 神様からの贈り物みたい!」


 無邪気に笑ったのを見て、レイセインが目を細める。


「ふふっ……。そうね……」

「でしょ? うちにも、いつか落ちてくるかな?」

「かもね……」

「わああ……。そしたら何買おっかなあ? 鷲金貨、三千枚か一万枚かあ……」


(売るのね……)


 自分の指輪にするとか、そういうのはないんだなと、レイセインは思った。


「ふふ! ホントに何でも出来そう!」

「ええ……」


(一気に大金持ちだもの。私も、手が出せないあの刀が買えるわ)


 それは国宝級の代物だ。幾ら好きでも、流石にお金が足りずどうしようもなかった。


「そうだなあ。まずは、この家を五階建てくらいに増改築してー。私の部屋を大きくしてー。裏庭も広くしてー」


 ソティシャは、両手を胸の前で握り合わせた。そして、目を輝かせて宙を眺める。


(うーん。出来る事は、他にも沢山あるよねえ。工具買ったり――。あ。父さんの欲しい物も、ついでに買ってあげるわ! ふふっ!) 


「それから、残ったお金を元手にして、新しい商売を始めるの!」

「…………」


(何か、子供の考える事じゃないわね……)


 普通、食べ物や衣服とか、そういった物に目が行くものじゃないのかしらと、レイセインは思った。


(まあ、私も人の事言えないか……)


「私ね、色んな国の工芸品が欲しいんだ! あ、別にそれだけに限定はしないけど。模様とか素材とか、変わってるなら良いの」

「そ……」

「うん。でね、そういうのをいーっぱい集めるんだ。その中から、色々と掛け合わせて、新しい商品を作るのよ! 今まで無いような物をね! これで、商売出来ると思うんだけどなあ」

『へえ……』


 結構しっかりとした事を考えてるんだなと、レイセインとイージャンはちょっと驚いた。


「はあ……。何が新しい商売だ。それよりお前は、鍛冶職人として一人前になる事を考えろ」

「ぶうー。それは分かってるけどお」


 ソティシャが、ガドリクに向かって口を尖らせる。それを見て、イージャンたちは苦笑い。


「ま……」


 レイセインが、一口お茶を飲んだ。


「本当に……。この卓に落ちて来たら……。その時、考えましょ……?」

「ふっ。違いねえ。レイの言う通りだな」

「あはは。それもそうだね」


 その宝石でもない限り、今言った自分の話は夢物語。ソティシャは、それを忘れていたと笑った。そして、口許歪めたガドリクは、湯呑に手を伸ばしたがその手が止まる。ふと気付いた。


「――ん? 何だ? 聞きたい事ってのは、これの事なのか?」

「え? はい、そうです」

「…………」


 イージャンが答えると、ガドリクの様子が変わる。眉間に皺が寄り、不機嫌気に口を閉ざした。その様子に気付かず、彼は視線を落とす。


 女王の御髪について、聞きたい事は取り敢えずこの程度だろう。後は、自ら光り輝く方についてを聞いて、結婚式の日取りを伝えなければならない。だが――。


(女王の御髪は無かった。レアルも望み薄か……。まあ、そもそも王家にしかないらしいから、それは当然なんだろうが……)


 だったら、もう日取りの方を――。と思ったが、


(いや、それでも情報はあるかもしれないな。あの商館で得られなかった話を、知ることが出来たんだ。聞くだけ聞いておこうか)


 そう思い、彼は顔を上げる。しかし、


「ところで――。まだなのか?」


 尋ねるのが少し遅い。その前に、ガドリクの方が先に口を開いた。

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